6-01 梯夢(2)
「まったああああ!!!」
さすがにそれはマズイと上半身を跳ね起こすが……
「えっ………………ええ?」
たった今まで目の前に居たはずの夕の姿が無い。
首を傾げつつ自分の唇に指を当てれば、うっすらと柔らかな感触が残っているような、いないような……?
「ん? ん? んんんー? ……………………これって、これってもしや……ダブルで夢オチってやつ……なのかぁっ!?」
おいおい、こんなことって、ほんとにあるのかよぉ……夢の中の夢とか、初めてだぞ。しかも両方に夕――ってそれはつまり…………夢を二層に渡って侵略されたのかよ!? ダメだぁ、もうオシマイだぁ。
「はぁぁぁぁ………………――あっ、部活!」
早朝から部活なので、のんびり考えている場合ではなかった。それでひとまずベッドから起き上がったところ……
「…………え………………うっそ、だろぉ…………………」
体の違和感に驚いて、思考も動作も完全停止する。まさに永久凍土の如く凍りつく
「……いやこれは……だめやろぉぉぉ……」
いくら夢の中とはいえ、いくら夕が妙に大人っぽいとはいえ、いくら情熱的なキスだったとはいえだ…………あの純真で幼い夕に、だぞ!?
「うおーーーうがあぁぁ!!!」
当然のように押し寄せてくる罪悪感の奔流に耐えられず、ベッドの上でのたうち回るくらいしかできない。
「もう今すぐ死にたい……いや、いっそ誰か俺を殺してくれ!」
そうか……実は俺、真正の病気だったんだな。こりゃヤスのこと言えんじゃないか。
――ロリコンは病気なんだよっ! でも、そんなパパも大好きだから安心してね! とゆーかさ、歳下のあたしと結婚するんだから、むしろその方が好都合だよぉ!
ぜんっぜん一ミリのフォローにもなってねぇからな!? せっかくフォローしてくれた
「いやもうマジで、色々な意味で夕にどんな顔して会ったら――ってぇ!」
そこで大慌てで周りを見渡し、猫のように慎重に部屋の隅々まで指差し安全確認…………ヨシッ! ふぅぅ〜、夕は居ないようで一安心。
二つ目の夢のように、現実の夕がすでに部屋に居てもおかしくはないのだ。もしこんな状態を見られでもしたら、それこそどれだけからかい倒されるか分かったものでは……いや、アクシデントに激ヨワな夕のことだし、キャパオーバーで真っ赤になって逃げてくかも――って何を考えてんだよ俺は! いい加減にしろや!?
ピロリン
「うぉおおぁぅ!」
そんな自問自答で忙しい中で鳴ったメールの着信音に、めちゃくちゃビビり倒す。ベッド
「ぐうぅ……なんて間の悪いヤツだよ」
まるで夕に見透かされて
そういう訳で全く気乗りはしないが、何か重要な緊急連絡かもしれないので、渋々とメールを開封する。
『パパおはよー。昨晩はよく眠れたかしらー? あたしはね、もう
「くはぁっ」
夕のあまりに純粋で清らかな想いが
「……あと、そうか……夕らしいな」
俺も昨日の盛り沢山を振り返ってなかなか寝付けなかったが、夕も同じだったと聞いて、何だか嬉しくなってしまう。
『パパの側にずっと居られる、こんな幸せなことはないわ。まさに大願成就ね! あと、あたしの話を信じてくれて、本当にありがとう。嬉しくて、これを書いてる今でもうっかり思い出し泣きしそうよ?』
礼を言わなきゃいけないのは、むしろ俺の方だってのにな。
ほんとなんで夕はここまで俺を慕って……まぁそれは後で解ることになるか。
そのとき俺は、夕をどう思い、どう接することになるんだろうな。
『それじゃ、またお昼に会えるのを楽しみにしてるわね? あなたの愛しの娘より(でもすぐに恋人へ昇格するよぉ!)』
だぁもう、そういうとこだよ! お前がそんなだから、夢の中にまで出て来ちまうし、それに……――って責任転嫁かよ……はぁヤダヤダ。頑張って闘病生活しよ。
そこで携帯の時計が目に入り、慌てて寝間着から制服に着替える。返信しておくべきか少し考えたが、以前に夕は常時確認が難しいと言っていたし、それに数時間後には直接会うのでやめておいた。
階下へ駆け降りて台所へ移動すると、パンにジャムを雑に塗って
「見るなと言われると、人は見たくなるもんだが……もちろん放置! 見たら後が怖いしな!」
見たものを見てないとシラを切るのは案外難しいもので、特に鋭い夕相手ならばなおさらだ。
それで小袋を靴棚の上に戻すと、多少の後ろ髪を引かれながらも玄関を出て、速歩きで道場へと向かう。
「……んんん、待てよ? そもそもなんで、夕の私物が家の中にあるんだ? 昨晩は無かった……となると、今朝に一回来てるってことにならないか!?」
まるで二つ目の夢のような話で、もしかすると寝ている俺に声を掛けていった……つまり、一つ目の夢で聞こえた「起きて」は、現実の夕の声だった説。それもあって、ダブルで夕の夢を見たのかもしれない。
「ああ、どんどん夕に侵略されていってる…………んやまぁそれも、別にそこまで嫌じゃぁないんだが、ないんだがぁ……ぐぬぬぅ」
このままでは二つの夢が正夢になるまで時間の問題な気がしてきて、俺の行く先に不安を覚えつつも先を行くのだった。
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