5-14 調理

 この後の見通しが立ち、ついでにヤスの処遇も安々と決まったところで、台所の様子を見に行くことにした。レンジや換気扇の音がするので調理は進んでいるようだが、合わせて火や包丁も使っているはずなので、念のための安全確認――まぁ、とんでもなくデキル子なので、心配ご無用かもしれないが。

 それで台所の入り口の陰から、こっそりと夕の様子をうかがってみたところ……


「ふんふふーん♪ ふんふんふー♪」


 鼻歌を口ずさみながら、リズミカルに包丁の音を奏でていた。この実に楽しそうな様子からして、危険なことにはなっていないようで一安心だ。

 ちなみに、相変わらず音階はめちゃくちゃのくちゃで、何の歌なのかはサッパリ分からない。夕は何でもできる万能選手なので、歌が大の苦手というのは意外なことだ。かく言う俺も夕よりはマシ程度には下手であり、人にとやかく言われたくないのは大変良く解るので、この件については触れないでおいてあげよう。

 そうしてウルトラハイスペック幼女のささやかな弱点に少し親近感を覚えつつ、家主の在るべき約束の地、茶の間へと戻っていくのだった。



   ◇◆◆



 調理開始から十五分ほどが経ち、味噌の良い匂いがこちらまで漂って来た頃、ついに夕の声がかかる。


「そろそろだから運んでー」

「よしきた!」


 せめてそのくらいの手伝いはしないと、あまりに立つ瀬がない……そう思って勢い良く立ち上がると、働き口を求めて台所へと早足で向かう。台所に着くと、夕は先ほどの穏やかな様子から一転し、フライパン二つの面倒をみて忙しなく動いていた。

 ちなみに夕は、残念ながら少々背丈が足りないため、二十㎝ほどのミニ脚立に乗って作業している。そこだけを見れば、ママのお手伝いする幼い娘のようで、実に微笑ましい様子なのだが……手元の動きは熟練の調理人そのものだ。またそのフライパンや火元を見つめる視線は、匠のごとき鋭さと真剣さを備えており、調理そのものへの真摯しんしさがひしひしと感じられる。

 う、うむ……さっきの心配は、あまりにも杞憂きゆうだったな。どう見ても俺より百倍上手いやつだし、心配なんて逆に失礼ってもんだ。よし、しばらくは心の中で料理長シェフと呼んでおこう。

 それはさておき俺も仕事をしようと思いきや、周りを見ても完成した料理は無いようで、空の大皿が三つ置かれているだけだ。


「ごはん、味噌汁、箸、大スプーン、取り皿、コップ」


 どうしたものかと突っ立っていると、コンロに向いたままの料理長シェフから端的な指示が下る。


「了解、シェ――夕っ」


 呼び間違えそうになりながらも快諾すると、ご飯と味噌汁を装って順に運び始める。せっせと下働きに勤しむ家主の出来上がりであり、一応は立てども瀬は小皿ほどしかない。うっかり落として落ちないように気を付けよう。

 ちなみに我が家はとても古い家なので、ダイニングキッチンといった小洒落こじゃれた構造にはなっておらず、台所から少し離れた茶の間まで運ばなければならない。これが意外と面倒くさいので、俺一人の時はそのまま台所で立って食べることもしばしば。怠惰である――というかお行儀悪い。

 そうして三往復して全てを運び終わったところ、ちょうど各種料理が完成して大皿に盛られたところだった。……なるほど、こっちの運ぶ時間も含めて呼んだわけか。料理長殿は実に手際のよろしいことで。

 二人で茶の間へと移動し、最後の大皿をテーブルに置くと、夕食のセッティングは完了。テーブル前の座布団に座ると、夕も隣にちょこんと着席する。


「冷蔵庫の貯蔵が貧弱過ぎて苦戦したけど、私ができる範囲で作ったわ。なので大したもんじゃないけど……どうぞ召し上がれ~♪」

「いやぁ……あの食材とこの時間で、よくもまぁこんだけ作れたな」


 目の前の大皿に野菜サラダ、トマトと卵のいため、カットステーキと添え物、あとは味噌汁とごはんが並び、実に豪勢な食卓である。

 これで大したことないとか、マジで謙遜けんそんが過ぎるってもんだ。そんなこと言ったら、俺が作るなんちゃって男料理なんかゴミカスやぞ?


「お料理は結構得意だからね、えっへん。もっと褒めていいのよぉ~?」


 両手を腰に胸を張り、嬉しそうにドヤ顔をしているが、実際に夕はそれだけの仕事をしたと思う。


「――あっと、その、あたしも食べていい?」

「おいおいおい、何言ってんの!? こんだけのもの作ってもらっといて俺だけ食べるとか、申し訳なさ過ぎて消えてなくなっちまうわ。逆にこっちが聞くくらいだっての」

「あはは、食材はパパのだし、一応ね?」

「そんなの技術料で余裕の帳消しだ」

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ。それに……なら一緒に食べなきゃよね、はは……」

「夕、それは……」


 かく言う本人も「本当の家族」とは食事をせず、ここで俺と食べている訳で、この若干自嘲めいた口調はそのためなのだろう。


「――っととと、そいじゃ遠慮なくー、食べまっしょー。もうおなかペコペコだよ!」

「お、おう。俺もだ」


 夕の奥底に潜む闇が薄っすらと垣間見え、どうしたものかと困っていたところで、唐突にいつもの明るい雰囲気に戻った。これは、この件について気にしないでということ、また同時に俺の家庭事情を気遣ってのこともあるだろう。ちびっこのくせに、どこまでも在り方が大人だと感じる。


「それじゃぁ、お手を合わせてー」

「「いただきます」」


 俺は気を取り直して合掌すると、目の前の豪華な手料理に期待と箸を寄せるのだった。

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