6-04 拒絶

 新たな決意と共にヤスと歩いていると、前の方に夕と同じ私学制服を着た小学女児の歩く姿が目に入った。最近は頻繁に見ることになった制服だなぁ――って、かばんの下で揺れる腰下までの綺麗きれい蒼黒そうこくのストレートヘアー、百三十cmちょいくらいの背丈、ブラウスと白タイツに包まれたやや細身の手足、鞄の横にぶら下がった昨晩見た防犯ブザー……夕じゃないか。いつもの短いサイドツインテールが無いが、下ろしてる日もあるだろうし……うん、夕で間違いないだろう。

 いやいやいや、何でここに居るわけ? 待ち構えてたとも思えないし……偶然、だよな?

 とはいえ、この距離の後ろ姿でも余裕で判別できてしまったなんて、ヤスに知られるとまた嬉々ききとして冷やかされるに決まっている。よし、ここは黙っておこう。

 そのまましばらく歩いていると、俺らと夕では歩く速度が全然違うので自然と追いついてきた。


「あれ? 前に歩いてるの……もしかして夕ちゃん……じゃね?」


 お、ここまで近づけばヤスも気付くか。


「そうみたいだな」

「おいおい、噂をすれば愛しのお姫様のご登場ってわけかよ。かれ合うお二人さんは自然と引かれ合うってやつかぁ? あーほんとうらやましい限りだなぁ!?」


 ヤスはひじで小突いて冷やかしてくる。


「んなこと言われても知らんわ! まったく好き勝手いいやがって。あと、夕がお姫様て……見た目はともかく、そんな柄かよ」


 仮にお姫様だとしたら、普段は家臣を散々振り回す傍若無人なお転婆姫だけど、いざという時には情に厚く頼れる姫ってとこだな、間違いない。いやそんな設定どうでもいいし。おいそこのバーチャル姫、十二ひとえでクルクル回らないの。それどんだけ重いと思ってんだ。


「せっかくだし挨拶くらいしてこうぜ」

「ん……そう、だな」


 昨日や夢の件で、正直なところ顔合わすのも恥ずかしいんだが……偶然にも見かけてしまったなら、声くらいかけとかないとか。

 そう思って早足で近づき、呼びかける。


「おーい夕、こんなとこで奇遇だな?」


 すると、夕はこちらの声に気付いたのか、後ろへと振り返る。

 その姿は髪型以外いつも通りの夕ではあるのだが……なんだろう、少し雰囲気が違うというか、小首を傾げて怪訝けげんそうな顔をしている? あ、それといつも着けてる腰の時計も無い?


「ん、どした? こんなとこで偶然出くわしたから驚いたか? はは」


 夕のことだし、すぐにでも大喜びで飛びかかってくるかもしれないな……よし、構えといてやるか。

 そう思っていると、




「あんただれ?」




 夕は眉間みけんにシワを寄せて、冷たくそう言い放ったのだった。


「…………え?」


 今言われたことの意味が、全く解らない。

 えっと、夕が、俺に、言ったんだよな?


「ど、どうしたんだよ夕……な、何か怒ってるのか? 悪い冗談はやめろよ、はは……」


 自分で言ってて、絶対に冗談なんかではないと解ってる。夕は仮にどれだけ怒っていても、例え冗談であっても、こんなことを絶対に口にするわけがない。そもそも冗談を言うような和やかな雰囲気でもない。

 でも……せめてそうであって欲しいと願って、口から出たのかもしれない。だが……


「いきなり話しかけてきて何なのよ? あー、もしかしてナンパ……とか? ってあんた高校生よね……ロリコンなの? うえぇ……気持ち悪い……」


 夕は全身から嫌悪感をき出しにして両腕を抱きかかえると、まるでゴミでも見るかのようにさげすみの目を向けてきた。


「お、おい……」


 かつて夕から向けられたことのない圧倒的な嫌悪の感情に、俺はただただ混乱して、たじろぐことしかできない。


「そもそもなんで名前知ってるわけ? もしかして、ロリコンの上にストーカーってやつ? さいっあくね! キモ過ぎなんですけど!」

「えっ……あ……」


 いつもの優しかった夕と同じ声で次々と投げかけられる侮蔑ぶべつの言葉、その破壊力はすさまじく、目眩めまいがするほどのショックを受ける。一体全体どうなっているんだ……もう完全にパニックで思考がまとまらない。

 そこで一縷いちるの期待を込めて、隣のヤスを見てみるが……


「す、すまん大地。僕にもさっぱり……」


 ヤスもこうなっている理由が全く解らないようだ。もうどうしたらいいんだ……。


「夕、その、どうしちまったんだ? 何か怒らせてしまったのなら、この通り謝るから――」


 そう言って夕に迫ろうとするが、


「近づくなぁっ!」


 夕は一歩後ずさると、一層険しい顔をして震え声で拒絶してきた。


「!」

「こっ、これ以上近づいたら……お、大声出す、わよ!」


 さらに、俺を拒絶する夕の手には防犯ブザーが握られていた。しかも、その手は震えており……まさか、おびえさせてしまっている、のか? この俺が……夕を……小さなヒーローを……大切にすると親父に誓った夕を……。


「そん、な……」


 その耐え難い現実に、俺は完全に頭が真っ白になっており、今にも気を失って倒れてしまいそうだ。


「大地! ここは引こう!」

「あっ、あ、あぁ……」


 ヤスの掛け声にわずかに正気を取り戻した俺は、夕とできるだけ距離を取りながら小走りに横を抜ける。

 その間も、夕はこちらをひたすら警戒した目で、じっとにらんでいたのだった。

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