5-20 告白  ※挿絵付

 俺の知らないうちに義理の娘が発生する方法について、先ほどあきれられたトンデモ案以外にも考えてはみたものの、完全に手詰まりになっていた。


「くそぉ、また夕の謎が深まっただけじゃないか……」


 頭を悩ませるあまり、半分独り言のようなつぶやきが漏れる。


「むぅ~、義理の娘でふわっと納得してくれたら良かったんだけど、そうはいかないかぁ。パパってば、いろいろと凝り性だもんね? ま、あたしもだけど、ふふっ」

「あっ、その……詮索せんさくしまくって、なんかすまん」


 夕も言いたくないからこそ、こうしてずっと曖昧にしているのだから、夕を困らせてまで追求することでもない。


「んーん、別にいいよ。パパがあたしに興味あるってことだし? むしろ喜ぶべきことね♪」

「え! そ、そうか。そう言ってくれるなら良かった」


 予想に反してうれしそうに微笑む夕を見て、素直に聞いてみて正解だったのかもしれないと思い直す。


「えっとね……私は養子なの。大地が引き取って、家族にしてくれたんだ。あ、厳密な戸籍上は少し違うけど、表向きはそうなってるよ」

「……ほう?」


 ふむふむ、養子縁組ってやつか。あー、あれあれ、高校生がよく取――らねぇよ!? 年齢的に不可能だろうし、そもそも本人の意思無しで取れるかっての! ……なんてこった、もっと理解が追いつかなくなったぞ。ああそっか、俺って実はめっちゃアホだったんだな。今度からヤスにもっと優しくしよ。


「そういうわけで血はつながってないから、安心してね? んふふ♪」


 何をどう安心したらいいのか、サッパリ分からない。もちろん深く考えてはいけない。


「どうやっても、それが可能になる方法が思い浮かばんのだが……」

「あはは、ごめんね。いつか必ずお話しするから、ね?」


 どうやら、これ以上は教えてくれないらしい。まだ夕からの信頼、ゲームチックに言えば好感度的な何かが足りないのだろうか。出会った時から変わらず常時マックス状態に見えるが、これ以上どうしろと――ん、実は同じように見えるけど違う……? それは俺についても……おお、もしや? さすがにないとは思うが、固定観念にとらわれず、聞くだけ聞いてみよう。行き詰まったときは前提を疑えと、漫画の名探偵さんが言っていた。


「えっと、しつこいようですまんけど、最後に一個だけ念のため確認いいか?」

「う、うん」

「さっきから言ってる義理の父の大地って、俺のことで良いんだよな?」


 そう、実は違う大地さんでしたー、ってな? うーん、聞いてはみたものの、やっぱアホらしい質問だったなぁ。まさか夕がそんなタチの悪い冗談言うわけ……ええっ!?


「え、アタリ、なのか?」


 まさかの驚きの表情を見せる夕に、こちらまで驚いてしまう。


「そっ、それは…………すごく難しい質問ね。そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

「いやいやいや、何でそんな哲学的な話に!? 俺のクローンでも居るのか!?」


 自分が宇宙大地だと思っていたが……原本の俺が居て、実はあなたはクローンです、とか? この自分の存在すら、怪しい? 我あらコギれず? あぁ、宇宙大地の法則が乱れる……。もうだめだぁ……おしまいだぁ……。


「――っと、んなわけないよな」


 またもや壮大な妄想をしてしまい、これではまた夕に笑われてしまう。


「……あのさ夕。そのなんだ、お前がものすごく賢い子だってのは良く解ってる。ぶっちゃけヤスの百倍は頭いいと思う」


 イマジナリー・ヤスが、「ちょ、ひどくね! うーんでもワンチャン負けそう……」と弱気なことを言っている。いや、そこは流石に小学生には負けないくらいの気概見せようぜ。


「そのくせ、たまにこうして突拍子もない不思議な事を言い出したりするわけよ。とはいえ、タチの悪い嘘をついて楽しむような悪い子にも見えないし……それどころか、そもそも俺に絶対嘘をつこうとしない、よな? そのくらいには、夕のことが解ってきたつもりだ」


 夕は驚いた顔をしつつも、ひたすら真剣に聞き入っている。


「それで、もしかするとだ……これまで俺に話してくれた不思議なことにも、本当はひとつひとつにもっと深い意味があって……単純に俺が至らなくて理解できていないだけなんじゃないかと、今は思えてきてな」


 例えば、つい先ほどようやく理解した、これまで娘を演じていた意味。だが本当は義理の娘となれば、それに加えてさらに深い意味があるはずだ。


「それで、もしそうなら、俺なんかにも理解できるように……もうちょっとだけでいいから、解りやすく言って欲しいかなと……ダメかな?」


 一般的な感覚では、高校生が小学女子に言うセリフではない。だが自分でも不思議なことに、ただの一片の劣等感もなく、すんなりと口から出てきたのだ。そうさせるだけの何かが、この子にはあるのだろう。その「何か」を、今こそちゃんと知りたいんだ!


「あ、う、あっ、ごめんなさぃ……」

「んな!? えっと、そんな謝るほどのことじゃ……」

 

 しょーがないなぁ~、ちょっとだけヒントあげるわね♪ と言った、いつもの軽いノリの返答を予想していたのだが……まさか半泣き顔で謝りだすとは、一体どういうこと!? それに、小さい子をいじめてるみたいで良心の呵責かしゃくがヤバイから、どうか落ち着いていただきたい!


「ええ……大地の言う通りで、私は大地に一度も嘘をついたことはないわ。ぶっちゃけ頭おかしいような事もかなり言ったと思うんだけど……全部本当なの……」


 そうして動揺する俺に対し、夕はゆっくりポツポツと語りだし、心の中を少しずつ明かしてくれた。


「それでも、そんな私でも! 大地は、そう思えるほどに、私のことを信じてくれてたってことに……それがもう、ただただ嬉しくて……」


 たしかに、これまでの夕のエキセントリック発言を全部信じるなど、それこそ頭がおかしい。それでも俺は、ただひたすら真っ直ぐに俺を救おうとしてくれた小さなヒーローのことを、今なら信じられるのだ。


「でも逆に、その大地の信頼をまだ信じきれてなかった私自身……それが、何よりも許せなくて……もぉいろいろと泣きそうなの……」

「ああ……」


 なるほど、に落ちた。夕は全面的に俺を肯定して信頼してくれているものの、ただ一つ「俺が夕を信頼しているか」については不安であり、その確証を得るまでは大切な話ができなかったのだ。先ほど考えていた「夕から俺」への好感度ではなく、「俺から夕」への好感度の問題だったとは、まさか思いもよらなかった。

 そうして考えているうちにも、夕は今にも泣き出しそうな顔になっている。


「いや、そんな泣くほどのことじゃないから、な、落ち着けって。それに、それは全然、ちっとも、夕が謝るようなことじゃねぇだろ? ほら、俺ってあんま思ってること言うの上手くないしさ? アレだよ、照れ屋なもんでな!」


 こういう状況は本当に苦手で、ただ慌てふためくしかできない。こういうときにヤスが居れば、空気も読まずにお気楽にアホなことを言って、和ませてくれるんだろう……意外とあいつに助けられているのかもしれないな。


「違うの! さっき大地が言ってた、解らないってのも当然で、その……私が信用されていないと、真実を言っても状況が悪くなるだけだから……嘘にならない程度にぼかしてたの……」


 やはり先ほどの予想は当たっており、そしてその真実がにわかに信じがたいほどの事なのだろう。


「そのせいで、そのせいでぇ……私ごとき小娘にこんな情けないこと言わせるなんてっっ!」

「そんなん気にして――」

「私はズルしてるだけなのに! 本当の大地の足元にもおよばないのに! ごめんなさぃ、ごめんなざいぃ……あああぁ、うっぐぁ、っく」


 目の前の崩れ落ちそうな夕を……気付けば抱き締めていた。

 この子が抱く見当違いな罪悪感から、とにかく開放してあげないと、そう心から思ったのだ。


「夕、俺を見ろ!」

「っぐ」


 夕は膝立ひざだちで胸に顔を押し当て、えずきながらも反応してくれる。


「あー、なんというかだ、その夕が考えてる『本当の』宇宙大地がどんなとんでもスゲー奴なのかは知らないが、ここに居る俺はただのしがない高校生だ。そんな、お前が尊敬――ってかもはや崇拝か? するようなヤツじゃないぞ。なぁ、もっと気楽に頼むぜ? だから、その――」

「ぅ……」



「目の前に居る俺を、ちゃんと見なよ」



「っ!?」


 正直けだった。夕が何か別の人――いや別の俺……というのも実におかしな表現だが、それを通して俺を見ているような雰囲気を時折感じていた。昨日言われた「こんな大地」や、今朝の「らしくない」に、そして今の「本当の大地」。だが本当はこれが全くの見当違いで、これ以上に夕を悲しませてしまうだけかもしれない。

 頼むから合っていてくれと祈りながら、夕の反応を待つと……


「…………うん」


 幸いにも泣き止んで顔を上げてくれた。


「……そう、よね。頭では解ってたはずなのに……ほんとダメダメね」


 ふぅ、良かったぁ……あながち的外れでもなかったらしい。やはり、少しは夕のことが解ってきたのだろうか。なんだか、すごく嬉しいな。


「あぁ、やっぱり想い出に――」

「え?」


 そこで夕は腰元の懐中時計を触り、少し後悔の色を含んだ目をしたものの、


「んーん、何でもない。気にしないで」


 軽く首を振った後には、それも消えていた。


「それで……思えば、今の大地には、いっぱい失礼なことを言っちゃったのね。本当にごめんなさい。反省してます」

「そ、そんなことは……」


 確かに昨日は少々ムッと来たが、それも事情あってのことと解れば、別に構わない。


「それでも、大地はいつだって……そう、いつだってなの。私が心から欲しいもの、本当に大切なものをくれるのね……」


 夕は目尻めじりに残った涙を指でピンと弾くと、胸元からこちらを見上げ、じっと見つめてきた。

 そして、その愛らしく幼い唇から、大人びた優しい声を紡ぎ出す。




「ありがとう。大好きだよ」




 心臓を撃ち抜かれたかと思った。


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093077656950093


 おいおい、こんなん可愛い過――っじゃなくて、だまされちゃいかん、目を覚ますんだ大地!

 そっ、そそそう、これは、ほらさっきの、誘惑とかなんとか言ってたヤツかもしれんし!?

 とはいえ、こっちが抱き締めていた手は離したけど、夕がこちらに寄りかかっていて……に、逃げられん!

 っておいおい、夕の目もなんだかトロンとして心なしか顔も近付いてきてるし!?

 ちょ、ちょっと、待って! これは、雰囲気が……マズくないかなぁ!?

 そして、あわや唇が接触というところで……


「……あー、夕……さん? そろそろ離して、もらっても……?」


 俺の和紙装甲クソ雑魚精神が耐えきれず、思わず声をかけてしまった。

 いや、だってさ、さっき娘枠って言ってたじゃんか! それに万が一そういうのだとしてもさ……ほら、心の準備とかも、ですね? ――って俺は誰に言い訳してるんだああぁ。


「んわぁっ!!!」


 夕は俺の声で我に返ったのか、がばぴょんことバネ仕掛けのように飛び退き、壁際までズザザと擦りながら高速退避する。離してとは言ったが、そこまで離れなくても良いのに。


「あ……はははぁ…………ぅぅんっぁ…………はっ……ずかし……………………っっっ……」


 どうやら夕には元々そういう意図はなかったようで、三角座りの膝に顔を伏せて隠し、小さく団子になってもだえている。だが残念ながら、真っ赤になっている耳は隠せていない。あと畳をぽかぽかたたくのやめてな? 畳さんは何も悪くないだろ!

 それでこの子、普段は余裕しゃくしゃくと俺をいじってくるが、こうした想定外の事には滅法弱いらしい。ただそこで調子に乗って攻撃でもしようものなら、後で数倍返しされるのは目に見えているので、弱点に見せかけたわななのだが。


「ぐぅ……」


 こっちだって、自分が言ったセリフを反芻はんすうして今すぐ転げ回りたい気分だしなっ!

 あとさぁ……胸元に残ってる、夕のぬくもりとかさぁ……甘い香りとかさぁ……ほんとドキドキして困るんですが!?

 これじゃぁ俺の方も夕と同じような顔になってるんだろうな。かなりの火照りを感じるぞ!


「「……」」

 

 共に数秒前の自分達の幻影と必死に戦っているようで、静かな息遣いとたまにうめき声が聞こえるのみだ。


「むぅ……そりゃぁ――――そんなつもりで――――――でも――――――てくれてもよかったのに……ばぁか……あほぉ……へたれぇ……でも……そんな大地も……――――だし……」

「んん、何だって?」


 夕は何やらボソボソ言い出したのだが、顔が伏せられて蚊の鳴くのような声だったので、実質ほとんど聞き取れなかった。ただ、断片的に聞き取れたところからすると、どうやらねているようだ。


「…………なーんでもないよっ? お互いにまだまだよね~って思っただけ! ふふっ」


 夕は幻影に打ち勝って照れ地獄から脱出したようで、まだ少し赤い顔を膝から上げると、元気良くにそう言って微笑むのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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