幕間03 ソウダン(5)

 話が一区切りしたところで、甘々コーヒー片手に一旦情報整理した後、再び靖之さんに話しかける。


「さっき二つと言ってましたよね。もう一つが推測の根拠になるお話ということで?」

「そそ。今度は去年の冬の話なんだけど……その頃はもう今に近い関係になっててさ、一緒に部活の買い出しに出かけた時に、例の橋を通ったんだ」

「運命の橋ですねっ!」

「いやいや、運命て。恋物語みたいで気持ち悪いよっ!」


 今の二人の関係を築くための重要な起点なのだから、まさにそれだと思うのだけど……ふふっ、男の子って照れ屋さんばっかりね。


「んで、その橋を渡りながらあの時の話を二人でしてたら、僕が盛り上がっちゃって……ちょいとね?」

「あっ、これは悪い予感しかしません。もおー、また何かやらかしたんですぅ?」

「またとはヒドイなぁ……とも言えないのが、情けないところ。ぶっちゃけ調子に乗り過ぎた。まだ相変わらず低かった欄干の上にひょいと立って、歩き出しちゃったんだな。大地が止めるのも聞かず、だいじょぶだいじょぶホラヨってなもんで」

「あーもー、その先の未来が見えます……ほんとバカなんです?」


 この人ってば、評価が上がったら下げに行かないと気が済まない病気なのかしら。


「いやぁ、こればっかは弁解の余地もないよ。もちろん夕ちゃんが想像してる通り、凍ったとこを踏んで滑ったさ、お約束通りね。そんで偶然同じ体勢――ぶら下がり状態になってしまったんだけど、今回は真冬ってことで、落ちたら凍死か溺死できしのおまけ付き」

「もぉ、せっかく上がってきた天馬株が大暴落中です。現在ひと株一ジンバブエドル」


 天馬株を爆買いしてた私は、一瞬にして破産寸前なんですけどぉ? どうしてくれるんです?


「そんな! 僕だって、過去のやらかし案件なんて言いたくなかったんだよ?」

「うふふ、ごめんなさい。もちろん冗談ですよ。せっかく私のために話して下さってるんですから。過去の恥はき捨ててで、お願いしますねっ?」

「へいへい。で、大地が大慌てで駆け寄ってきて、ぶら下がる僕の手を掴んでくれたとこまでは一緒だったけど、もう子供じゃないし難なく登れたとこは違うね」

「ふふっ、もし落ちてたら、私は幽霊と話してることになりますもんね。それで、またパパの英雄譚えいゆうたんが一つ増えたってことで?」

「ところがどっこい、重要なのはこっからなんだ」

「え、またなんですか?」

「いやいや、僕だってそんなヤラカシばっかり――だったわ、ははは……」


 この人、やる時はとことんやるわね。どちらの意味でも。


「えっと、そのあと僕が『昔話はしてたけど、ここまで再現するつもりはなかったのになぁ』って呑気のんきに笑って言いかけてるとこで、突然意識が飛んだ」

「んええ!?」


 もしかして、滑った時に頭でも打ってたのかしら? それでこんなおバカに……っとと、それは流石に失礼ね。


「気付いたら地面にぶっ倒れててさ、起きようとしたら顔に激痛よ。んですぐに、大地の全力パンチを食らって吹き飛んだって分かった。それなりに鍛えてる僕がワンパンで意識飛ぶって、とんでもねぇ威力のパンチだっての」

「それは仕方ない、ですね……完全に自業自得ですよ?」

「だよね……」


 それが私でも、ビンタの一発くらいは食らわせている。


「それで大地が、『てめぇ死にたいのか!』ってな。いやほんとそれ。ただ、殴られたことに頭に来てた僕は、言い返そうとしたんだけど……」


 そこで靖之さんは難しい顔で目線を落とすと、静かな声でこう続けた。


「『お前もなのか』って、心底悲しそうに言われちまってなぁ」

「っ! そう、よね……」


 トラウマを抱える大地にとっては、普通の人よりもさらに深刻な問題に――ああそっか、それでこの話をしてくれたのね。


「すぐに僕は、自分のしでかした事を心の底から反省した。大地を立ち直らせようとしてたくせに、台無しどころか傷の上塗りするとこだったからね。それで僕は――」

「(ごくり)」

「全速力で土下座した!」

「ぷふっ――わとと、ごめんなさい。笑っていい話じゃないんですけど、その、あまりの潔さに、つい?」

「いいっていいって、せめて笑ってやってちょうだい……鼻血ダラダラ流しながらの、トンデモナイみっともなさの土下座だったからさ?」


 これほどにシリアスな話を笑い話に持っていけるのは、本当に靖之さんらしい。こういう憎めないところがあって、大地は仕方なくと言いつつも一緒に居るのだと思う。


「んで土下座しながら、『二度とこんな危ないマネはしないから許してくれ』とお願いしたんだ」

「……そしたら?」

「『お前のことなんだし、俺が許すも何もない。ま、今後気をつけろよ。あと土下座は今すぐ止めろ、気色わりぃ』と呆れ顔で一応は許してくれた感じだった。あと少し落ち着いた帰り際に、『貸しひとつな』ってまた言われちまったよ、はは。今度は正真正銘のガチで命を救われたからな」

「うふふ、どんどん借金が膨らんでいきますね」


 かく言う私も借金まみれなので、返済に向けて頑張ろう……もちろん愛払いで!


「そうなんだよなぁ~――ってなわけで! こうして夕ちゃんに話して、それで大地を何とかしてくれたら、少しは借りも返せるかなー、なんてな?」

「もう〜調子いいんですから、ふふっ。でも、今回のお話も本当に助かりました。ありがとうございます」


 靖之さんを頼ったおかげで、私の知らなかった大地情報がてんこ盛りの大盤振る舞いだった。なかなかキツイ内容もあったので、若干胸やけ気味ではあるけれど。


「ハハハ、お安い御用さ。とまぁこれで、さっきの推測通り、今でも大地は近しい人が居なくなることを心底恐れてるんだろう」

「ええ、私もそう思います!」


 ここまで証拠が揃ってくると、靖之さんの推測通り、これがいつも私を追い返そうとしてくる理由に違いない。もし私が嫌われているからだとしたらショック死ものだけど、そうではないことくらい、目を見て話していれば分かる。また本題のひなさんを助けなかった件についても、この親しくなることへの恐れと、お父様が人助けのために亡くなり大地の信念が覆された事によるのだろう。

 問題の明確化は解決への第一歩、着実に大地へ近付いていると感じる。


「あと、さっきの件で僕がその近しい人に入ってることが、ちょっと嬉しかったところはあったかもな――ってなんか照れるし、こんなん大地には言わんでよ?」

「むぅぅ。そんなの言いませんけどぉ……何だか悔しいですぅっ!」


 今の大地から私への好感度がいかほどなのかは分からないけれど、現状は靖之さんに負けていそうな気がする。……くにゅぅぅ、少なくとも男にだけは、絶対に負けたくないんですけどぉっ!?


「ま、ダテに付き合い長くないからね。でも僕の見立てじゃ、夕ちゃんも余裕で入ってると思うよ? てか、たった数日であの大地にここまで近づけるって、ぶっちゃけ凄すぎだっての!」

「あはは……」


 大地から見れば数日でも、私にとっては数日ではないので、とても大きな顔なんてできないけれど……大地を良く知る靖之さんがそう感じるのなら、ここは素直に喜ぶべきことよね。よーし、勇気と元気がいてきたぞぉ!

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