5-13 倍返

 こうして夕の侵入を許してしまった不甲斐ない俺は、せめて次の対応でもと思案しながら、夕に続いて廊下を歩いていた。


 ピーピーピーピー ピーピーピー ピーピーピーピー ピピピピピー♪


 そこで炊飯完了を知らせるアマリリスが台所から聞こえてきて、晩飯の用意の途中であったことを思い出す。


「あら、ご飯かしら? へぇー、朝は軽く済ませてたみたいだけど、夜はちゃんとしてるのね。えらいぞぉパパ!」

「んな褒められることか?」

「一人暮らしの男子がご飯作ってるだけでエライのよ。ヨシ、ヨシ~」

「ちょ、背伸びまでして頭ナデナデすんな!」

「じゃぁしゃがんで?」

「背伸びの方にツッコんでんじゃねぇよ! ……ったく、分かってて言ってんだろ」

「にしし♪」


 そもそも朝食を知られているのは……今朝の去り際に台所をのぞいていった……? この口ぶりと言い、この子は俺のおかんなのかな? まぁ幼少期以降はおかんなる者は居なかったので、あくまで伝聞からの想像だが。


「ちなみに何作るの?」

「いや、考えてたところで、お前が来た」

「そっか。なら作るわね」


 夕はまるで当然であるかのようにそう告げて、茶の間の前を通り過ぎ、台所へ向かってスイスイと歩いて行く。その様子があまりにも自然過ぎて、うっかり見逃してしまった。


「――っいやいや、待てって。何でお前がしれっと作ろうとしてんだよ。そもそも話を聞いてさっさと帰ってもらうんだから、飯なんか後で自分で作るっての」

「はぁ、何言ってんのよ……もんのすごく大事なお話なんだから、ご飯が先に決まってるじゃないの。おなか空いてちゃ頭もまわんないし、そんな状態で決断なんてできないでしょ?」

「ん、確かにそう、なんだけど……でもな――」

「あーもー! いーからパパはその辺でくつろいでてっ!」

「……むぅ」


 そうして茶の間の方を指さす夕は、まるで聞き分けのない子にあきれる母親のようであり、俺は思わず口をつぐんでしまう。


「おっとと、食材少ないわね……ちなみに何食べたい?」


 すでに夕は完全に作る気満々のようで、冷蔵庫を開けて中を確認しつつ、オーダーまで聞いてきた。


「ほんっと、言うこと聞いてくれない子だなぁ! もうこの際だ、食えれば何でもいい――あっ、そうだ」

「お、ご注文?」

「ぶぶ漬けで」


 やられっぱなしもしゃくなので、ささやかな反撃でもと在庫にもない皮&肉をオーダーしたが……良く考えれば幼女に通じる訳もないので、普通にお茶漬けが出てきたらどうしよう。まぁ、それはそれで手早く済んでいいか。


「え、ぶぶ漬け? ――ってぇ、たった今来たばっかでしょ! それに自分を帰らせるためのぶぶ漬けを自ら作るとか、どんな墓穴なのよ!? もう京都人もビックリだわ……」


 なんとまさかのバッチリ通じておられた。

 うっそやろ……この幼女の教養広過ぎん? あと返しもなかなかのキレ味なんだよなぁ。毎度のこととはいえ、ほんとこの子何者よ。もしや京都出身……にしてもこんな子供が普通は知らんだろ、一色ひねくれものじゃあるまいし。


「あーその、冗談だ、すまん。てかよく通じたなぁ」

「はいはいどーも。あと妙な勘違いしてるみたいし言っとくけど、『ぶぶ漬け』って冗談で軽く使えるような表現じゃないからね? 殴り倒したいくらい憎い相手用だよ」

「え! そうだったのか」

「……えっとぉ、パパはそんなにあたしが憎いのかしらぁ~?」

「いやいや、そんなことは……」


 まさかの小学生に誤用を指摘されるというオチ……くっそ恥ずかしいんだが!? いやぁ、聞きかじった程度の知識をひけらかすもんじゃない、大いに反省だぞ。


「おとうはんはぁ~ほんまに冗談がお上手どすなぁ~? なぁんてね♪」


 さらに夕は、イジワルそうな顔で左手を腰に、右人差し指をふりふり。標準語に訳すと、「そんな程度の低い冗談よく言えるわね、出直してらっしゃい(笑)」と言ったところだ。


「ぐ、ぐぬぅ……」


 ここまできっちりと意趣をんだ皮肉で返されれば、ぐうの音くらいしか出ない。完敗だ。


「うふふ。そんじゃ有るもので適当にささっと作っちゃうよ。ほらほら、パパはあっち行っててね~?」


 一本取ったとばかりの満足顔で、夕は再び冷蔵庫探索に戻る。


「なんかすまんな、一応は客人なのにさ」

「いえいえ~って客人じゃなくて――」


 そこで夕は冷蔵庫の扉を閉めると、こちらを真っ直ぐに見つめて、


「家族だよ」


 俺の言を優しい声でハッキリと訂正してきた。やはり夕はこの設定を変えるつもりは無いらしく、どうこう言っても不毛なのは分かっているので、ノーコメントとしておく。


「あーもー野菜もすっくなーい! 買い物してから来るんだったわ……」


 夕はそもそも返答を期待していなかったのか、今度は野菜室の方を覗いて惨状を嘆く。……ああ、うちの貧弱倉庫がすまぬよ。ただ、その原因の一旦をお前が担っている事は、ゆめゆめお忘れなきよう。

 それでこのまま立っていても邪魔にしかならず、かと言って夕の許可が無ければ手伝うこともできないので、ご指示通り台所を後にする。そうして俺は、ホスト側が世話を焼かれているという意味不明な状況に頭を抱えながら、すごすごと茶の間へ入って行くのだった。



   ◇◆◆



 そうして台所を追い出されてしまった俺だが、言われた通りにくつろいでいる場合ではなく、目下の大問題である夕の来訪理由について考えねばならない。本人いわくものすごく大事な話とのことなので、先にこちらの手持ちで予想しておくべきだ。

 ただ、予想とは言っても検討は付いており、先ほど夕が宣言した通りの俺が断固として言わなかった理由についてが濃厚だろう。それで、その答えが出たらしいのだが……いわゆる「普通」の暮らしをしてきた人や、特に推定お嬢様と思われる夕では、思い至ることはないと思う。そうなると、誰かしらに事情を聞いたと考えるべきだが……可能性のある該当者はただ一人、ヤスしかいない。後見人達も当然事情は知っているが、いくらなんでも違うだろう。


「ったくヤスのヤロウめ」

 

 話してみればとか俺に言ってたくせに、結局お前がバラすんかよ――って待てよ、それはいつだ? 俺にそう言ってたのは昼で、まさかあれが演技ってことはないだろうし、その後に――ってええ、あいつ部活早退してんじゃんかよ! なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ。すると母親に買い物うんぬんはデマカセで……そうか、あのメールは夕からの呼び出しだったのか。なるほど、全部つながった。

 つまりあの野郎は、うそついて部活早退して俺に部長代理を押し付けた上、女児と逢引の末、人の秘密をバラしたと。ハハハ、よし、処刑だな。話した内容はこのあと夕から聞くことになるが、何にしろヤスは弁解の余地無しだ。 


「次会ったら、馬刺しにしてくれるわ!」

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