5-08 無難  ※挿絵付

 昼休みとなり、トイレから教室に戻る途中、突然背後から肩を叩かれた。この時点で、超絶イヤな予感しかしなかったのだが……


「ねぇ~こっすもくん~?」


 掛けられた声で予感は確信に変わり、一気に鳥肌が立つ。

 逃げたい。ニゲタイ。よし、逃げよう!

 おっ、ちょうど教室からヤスがドロップしたぞ、ありがてぇ。


「おーいヤスー、早く食堂行こうぜー!?(訳:おい、上手く逃げるの手伝え!)」


 さも急いでいて気付かなかったかのように装ってみる。


「おう、いこ――っ!? あー、だっ、大地君はオトモダチと話があるようだなあぁ~? 先行ってるぞおぉ~(訳:すまん、骨は拾う!)」

「お、おうよ!? すぐ行くから、必ずなっ!?(訳:生き残ってやる。そしてどこまでも追いかけてお前を八つ裂きにしてやる!)」


 脱兎だっとのごとく逃げだした薄情な裏切者をにらみつけたところで、再び背後から悪魔の声がかかる。


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093076597509869


「へえぇ~、二人とも~仲いいんだね~? あたしも~仲間に入れてほしい~、かもかも~?」


 一色の声にも特別意訳を当てるなら、『あたしを無視して何してるわけ? 楽しそうねぇ、アハハハハ』というところ……やべ、ブルッときたわ。


「い、一色じゃないかぁ! どうかしたか?」


 こいつが何の意味もなく俺に声をかけてくるなど、絶対にありえない。今度は一体何がねらいだ。


「おおお~? 宇宙君ってばぁ、あたしの苗字も~覚えてくれたんだね~? うれしみ~かもかも~。でもぉ~……思い出せたらぁ~、良かったのにね~?」


 世間話を装って、意味深な言葉と視線を投げてくる一色。これは、マメが来るのが遅過ぎた件についてで間違いない。


「ああ、昨日はすまんかったな」

「気にして〜ないよぉ〜? あはは〜♪」


 後手後手の情報戦へのあおりに対して、どうとでも取れる無難な返答をすれば、貼り付けたような笑顔でそう返してくる。

 ……そもそもさぁ、この子なんで俺にこんな攻撃的なの!? 手芸部の件は、おとがめ無しなんじゃなかったのかよ!? 実は特に裏もなく、本当に世間話をしているだけで、全て俺の被害妄想…………いや、底抜けに明るいのに、やっぱり目が笑ってないんだよ、な。


「昨日と言えばぁ~、帰り道でさ~?」

「……」


 よし、無反応を貫いた。攻撃はすでに始まっている。迂闊うかつなリアクションは一発アウトだ。それで昨日の帰り道とくれば、小澄の件が濃厚だが……まだ断定するには早い。いずれにしろこいつは、意味のない話などしない、目的を予測するんだ! 研ぎ澄ませろ、大地!


「女の子が〜ヤクザに絡まれて泣いてたんだってさぁ~? 許せないよね~! でも、うちの男子がぁ〜助けたんだってさ! 勇気あっるぅ~」


 少し見えてきた。一色は泣かされたと言ったが、俺が見たことと夕の話を総合すると、あの場ではそんな様子はなかったはずだ。つまり、一色は確実にあの場には居らず、持っているのは偽りなく伝聞情報となる。さらに、小澄は用事があって帰ったとの夕情報を踏まえると……例えばその用事が一色と遊ぶ約束で、そこで絡まれたことを話したのだろうか。そして会うまでの間に泣いた素振りがあり、その理由に俺がどう関わっているのかを探りにきたと。

 この推論が正しいとなれば……素知らぬフリをするよりも、そこに俺はいなかったていで進めて、疑いを減らすのが吉か。


「……あぁ、俺も聞いたよ。良くやってくれたよなぁ」


 今回の件について、正直ヤスには感謝している。完全な嘘よりも、こうした真実を織り交ぜた嘘の方が通しやすいものだ。


「ふ~ん……………………」


 げっ、またこのパターン? この演算タイムのすきに逃げたらどうなるかなぁ……どっかに強制終了ボタンとか付いてねぇかなぁ……と現実逃避したくなる間だ。


宇宙こすも君は~、誰から聞いたの~かなかな~?」


 うぐっ、そう来るのかぁ……じゃぁお前は、ってめっちゃ聞き返したい。質問に質問で返すなと言われるのがオチだけどな。


「……友達にな」


 当たり障りない答えだが、実際に夕からの伝聞が半分なので、完全に嘘ではない。夕が友達なのかは疑問だが、他に思い浮かぶ関係性もないし、少なくとも娘でない事は確かだ。


「ヤス君~?」

「そ――いや、違うぞ」


 あっぶねっ! 手拍子で答えるところだった。俺がヤス本人から聞いたのであれば、先のうわさ話風の発言はナゼかと問い詰められてしまう。ヤスが助けた事も聞いているだろうから、ここでヤスの名前を出したのは俺を誘導してめるため……つまりこれは、掛かれば即デッドエンドの魔王一色特製トラップなのだ。マジ凶悪だなこいつ!

 こうして必死に罠を一つ避けたものの、一色の攻撃はさらに続く。


「ええ~ヤス君以外に友達居たんだぁ~? ――って失礼だよね、あはは~。めんごめんご~、悪気はないんだよぉ~? となると誰かなぁ……秘密の可愛いおともだちとか~?」


 ちょ、何なんこの鋭さは! テメェはエスパーか! ぐぬぅ、どうせ言わないと離してくれないんだろうなぁ。とは言えここで夕のことを出すと、話がメチャクチャややこしくなるし……誰にすべきか。そうだ、今回こそ役に立ってもらうとしよう。


「あぁ、マメのやつに――」

「今日はお休みだよ~」

「!」


 瞬速で反論されてしまった。

 まじで? そんな都合良く? ブラフ……この速度で? ブラフと見て押し切るか……いや、ここは無難に答えよう。


「あぁ、そうだっけ? 昨日部活のことで電話したときに噂話でな」

「この前手袋届けたときは~、番号知らないって~言ってたのになぁ~? おっかしいな~? まったまたぁ~、宇宙のふっしぎぃ~?」


 おいおい、そんなことまで聞いてたの? いや、これも何とでも言えるし、俺の性格と普段の行動などから、知らないと踏んでのことだろう。あぁその通りだよ、チキショウ。


「つい昨日に交換したところなんだよ」


 十中八九ブラフと思いつつも、先ほどと同様にリスクを負わない選択をしてしまう。またしても、一色の手のひらの上な気がしてならない。


「昨日は~部活無いのに~? マメ君は~、自主トレ行ってないよね~?」


 しまったぁ! 小澄と会ってるなら、それは当然一色も知ってるよな……こいつの猛攻に全然ついていけず、こんな凡ミスを。何か、何か手はないか……。


「そ、それは……」


 ダメだ、何も思いつかない……ここで詰み、か。


「あはは~、ごめんねぇ~どうでも良いこと聞いちゃって~。気にしぃなもんで、えへへ♪」


 はいはいはいはい! 本当の意味でどうでも良いなんて、一ミリも思ってねぇくせによ! これで俺があの場に居たことが確定したので、「もうどうでも良い」ってことなんだろう。こっちにとっちゃ、ぜんぜん、ちっとも、良くないんだけどな!

 今になって思えば、先ほどの「ふ~ん」の時点ですでに、俺がこうして詰むこともルートの一つとして、将棋の名人のごとく予測計算済みだったのだろう。はなから頭の出来が違い過ぎて、俺程度で抵抗できる訳がなかったのだ。

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