5-09 同士

 抵抗もむなしく一色に情報を抜かれてしまったが、気落ちしている暇はなく、すぐに次のことを考えなければならない。俺が現場に居た事を一色がどう解釈し、どのような反応を示すのかが重要なのだ。

 それで一色の顔色をうかがってみれば、相変わらず表面上はにこやかスマイルのままだが、その瞳にはわずかばかり怒気をはらんでいるようにも感じられた。その矛先は当然俺だとして、見捨てられた小澄本人ならまだしも、出会って間もない一友人の一色が怒るのは少々不思議だ。この三日間で、そこまで仲良くなっていたと……そう言えば、昨日の一色は小澄を「お気に入り」と言っていたか。


「おっとと~、ヤスくんが先に~食堂行ってるんだったよねぇ~? 追いかけなくて~、だいじょぶぅ~? ヤスくん~、待っててくれそうなのにねぇ~? ほんと薄情だと思わない~?」


 一色は細めた目をこちらに向けて、同意を求めている。これはやはり、俺が小澄を見捨てて立ち去ったことを非難しているのだろう。


「そ、そうだな。まあ、アイツにも理由があるんだろうさ」


 ただの醜い自己弁護だ。本当に情けない。


「へえ、同じこと言うんだ」


 そう呟いた一色は、これまでと少し雰囲気が違い、怒りに加えて苛立いらだちのようなものが垣間見えた。話し方も直截ちょくせつ的で、これが素の一色の話し方なのかもしれない。それで本当はどういう心境なのか……会話の中で比喩ひゆと真意が混線してるのもあり、良く解らなくなってきた。

 それともう一点気になるのは、「同じ」が意味することだ。ここまでの流れからすると、小澄が話した内容と「同じ」、ということだろうか。二人がどのような会話をしたかは不明だが、こうして一色がわざわざ確認しにきたことからすると、小澄は俺について直接は触れていないはずだ。それにも関わらず、小澄は俺をかばうような発言をしたと……相変わらず謎すぎる子。目の前の一色も、俺と似た不可解さを感じて苛立っているのだろうか。


「同じってのは――」

「あっ、なーこさん」


 ダメ元で問いかける途中で、背後から一色を呼ぶ声がし、振り返れば件の小澄。うわさをすれば影――とは言うものの、一度も小澄という単語は登場していない。いやはや不思議だなぁ。


「っ……大地、くん」


 小澄は振り返った俺を見るなり、気まずそうに顔を伏せる。こちらも合わせる顔などなく、逃げるように目をそらした。


「おお? ひ~ちゃん、よ~っす! あ・とぉ、はダメって言ったよぉ~? はいっ、やり直し~のぉ、りっていくぅっ!」


 普段のノリに戻った一色は、小澄をピシッと指さす。


「あっそうでした、ごめんなさい。こんにちは、なーこちゃん」

「よろしですし~♪ う~ん、ひなちゃん素直で可愛いなぁ~」


 一色が小澄にピトッとくっ付いてナデナデすると、小澄は照れながらもうれしそうにしている。なるほど、二人の仲は相当深まっているようだ。

 それと一色は妙に「は」を強調してきたが、その比較対象は恐らく俺で、先ほどの怒りと苛立ちの腹いせなのだろう。前回といい今回といい、俺なりにさんざん無駄な抵抗をしているからな……ま、素直じゃないと言えば、お前がナンバーワンだけどな。


「ところで……そのぉ、なーこちゃんは大地君と仲良いんですね」


 おいおい、悪い冗談はやめてくれよ。どっからどう見ても、いじめっ子といじめられっ子だろ?


「いや、別に――」

「そうだよ~っ! なっかよし~♪」


 一色はそう言って俺の腕を取ると、意味深にこちらを見てきた。

 これは……先生に見つかったいじめっ子がドスを効かせて言う、「おい、俺達友達だよな? 分かってるよな?」的なやつね、知ってる知ってる。


「アァ、ソウダナ」


 弱みがより取り見取りのつかみ取り状態の俺は、そう答えるしかない。脅し方に暴力か知力かの違いはあるが、いずれにしろいじめられっ子は屈するしかないのか……ぐぬぅ、情けないぞ大地!


「さっきも~、世間話でぇ~盛り上がってたよねぇ~?」

「アァ、ソウダナ」


 表面上はな、とでも付け加えたら何をされるやら。


「あっ、ひ~ちゃんってばぁ~、やっきもち~かなかな~? う~いうい~だぞぉ~っ♪」


 そこで一色は小澄の腕も取り、一色を中心に三人がつながる状態になった。全くそんな雰囲気ではなかったが、一色のことだ、解っていて小澄をからかっているのだろう。


「わ、わわ! そ、そんなヤキモチなんて、ないです、よ?」


 えっ、的枠まとわくにはかすりましたみたいなこの反応、マジでして? 


「おおお~? どっちに~、やきやき~?」


 昨日の件で俺への好感度はマイナス無限大だ、どっちもこっちもない。それで小澄の方は、当然友達として好きなのだろうけど……一色の目は割と本気で、友達以上の何かを――えっ、ちょ、そういうことなのか!? あああ、それでさっきの様子や手芸部のことも、全部スッキリ説明がついてしまうのでは!?

 いやぁ、冷酷無比なの悪魔だと思ってたけど、まさかだよなぁ……ヤスに話せば大興奮間違い無しだな。ま、命が惜しいので墓場までは持ってくけど。


「ですから、そんなんじゃありませんってば!」


 小澄は腕を振りほどくと、ねてそっぽを向いてしまった。怒っているわけではなく、調子に乗った友達に呆れている雰囲気だ。


「ごめんってぇ~、あたしはひ~ちゃん大好きだよぉ~?」

「も~、調子いいんですから」

「えへへぇ~」


 このやり取りだけを聞くと、女子同士の軽いノリのようだが……うん、考えるのはよそう。世の中には知らない方が良いことも多々あるのだ。


「ヤスが食べ終わっちまうから、俺はもう行くぞ」


 そう一方的に告げて歩き出したところ、


「(案外似たもの同士かもね、はは)」


 すれ違いざまに一色がつぶやいた。ただ、それは俺へ向けられた言葉というよりも、自嘲じちょうを含んだ自問自答に聞こえたので……返事はせずに歩き去った。

 俺と一色が似たもの同士、か……何一つ似てるところは無い気がするんだが。そうだなぁ、ひとつあるとすれば、ひねくれてるところは似てるかもな?

 そして食堂へ向かう途中、マメが歩いているのを見つけた俺は、ひとり頭を抱えるのであった。

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