5-10 性分

 食堂へ着いた俺は、裏切者を始末しにきた忍者アサッシンのごとく、辺りを鋭く見回してヤスを探す。


「──うおぅっ!?」


 なんと真横に潜んでいた! まさか暗殺対象も忍者だったとは――ってか居たなら声くらいかけろよな。


「テメェ――」

「さーせんっした!!!」


 さっそく文句をぶつけようとしたが、先手必勝とばかりに謝ってきた。しかも綺麗きれいな直立不動からの九十度のお辞儀付きであり、これは見事なジャパニーズ=シャザイ=スタイルだ。それに飯も食わずに待っていたとなると、本当に悪かったと思っているようだ。


「見捨てるのは本当に忍びなかったんだけど、僕じゃ足手まといにしかならない気がして……だから僕はその場に居るより先に行った方が、大地が逃げる口実になって助けになるんじゃないかと……」

「お、おお……まぁな」


 確かにその通りなのだ。ヤスは意外にも、咄嗟とっさの判断が結構えていたりする。夕から聞いた以上のことは分からないが、昨日もこうして上手く立ち回ったのだろう。


「と言いつつも、普通にブルったのもあるけどさ……」


 ヤクザにも立ち向かえるのにどんだけだよ、と普通は思うところだが……あぁその気持ち、わかるぞ! それにこうして正直に白状したことからも、反省の色を感じる。


「逃げてくるのに結構時間かかってたみたいけど……大丈夫、だったか?」

「はぁぁ、わぁったよ! もう許す。結局ヤスの有無は関係な――くはないんだが、居たら余計ややこしかっただろうし。それとお前が言うように、こうして逃げ出す口実にはなった……とは言っても、ボコボコにされた後だけどな!?」

「そ、そうか。そいつは何ともご愁傷さまなことで」


 ヤスは申し訳なさそうにそう言って、手を合わせてくる。


「そうなると……何があったかは聞かない方がよさそうだね」

「まぁな。ぶっちゃけ俺の問題だ」

「それって……なーこちゃんまでも関わってきたってこと? いやぁ、お前も大変だなぁ」


 ヤスはこの件の詳細な事情を知っているので、これだけで察してくれる。


「ま、そんなことは飯食って忘れようぜ!」


 先ほど詮索せんさくしないと言った通り、ヤスは話を掘り下げることもなく、スタスタと券売機へ向かう。こういう切り替えの早いヤツは助かるというもので、長い付き合いもあって距離の取り方が絶妙だ。……まぁ、俺と夕の話になると、相変わらずしつこいけどな?

 多少のありがたみを感じつつ後に続くと、


「おいおい大地、見てみろよ! 面白い新メニューがあるぞ?」


 ヤスが券売機の前でこちらへ振り返り、大きく手招きしてきた。


「お前が言う面白いは、総じてろくでもないが……ええと、どれだ?」

「これこれ、『シェフの気まぐれランチ』だってさ、どうよ?」


 ヤスが指差したボタンには、普通の学食にはまず無いような、場違い過ぎるメニューが書かれていた。


「いやいや、どうよと言われても。あとシェフて……この食堂にはおばちゃんしか居ないのでは? どっからどう見ても怪しさ満載だし、こんなん注文するヤツいるのかよ?」


 食堂のおばちゃんを馬鹿にするつもりは決してないが、「シェフ」といった洒落しゃれた役職ではないだろう。かと言って、気まぐれてもらうためだけにシェフを雇ったとも思えない。


「まぁまぁまぁ、値段もお手頃だし、試しに食べてみようぜ?」


 値段は五百円とあり、もし本当にシェフが作ってくれるのなら、とんでもない安さだ。


「なぜそんな正体不明のものを、喜び勇んでオーダーせにゃならんのだ。バカなん?」

「いやいや、アタリかハズレか想像もつかないところがいいんじゃんか。自販機のハテナ缶みたいに、それ自体がエンタメって感じでさ? ほら、ハズレでもそれはそれで面白いだろ、笑い話のネタに使えるし?」


 なんだその、転んでもタダでは起きない関西人みたいな発想は。


「悪いな、俺は正体が明瞭めいりょうなものを食いたい。お前が試しに食ってみて、アタリなら今度な」

「うーん……大地ってほんと無難というか、リスク負わないよなぁ。ノリ悪いぞ? もっと人生楽しもうぜ」

「ほっとけ。そういう性分なんだ。……ん?」


 もしや……さっきの呟きは、そういう意味なのか?


「どした? やっぱ注文する気になったか?」

「それはない」

「ちぇ。一人じゃつまんないし、僕もまた今度にするかー」


 そう言って飽きもせず天丼を選ぶヤスに続き、俺は安定と信頼のB定食のボタンを押した。

 そう、こういう普通のでいいんだよ。世の中万事、普通が一番だ。

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