5-19 秘密

 ひとまずはお互いの落とし所に落ち着き、並んで一息ついていたところ、


「どーぞっ」

「お、ども」


 夕はこちらの湯呑ゆのみが空になったのを見て、すかさず急須から足してくれた。本当に良くできた子──じゃなくて娘? ま、どっちも大して変わらんか。

 それにしても、日中はイベントまみれだと嘆いていたが、まさか夜にはかつてないほどの特大級が待ち構えているとは思わなかった。お陰様で治療不可能と諦めていたトラウマに回復の兆しが見えたが……その代わりに、一緒に頑張ってくれるヒーロー殿を娘枠として迎え入れる妙な展開になってしまった。それも正確には娘で勘弁してもらったが正しく、下手をすれば恋人やら婚約者やらになっていたところだ。

 その「下手をすれば」とは大変失礼な言いようだが、もちろん夕とそういう仲になるのが嫌なわけでは決してない。人間的にこれほど魅力的な子もそうは居ないし、正直俺なんかにはもったいない限りだと思う。ただ、恋愛対象の女の子としてはどうかと聞かれると……良く解らない。こうして「家族」になりたいとまで言ってくれて、俺もそれを受け入れられた程だ、随分と心を通わせられたとは思う。だが会って間もない夕がここまでしてくれる理由は未だ分からず、結局のところ変わらず不思議ちゃんのままなのだ。

 そんな不思議ちゃんでありながらも、夕はそういう子なのだと納得して、これまでは流していたところはあった。だが先ほどのフィアンセ云々うんぬんでの返答は方便でもなく、純粋に夕のことをもっと知りたい思うようになってきており……俺の中で何かが変わり始めているようだ。


「夕ってさぁ、なんなんだろうな……」

「え……………………………………はえぇっ!?」


 不意にこぼれた取り止めもない問いに、夕はしばし固まった後、頓狂とんきょうな声を上げた。


「っとスマンスマン。別に悪い意味で言ってるわけじゃなく、ただ何者なんだろうってな?」

「うーん……? 何者と言われてもぉ……パパにとっては、家族、愛しの娘、ですが……?」


 夕は至極当然ながら困っており、俺でも同じ反応をするだろう。結局のところコギトエルゴスム我思う、ゆえに我あり、自分の存在の確認くらいしかできないのが人間だ。


「確かにそうかもしれんが、そうじゃなくてだな……んー、ほら、いろいろ?」

「いろいろ……と言われてもぉ……」


 依然と漠然としている俺の問いに、やはり困り顔をする夕だが、こちらとしても何を尋ねれば良いのか分からない。これまでも、夕本人に関する質問をしたところで、けむに巻かれるような不思議な回答しか返ってこず、情報を得るほど逆に正体不明になっていく有様だったのだ。だが、こうして正式に娘枠に昇格(?)した今ならば、もしかすると教えてくれるかもしれない。ものは試し、思いついた引っ掛かりを具体的に尋ねてみよう。


「そうだな。例えば素朴な疑問なんだけど、そもそも何で娘設定だったわけ? 家族としてのロールプレイみたいなことをするんなら、妹とかの方が良かったんじゃと思うんだが」


 妄想癖の強い子――などと最初は大変失礼なことを思っていたものだが……こうして夕のことを知ってきた今では、俺を癒すために家族という役割を演じていると解釈している。ただ、それにしても娘ではあまりにも設定に無理があり、例えばもし妹だったなら……無いとは思うが親父の隠し子や、実はこっそり再婚していてその連れ子など、不可能ではないだろう。何事にもしっかりとしている夕が、どうして娘という実現不可能なトンチンカンな役を選んだのか、純粋に気になる。そう、きっと他に何か深い理由があるのではと思えてくるのだ。


「あれ~? パパは妹の方が良かったのぉ? 意外ねぇ……ならさっきそう言ってくれたら、妹枠にしたのよ? ――だいち~お・に・ぃ・ちゃん♪」

「のわぁっ!?」


 すると夕は、顎(あご)に人差し指を当てて小首を傾げ、とびきりの甘々ボイスで耳元へささやいてきた。その強烈にアザトイ攻撃で一気に顔が熱くなり、慌てて耳を押さえながら仰(の)け反る。


「だぁもう、そういう事じゃなくて! ――ってか解ってて言ってんだろ、お前は」

「うんっ、パパをからかっただけよ? すっごく可愛い反応が見られたわぁ、にっしし♪」


 やはりはぐらかされてしまったが……これは何か隠したい事があるからと見て良いだろう。


「ほぉ」

「…………うぅっ」


 じぃ~っと半目で見つめて無言の抗議をすると、夕は狼狽うろたえて目をキョロキョロさせている。……よーし、効いてるぞ。今日は専ら防戦しかしていないので、攻めのチャンスは逃さない!


「…………あーはいはいもー、悪かったってば!」


 そのまま見続けたところ、夕は両手を上げて降参の意を示してきた。


「んーむむぅ、その辺はまだ突っ込まれたくなかったんだけどなぁ……しょうがないっか、いつかは必ず話すことなんだし」

「おお~」


 ついに、夕の秘密のヴェールが明かされるのか。


「それじゃぁ、落ち着いて良く聞いてね?」

「……お、おうよ」




「私は、本当に、大地の娘なのです」




 夕は真剣な目で俺を見つめ、ゆっくりと言い聞かせるように告げた。


「…………え? マジ、デシテ?」


 先ほどのような冗談ならともかく、少なくともこの雰囲気では、夕は絶対に嘘を吐かない。なので……えっ、本気も本気で、娘なん? オー、リアリー? もう俺はアンビバだっ!?


「ただし、義理のね」

「………………あーーーなるほど。それならいけ…………るか?」


 義理の兄妹ならば、本人の預かり知らないところで発生することもあるが、義理の娘の場合は俺と嫁が絶対に必要だ。それを可能とするには……例えば俺との婚姻届けが勝手に出されていた? メンヘラ女が推しアイドルとの届けを勝手に出して、しかも受理されるという、ヤバイ事件があったな。もしくは、さらに恐ろしいことだが、俺の遺伝子が盗まれていて、人工的に……こんわっ! それに夕が気の毒すぎるわ!


「もしかしてさ、夕は……試験管ベイビー……とか? もしそうなら、そりゃ言いたくなかったよな。無理に聞いてしまって、ほんと悪かった」

「えっ、え? どういう…………あ、あぁぁ! ってぇ、そんなわけないでしょ!? そもそもそれだと、実の娘じゃないの」

「あっ」


 あまりに理解が追いつかない状況に置かれて、随分と混乱してしまっているようだ。


「まったくもー、相変わらずパパってば、たまにメチャクチャな発想するよね?」

「面目ねぇ……」

「んにゃ、パパらしくて面白いから別にいーんだけどさ? ふふっ」


 そうして「しょうがないわねぇ」とあきれ気味に微笑む夕に、少々不甲斐ふがいなさを感じてしまうのだった。

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