幕間03 ソウダン(3)

「――ということがあったわけさ」


 予想通り結構な時間がかかったものの、忌まわしき火災事故の一部始終を聞き、大地の過去について知ることができた。――いや、知ってしまったと言うべきか。


「そ、そんな……」


 あぁ、大地。あなたは、これほどの大きな傷を抱えていたと言うの。


「この親父さんの事故が、アレだね、特大級のトラウマになってて、今でも大地を苦しめているんだろうよ。今じゃパッと見は普通にしてるけど、心の底ではずっと引きずってるんだと思う。僕みたいな普通の家庭でヌクヌク育ったヤツには、実際のとこは分かんないんだけどさ?」


 ここでの大地はどこか寂しそうで、でもそれを受け入れているようでいて……私の知る大地とは、そもそもの在り方が違うと感じてはいた。昨日の一件で、そうして大地が隠そうとしていたものが、ついに明るみに出てしまったのかもしれない。そもそもあちらでは、この状態からどのようにして立ち直ったのだろう……やっぱりひなさん、なのかなぁ。

 それに何よりも、こんなにも辛い過去を背負いながら、ずっと私に大きな愛を与え続けてくれていたのね……あぁ、ダメ、目頭が熱くなってきた。もぉ、こんなのムリ。


「っくぅ……」

「ちょちょ、夕ちゃん? お、落ち着いて! 泣かないでよ! 周りの視線も、かなーりマズイ感じだからっ!」


 このよわよわ涙腺るいせんめ、自重しなさい。ほら、靖之さんも困ってるじゃないの!


「っぐぅぅ、泣いてなんかっ、ない、ですしっ!」

「いや、えっと……そ、そうだね! 泣いてなんかなかったね、ごめんよ。アレだ、目にゴミとか入っただけよね、あはは」

「そっ、そうよ! ゴミがちょっとね。こ、このお店、掃除が甘いんじゃないかしら?」


 先ほど貸してもらったハンカチで、スッと目元をぬぐう。この短時間で、まさか二度もお世話になるとは思わなかった。

 はぁ……靖之さんにまで気を遣わせてしまって、もう情けないったらありゃしないわ。あとにらんでる店員さん、悪者にしてごめんなさい。ちゃんと清潔ですよ。


「まったく、夕ちゃんの目に入るとか、実にけしからんゴミだ! 僕が代わりに入る!」

「…………っぷ」

「おお?」

「あははは、何言ってるんですかもー。目の中に入るって、ほんっときもちわるーいっ♪」


 ここまで振り切った変態発言だと、思わず笑っちゃうのかぁ……すごいわ。それと本当にフォロー上手で、場を和ませる天才ね。大地が一目置くわけよ。


「そ、そんなこと……あるかも、はは。それより笑ってくれて良かった。その方が百倍可愛いよ!」

「ばっ、ばっかじゃないの!? そんなお世辞言っても、何も出ませんからね!」


 くにゅぅ、ちょっとドキッとしちゃったじゃないの。靖之さんのくせに生意気よ。ことが済んだら大地に密告してやるんだから、にしし。……でもそのときが、本当に来るのかなぁ。


「――コホン。話の腰を折ってすみませんでした」

「いや、大地の過去話はこれで終わりっちゃ終わりなんだ。あとはそうだな、ついでに僕の推測も聞いておくかい?」

「はい、是非とも!」


 これほど大地と付き合いの長い靖之さんの推測なので、何かしらのヒントになるはず。


「それでさっき言ったトラウマから、何で突然小澄さんや夕ちゃんに冷たくなったってことなんだけど。僕の予想では、君らは近付き過ぎたんじゃないかなと」


 何よその、「お前は知りすぎた」って闇の組織から消されるみたいなの。大地は仲良くなり過ぎると離れていく……ということ? なぜ?


「仲良くなればなるほど、別れのときが辛いってやつよ。ほら、人間相手じゃなくても、情が湧くって言うじゃんか? ペットロスとか」

「ええ、良く聞きますね」

「ただ、ここで普通の人と大きく違うのは、大地の場合は大切な人が次から次へと居なくなってしまったことだね。特に親父さんのトラウマが、超絶クリティカルで効いてるってわけさ。それで、仲良くなってきた夕ちゃんらとこれ以上親密になって、いずれ傷を負わないように、ブレーキをかけてきたってことだと思うんだ。大地自身は無意識でやってるんかもだけどさ」

「なるほどぉ」


 長い間見てきただけあって、もっともらしい考察ね。とても参考になるわぁ。


「例えばギャルゲーだと、親密度が百でゴール、五十までは割と上がるんだけど、五十になった途端にイベントが突然全部消失する、みたいな? うっわ、そんなん無理ゲーじゃん」

「なる、ほど?」


 うーん、とても参考にならないわぁ。あと何だかやらしい匂いがするわぁ。


「ぎゃるげぇってのは良く知らないんですけど、要はすっごく難易度高いってことです?」

「そゆこと。大地は攻略難易度高過ぎ子ちゃん」

「そう、なりますと……私なんかが、どうにかできる問題なのでしょうか……」


 話を聞くほどに難しい問題だと分かり、同時に自信が無くなってきた。


「大丈夫さ! こんな僕から聞いただけでも泣――じゃなくて激情がほとばしる夕ちゃんなら、きっと頑固な大地にも通じるはずだよ。それに世界で、いや宇宙で一番大地のこと心配してるのは夕ちゃんだし、君でダメなら誰にも無理さ。ほら、自信持って! よっ、大地マスター! いいぞぉ、宇宙一っ!」

「そ、そんな大げさな……でも、おかげ様で勇気が出てきました。ありがとうございます!」


 さっきやひなさんの時も思ったけど、人を励ます天才かしら。思えば昨日から色々と助けられっぱなしで、すっごくイイヒトなのよね……残念ながらイイヒト止まりで終わりそうな、もったいない性格な気もするけど。でも、そこを好きになってくれる子が、いつか現れるかもね?


「うん、頑張ってな。僕なりに精一杯応援してるよ」

「本当に、頼りになります」


 キラリと歯を見せて笑う靖之さんからは、普段のお調子者なところだけでなく、確かな頼もしさも感じられた。


「あーあと、自分のことなんで恥ずかしいからあんま言いたくないんだけど、さっきの推測を補強する話もあったりして? どうす――」

「教えてください!!!」

「うおっとと。さすがは夕ちゃん、大地ジャンキーだねぇ」

「うふふ、はい」


 これだけでも充分過ぎるのに、追加情報までくれるとは、本当に精一杯応援してくれようとしているらしい。

 そうして私は、ありがたみを感じながら姿勢を改め、超傾聴モードに入るのだった。

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