5-07 無駄

 夕と別れた後、全力疾走した甲斐かいもあり、無事に本鈴前に教室へ到着できた。その原動力は皆勤賞なのだが、実は別にそこまで拘りがある訳でもなく、いっそ逃してしまえば気楽かもしれない。ただ、どうせここまで来たのなら、とコンプリート欲が湧いてしまうもので、妙に凝り性なところがあると自覚している。

 そうして一昨日の焼き増しのように、息を切らしながら席に着けば、毎度おなじみのヤスがやって来る。


「ずいぶんお早いご到着で。今日も夕ちゃんかい?」

「あぁ、懲りもせずにな」


 昨日のことは聞いているだろうから、どうせ隠しても無駄なので正直に答える。


「ふーん、そっか、夕ちゃんは来てくれたんだね。それも、昨日からの今朝でなぁ……夕ちゃんマジですげぇなぁ……いやぁ、お前ほんっと愛されてるなぁ」

「いや、あれは全然効いてないだけ――」


 じゃないんだよなぁ……むしろすこぶる効いてて焦った。


「んなわけないのは、大地も解ってんだろ?」

「……まぁ、な」


 喧嘩別れした相手の家に翌朝速攻で乗り込むなんて、大した勇気とガッツの持ち主だとは思う。だがこれはその不屈の精神ゆえだから、ヤスが言うような愛だとかそういうフワフワしたものではない。


「この際はっきり言わせてもらうけど、お前ができる範囲でどんだけ冷たくあしらったって、あの子は絶対あきらめんと思うぞ? それこそ無駄な抵抗だっての」

「んなこたぁないだろ? 俺を見くびってもらっては困る」


 心を鬼にして頑張れば、そのうち追い返せる……と思うぞ?


「へぇ~、そんじゃぁ聞くけど、お前は夕ちゃんを嫌いになれるのか? そんなん絶対無理だろ?」

「追い返せるかって話と関係無い気がするが……まぁ、嫌うくらい余裕――」

「あい分かった。それならさ、夕ちゃんの嫌なところ、一つでも言ってみなよ? ってもマイエンジェル夕ちゃんにだって、一個くらい嫌な面だってあるか」

「はは、そりゃそうだろ。あいつの嫌なところの一つや二つ、ほら……えっと……例えば………………むぅ?」


 あんれぇ、おっかしいな……夕を嫌いになれる要素が何一つ思い浮かばないぞ?


「ちょおま、マジで一個も出ないの!?」

「あ、いや待て!」


 このまま出ませんは、ちょっと、マズイぞ……夕にやられて困ったこと……あぁそうだ。


「しつこく付きまとってくるとことか? ……あぁあと、すっげー頑固者!」

「はあぁぁ……」


 何とかひねり出してはみたものの、呆れ顔で特大のため息を吐かれてしまった。


「あのさぁ、お前それほんとに嫌なん?」

「ぐ……」


 付きまとわれて面倒ではあるが、嫌える程ではない。頑固なところも、言い方を変えれば確固たる信念を持っているということで、俺の感覚ではむしろ褒め言葉だ。……たしかに、自分で言ってて相当無理があった。


「なっ?」

「……くっ」


 ほーれみろと言わんばかりのドヤ顔が、くっそ腹立つなぁ!


「あと逆に良いところなら、お前だと五個や十個さらっと出てくるんじゃね、ははは」

「いやいや……」


 夕の良いとこねぇ……元気、素直、優しい、礼儀正しい、誠実、勇気、不屈ふくつ聡明そうめい、鋭い、会話上手、料理上手、あと容姿端麗たんれいとか頑固もか? あっ、やっべ、余裕で十個以上出ちまったぞ!? いやほら、だってさ、あいつ尋常じゃないハイスペック幼女だし? このくらいヤスでも出てくるだろ……とは言っても、この流れで正直に答える訳には絶対いかないな。


「うーん、一つも思い浮かば――」

「んなわけあるかいっ!」


 一瞬でバレてチョップされてしまった。流石にゼロは無理があるし、ヤスでもだませないか。


「だから嫌うのなんて無理だし、追っ払うとかもっと無理だって僕は言ってんだよ」

「……あー、そうか。本心から嫌えていないから、表面上でどんだけ追い返そうと頑張っても、夕はそれを見抜いて絶対諦めないと?」


 なるほど、ヤスにしては珍しく一理ある。


「え、あぁ、そういうことなんかな?」

「だから何でお前が理解してないんだよ……ほんと直感だけで正解に辿たどり着くヤツだなぁ」

「たはは。ということで、詰みだ。お前は完全に夕ちゃんに包囲されている! 無駄な抵抗は止めて、大人しくくっつきたまえ!」

「またそれかよ。いろいろ問題ありすぎて、どっからツッコんだらよいやら……はぁ」


 毎度お馴染なじみのヤスの短絡的な物言いに、ため息も出るというもの。ここまでは割と筋が通った話だったのに、なぜ最後で破綻するのか。

 チャイムと共に席へ戻って行くヤスを眺め、つくづく変なヤツだと思うのだった。

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