第3幕

前編

6-01 梯夢(1)  ※表紙付き

第3幕前編の表紙です。

https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093083679425444

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「はぁ疲れたぁ」


 坂を登って古めかしき愛しの我が家に到着し、戸を開けて中に入る。


「ただいまー」


 ん? 無意識に口から出たが……何か引っかかるぞ。

 そう、俺は、誰に、言ったんだ? この家には誰も居ないはずなのに。

 それで首を傾げていると、家の中からパタパタと軽い足音が近付いてきて、


「おかえりなさーい、あ・な・た♪」


 夕がまぶしい笑顔で出迎えてきた。


「……え!?」


 その夕はどういう訳か成長した姿で……まだ顔つきは若干幼げだが、背丈は少し高くなっており、俺と同い年くらいの雰囲気だろうか。その夕はエプロンを着けて菜箸さいばしを持っていて、つい今しがたまで料理をしていたご様子だ。


「えっと……どゆこと!?」

「?」


 パパってば何言ってるのかしら、といった風に可愛らしく首を傾げる夕(?)。


「何でお前大きくなって……――ってか、あなたって何だよ!」

「え? 結婚した時に呼び方はそれで良いって言った……じゃない? それとも昔みたいに……パパって呼んで欲しいのかな? むぅ~、この歳になるとぉ、ちょっち恥ずかしいかも……。あ、でも、子供が生まれたら……またパパって呼ぶことになるもんね? うふふ、楽しみだね♪」


 夕はそう言って優しく微笑むと、わずかに膨れたお腹をさする。


「けっ、こん!!! こど、も!!!」


 もう一体何がどうなってやがんだ……俺は頭がおかしくなっちまったのか?


「もー、あなたってば、お仕事で疲れてるのね?」


 そう言われて自身の姿を良く見れば、なぜかスーツを着て革靴を履いており、いかにも仕事帰りといった装い……そうか、俺はサラリーマン大地で、夕を妻として迎え入れて……――いやいやいや高校生だってば! あっぶね、うっかり順応しちまうとこだったわ。

 うむぅ、何やら色々とおかしな状況だぞ……?


「うんっ、これは今すぐ癒やしてあげないとだね!」

「……はい?」

「よーしっ、ご飯はスルー、お風呂もスルー、なのであ・た・しぃ、にするねっ♪」


 急にいつもの子供の姿に戻り、わーいと無邪気に飛びかかってくる夕を見て、俺は気付く。

 そう、これは夢だ!


 ――ねぇ起きて


 よし、起きよう!

 そう決意し、選ばせる気ないんかーい、と夕にツッコミを入れたところで……


「――っ!!」


 無事に夢から目覚めた。

 まだおぼろげな視界には見慣れた自室の天井が映り、脇のカーテンから差し込む朝日に淡く照らされている。

 ……ふぅぅぅ、夢だったか。ええと、確か昨晩は……そう、親父に激励される夢を見た後、深夜に水を飲んで寝直したんだっけか。それで待ってましたとばかりに、夕が出てきたと……あのー、夢出演の順番待ちとか、やめてもらえます? 

 それと夢から起きる寸前に、誰かに「起きて」と呼ばれたような……しかもあの声、夕だった気が……あぁー分かったぞ、夕が起こしてくれたのか――っていやいや待て待て、何で夕が起こしに来るんだよ! あれだ、きっと夢の中の夕とごっちゃになって――ってか夕のやつめ、ついに夢にまで出てくるようになったぞ!? しかも夕と新婚生活を送る夢とか、色々と問題あり過ぎだろぉ!? ぐぬぅ、なんてこった、昨晩に懸念してたことが現実になりやがったぞ……もはや俺に安息の地なぞ無いとでもいうのか。


「……ん?」

 

 それはそうと、何やら身体が若干重いような気が……いや、気のせいではなく明らかに何かが上に乗っている。


「パパー、起・き・てってばぁ~!」

「うおぉ!?」


 慌てて首を下に向けると……リアル・夕とばっちり目が合った。その夕は寝ている俺の上に覆い被さって、胸のあたりからこちらを見上げる格好だ。


「もぉ~、やぁっと起きたー?」


 夕は俺の上で体を起こしてアヒル座りになり、制服の茶色のリボンをクイクイっと整える。あと、俺がいつまでも寝ていることに少しだけねているようだが……起きろというなら、まずは上から降りてもらえませんかね? いやまぁ、めちゃくちゃ軽いし苦しくはないけどさ……そういう問題じゃなくてね?


「ちょ、え? 夕……お前、何で居るの?」

「え~? そりゃパパの娘になったんだから、いつも側に居てもいいんでしょ?」

「あぁそっかぁ――じゃなくて! 昼から来るんじゃなかったか?」


 そういう約束だったので、もしや寝過ごしてしまったのかと思い、慌てて壁の時計を見れば……まだ八時。


「えっ、あはは。そのぉ……昨日のことがあまりにもうれしくってさ、もう我慢できなくて来ちゃった♪ ねねね、びっくりしたぁ?」

「そりゃな!?」

「ドッキリ成功ね、にしし♪」


 イタズラが成功した子供のように、楽しげに歯を見せて笑う夕。


「ったくお前はよ……」


 どれだけ夕のことを知っても、このイタズラには毎度毎度驚かされるしかないし、今後慣れることもないのだろう。


「っとぉ、早く起きないと、朝ごはん冷めちゃうよ? も~、ねぼすけなんだから」

「お、おう」


 なんとすでに朝ごはんがスタンバイされているとは、こりゃありがたい。しかも夕料理長の朝餉あさげとくれば、高級ホテル並のクオリティに違いない……最高かよ。


「んでも~? ねぼすけパパを眺めてるのは、最高だったんだけどね?」

「なにぃっ!」


 ずっと寝顔を見られてたってこと? ええい、くっそ恥ずかしいわ!


「このままずぅっと眺めてようかと思ったくらいよ? 大好きな人の寝顔なんて、どんな名画にも勝るってものね♪」


 夕は前傾して顔をずぃっと目の前まで近付けると、「せっかくだしもっと近くで鑑賞しましょ♪」と言って楽しそうに見つめてきた。


「ちょぉ、近い! 近いってば!」


 お客様、困ります! 部屋の外まで下がってドアを閉めてご鑑賞ください!

 ここまで近いと顔に息がかかってこそばゆいし、なんか女の子の甘い匂いもするしで……そっ、それに夕の綺麗きれいひとみにこうじっと見つめられると、吸い込まれそうで……あと昨日の事も思い出してしまって、色々と緊張するから!


「え~? なんでそんな困ってるの~? ねーねー、教えて欲しいなぁ?」


 夕は白々しくもそう言うと、両足をパタパタさせながら、ニヤニヤ顔で頭を左右に揺らしている。


「くっ……お前、絶対分かってて言ってるよな?」


 そうやって純朴な男子をからかって遊ぶの、やめてもらえませんかね?


「それに、いつもいつも事あるごとに……」


 すっ、好きとかさ……。


「ん~?」

「あ、いや、何でも」


 おっと、しばらくは気付いたことを悟られないようにしないとだった。


「…………………………あっ……そっか……そっかぁ。嬉しいな……へへ……えへへぇ」


 夕は少し顔を引いて自身の胸に手を置くと、照れながら微笑んでいる。

 あーもーほらー、やっぱすぐバレるし。


「うん。そういうことなら、あたしも本気出して良さそうね!」

「何だと!」


 うそやん、これで今まで手加減してたの? 実はその帽子、何十キロもあるやつ? 暗黒龍が封印されし呪いの左手が抑えられぬぅ、なの?


「うふふふふ♪」


 本気モードらしい夕は、不敵に笑いながら再びズリズリと近付いてくる。


「…………あのー、ひょっとして昨日のこと、まだちょっとだけ怒ってたり……します?」

「え? あはは、そんなわけないよぉ。もー心配性なんだからぁ。ちょっと拗ねちゃっただけで、そもそも本気で怒ってなんかないってば。それにナデナデしてくれたから、充分過ぎるくらい幸せ成分補充されたし?」

「そ、そうか」


 確かにあのナデナデは、かなり満足してくれた様子だった。むしろ効き過ぎて、こちらが焦ったくらいだ。


「で~もぉ……あたしってば、ちょっと欲張りなのよ?」


 おおっとぉ、このフリは……嫌な予感しかしないぞー?


「せっかく『同じような体勢』になったんだからぁ……」

「同じって……なっ!」


 言われて体勢を良く見れば、まるで昨日の再現のように、夕にのしかかられて密着されて動けない状態だった。

 そこで夕は、ニヤリと笑うと……


「つ・づ・き、しちゃう?」


 トンデモ発言をしてきやがった。


「なぁっ! なんのだよ!?」

「んもぉ、解ってるく・せ・にぃ~?」


 その綺麗な桃色の唇へ指を当てて意味深にそう言うと、紅潮した顔をさらに近付けてくる。


「待った! ちょぉ待った!!!」

「うふふ、待ちませぇ~ん♪」


 だぁぁ、昨日と違って完全にノリノリで、全く止まる気配が無いぞっ!?


「だってパパならあたしなんて余裕で退けられるんだし……そういうこと、だよね?」

「……む」


 そうだよ、俺は何で抵抗しないんだよ。ナゼしようとも思わないんだ?


「ふふ、昨日のことを気にしてくれてるんでしょ? それにあたしの気持ちをちゃんと解ってくれたから……このくらいはしなきゃって心の底では思ったんじゃないのぉ? もーほんと優しいんだから♪」

「なっ」


 そ、そうなのか……な? ――ってぇ冷静に心情を分析している場合かよ!

 そして夕は、いいよね? とでも言わんばかりにゆっくり瞬きをすると、


「だ~いち♪」


 瞳を閉じ、


「好きよ」


 優しくささやいて、


「んむっ!?」


 小さな唇を合わせてきたのだった。

 その口づけは、あの初めての時よりも甘く柔らかで瑞々みずみずしく、また夕の想いの丈を知った分だけより一層情熱的に感じてしまう。心臓が馬鹿みたいに打ち鳴らされているのに、頭は甘くしびれてまともに働かない。

 そうしてほうけたように夕を見つめていると、その目がゆっくりと開き、それが驚き、拗ねへと変わり、最後には……ニヤっとイタズラっ子のように細められた。

 あ、マズイ。さらに良くないことを考えてる顔だ。これはたぶん目をつむらず不躾ぶしつけに見ていたことへの仕返しで……えっと、この流れからして――あ、ちょ、絶対ダメだってば!

 次にくる行為を予想して焦った瞬間、案の定と触れていた夕の唇が少し開き、その隙間すきまを割って熱い夕の――

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