6-03 逆襲

「にしても、お前は夕ちゃんのことになるとほんっと冷静さ失くすよな……ひでーことするもんだぜ……」


 横断歩道を渡ってからも、まだヤスはぶつくさつぶやいている。


「だからすまんかったって」

「ああー僕悪くないのに……ああーまったくよぉ……」


 なかなかにしつこいやつだなぁ。知ってたけどさ。


「あのな? そうは言っても、頭をでて夕にがっつり怒られてはいるんだろ? 俺もやり過ぎたとは思うが、やっぱりお前も悪いわけで、そこまで居直るのもどうかと思うんだが?」

「ぐっ……そう言われると、確かにそうだな。それに恋人の頭を勝手に撫でちゃったわけだし、キレられても文句は言えないか……」

「いや、恋人じゃないが?」

「は?」

「え?」


 ヤスが驚いた顔で立ち止まったので、合わせて俺も足を止める。


「は?」

「え?」


 そして同じやり取りをしつつ、「こいつ何言ってんの?」とばかりに数瞬の間お互い見つめ合う。ええい、気色悪いな!


「いやいやいや、どゆこと? そんなバカなことあるぅ!? いや、昨日のことは夕ちゃんからのメールで聞きかじった程度だけど、上手くいったんじゃないのか? ホラ」


 そう言ってヤスは携帯を開き、夕から来たメールの文面を見せてくる。


靖之やすゆきさん、無事に上手くいきました。パパの側にずっと居て良いって言ってもらえて……もうこんなにうれしいことはないです。これも靖之さんのお話のおかげですね、本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません。  P.S. でも、パパと一緒に少しいじっちゃうのは許してくださいね? だって、靖之さんも満更ではないでしょ? うふふ』


「この流れで恋人になってないって……どういうことだよ!? 僕がおかしいのか!?」

「いやぁそれがな、こっちにも色々あってだな……壮絶な議論の末、娘枠に落ち着いた……いや、実際本当に娘……でもなくて、義理の娘だったというか……つまりそういうことだ」

「なんのこっちゃ!? もう僕の頭じゃ追っつかないよ!」


 正直俺も良く理解できてないしな。それを今日やっと聞ける予定なんだがね。


「そりゃあ、他人ひとの恋路にあんまとやかく言うもんじゃないかもだけどさぁ……夕ちゃんよくそれでオッケーしたよね?」

「ん……渋々そうではあったけどな。あくまで暫定だからって強く念押しされた」


 そのままうなずいてたら、即座に婚約者になってたところだったわけで。


「そりゃそうだろうよ! えっと大地さんよ、まさかのまさかとは思うが……夕ちゃんの好意に気付いてないとか……そんなバカなことないよな? もし気付いてなくても、ここで言ってやらんと気が済まないから、すでに言ったけどね!? あとぶん殴る!」

「いや……さすがにそのくらいは解ってるわ。痛いほどな」


 あんなド直球に一途な想いをぶつけられたら、気付かんやつなんか居ないだろ。それこそラノベの主人公くらいだ。まぁその理由はやっぱり解らないんだけどさ。

 あとヤスがやたら熱心に突っかかってくるが……昨日は長いこと夕の相談に乗っていたらしいし、こいつなりに夕を応援しようとしてるんだろうな。


「よかった。大地が少しは人間の心を持ってたようで、まずは一安心だわ……」


 こいつめ、俺を何だと思ってやがる……鈍感なのは認めるけど、ちょいとひどくね?

 そうしてヤスはあきれ半分の様子で再び歩き出すと、文句の続きを言い始める。


「だけどさ、だったら何でだよ……特に夕ちゃんはお前の幸せしか見えてないくらい純粋で……お前らもうどっからどう見ても完璧な両想いじゃん……その辺にうようよしてる薄っぺらい奴らより百倍尊いってのに……くっそぉぉ納得いかん!」

「いや、お前がそんな悔しがらんでも。まぁちょっと色々事情があってだな」


 さすがに未来人だとかそういうことは、まだ伏せておこう。


「ぐぬう。お前がそう言うなら、よほどの事情ってわけか。しょうがないな。まぁどうせ遅かれ早かれ、何がどうなってもくっつく以外の未来はないし? 気長にってやつだね」


 俺の未来を勝手に決めるんじゃねぇよ……まさかお前まで未来人だとでも言う気か?


「で、それはそうと、ちゅーくらいはしたんだよな?」

「えっ、いや、してない、な」


 なんやかんやで寸止め回避だったな。でも夢では……ぐはあぁぁ! 


「どゆこと? 普通に考えてそういう流れになるもんじゃないのか? 僕はそういう経験ないから知らんけどな!」


 くっ、まるで見てきたかのように言いやがる。この無駄に鋭い野生児め! ――ってかやたらとグイグイくるなぁ。夕霊でも乗り移ってるのか?


「……んまぁ、なった、な。緊急ストップかけたけど……」

「うっそやろ……信じられん」


 ヤスは立ち止まると、呆れ顔でナイワーと言って首を横に振る。


「いやこっちにも色々と――」

「いくら事情があったとか言っても、そりゃあんまりじゃないか!? 夕ちゃんはお前のことを本当に心の底から心配して悲しんで、それでも気丈に振る舞ってたってのに……そんな健気に頑張ってた夕ちゃんの一途な想いに応えて、そんくらいしてやれよ! お前がどうとかじゃなくて、礼儀としてする義務があるんだよ!」

「ええい、落ち着けって!」

「これが落ち着いていられるかっての! あーもう、なんかすっげー腹たってきたわ! 夕ちゃんが許しても僕は許さん! 代わりに殴ってやるぞ! そこに直れぃ!」


 そう激しく憤って拳を構えるヤス。

 おいおい、さっきと完全に立場が逆じゃねぇか。どうしてこうなった。その件について俺が完璧に悪かったのは認めるが、ちょいとヤスは出しゃばり過ぎでは!?


「いや、待て待て! その、なんだ……すでに夕にめっちゃくちゃ怒られてるから……」

「…………あー、なるほど」


 事情を察したのか、ヤスは構えていた拳を下ろし、顔からも怒気が抜ける。


「なんとなくその流れが見えたわ――ってなんだ、もうすでにしりに敷かれてるんかよ。まぁあの夕ちゃんじゃ、仕方ないか。あんなん普通は勝てっこないし、ベタれしてるお前なんかは百%無理だわな、ハハハ」

「ぐ……」


 夕を言い負かせた記憶はほとんどなく、まさにその通りなんで言い返す言葉もないな……なんだよ、お前だって勝てないくせに偉そうによ?

 ただ、一色に負かされる時に感じるような劣等感、というかもはや恐怖? とかもなく……なんというか、それも悪くないなって思ったりも……――っていやいやいや! 俺だって、このままやられっぱなしでは終わらんからな!?

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