5-02 安堵
「――っ!」
嫌な夢を見た。それも随分と鮮明な夢で、木が焼け焦げる匂いも、素肌を焼く炎の強烈な熱も、そして天井が崩れ落ちる
――大地……負けるなよ!
夢の記憶とともに、親父の声が脳裏に
だがよ……「負けるな」って言われても、いったい何にだよって話だよな。普通の解釈をするなら、いわゆる逆境にってやつか?
「はぁぁ」
そう言った本人が、その逆境を作った一因なのだから、ため息も出るというものだ。恨みつらみはとうの昔に言い尽くしたし、今さらどうするものでもないが。
それで親父と言えば、昨日も頭の中で声を聞いていた。その時は――
「っっ!」
鮮烈なフラッシュバックとともに、思い出した。涙を流しながらも、気丈にも泣いてないと言い張る少女のことを。
――こんな大地なんて見たくなかった!
追い打ちとばかりに悲痛な叫び声が脳裏を過り、合わせて左手の甲がじんじんと熱を訴えてくる。
「だぁもう、何だってんだよ!」
その熱を消そうと、右手で左手を強く握り締める。
知り合ったばかりの
そこで身体に妙な違和感を覚え、ふと周りを見回すと、ここがベッドの上ではなく茶の間だと気付く。あの後そのまま家に帰ったものの、その後何も手に着かず、うだうだと考えていて……そのまま寝落ちしてしまったらしい。テーブルに突っ伏して寝ていたせいで、身体の節々が痛むし、こうして悪夢も見るというものだ。
柱時計を見れば六時半を指しており、意図しない早寝のおかげで、かなり早めの起床となってしまった。早寝早起きと言えば聞こえは良いが、生憎と健康は損なわれている。身体の鈍い痛みとぼんやり残る眠気に、睡魔が耳元で囁いてくるが、その誘惑を確固たる意思で振り切る。我が家には起こしてくれる者など居ないので、二度寝は最大級の危険行為なのだ。
それで少々早めの登校準備をしようと、二階の自室へと向かった。薄暗い部屋のカーテンを引くと、朝焼けの残りを帯びた淡い陽光が差し込み、室内をほのかに照らし出す。ついでにと窓も開ければ、早朝の引き締まった冷ややかな空気が流れ込んできた。良い目覚ましとばかりに顔を出し、大きく息を吸い込んでみれば、先ほどまでのぼんやりとした頭も
ふと視線を下ろして家の前の小道を見れば、ゆったりと早朝の散歩を楽しむ老人が居たり、犬連れの女性が軽快な走りを見せていたりと、穏やかな朝の日常が感じられる。それで俺も気分良く予習でもしようかと、首を中に戻そうとしたその時、視界の端に何かが映った。
視線を少し戻してみれば、まだ日も差してない門の内側には、何者かが立って居た。目を凝らしてみると、その人物は長い
「ゆ――」
慌てて口を
ハハ、今さら呼んでどうするんだよ。それに今自分の
再度夕の方を見れば、家に入るでもなく、出て行くでもなく、ただうろうろしている。鍵の在りかはバレているので、入ろうと思えばいつでも入れるはずだが……やはり昨日のことで、入り辛いのだろうか。
「にしても、まさか来るとはなぁ……」
あんな喧嘩別れのような形になり、もう二度と会うこともないと思っていたので、そのシツコサには呆れを通り越して感心する。だがこのナゾの熱意は、是非とも俺以外へ向けて欲しいものだ。
でだ、俺は一体どうしたら……そう一瞬だけ悩んではみたものの、別にこちらから何かする必要もなく、夕がこのまま帰って終わり……それで良い話だった。夕にはここ数日でいろいろと世話になったし、連日付きまとわれて騒ぎを起こされるのも……まぁ、正直なところ楽しかったさ。だが、だからこそ、もうこれ以上関わるべきではないのだ。
そう改めて心を戒めると、視線を切って窓をそっと閉める。先ほどは机に向かおうと思っていたが、そういう気分でもなくなったので、早めの朝食を取りに自室を後にした。
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