5-01 悪夢(2) ※挿絵付
コテージの中に飛び込めば、すでに入口付近まで燃え広がっており、目的の部屋に続く通路は揺れる炎に包まれていた。建物が乾燥している時期だったためか、幸いにも大量の煙に覆われて視界が失われてはいないが、その分火の足は速いようだ。
まだ入口にも関わらず、猛烈な熱気が襲い掛かってきており、むき出しの顔と手足の皮膚が熱さで痛みを発している。この先を行くと考えるだけで、生物の本能で勝手に足が
そうして震える足を奮い立たせ、奥へ向かう通路を走るが、その間に炎の熱が全身をジリジリと焼いてくる。そこで
体感では永遠とも思えるような時間をかけて、ようやく最奥の部屋へとたどり着いた。すでに焼け落ちた扉から室内を覗くと、薄く煙に覆われているものの、目の前くらいは辛うじて見える。
「父さん! 父――っとと」
呼びかけつつ足を踏み入れて数歩目、危うく何かに
「――っぐ、ごほっ」
奥に向かおうとしたところ、目と
くっ、たった一呼吸で、煙って、こんなにも、キツイのか。だが床付近は……まだなんとかなる。こんな、煙なんかに負けてられるか!
「とう、さんっ!」
呼びかけながらも、薄目で
「……だ……い」
「父さん、そこに居るのか! 今行く!」
聞こえた父の声に少し
急いで近づくと、父の周りの
(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093075998971602)
父の背中を大きな金属棚が押しつぶし、さらには天井の
「ばか、やろう! なんで、来た、んだっ」
それは、普段の豪快な父からは考えられないほどの、弱弱しい怒声だった。
「今、助けるから――っぐあぁぁ!」
「やめろっ、無理だ……」
「でもっ!」
この部屋はいつ崩れてもおかしくないのだ。
「いいか、大地……良く聞け。そこの少女を、まず、部屋の外に出すんだ」
「そんなことより父さんを!」
肩に突き刺さった梁を引き抜こうとするが、深く食い込んでいて全く抜ける様子はない。
「父さんはいい……大地にできる事を、するんだ。その子を、外に出し、それから……救助隊を呼んで、状況を説明しろ。それしか、道はない」
「でも――」
「早く行け!」
重症の父の死力を振り絞った声に、俺だけではどうしようもないことを悟る。
「ぐっ……わかった、必ず助けを呼んでくる」
「そうだ、それで、いい。順番を……絶対に間違えるな。約束だぞ」
「……うん」
そう答えると、急いで向きを変え、屈んだまま入口に向かって戻る。
「大地……負けるなよ!」
背後からは、小さく父の声が聞こえた。その
先ほどよりも煙が濃くなってきており、ハンカチ越しに
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
「……ぅ、ぁ」
呼びかけつつ
「ふぬっ! お、もっ!」
なんて重い……人間はこんなにも重いのか。持ち上げるなんて到底無理な話で、引きずるしかない。
「ぐっ……ふっ……」
少女の細腕を持って、ズリズリと入口の方へと引っ張る。立つと煙に巻かれるので、力の入らない屈んだ状態で引くしかないのが、実にもどかしい。たった数メートルの距離が果てしない距離に感じる。
あぁ時間が無いってのに! もう、放っておいて、先に救援を――
――約束だぞ。
そうだ、何を弱気な。
先ほど交わした約束で、今にも負けそうになる心を戒める。
「大丈夫だ、お前をちゃんと連れ出すから。そしてすぐに、助けを呼びにいくんだ」
意識
自分では気の遠くなるような時間をかけて、じりじりと少しずつ少女を引きずると……ついに、部屋の外まで出られた。身体中が擦り傷や火傷だらけで、すでに
「はぁ、はぁ、やっと……げほ、ごほっ」
早く、早く呼びにいかないと。焦る気持ちと裏腹に、咳き込んで立ち止まっていたところ、大きな足音を立てて何者かが駆け込んできた。顔を上げると、なんとそこには救助に来た消防士たちが立っているのだった。瞬時に安堵の気持ちが沸き上がり、全身の力が抜け落ちる。
「少年! 大丈夫か!」
「うん、それより早く父さんを! 棚に挟まれてる!」
そう言って慌てて部屋の中を指さす。
「なに! この中にだと……急ぐぞ、俺ともう一人で――」
ミシミシッ
「――退避っ!!!」
え、退避って、何を……そう思うや否や、消防士は俺と少女を抱えて一歩下がり、その瞬間――
バキバキ ドガーン!!!
先ほどの
そうそれは、自分がさっきまで居た、そして動けない父がまだ居る部屋を、二階部という大質量が押し
「父さーーーん!!!」
抱きかかえられていた俺は、たった今起きた絶望的な光景を前に、ただただ叫びをあげることしかできなかった。
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