幕間03 ソウダン(2)

 素知らぬ顔で靖之さんの後に続いて入店するが、幸いにも店員に止められることはなかった。恐らく、歳の離れた兄妹とでも思われているのだろう。

 それでまずはと掲示されたラインナップを一通り眺めて、無難にいつものアメリカンコーヒーを注文すると、隣の会計カウンターへと並ぶ。手持ちはあるので自分の分くらいは支払おうとしたところ、「小学生の女の子に払わすとかナイから」と靖之さんが一緒に払ってくれた。さらには、何も言わずに私のトレーも一緒に運んで行くというオプション付き。

 むむむぅ……スッゴク紳士だわ。それに顔も割と美形ときて、これでモテないのはナゼなのかしら? おバカ――んや、変態だから、かなぁ? ふふっ。


「えと、僕の顔に何かついてる?」


 席に着いてからも感心して眺めていたので、不思議に思われたらしい。


「いえ、靖之さんって、まれに紳士なとこありますね」

「……あー、トレーのこと?」


 そう言ってトレーを軽く持ったので、それに黙ってうなずく。


「いやぁ、ちょっと妹にね……」

「え、妹さん居るんですか? 妄想とかじゃなくて」

「ひどい! ちゃんとリアルワールドに居るよ!」


 しまった、手癖のようにイジってしまったわ。イジられ体質、恐るべしよ。


「コホン、失礼しました。それで?」

「あーうん。その妹が結構ね、傍若無人と言うか、僕の扱いが特に酷いもんでね? もしさっきの状況で動かなかったら、『何してんのお兄ちゃん、早く持ってってよ!』と理不尽に怒られるわけよ」

「へ、へぇ……」

「そんなでも妹なんで、やっぱ可愛くてさ、甘やかしてしまう僕が居て……そうやってるうちに、体が勝手に動くように……あぁ悲しき兄貴のさがだよ、ツライ」

「ソ、ソウダッタノデスネ」


 なんと妹さんの調教の成果だった! 大地のこと聞きに来たはずなのに、天馬家の闇を知ってしまったのだわ!? あーでも、これで多少は男が磨かれたんだし、悪いことばかりでもないのでは? 例えばそれで変な性癖にでも目覚めなければ……――ってあぁ! なんという、こと、なのよ……これ以上、天馬兄妹の深淵しんえんに触れてはいけない。撤収、撤収よっ!


「他にもさぁ、瑠香るかが――」

「あーうん! 兄妹仲が良いのはいいことですね! ハイそれじゃぁ、本題に……」


 呪家ノロケ話を強制シャットアウトし、気分だけで甘くなった口を洗い流そうと、コーヒーに口を付ける。


「っぶぁ! ごほっげほっ」


 に、にっがぁぁぁ! 口に広がった想定外の強烈な苦みに、コーヒーカップに少しリバースしてしまった。淑女レディにあるまじき、なんてはしたないことを。


「ゆ、夕ちゃんだいじょぶ? ほら、これで拭いて」


 非淑女らしき私にも、紳士のごとくハンケチーフをサッと差し出す靖之さん。ここまで調教が行き届いているとは……ヤバイわね。万一に彼に恋人でもできようものなら、その瑠香ちゃん、闇堕ちして刃傷沙汰になってしまうかもしれない。


「ありがと……うぅわ、恥ずかしすぎるぅ……」


 ハンカチで火照った顔と口元をきつつ、もしかしてエスプレッソが誤注文されたのではと一瞬考えるが、カップが普通サイズなのでそれはなかった。すると豆の量を間違えた――んや、チェーン店は機械任せだろうから、それもありえない。

 そうして首をかしげていると、靖之さんがニヤニヤし始めた。


「むぅ、その顔はなんです?」

「ごめんごめん。夕ちゃんって普段スッゴク大人びてるけど、舌は年相応なんだね。そんな無理してコーヒー飲まなくてもいいのに。可愛いとこある――ってか可愛いしかなかったね!」


 あっ、そうかこの子……となると、これは取り繕ってもみっともないだけね。


「……すみません、うっかりミルクとお砂糖入れ忘れました。えへへ」


 そう誤魔化しておき、カウンターから持ってくると、渋々ながらもカップへ入れる。一口すすってみれば、甘いコーヒーも案外悪くなく、むしろ良いとさえ思えた。……うん、そうよね、今はあるがままを楽しみましょ。


「それで大地のことだったね」


 新たな味覚開発にひとり勤しんでいたところ、靖之さんが本題へと切り出してくれたので、静かに頷き返す。


「さっきの様子からすると、大地が急に冷たくなったことについて、かな?」

「……そう、ですね」


 本当はそんな呑気のんきな状態ではなかったけれど、私に気を遣ってオブラートに包んでくれているのだろう。


「そうなると、やっぱアレか。えっと夕ちゃんは、大地の親父さんが亡くなった時の話は聞いてるかな?」

「いえ、子供のころに亡くなったとしか。それに何か深い関わりが?」

「大地マニアの夕ちゃんでも知らないってことは、やっぱまだ……ぬぅ、こいつは根が深いな」


 大地マニアって何よ。名誉称号かしら? ありがたく受賞しておくわね。


「となると、うむむぅ、さっきはあぁ言ったものの、本当に教えていいのかなぁ。後で大地に締められるの嫌だよ? ここで話す事は――」

「すみません……口止めされても、ソースを聞かれたら正直に言っちゃいます」

「やっぱそうだよね! ま、知ってる人なんて限られてるし、隠しても無駄だろうけどさ……」

「はい。ジョークやいたずら以外で、パパへは絶対に嘘つかないって決めてますので」


 正確には、冗談めかして真意が伝わらないようにしていることはあるけれど、それもいずれ時期が来れば必ず伝える。


「はぁ、隠す努力すらしてくれんのね……やっぱ夕ちゃんもなかなかに頑固だなぁ。あとドンダケ大地のこと好きなんだよ! 知ってたけどさ!」

「……どうかお願いします」


 誠意が伝わるように、しっかり目を見て訴えておく。こういうことには鋭い靖之さんなので、これで私がどれほど真剣なのかを解ってくれるはず。


「……む、むむむ。そんな真剣に頼まれると困っちゃうな……あいわかった。こんな大地思いの夕ちゃんなら、何か上手い感じに更生してくれるかもしれないな。僕が知ってることで良ければ、話すよ」

「ありがとうございます!!!」


 やったわ。これで第一関門、愛の試練クリアといったところね。


「代わりってわけでもないけど、大地に怒られそうになったらせめてかばうくらいしてよ?」

「うふふ。その際には善処することを検討いたしますわ」

「国会答弁みたいで全然安心できないんですが!?」


 心配しなくても、ちゃんとフォローするのになぁ。そんな恩知らずじゃないってば。でも、いじってあげるのが一番の御礼になる気がしてきたし、きっとこれでヨシよね。わ、私が楽しいからじゃないわよ?


「はぁ、そいじゃ早速、親父さんが亡くなった日に起きたことだけどさ……ちょっと長くなるよ」

「どんと来いです。そのために喫茶店に来たのですから」

「そうだったね。えっとあの日は、今からだと六年前――」


 そうして靖之さんは、言い辛そうにしながらも、ポツポツと話し始めた。

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