5-21 正体

 テンパリ祭りも無事閉会となり、夕が「頭冷やしてくる」と告げて洗面所へ顔を洗いに行ったので、俺も深呼吸して気持ちを落ち着けて、静かに座して待機する。

 ややあって夕はサッパリした顔で戻ってくると、完全に定位置となった俺の隣に座った。


「シツレイシマス」

「ドウゾドウゾ」


 どちらも言動がロボット状態で、我ながら笑ってしまう。


「……ごほん。その、ひとまず落ち着いてくれたようで何よりだ」

「あはは……どうもお騒がせしました……」


 アクシデントの連続で、まだ大変複雑な心境にあるのか、夕は手元を忙しなくコネコネさせている。こちらも、ふと浮かんだ疑問の一発目で、まさかこんな事態にまで発展するとは思いもしなかった。おかげで夕のことを良く知れたわけだから、結果オーライではあるが。


「はぁ……今朝といい、パパにはみっともないところ見られっぱなしだよぉ。もー恥ずかしいったらないわっ!?」

「いやいや、それはこっちも同じだっての。お互い様……これもさっき言ってたヒーロー同士の助け合いってやつで。だろ?」

「うん。さっきのパパ、ばっちりヒーローしてくれたもんね。ああ、あたしだけの素敵なヒーロー……ふふっ、すっごくカッコ良かったよ?」

「いやそんなん――」


 お前がしてくれたことに比べたら――などと言えば、また妙な雰囲気になりそうだったので、慌てて口をつぐむ。


「ん?」

「えっと……お前もカッコ良かったぞ」


 誤魔化すために出た言葉だが、こちらも本心だ。ただ、カッコ良いと言えばまたねたりしないかと心配するが、


「え、そう? ありがとね♪」


 今度は素直に喜んでくれた。こんな粋な子なんだから、それを褒められて悪い気はしないはずだよな、うん。


「それはそうと……」

「うん?」


 騒動も落ち着いたところで、夕の正体について再度聞きたい気持ちもあるが……迷うところだ。今日は色々ありすぎて正直疲れたし、夕の方はヤスに聞き込みもしているからなおさら疲れてるだろう。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「ん~~? ……――あっ! えっと……あたしが何者って話の続きかな? んやぁ、さっきので興奮し過ぎて、もうどっか飛んでっちゃってたよぉ。えへへ」

「そうなんだけど……夕も疲れただろうし、また今度でいいぞ?」

「ん……大丈夫よ。パパと居るだけで、あたしはいつだって元気百倍だもん」

「ははっ、そうだったな」


 無限の活力と宣言した通り、大したガッツだこと。


「それにさっき、いっぱい勇気をもらったから。大地の心からの信頼を感じることができたから」

「ああ」


 夕は穏やかな表情をして目をつむり、とても大切なものを抱えるように胸を押さえる。そうまで言われてしまうと、気恥ずかしくもあり、うれしくもある。


「だから、私がずっと言えずにいた秘密を、今こそ大地に伝えようと思うの。聞いてくれる、かな?」

「ああ、もちろんだ!」


 少しだけ心配そうに下からのぞき込んでくる夕に、俺は強くそう答えた。

 そして夕は、少し緊張した様子でこちらを真っ直ぐに見つめると、ついにその秘密を明かした。




「私、天野夕星は、未来から来ました」




 俺は黙したまま、ただゆっくりとうなずく。

 刹那せつな蒼黒そうこくひとみから『涙粒』がこぼれ落ち、一条の輝く軌跡を描いた。

 その明星のようなきらめきは柔らかな微笑みに良く映え、俺はその美しさにただただ目を奪われてしまう。


「…………ありがとう、大地。信じてくれて」


 しばらく見惚みとれていると、夕はとても優しい声でそうささやいた。


「ああ、夕がそこまで慎重を期して伝えたかったことなんだからな。もちろん信じるに決まってるさ。にしても未来人かぁ……さすがにそれは想定外過ぎ――」

「あ……よかっ……た…………」


 そこで夕は気力を使い果たしたのか、全身の力がストンと抜ける。同時に心から安心したためか、その瞳に再び涙がまり始めた。


「ちょっちょぉ、またなのか!?」


 お前の涙は心臓に悪いんだから、もうちょい自重して欲しい!


「だっ、大丈夫っ……んっく…………よし、泣き虫は飲み込んでやったわ!」


 こぼれ出そうとしていた涙を、グッとこらえてみせた。


「ははは、なんともまぁ器用なこって……泣き虫ならではの芸当ってやつかぁ?」

「ふふ、そうかもね。あたしってば、パパの前だとどうしても感情が高ぶりやすくってさ……でも、他の人の前じゃ泣いたりなんかしないんだからね?」

「へいへい」


 本当に強い子だから、普段はそうなのかもしれない。まぁ俺から見たら、ただの泣き虫ちゃんなんだけどさ。


「はぁ~、これでやっと、ひとつの隠し事もなくパパとお付き合いできるわ! んやああぁ、も~すっごいスッキリ! 爽快ね♪」


 ついに抑圧から解放されたとばかりに、夕は大きく伸びをする。夕の誠実な性格からすると、隠し事をし続けるのは余程のストレスだったのだろう。


「はは、それは良かった。だがその代わり、俺の方では聞きたいことがじゃぶじゃぶと湧き出してるけどな!?」


 まるで少年の頃に戻ったかのように、未知への好奇心が全身を駆け巡っている。


「ふふ、そりゃそっか。未来人からお話を聞けちゃうんだからねぇ?」

「いやほんとそれだよ。こんなの、俺が人類初――ってことだよな!?」

「んーー、あたしの時代でも過去へのタイムトラベルに成功したのはあたしが初めてだし、それまでに飛んできた人も観測もされていないから、タブンそうなるかなぁ? もちろん断定なんてできないけど」

「うおおお!」


 こいつはやべぇ、なんかトンデモネェことになってきたぞ。ワクワクが押し寄せてくる! パーティどころか宇宙の主役に抜擢ばってきだな!


「うふふ。パパったら子供みたいにキラッキラしてるじゃない。も~可愛すぎるんだけど!」

「いやいやだってさ、漫画や小説でしか出てこない、あの夢のタイムマシンだぞ? そんなん誰でもテンション上がるっての。ひょっとして、俺もそのマシンで過去や未来へ行けたり?」


 何か良く解らない機械に乗って、時計だらけのぐにゃぐにゃした空間を飛ぶところを想像してみる。


「もー落ち着いてってばぁ。あと期待してるとこ悪いけど、タイムマシンがあるわけじゃないから、それはできないわねぇ」

「そ、そうか……」

「ガッカリさせちゃってごめんね?」


 残念ながらこの時代初のタイムトラベラーには成れないようだが、別に俺が何か努力した訳でもないので、贅沢を言ってはいけない。


「ああ、それはいいんだが……じゃぁどうやって?」

「んー、その辺のお話は長くなるし、また後日ゆっくりしましょ。もうこんな時間だしさ?」

「おっと」


 夕と居ると時が経つのが早いもので、すでに二十一時過ぎだった。確かに小学生が出歩いて良い時間ではない。


「というわけでぇ、あたしはそろそろお暇するわね。いつも通り、お見送りも要らないわよ~」

「う、うむ……」


 この時間に一人で帰らせるのは、正直ものすごく心配だ。いくら夕が未来のデキル子でも、身体はちびっこなので、変質者に襲われでもしたらどうにもならない。


「なぁ夕」

「どしたの?」

「夕が良ければだが、泊まっていくか?」


 どうしても心配になり、そう提案してみる。それと、あわよくば早く未来の話の続きが聞けるかも……なんて下心もある。


「えっ? ええええ!? うっそ、パパどうしちゃったの? 急にそんな積極的になって」

「ん、俺そんな変なこと言ったか?」


 突然慌て出した夕に、首を傾げてしまう。


「積極的――あっ! おまっ、そういう意味で言って――」

「うわぁ~! うわぁ~! どうしよ、やばい、やばい、嬉し過ぎるんだけど!」

「だからちが――」

「パパと一緒にお風呂入って、一緒の布団で一夜を過ごして――はぅぁっ、ちょっと想像しただけで動悸どうきが! ねぇどうしよ!」

「話を――」

「ねぇどうしよっ!!!」

「落ち着けバカモン」

「んみっ」


 大興奮して詰め寄ってくる夕の両頬りょうほほを、モチっと挟んで静止させる。ハイドードー。


「安全面で言っただけだって! 仮に泊まるとしても、そ、そんな風呂や布団が一緒のわけないだろうが…………いやまぁ、聞き方に少し配慮が足りんかったかもだけどさ?」


 すぐそういう方向に持って行こうとするの、やめて欲しいんですが!?


「なぁんだ……もー、とんだぬか喜びじゃないの! 乙女のドキドキを返しなさいよっ!」

「ええぇ……」


 夕はリリースされた頬をぷくっと膨らませているが……これって俺が悪いの?


「なんか釈然としないんだが…………それで、どうすんだ? とは言っても保護者の許可が――いや、複雑な家庭事情だったな。そもそも未来人なら、それ以前の問題か。んー、夕が良いと判断したならそれでいいぞ」

「あっ、うん――っとせっかく気を遣ってくれたのに悪いけど、お泊りは難しいんだぁ」

「そ、そうか……」


 そんな、残念とか……思ってないからな?


「あっ、あ! 勘違いしないでねっ? お泊り自体はすーーっごくしたいのよ? だって泊まりさえすれば、思う存分パパとイチャイチャできるんだし!」

「いや、その理屈はおかしいが!?」

「?」


 夕は小首を傾げて、とても不思議そうにしている。


「いや、その反応もおかしいが!?」

「うふふ♪」


 あっ、またからかわれてたのか……くっそぉ、やっぱ泊まらせたらダメだ。早々にご帰宅願おう。


「それで泊まりたいのは山々なんだけど、そろそろ交代しないとマズイから、帰らないとなんだ。くぅ、仕方無いこととは言っても、悔しすぎるぅ~~」

「ん? 交代?」

「あぁ、うん。その説明にはものすっごい時間かかるから、明日にでも話すわね」

「おう、わかった」


 多少は気にはなったが、未来人ともなれば何か複雑な事情があるのだろう。それに、どうせ明日には解ることだと思い、ひとまず納得するのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――


ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

夕ちゃんの正体なんてとっくに分かってたゼ!という方も、マジかぁ未来人だったのかぁ!と驚かれた方も、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る