6-07 応援
俺たちが普段使用する弓道場は、三角屋根の木造平屋構造になっており、趣深い歴史ある日本建築といった
靴を脱いで右側の下駄箱にしまうと、今は誰も居ない受付の前を素通りして早速と奥へ向かおうとする。もちろん一般客は利用手続きが必要だが、うちの弓道部員は基本的に顔パス扱いで、あとで部長が利用者数を報告することになっている。なお、その部長のヤスはよく報告を忘れて女性スタッフに軽く
そうして
「あら、大地君にヤス君、おっはよーっ!」
その奥側の下から女性スタッフがひょっこりと顔を出すと、元気よく挨拶してきた。どうやら屈んで小物の整理作業でもしていて、こちらからは見えなかったようだ。
挨拶しようとカウンター前にヤスと並ぶと、
「土曜の朝早くから部活だねー? よしよし、え・ら・い・ゾっと」
スッと伸ばした左右の人差し指で、俺たちの胸元をツンっと押してくる。
「おはようございます、
「んもー、大地君ってば相変わらず固いんだから。ま、それが君のいいとこでもあるんだけど?」
「っはよござっす。いやぁ、那須さんはいつも
「ヤス君の方は口ばっか達者なんだからぁ。そのくらい弓道も達者になって欲しいんだけどねー? あ、君らは足して割ると丁度良いんじゃないかなー?」
「えー、大地と足されるのはイヤだなー!」「んなもん俺もだよ! 冗談じゃねーわ!」
「あははっ。いっつも仲いーね! お姉さんちょっと
こうして気さくに声をかけてくれた女性――
それでこの那須さんは、
「…………んんん~? あれれ?」
挨拶も済んだので更衣室に向かおうとしたところ、那須さんが
「大地君さ、何となくなんだけどさ……元気なくない? ただのお姉さんの気のせいかな?」
「「えっ」」
一歩後ずさって、「そんな顔に出てるか?」といった目線をヤスに送ってみるが、首を横に振って返される。
「そ、そんな元気なさそうに見えます?」
「うーん。大地君っていつも仏頂面だからさ、他の子よりかっなーり表情読みにくいんだけど……ここ数日はなんというか、少し柔らかくなったというか、明るくなったように感じてたんだよね? 急に何があったのかは分かんないけど、実はお姉さんちょっと嬉しかったりしたのよ。でも、今日はどこかしら暗めなような……気が? あっ、ひょっとして眠いだけとかなのかな?」
実際についさっき大変ショッキングなことがあった訳で、本当に良く見ている人だ。こうして姉のような人に心配されるのは、なんだか気恥ずかしくもあり嬉しくもあり――って、俺がそう思えるようになったのも、夕のおかげなんだよな。でもその夕は…………っとと、こんな落ち込んだ様子を見せたら、増々心配されてしまう。
「(やっぱ那須さんスゲーなぁ)」「(それな)」
「んー? 君ら何ヒソヒソしてんのかな?」
那須さんの観察眼の鋭さに感心して小声で話をしていたのだが、
「い、いえ、何も――」
「あーっ! 男の子達がコソコソすることって言うと、これはもしかしてー!?」
その様子を見て何かを察したようだ。
「好きな子にでもフラれたってやつかなー? ってまさか大地君に限ってそんな――――え? うそでしょ?」
正確には違うものの、かなり近い内容の指摘をされてうっかり驚いてしまい、バレてしまった。そもそも那須さんが鋭過ぎるのはあるが、俺たちのポーカーフェイス下手過ぎ問題。
「へぇー、ほぉー、この大地君が失恋ねー? これはこれは意外だゾー?」
カウンターから上半身を乗り出して、まさに興味津々といった様子で俺の顔を下から
「あ、ごめんごめん。大地君がモテるモテないとか言ってるんじゃないのよ? 何ていうか大地君ってさ、色恋に興味ない子……んや、それも何だか違う気が……とまぁお姉さん最近までそう思ってたからさ?」
はい、その通りです。いや……その通りでした、になりかけているかも、が正しいかな? 我ながら実にややこしい。
「ごめんねぇ大地君、お姉さん少し見誤ってたみたい。そっかそっかぁ、それは良かった……――じゃなくてフラれたんだっけ!? たいへん! あーん、こまった、どーしよっ!?」
両手をパタパタして慌てる那須さんの様子が、失礼ながらも子供っぽくて可愛らしいなと思い、少し
「えっと、那須さんが想像するようなフラれたとは違いまして……大切に想ってる子と少しトラブルが起きた……が近いけど本当はちょっと違うし、えーっと……とにかくややこしいことになってしまったんですよ。すみません、全然要領の得ない話で」
もちろん未来人や別のダレカの話なんてできないが、言わないことには状況を説明しようがないという、まさに八方塞がり。もう、「実は好きな子にフラれたんですよー、ははは」とそのまま肯定して逃げれば楽な気もするが、それを言ってしまうと夕に申し訳ないし……そもそも俺自身があのダレカが夕だと絶対に認めたくない。
「お、お、おお? なんだかとってもむつかしそう……ごめんね、お姉さんあんまり頭良くないから、ちょっと話に付いてけなかったゾ?」
「いえ、俺が悪いんですよ。詳しくは言えない事情があって、すみません」
こうして実際に夕と近い立場に立ってみて、秘密を明かさず嘘もつかずに納得してもらうというのは、物凄く頭を使う大変なことだと実感した。こんな大変なことを、嫌な顔一つせずにずっと俺に……ほんと夕、すげーよな……。
「そっか。お姉さん的にはちょっぴし寂しいけど、仕方ないわね。でもお姉さんバッチリ応援はしてるから、気を落とさず頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます」
例え事情が正しく伝わっていなくても、こうしてただ応援してくれるだけで少し元気が湧いてきた。さすがはみんなのお姉さん、励ましの達人だ。
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