6-04 拒絶  ※挿絵付

 新たな決意を胸にし、ヤスと道場へ向かって歩いていると、五十メートルほど前を歩く一人の小学女子の姿が目に入った。しかもその子が夕と同じ私学制服を着ていたので、もしやと思って遠目ながら観察してみると……腰下までの綺麗きれい蒼黒そうこくのストレートヘアー、百三十センチ前半ほどの背丈、ブラウスと白タイツに包まれたやや細身の手足……うん、間違いなく夕だ。今日はいつもの短いサイドツインテールが無いが、たまには下ろしたい気分の日もあるだろう。


「どった、大地?」

「……いや、なんでも」


 この距離の後ろ姿でも余裕で判別できてしまったなんて、ヤスに知られるとまた嬉々ききとして冷やかされるに決まっているので、ここはひとまず見つけていないフリをしておく。

 そうしてしばらく歩いていると、俺らと夕では歩く速度が全然違うので、自然と距離が近付いてきた。


「……あんれぇ? 前に歩いてるの……もしかして夕ちゃん……じゃね?」

「オー、ソウミタイダナー」

「ん……? さては大地、気付いてたな?」

「ソンナマサカ」

「ははっ、さすがだな。で、噂をすれば愛しのお姫様のご登場ってわけな? かれ合うお二人さんは自然と引かれ合うってやつかぁ? あーほんとうらやましい限りだなぁ!?」

「んなこと言われても知らんわ!」


 ヤスがニヤニヤしつつひじで小突いて冷やかしてきたので、うっとおしい小蝿こばえのように手で払っておく。こうなるのが見えていたから、気付かないフリをしたというのに。


「ったくオメーは、いつも好き勝手いいやがって。あと、夕がお姫様て……見た目はともかく、そんな柄かよ」

「へぇ、見た目の方はサラッと認めるんだな? ほー」

「……うっせぇよ」


 仮にお姫様だとすれば、普段は家臣を散々振り回す傍若無人なお転婆姫だが、いざという時には情に厚く頼れる姫と言ったところ……いやいや、そんな設定どうでもいいし。おいそこの脳内プリンセス、十二ひとえ着てコマみたいにクルクル回らないの。その服十キロ以上あるんだぞ?


「ま、せっかくだし挨拶くらいしてこうぜ」

「……そう、だな」


 昨日の件で夕の想いを本当の意味で理解してしまったので、正直なところ、まだ顔を合わすのも少々照れ臭かったりする。だが後々ヤス経由でこのことが伝われば、「んもぉ~、なんで声かけてくれなかったのっ!」と拗ねられるに違いないので、このまま放置はマズイだろう。


「おーい夕、こんなとこで奇遇だな?」


 小走りで近付きつつ呼びかけると、夕はこちらの声に気付いて振り返る。だが、目の前で俺を見上げる夕は、小首を傾げて怪訝けげんそうな顔をしており……まだ朝も早いので、ひょっとして眠いのだろうか。それと正面から見て気付いたが、いつも腰に付けている懐中時計が見当たらない……とは言え、単にポケットに仕舞っているだけかもしれないが。


「ん、どした? こんなとこで偶然出くわしたから驚いたか? それともお前、意外と朝弱いタイプで、まだ頭が半分寝てるとか? ははは」


 夕のことなので、すぐにでも覚醒して大喜びで飛び込んでくるかもしれない……よし、可愛いお転婆娘をバッチリ受け止められるよう身構えといてやるか。そう呑気のんきに考えていたところ……




「あんただれ?」




 夕は眉間みけんにシワを寄せて、冷たくそう言い放ったのだった。


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093084049508239


「…………え?」


 今言われたことの意味が、全く解らない。

 えっと、夕が、俺に、言ったんだよな?


「ど、どうしたんだよ夕……な、何か怒ってるのか? 悪い冗談はやめろよ、はは……」


 自分でそう口にしておきながらも、絶対に冗談などではないと解っている。夕は仮にどれだけ怒っていても、例え冗談であっても、こんなことを絶対に口にするはずがないし、そもそも冗談を言うような和やかな雰囲気ですらない。それでも、せめて冗談であってくれと願って、口から出たのだろう。

 だが現実は非情であり……


「いきなり話しかけてきて何なのよ? あー、もしかしてナンパ……とか? ってあんた高校生よね……ロリコンなの? うえぇ……気持ち悪い……」


 夕は全身から嫌悪感をき出しにして両腕を抱きかかえると、まるでゴミでも見るかのようにさげすみの目を向けてきた。そのかつて向けられたことのない夕の圧倒的な嫌悪の感情を前に、俺の思考は完全停止し、何も言えずただ棒立ちになってしまう。


「そもそもなんで名前知ってるわけ? もしかして、ロリコンの上にストーカーってやつ? さいっあくね! キモ過ぎなんですけど!」

「えっ……あ……」


 いつもの優しかった夕が次々と投げかけてくる侮蔑ぶべつの言葉、その破壊力はすさまじく、ショックのあまり目眩めまいまでしてきた。


「す、すまん大地。僕にもさっぱり……」


 一縷いちるの望みとばかりに、隣のヤスに目で聞いてみたが、フルフルと首を振って返される。


「……夕、その、どうしちまったんだ? 何か怒らせてしまったのなら、この通り謝るから――」

「く、来るなぁっ! こっ、これ以上近づいたら……お、大声出す、わよ!」

「っ!?」


 弁解しつつ近付こうとした瞬間、夕はより一層険しい顔で後ずさると、防犯ブザーを握りながらそう警告してきた。しかも、その声と手は震えており……まさか、おびえさせてしまっている、のか? この俺が……夕を……小さなヒーローを……大切にすると親父に誓った夕を……俺、が……。


「そん……な…………うっっ」


 その耐え難い現実に、完全に頭が真っ白になってしまい、もはや立っていることすら覚束なくなってきた。


「――っ大地しっかりしろ! ここは引くぞ!!!」

「あっ、あ、あぁ……っ!」


 ヤスのかつを受けてわずかに正気を取り戻した俺は、夕と距離を取りながら横を抜け、学校側へと全力で逃げ去る。

 その間も夕は、警戒と怯えが混ざった目で、こちらをにらんでいたのだった。

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