5-22 撫撫
「明日は部活?」
夕は私学カバンを背負って帽子を手に持つと、明日の来る時間を考えるためか、俺の予定を確認してきた。
「おう。午前だけだし、昼には帰ってるぞ」
「そっ、じゃぁお昼過ぎにでも来るわね」
「オッケー」
もはや夕を遠ざける理由など全く無く、それどころか早く続きを聞きたいので、ドンドン来て欲しいくらいだ。
「それじゃ、くれぐれも帰り道に気を付けてくれよ?」
「もぉ、パパってば心配性ね? 万一のときは、これを鳴らしながら全力で逃げるからさ」
茶の間を出るところで再度の注意をすると、夕はカバンをこちらに振り、そこに付いた防犯ブザーを見せてきた。
「これね、すっごい大きい音出るんだよ?
「え、頭撫でてくるだけ? それは随分とマイルドな……まぁ変質者の時点でマイルドも何もねぇけどさ」
「いーえ、重罪よ! 絶対許されないわ!」
随分と行為を限定した怒り方であり、もしや夕は頭を撫でられることにトラウマでもあるのだろうか。
「そ、そうか。俺もうっかり撫でないように気を付けるわ」
「え、ちょっと、なに言ってんの!? いやほんと、パパなに言ってんの!?」
「うぉっ!」
突如俺に詰め寄ると、激しく文句を
「パパは撫でて良いに決まってるでしょ! というか、もっと積極的にどんっどん撫でてよ! そもそもね、あたしはパパになら何されたって……照れたり喜ぶことはあっても、怒ることなんかひとっつも無いわよ!」
「え、あ、うん。なんか、すまん……」
そう言いながらも目下お怒り中な気がするのだが、指摘すればもっと怒られるのだろう。理不尽だ。
「あーもー、ほんと解ってんのかなぁ……こんな調子だから、せっかく千載一遇の良い雰囲気になっても、キスのひとつもできないんだわ……はぁ、先は長そうね……」
「ちょっ、おまっ、それってさっきのアレのことだよな!? あっ――」
しまった。驚いて反応してしまったが……これ絶対マズイやつ。
「えーえーそーですよー? そりゃあたしもテンパっちゃったし、お互い様だよねって一旦は納得したけど……したけどさぁ? でもね、普通に考えておかしいんだからね!? あんな完全ムードマックス状態でもしないとか、もう一体いつならするのよ!!!」
「ぐっ……」
「もし次にあんな良い雰囲気になってもしてくれなかったら……ほんともう後でどうなっても知らないわよ!? そもそもね……女の子にこんなこと言わせないでよ! 言ってるこっちだってメチャクチャ恥ずかしいんだからぁ! ばかぁぁ! うぅぅ……」
「ごめんなさい……」
突いて出てきた大蛇は、顔を紅くしてフーフー言いながら烈火の如く怒っており、もはや俺程度には謝ることくらいしかできない。
むむぅ、何されても怒らないって言ってたのに……あ、何もしなかったから怒られたのか、ソウデスヨネ。でも女性経験ゼロの俺には、あれはあまりに高度な政治的判断を要求される案件だったんだよ……そこんとこ考慮してもらえませんかね? ……ダメですか、ソウデスヨネ。
「……」
「……」
なんとも気まずい沈黙が流れる。
ど、どうしたら良いんだ、この空気。
まさか、次の嵐の前の静けさじゃ、ないです、よね?
「ふぅ~」
「うぉぅ!?」
悪い予想をしていたこともあり、ただの吐息に心底ビビる俺。
「うん、もう大丈夫よ。もやもやしてたこと全部言ってスッキリしたしっ!」
「そ、そか」
その言の通り、大層晴れやかなお顔をなされている。……これは、助かった、のか?
「それと、突然怒っちゃって、ごめんなさい」
「いやいや、俺が全面的に悪かったし!」
女の子に恥をかかせたとなれば、怒られるのも当然で、弁解の余地も無い。
「んーん、パパはすごく優しくて真面目だから、こんな雰囲気で流されて良いのかなって思ったんだよね? それにさっきの時点じゃ、パパからするとあたしはチョー不思議ちゃん状態だったことだし……」
「ん、おう……」
ここまで気持ちを正確に読まれてしまうと、嬉し恥ずかしだ。
「あと……パパはこれまで人と深く関われない状態だったから、こういうことをすぐに期待しちゃいけないって頭ではちゃんと解ってるの。でもね、それでもね、大好きな人に愛されたいって思っちゃう女の子の気持ちも、解って欲しいかなぁって…………」
ぐうっ、なんなんこの健気で可愛いイキモノは!?
少し寂しそうに目を伏せる夕を、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるが……先ほどのような緊急時の勢いでもなければ、俺にはまだハードルが高い。
「ふゃっ!?」
なので頭をナデナデしておいた。言われたことを即実践していくスタイル。
「んっ」
すると夕は、ひたすら撫でられるがままになり、顔なんかもう完全にゆっるゆるに
……ええと、だ、だいじょうぶなのか、これ? いやしかし、うん、これはなかなかイイゾ。夕のサラサラの髪はとても触り心地が良く、いつまでも撫でたくなる。
そう
「…………あっ……ん、はぁ……ぱぱぁ……んっ……ふぅ……ふぅ……」
ちょっ、声っ、声がぁぁ! もうちょい自重してくれよ! ただ頭撫でてるだけだってのに、なんか変な気分になってくるだろぉ!?
「お、おわりで!」
これ以上はこちらの身が持たないので、ナデナデタイムを強制終了。
「むっふぅ~~」
すると夕は、頬を桜色に染め、大層満足げに悩ましいため息をついている。これは……ミッション成功?
「こ、こんな感じでよろしかった、ですかね?」
「あっ、うん、ありがと…………そっ、そう、これよ! これが欲しかったやつなのよ! も~ぉ、やればできるじゃない! 今のは文句無しの満点だよぉ? これからも、いつでもナデナデしてくれていいんだからね?」
「善処するが……その、なんだ、次回はもうちょい、静かにお願いしたい、かな?」
毎回こんな妙な雰囲気になられてはこちらの精神が持たないので、やんわりと遠回しに注文してみたところ……
「えっ? 静かにって何のこと…………………………っっっっぁ!」
数秒前の自分の状態に思い至ったのか、夕の顔が急速に紅潮していく。
「なっ、なぁぁ!? うなぁ! なななな、なにじっくり聞いてんのよ!? ばかっ! えっちっ! 次は両耳
「そんな無茶な……」
二本しか手が無いのにどうしろと。耳栓でも買うしか――って何でそこまでして撫でてやらにゃならんのだ!
「無茶でもなんでも! ………………んとまぁ、あたしも、頑張って抑えるけど…………でも、その、パパに撫でられると、幸せ過ぎて頭がパーになっちゃうから………………うぅはずかしすぎるっ!」
「その、全力で抑制、頼むわ……」
普段の理知的な夕からは、到底考えられないようなヤベェ状態で、それこそ絶対に人様にはお見せできない。ナデナデ、これほどに恐ろしい技だったとは……こりゃ確かにケシカラン、即ブザー案件。よし、
そうして奇しくも諸刃の剣を入手してしまった俺は、いざという時の自爆武器として、それをそっと
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