6-06 交代

「お、何か思い出した感じ?」

「おうよ。昨晩の帰り際に確か……『交代』とか何とかって言ってたな」

「交、代?」


 ヤスが不思議そうな顔で頭をひねっている。俺も昨日は同じような感じになったな。


「そうそう。んで交代しないといけないから、泊まれなくて悔しいって――」

「ちょ、ちょちょちょぉ待って!? 今なんて!? まさか夕ちゃんをお泊りさせようとしたの!?」


 俺の話を遮ると、勢い良く俺の肩をつかんで詰め寄ってきた。

 

「お、おう」

「マジカヨ! ――あーいや、今はそんなこと言ってる場合じゃないのは解ってるんだけど……お前が言うとあまりに衝撃的過ぎてさ? いやぁ、大地もやるときゃやるんだなぁ。スゲーなぁ……」

「だぁぁもう、そんなんじゃねぇって! 何でお前まで夕と同じ反応するんだよ……やっぱ俺の感覚がおかしいのか? 夜遅かったから、ただの安全面だっての」


 そもそも何でそんな発想になるんだよ、色々とおかしくね? 相手は小学女児だぞ――って、俺は病人だった……くっそぉ! おかしいのは俺だよな!


「ちぇっ、なんだよ、つまんないな――っと脱線しちまってわりぃ。それで、交代、ねぇ。そりゃぁどういう意味だろ」

「残念だがその意味は全く解らん。だけど、今回の話に関係ありそうだよな」

「ん。確かに、夕ちゃんが豹変ひょうへんしたのと関係あるかもだね……あっ、もしかしてさ……二重人格とか? ――ってこれは小澄さんの時にも言って外してたっけ、あはは」


 そういやそんなこともあったなぁ。結局はただの小澄の演技だったってオチだが。

 それで、演技……は絶対ないな。さっきの夕のあれは、到底そんな生易しいものじゃなかったし、そもそも夕の信念とあまりに矛盾する行為だ。


「二重人格、か。でも可能性としてアリ……いや待て。二重人格って、そんな計画的に入れ替わりするもんなのかな? いついつまで私の番ね、みたいにさ。それに、仮に人格が多少変わっても、さっきみたいにはならないのでは?」

「……というと?」

「さっきの反応は、明らかに俺たちを知らない感じだっただろ? でも二重人格は、あくまで記憶は共有していると思うんだ。まぁ俺らは心理学に詳しいわけでもないし、ただの憶測でしかないけどさ?」

「ああー、言われてみればそうか。――あっ! それに、夕ちゃんにとっての大地の記憶は……それこそ全記憶の中で一番大切な宝物なんだもんな。人格が入れ替わったくらいで完全に忘れるとか、どう考えてもありえないよなぁ」

「ぐっ、そう言われると妙に気恥ずかしいんだが!?」


 そうそう、学食で夕の名前を教えてもらったときに、「全ての名前を忘れてもパパの名前だけは絶対忘れない」とか真面目な顔して言ってたっけな。あの時は勘弁してくれよって思ったもんだが、それが今じゃ……こんなにも嬉しく感じるなんてなぁ。

 うん、そうだな。夕が俺のことを忘れるとか絶対ありえないことだから、やはりあれは違うダレカに「交代」している、と考えるのが筋だな。


「うーん………………だっ、だめだぁ。やっぱ行き詰まるなぁ。くっそぉ、僕程度の頭じゃこれが限界だよ!」

「いや、充分ヒントにはなったぞ。助かった」


 突然飛び出すヤスの野生の勘は、意外と頼りになることもたまにある。


「んでも結局のところ、夕に聞かないと本当の事情は分からないんだよな」

「そうなるよなぁ」

「だけどさ……もしもだ、万が一の想像したくもないような悪夢だけどよ……さっきの状態から二度と戻らない、なんてことになってしまったら、な?」


 今自分で言っただけで全身に怖気が走ったわ。夕自身が交代とやらをそれほど深刻に考えていなかったということは、時間が経てば自然に戻れるんだとは、思うけど……やっぱり怖いものは怖いよな。


「それは、やべぇな……それこそ大地がショックで自殺するか廃人になりかねん」

「んな大げさな……と笑い飛ばすこともできない自分が情けないぜ」


 もしそんなことになってしまっても、さすがに死んだりはしないが……正直もう二度と立ち直れる気がしない。大切な人を失うのはもう沢山だし、それと……小さなヒーローを嘘つきになんか、絶対したくない。


「だいぶと考察はしてみたけど、この辺が関の山か。いかんせん情報が足りなさ過ぎる」

「残念だけど、そうみたいだね……」


 昨日帰る前にもう少し粘って聞いておかなかったのが、実に悔やまれる。やはり泊まらせるべきだったか……――って俺は馬鹿か!? 家に居るときにあの夕に突然交代なんかしてたら、場所も最悪だし止めるヤスも居ないしで、さっき以上の大惨事になってたわ。それは完全に取り返しのつかないヤツで……だからこそ夕は悔しながらも帰るって言ったんだろうよ。


「――っと、そうこうしてるうちに着いたし、とりあえず部活しようか」

「んだな。身体動かしてたら、またなんかひらめくかもしれんし」


 ひとまず考察を打ち切り、二人で道場へと入って行った。

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