5-06 黙秘

 仲直りの儀式も無事に完遂したところで、俺は隣に座る夕から話が出るのを待つ。やはり切り出しにくいのか、夕はソワソワと落ち着かない様子だが……ややあって深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。


「あ、えっとぉ、昨日のあの後だけど……靖之やすゆきさんが助けてくれたよ。普段ダメダメなのに、ほんと見直しちゃったわ。ひなさんも特に怪我とかもなく、その後すぐ用事に出かけたよ」


 これは、本題に入る前の閑話休題といったところだろう。


「そうか、ヤスが」


 あいつは、やるときゃやる。やらない時が大多数だから、ダメなんだけどな。明日頑張るわ系男子筆頭。


「うん……」

「……」


 そこから会話は続かず、二人の吐息だけがやけに大きく聞こえる。それは決して不快な沈黙ではないのだが、妙にソワソワしてしまう。見れば夕も手元で指をこねこねして落ち着きがなく、たまに横目でチラチラとこちらを見ており……どうやら機をうかがっているようだ。こちらとしては、この件について何か言うこともなく、夕から聞いてこない限りは何も進展はしない。仮に聞かれても、答える気はないが。

 そう考えている間に、夕は意思が固まったようで、


「それで、さっきの続きだけど……パパが昨日あんなことした、というかしなかったのは、何か理由があるってこと、だよね?」


 今回の件の核心的な話に切り込んできた。


「だって、不思議でしかたないのよ。確かにパパの言うように、助けなきゃいけない義務はないけどさ……その、パパらしくないって思ったのが正直なところなのよね」

「らしくない、か」


 昨日もそうだったが、夕は何をもって「俺らしい」と言っているのだろうか。冷静になった今でも、やはりそれが疑問として残る。


「ええ、らしくないわ。な・の・でぇ! 絶対に何か理由があるって思ったのよ!」


 夕はこちらを真っすぐに見据え、ハッキリとそう言い切った。毎度のことながら、この確固たる自信を裏付ける大地情報は、一体どこから入手しているのだろうか。


「それで、その……良かったらその理由を教えて欲しいなって」


 そこで夕は、俺の膝元ひざもとの手をぎゅっと握って上目遣いになり、


「だめぇ、かなぁ?」


 小首を傾げてお願いしてくるという、凶悪な攻撃を仕掛けてきやがった!

 当然の如く、抗いがたい庇護欲ひごよくが俺を襲う!

 解っててやってるのかは知らんが、それ卑怯ひきょうだからヤメロって……この技は俺に効く――ってか全人類特攻だろ。ヤスだったら秒でゲロって十ヤスキルは固いぞ。


「……くっ……はっ……ダメだ。それにお前に言ったところで仕方ない」


 だが、鉄の意志で強烈な誘惑を振り切り、断固として黙秘を貫く。とりわけ夕には、絶対に言う訳にはいかないのだ。


「むうぅ~~~けぇ~~~ちぃ~~~」


 案の定と、大層不満げに唇を尖らせて、俺の膝をポコポコペチペチたたいてくる夕。……あのー、いくら叩いてもホコリくらいしか出ませんよ、お嬢さん? しかも、「パパにこれ効かないとか、どういうことよ?」などとブツブツ文句を……ってぇ、やっぱさっきのねらってやってたのかよ!? こっわっ! 


「まぁでも、夕や小澄が悪いわけじゃない」


 膨れる夕に思わずそう言ってしまったが、少し後悔する。本来の目的からすると、フォローしない方が良いわけで……はぁ、女々しくも贖罪しょくざいのつもりかよ。ほんと偽善だな。


「そ、そっか」

「理由は教えんぞ?」

「はあぁぁぁ、これ以上は聞いても無駄ということよねぇ…………うん、欲張りは禁物だわ。そう、二兎にと追う者は?」

「えーと、返り討ち?」


 以前のヘンテコことわざを返してみたところ、


「大せーかーいっ!」


 俺が覚えていたことがうれしかったのか、今度は満足そうに俺の膝をペチペチしてきた。拍手代わりなのだとは思うが……お嬢さん、コンガみたいなノリで叩くのヤメテね?


「んっとまぁ、理由があることは確定したわけだし、あとは自分で調べてやるんだから!」


 夕は聞き出すのを素直にあきらめたようで、すっくと立ちあがる。


「そいじゃ、またねパパ。次来るときは答えを持ってくるから、覚悟しててねぇ?」

「だから、もう来るなと言って……――はぁ、聞いちゃいないし」


 夕は俺の言葉を最後まで聞かず、その長い蒼黒の髪を揺らしながら、スタスタと歩き去って行った。


「あとーーそろそろ出ないとーー遅刻だよーー」


 さらに玄関あたりから、良くないお知らせをお届けしてくれた。


「――え、マジでっ!?」


 すぐさま時計を確認すると、その通りのギリギリの時間。くっそぉ、悠長に話し過ぎた! せっかく偶然早起きになったのに、一文の得にもなってねぇどころか、大損してるわ!

 準備自体は済んでいたので、急いでカバンをつかむと、廊下を走り抜け、家の外に飛び出す。すると前の道には夕の影も形もなく、すでに走り去った後だった。早朝にいきなり押しかけてきて居座ったかと思えば、一瞬でいなくなる……風林火山かよ。


「てかさ、気付いてたなら、もうちょい早よ言ってくれぇ……」


 すでに消えたちびっこ信玄に文句を言うと、学校へ全力で駆け出していくのだった。




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 一区切りまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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