幕間03 ソウダン(6)

「さて、今度こそ僕の話は終わりだよ。もう完全にネタ切れさ!」


 一連の大地語りを終えた靖之さんは、ふぅと一息ついて満足げな顔をすると、売り切れの店仕舞いを主張してきた。


「ふふ、貴重なネタばかり、それもこんなに沢山ありがとうございました。でも……本当はまだまだあるんでしょぉ?」

「おっとと、バレてたか」


 私より大地に詳しいなんて許されないので、これからも定期的にツツいてドロップしてもらおう。


「まぁ結構長いこと話してお互い疲れただろうし、それにだいぶ遅いから、真っ暗になる前に帰らないとだよ」

「ええ、それもそうですね」


 冷たくなった残りのコーヒーを飲み干すと、二人で席を立ち、喫茶店の外に出る。建物の間から西の空を見れば、すでに太陽は地平に近い位置にあり、周辺はあかね色に染まろうとしていた。


「送ってくよ。お家はどっちだい?」

「いえいえ、どうぞお気遣いなく」


 この後に私がやるべきことは決まっている。こうして援助物資は大量にもらったのだから、あとは私ひとりが頑張る戦いなのだ。


「あーそっか。いやぁ、さすがは夕ちゃんだなぁ。で、今日は道場の清掃日で早仕舞いするから、大地はもう帰ってる頃だと思うよ?」

「なんとお見通しとは……そちらこそ、さすがですね」


 やはりこの人、とても鋭いし気が利く。学校の勉強は苦手でも、決して馬鹿ではなく、上手く立ち回って仲間と良い仕事ができるタイプだと思う。


「ハハハ、大地ほどじゃないけど、それなりに夕ちゃんのこと分かってきたかも?」


 靖之さんは、腕を組んで自信ありげにうなずいている。確かにこの相談で随分と親睦が深まり、お互いのことを知れたけれど……私には沢山の乙女の秘密があるんだから、全然まだまだなのよぉ?


「じゃ、大地んちに送ってこうか?」

「んー、やっぱり遠慮しときますね」


 付いて来ても別に構わないけれど……そうね、一人で歩いて、迫る戦いへの覚悟を決めたいとでも言ったら良いかしら。うーん、自分でも良くわかんないや、ふふふ。


「だって靖之さんの家は東側ですから、だいぶ遠回りになってしまいます」

「僕んちって東……になるの?」

「ええ、ここからだと美空町はだいたい東ですね」

「そっかー、って夕ちゃんすごいな。僕が小学生のころなんて、方角の存在も知らなかったし、今でも現在地から見てどこがどっちかなんて怪しいぞ? いやぁ、高校生にもなって情けない、あはは」


 恥ずかしそうに頬を掻く靖之さんだが、地元に帰ると方角が分からないというのは良く聞く話。方角の存在自体を知らなかったのはどうかと思うけれど、それも靖之さんらしい。


「生まれ育った町なんて、案外そんなもんですよ。学校の方とか、何号線沿いとか、なになに町とか、直接地名を言えば事足りるので、方角って意外と判らなかったりします。駅の出口とか地名に方位が入ってる地域だと、また認識も違うかもですが、この辺の地名には全然ないですからね」

「確かにねー。実際問題、これまでに困った事もなかったし」

「ええ。それに心配しなくても、助手席でナビするようになれば嫌でも覚えますよ」


 私の場合は、地図で遠くの目的地を探した時に、改めて地理関係が明確になった。


「ナビ? ってこれもまた、乙女の秘密かい?」

「そゆことです。靖之さんも解ってきましたね♪」

「それじゃ仕方ない。男子ご禁制だ」

「ふふ。それにイザって時にはコレがありますし、自衛できますよ」

「おー、それなら安全だ」


 カバンの横に下がっている防犯ブザーを見せると、納得顔で頷きが反る。


「靖之さんが不埒ふらちなことしてきたら、すぐ押しますね。うふふっ」

「え、僕不審者扱い!? 不埒って、例えばこんなんは大丈夫だよね?」


 ビーーー!!!


 突然頭をでられて、驚いた拍子に押してしまった!


「これアウトなん!? ちょ、止めて、ヤバイって!」


 あまりの音の大きさに自分でも驚きつつ、すぐに音を止める。それと通行人から通報でもされたらシャレにならないので、「うっかり押しちゃいましたー、てへへ」といった顔を念のためしておく。


「すぐ押すって言いましたよね? 聞いてました? ドリルで耳の開通工事が必要かしら?」

「ごっ、ごめんよ。そんなに嫌がるとは……」

「えと、イヤってほどでは、ないです……普通にびっくりしちゃっただけ――あっ、いえっ、やっぱ不快、ちょー不快ですっ! パパ以外の男の人に頭撫でられるとか、絶対の絶対にナシですから!」


 靖之さんなら大丈夫という訳ではないけれど、もし靖之さんでなければブザーも止めずに通報案件だった。


「すんませんっした……」

「もー気を付けてくださいね? 私だからこれで済んだんですよ? うっかりその辺の女子小学生に触っちゃだめですからね? 即事案の子豚箱送りです!」


 普通の刑務所が豚箱なので、少年院はこれで良いのかしら。


「気を付けますです……ヨウジョ コワイ」

「ヨロシイ」


 このくらい脅しておかないと、このウッカリヤス兵衛はいつかウッカリ事案を起こしそうだもの。


「それにしても……コレ初めて使いましたが、こんな大きい音出るんですね」

「うん、まさか身をもって体験することになるとはねぇ。でもこれなら万一の時も安心だなぁ」

「ええ。ということで、失礼しますね。今日は本当にありがとうございました」

「……ん」


 お辞儀をして歩き出したのだが、靖之さんが何か言いたそうにしていたので、足を止めて振り返る。

 すると、彼は私の方を真剣に見据えて、


「頑張ってな!!!」


 今日一番の餞別せんべつを贈ってくれた。


「どうか、大地を頼む」


 そして、こんなただの小学生の私に向かって、深々と頭を下げてきたのだった。


「っく……」


 その心情を察し、もう色々と嬉しくて、胸にグッと熱いものが込み上げてきた。

 ああ、本当に、なんていい人なんだろう。

 それに私は、何を自分ひとりで戦いに行くつもりになっていたのか。

 こんなにも心強い仲間が、背中を支えてくれているというのに。

 そう、これはもはや私だけの問題ではないのだ。


「はいっ! 私に任せてください!!!」


 その熱い期待に応えるべく、今日一番の元気な声で返す。

 こうして熱いはなむけの言葉と共に見送られ、私は大地の家へと歩き出した。



   ◇◆◆



 中心街から続く小道を抜けると、突き当りのT字路の先に海が見え、同時に潮の香りが漂ってきた。右に曲がれば、左手は海、右手は丘となる自然豊かな坂道が続いている。そのあまり変わらない町並みを感慨深く思いながら、海に落ちる夕日を横目にゆったりと足を運んでいく。しばらく上ると、次第に趣のある一軒家が近づいてきて、到着した頃には日も落ち切り、空には宵の明星一番星が輝いていた。


「すうぅ~、はあぁ~」


 家の前まで来たところで、チャイムを鳴らす前に深呼吸をして心を落ち着かせる。

 ここが一番の頑張りどころだし、それに私は靖之さんの分まで任されているのだ。


「よーし!」


 入念な聞き込みで準備も万全、人事を尽くして天命をもちゃぶ台返し!

 私が宇宙一カッコ良い大地に戻してあげるんだから、首──いいえ、全身洗って待ってなさい!!!




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