5-05 儀式

 夕を連れて玄関から上がり、茶の間へと移動すると、テーブルを挟んで向かい合った。目の前の夕は座布団に正座し、背筋もピンッと伸ばしており、大変お行儀のよろしいことだ。


「それで、用事というのは……もちろん昨日のことよ」


 そう切り出した夕は、まだ少し緊張している様子で、口調も普段より硬めだ。


「……ああ。それで?」


 はたして夕はどんな切り口で来るのかと、身構えていたところ……


「そのっ! ごめんなさい!!!」


 なんと唐突に頭を下げて謝ってきた!


「んなっ!? ……え、ええと?」


 あまりに予想外の展開に、面食らってしまう。


「言ったことは今でも間違ってないって思うけど、その……カッとなっちゃってさ、感情のままに酷いこと言ったと思ってるわ。だから、ごめんなさい!」

「いや、俺も――」


 待て、こっちはこっちの事情あってのことで、それにそもそも仲直りするべきではない。……そうは言ってもだ、小さい子供がこうして真剣に謝ってきているのに、頑なに突っぱねるなんて、大人としてあまりに情けなさすぎる、よな。


「なんだ、その、こっちも冷たい言い方したのは悪かったよ……ごめんな。ただ、やったことと言ったこと自体は、間違っちゃいないと思ってるけどさ」

「……」

「……」


 互いに見つめ合った状態で、しばし妙な沈黙が流れる。


「――ぷふっ、あはは。二人しておんなじこと言っちゃってぇ、おっかしいの。パパも変なとこ強情ね――ってそれはあたしもかー。似たもの同士ね、うふふ」

「っはは、そうだな」


 言われて気付き、俺からも笑いがこぼれる。そういえば以前に、娘だから似てるーみたいな妙ちくりんなことを言っていたが、あながち――ってそんな訳あるかい。何バカなこと考えてんだか。


「じゃぁ、内容の方は置いといて、ひとまず仲直りね!」


 夕は元気よく立ち上がり、すてててと小走りで隣にやって来る。さらに、座る俺の前で両膝りょうひざ立ちになると、満面の笑みで両手を左右に広げた。


「んっっ」


 雰囲気的に何かを催促しているようなのだが、何を求めているのかサッパリ分からない。


「……これは?」

「もー、仲直りのハグに決まってるでしょ」

「は……ぐ?」


 バグでもバクでもなく、ハグ。


「そ。あたしをぎゅ~っと! 愛情こめて抱きしめるのっ! さあっ!」

「……え? ええ!? ばかっ、んな恥ずかしいことできるかい!」


 あーもうビックリした! いきなり何言い出しちゃってんのこの子!?


「え~? なんでよぉ? いつもしてくれたんだけどなぁ」


 夕はほおをぷくっと膨らませており、まるで俺の方がおかしいと言わんばかりだ。


「いや、そんな覚えないが? あの……ないです、よね?」


 どうしよう、知らぬ間に抱きついたりしてたなら……それこそ事案だ。子泣きスタイルで抱きつかれた──というか取りかれた覚えならあるが。


「あのね? これは仲直りの儀式なんだから、絶対にしなきゃダメなの!」

「んな無茶苦茶な……」


 ぐぬぅ、さっきまでのしおしお夕はどこへやら、完全にいつもの調子に戻ってやがる。いやまぁ、気持ちの整理の上で、こういうのが結構大切なのは解るけどさ……そうは言ってもな?


「えっと、そ、そりゃあたしだって……うれしながらも、もちろん照れだって、あるのよ?」

「それなら、もう少しおとなしめのヤツで、ダメか? な?」

「……んー、しょうがないわねぇ。じゃぁ今回は握手で妥協したげるわ」


 しぶしぶと言った感じで、夕が手を出してくる。


「まぁ、そのくらいなら……」


 そうそう、そういう易しいヤツでいいんだよ。いきなりハグとかぶっ飛びやがってさ? 夕の望みをホイホイかなえてたら、えらいことになるっての。その願いは俺の力を超えている。

 それで俺も手を差し出して、仲直りの握手をするのだが……


 ──え、うっわ、手ちっさっ、やっわらかっ! なんなんこれ!? ヤバない!?


 伝わってきた感動的感触に、声も出ないほどに驚いた。

 そ、そうか、小学女子の手って、こんなやわっこいのか……――って変態くさいこと考えてしまった自分が嫌すぎる! ヤスのこと言えんぞ。


「おー、やっぱパパの手おっきいねー」


 夕の方では、ちょうど反対のことを思ったようだ。


「って、あたしのが小さいだけよね。むむむぅ、もうちょっと指がスラッと伸びて欲しいなぁ」


 夕は自身の手を眺めてグーパーしながら、少し悔しそうにしている。かと思いきや、俺の手を取って眺めたり、両手で包んでんだりと、やりたい放題でいじくりまわし始めた。……ちょいちょい、何してんのお嬢さん?


「ええい、くすぐったいからやめい」

「おっとと、これは失礼~。ちょっと懐かしくなってね」


 照れ臭くなってきて文句を言えば、夕はすぐに手を解放してくれた。ちなみに、俺の手にはまだ柔らかな感触が残っていて……妙にムズムズするので困る。


「んしょっとぉ」


 そこで夕は立ち上がり、元の場所に戻るかと思いきや、俺の隣の座布団に座った。しかも今回は、足を投げ出してのくつろぎモードであり……なるほど、先ほどは誠意ある謝罪を見せるために、対面の正座だったようだ。本当に律儀な子だと感心するが、今の子供らしい姿との落差がありすぎて、同時に妙な可笑おかしさも込み上げてくるのだった。

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