幕間03 ソウダン(4)

 靖之さんは手元のカップに一口付けると、情報のおかわりを心待ちにする私へと語り始める。


「それで夕ちゃんに伝えることは二つあるんだけど、どっちも僕と大地がガキの頃の話からしないとなんだ」

「パパの小さい頃の話っ!? さいっこーに聞きたいです!!!」

「ちょっ、落ち着いてね?」

「…………し、失礼しました」


 今回の件を抜きにしても絶対に聞きたい超重要情報なので、ついテーブルに乗り出してしまった。


「ははは。それで、八歳くらいだったかな? まだ大地の親父さんも存命の頃の話なんだけど、その頃は僕もちょっとやんちゃしててさ……恥ずかしながら、町内のお山の大将やってたんだ」

「それは何と言うか、意外ですね」

「まぁ、ね。んで下校途中の女子に、子分達とちょっかいかけてたわけさ。違う小学校だったけど、たまに見かけてて、可愛いらしい子だったなぁ。とまぁ小学生アルアルの、気になる子をイジメちゃうアレ…………だあぁぁ黒歴史ツラすぎるぅ!」 


 頭を抱えてぐるんぐるんと回し、悶絶もんぜつしている。


「過去の過ちなんて、誰でも一つくらいはあるものですから、それ自体を気にしてはダメですよ。次へ繋げる糧とできるかが重要かと」

「う、うん。夕ちゃんて、相変わらずスッゲェ大人びた事言うよねぇ――っとそれでな、正義感あふれる大地が助けに来て、取っ組み合いの喧嘩になったんだ」

「ふふっ」


 その状況が容易に思い浮かびすぎて、思わず笑ってしまう。


「勝負は五分五分といったところだったんだけど、実はそこが丁度橋の上でさ? しかもその橋ときたら、子供でも超えられるような低い欄干でさ、喧嘩の勢いで僕がうっかり落ちそうになったわけよ」

「えっ、それで?」

「何とかギリギリ欄干外のふちつかまってぶら下がる形になって、今にも落ちそうってときに……」


 あっ、この流れはきっと……?


「さっきまで殴り合いしてた大地が、俺の手を持ってくれたんだよ」

「おおお~! さっすがパパ、かっこいい!」

「それな。あれには当時のワルだった僕も、ちょっと感動しちまったもんよ」


 予想通りで期待通りの展開に、すごくうれしくなる。このまるで少年漫画のような熱いやり取りで、二人に友情が芽生えたに違いない。


「でも、小学校低学年の僕らの腕力じゃ、なかなか上に登れなくてさ? そこでまさかの大地が、一緒に降りてぶら下がってきて、僕を上手く押し上げてくれたんだ。そんで僕はなんとかよじ登ったんだけど……あいつは腕の力が尽きて落ちちまってなぁ」

「えええぇ! それでそれで、どうなったんですっ!?」


 今こうして生きているので、「大地君の冒険はおしまい。来世の大地君にご期待ください」ではないはずだけど……むむむ、手に汗握る展開だわ。


「橋の高さは五・六メートルくらいで、幸い五月頃の丁度良いくらいの深さ――小学生の腰くらい? だったんで、川に落ちてからすぐに立ち上がって、土手わきの階段で登ってきた。でも時期が時期ならマジでヤバかったし、単純に運が良かっただけよね。現にぶら下がってた僕らは、生きた心地しなかったもんよ」

「……ああ、ほんと無事で良かった」


 水が無くても大怪我、深くてもおぼれ、冬季なら浅くても一大事。運が悪いバージョンを想像しただけでも、怖気が走る。


「で、ビショれの大地が登ってくるなり、なんつったと思うよ? くくくっ」


 そんな思い出し笑いするほど、面白いこと言ったのかしら。たしかに、大地ってギャグセンスもあるものね。


「『おいお前、かしひとつだ。これにこりたらもう悪さするなよ』だぜ。いやもうね、お前は正義のヒーローかよってな? はっはっは」

「はああぁぁ~…………そのパパを生で見たかったわぁ」


 その時の大地の勇姿を想像して、特大の溜息が出てしまった。そんなヒーロー少年大地に助けられたら、絶対にれる自信がある。……すでに惚れてるんだけどね?


「ああ、それで少年の僕は、こいつクソかっこいいなって思ったね。そうまで言われちゃ、ヤンチャだった僕もさすがに反省して、『ごめん、あとありがとう』って気付いたら言ってたよ」

「うんうん、それで熱い男の友情が芽生えたんですね!」


 女子同士ではなかなかそう言った展開にはならないので、少し羨ましく思う。


「いや、そこはちょっと違ってな?」

「あら」


 現実は少年漫画のようにいかないもの、なのかしら。


「それからは悪行も控えるようになったんだけど、学校も違ったしで、別に大地と一緒に遊ぶとかはなかったかな。ただ、この件で大地のことを一目置くようになって、風に聞くあいつの活躍を、心なしか誇らしく思ったり?」

「そっかぁ、お二人はそんな出会いだったんですね。とても興味深い話でした――ってあれ?」

「ああうん、まだ今回の件のヒントにはなってないね。これはただのヒーロー少年大地列伝だ」

「続きがあると?」

「そゆこと」


 どうやらここまでは前置きで、ここからが本題らしい。


「そんで中学生になると学校は同じになって、お互い挨拶するくらいの仲にはなってたんだけど……夏には例の事故が起きちまってな」

「そうです、よね……」

「完全に人が変わっちまったよ。小学校から持ち上がりの友達も含めて、全ての人を拒絶するようになってな。昔の憧れの記憶を持っていた僕は、そのあまりの腐れっぷりに落胆して、何度もしつこくハッパを掛けたもんさ。ってのも……」


 懐かしそうに語る靖之さんは、そこでふと真剣な顔付きになり、こう告げた。


「あの時の『貸しひとつだ』を、今こそ返す時だと思ったんだよ」

「なっ!?」


 あーもう靖之さんてば、どんだけいい人なのよ……うん、まさに大地の親友に相応しいわ!


「ま、その話は長くなるから置いとこうか」

「むぅ……はい」


 じっくりと聞きたいのが本音だけれど、どうやらこれも本題ではないようなので、また次の機会に期待しよう。


「その成果があったのか分からんけど、大地は少しずつだが社交性を取り戻していった。ついでに、何かよう分からんしつこいヤツ、みたいな特殊友人枠に僕も収まって、今に至るというわけよ」

「なんと、今のお二人の関係にそんな歴史が……今のパパはこんなになっちゃってて悲観してましたけど、これでもマシになったってことなんですね。もう靖之さんには感謝しかありません。もし事故直後のままのパパに会ってたなら、私ショックでおかしくなっちゃってますよ」

「え、夕ちゃんが大地に会ったのって、本当に最近だったの? それだとその例えの意味は……? んー、夕ちゃんて、たまに変なこと言うよね。そういや大地もぼやいてたっけ」

「ふふっ、そこは乙女の秘密、ということで今はお願いしますね。靖之さんになら……いずれはちゃんと話しますから」

「あ、うん。楽しみにしてる、よ?」


 大地の親友で、しかもこれほど私を応援してくれているのだから、恩返しも兼ねていつか必ず。


「それでこの靖之さんの経験からすると、しつこくアタックし続ければ、いつかは認めてもらえるかもしれない……ということです?」

「ああ、こんな野郎の僕でもできると実証したからね? ましてや可愛さMAXのマイエンジェル夕ちゃんが、毎日毎日猛アタックし続けてるんだ、効いてないわけがない! だから、ちょっとやそっと冷たくされたくらいで、絶対めげちゃダメだよ?」

「はいっ! 先達が居るというだけで、心強いです」


 先達はあらまほしき事とは良く言ったもので、戦術的優位に立てるだけではなく、精神的にもかなり救われる。こうして相談した甲斐があったし、それに靖之さんの素敵なところが沢山見つかったのも大きな収穫だった。

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