4-08 憑依

 今日は道場が使えない日ということで、俺は校内での自主トレを軽く済ませ、今はちょうど帰宅途中だ。ちなみに、つい先ほど新入部員となった小澄は、明日から弓道部に参加するらしい。


「大地、なんかご機嫌だな?」


 誘ってもいないのに付いてきたヤスが、何とは無しに聞いてきた。


「お、そうか? ここ数日悩まされてた案件が片付いたからなぁ、気分も晴れるってもんよ」

「だねぇ。いろいろあったけど、無事解決できてよかったよかった」


 そうして二人で喜んでいたところ……


 タッタッタッタッ

 

 子供の小さな足音が、後ろからこちらへと真っすぐ近付いて来た。どう考えても夕であり……おいおい、本日二回目の襲来かよぉ。

 それで若干呆れながらも、今日の立役者殿を寛大な心で出迎えてやろうかと思った矢先――


「だぁれだっ!」

「ぐはぁっ」


 背中から腰にかけて柔らかな衝撃が走った。……くっ、イキナリそう来るかぁ……子供かよ……あぁ子供だよ!

 押されて前によろめきつつも気合いで踏ん張り、次いで自分の身体を見下ろすと……脇からは小柄な白ブラウスの腕がニュッと突き出し、腰元にはシックな黒靴と白タイツに包まれた足がぎゅっと巻き付いていた。そうして子泣きスタイルで取り憑かれ、手足が六本に増えてしまった俺は、まるで昆虫……進化エヴォリューション失敗フェイルド


「おいヤス、Bボタンだ、急いでキャンセルしろっ」

「突然何言ってんの!?」

「お前というヤツは、戦闘画面が切り替わるまではコントローラーを手放すなと、あれほど言っておいたのに……」

「戦闘? お前何かと戦ってたの?」

だーれだふぁーふぇふぁ!」


 ふはっ、背中に当たる吐息がこそばゆい! 

 それでとりあえず無視してみたが、子泣き娘は全く離れる気がないようだ。……はぁ、続けるか。


「人生はいつだって戦いの連続なのだよ、ヤス君」

「んなこと言われても、ぼかぁどうしたら。それと背中にやたら満足げにくっいてるのは、ゆ――」

「ヤス、そこのコンビニでも寄ってくか?」


 ヤスの台詞を遮って、強引に話を振る。もうちょい小芝居に付き合いな。


「いつもの事だけど僕の話は聞いてくれんのな……まぁ、寄るのは別にいいんだけど、さ……」


 ヤスは歯切れ悪く答えると、なにやらしきりに俺の方を気にしている。新人類への究極進化を遂げた俺に、嫉妬しっとしているのだろう。


「そんな見つめんなよ、気色悪い」

「違うから!」「ちょっと靖之やすゆきさん!?」


 隣を歩くヤスは、まるで誰かと見つめ合っているかの如く、目線を俺の背後に向けている。


「えいっ☆」

「うぎゃぁぁ!」


 気持ち悪いので、目潰しチョキをお見舞いしておいた。もっとも、俺に元からある方の手ではなく、先ほど増えた手による不埒ふらちな敵への自動迎撃だ。それでヤスは隣でのたうち回っているのだが、気持ち悪いことにも嬉しそうな顔をしている。これもまた1ヤスキル(物理)か……もうなんでもアリだな、コイツ。


「だぁぁ~~あ~~~れぇ~~~だ!」


 馬鹿の挙動に気を取られていたところで、夕は俺ごと身体を左右に揺らして存在を主張し始めた。……うーむ、なかなか粘るなぁ、そろそろ手足が限界なのでは? ってかまだ続けるのか、この茶番?


「な、なんだ、身体が勝手に! もしやこれは、進化の副作用か? やはり万物はみな等価交換ということか……腕をもらった場合でも駄目なのか……っておいヤス、寝てないでさっさと歩け。コンビニが閉まったらどうすんだ」

「理不尽だっ! あとここはそんな田舎じゃないから」

「むぅぅ~~!」


 そうしてひたすら放置し続けたところ、後ろからねた声……おっと、そろそろ相手してあげないと後が怖いな。


「おい、ゆ――」


 それで声をかけようとした瞬間、背中の柔らかな感触と重みが消え、同時に上着のすそを後ろに引っ張られた。さらに背中が反らされる手前で急静止――と思いきや、ふいに身体から突然重力が消え……気付けば俺は両ひざをついていた。そして普段より近い地面を見つめ、自分の身に何が起きたのかを察する。これは……禁じられし秘奥義、HIZA-KAKKUN !!


「こんな事するやつは――」

「あ~~た~~し~~だぁ!!!」

「ふぐっ!」


 衝撃! 暗転! フローラル!


「……ええと、君らさっきから何やってんの?」


 隣からヤスのあきれる声が聞こえる。いやほんと、それよな。

 それでどうやら夕は、奥義の後にすかさず俺の前へ回り込み、ジャンピングボディープレス&ホールドを繰り出してきたようだ。すると、俺の顔を包むこのフローラルなぷにぷには、夕のお腹――っていやいや、女の子としての恥じらいとかないわけ!?


「いつまで無視する気よぉぉ!」


 夕は俺の頭を正面から抱きかかえたまま、ぽこすかと後頭部を叩いてくる。俺はその夕をひっぺがそうとし――なにぃっ、両腕を足でがっちりホールドされて全く動けん! コヤツやりおるわ……まぁ、そりゃ頑張れば振りほどけるけど、うっかり落としたらマズイしさ。

 ふむ……そっちがそうくるなら、俺も初志貫徹で演じ切ってやるとしよう。


「おいヤス、いい加減離れろよ! しかもこんなぷよぷよの体しやがって、たるんでっぞ? こいつは一年と走りこみだな?」

「僕こっちにいるってば」

「なに? じゃぁ、背中が重かったのも、今頭が重いのも、視界が悪いのも、気のせいなのか」

「いやだから、お前の頭に取り憑いてんのは、ゆ──」

夕霊ゆうれいかっ!」

「なるほどね!?」


 そこで俺は、コンビニまでの距離と足元の状況を隙間から確認した後、


「んむー、それにどうも膝の調子も悪いらしい、突然転んでしまうくらいだ。こいつはうっかり壁にでも衝突してしまうかもしれないなぁ!」


 コンビニの扉ではなく壁に向かって歩き出す。


「おーい、だいちさーん?」

「え、えっ?」


 そして速度アップ。


「待ってパパ、ちょっと、たんまっ」

「どうやら幻聴も聞こえるようだなぁ」

「おい大地、何やってんだ!」

「す、すとっぷ! うゎわぁ! ぶつかっ――」


 夕の焦りの混じる声と共に、顔を包む腕に力が込められる。

 そして壁に衝突――の寸前に急ブレーキをかけ、身体を百八十度反転させて背中で受けた。


「っぷ」


 二人分の重みを背に受けて、少しだけ息が詰まる。


「……あ、れ?」


 夕は衝撃がこない事を不思議に思ったのか、抱きついていた俺の顔を離して目を開け、辺りをきょろきょろと見まわす。その途端、夕は大慌てで大地から下山して大地に降り立つと、


「パパっ、せなかぁっ、大丈夫っ!? 怪我してない!?」


 そう言って心配そうに俺を見つめてきた。あれほどにビビっていた子が、真っ先に俺を心配してくるとは思わなかった。……ああ、夕はこういう子なんだよなぁ。


「ハハハ、くっ憑いてたのは夕霊さんだから、軽いんだよなぁ」


 実際に夕は羽根のように軽いので、別に大したことはなかった。子泣き娘の場合は重くならないようだ。


「もぉ、ばかっ……遊びでもそんな無茶しないで欲しいよぉ」

「いやぁ、すまんすまん。取り憑かれて膝の調子が悪かったし、うっかり足元が滑ってさ……なんてな?」

「……」

「……」

「ぷふっ」「ふふっ」


 どちらともなく笑いだした。


「もぅ……またパパに助けられちゃった」

「いやだから、俺が自分でやって自分で……ん?」

「うふふ、あの時みたいだね」

「はは、そうだな」


 たった三日前のはずだが、イベント目白押しだったせいで、とても時間が遅く感じる。


「はいはいはい、いつもいつも仲のよろしいことで! もう嫉妬する気も起きないっての」

「夕に? 気持ちわるっ」

「なんで対象が逆なんだよ!?」

「靖之さん……」

「ほらぁ、また夕ちゃんが怖い顔してるし! 目潰しはヤメテ!」

「本気にすんな」「冗談ですぅ~」

「もういいよ!」


 これは日課だから仕方ない。一日一善。そういうヤスも割と乗り気なくせにな。


「ったくよぉ……ま、コンビニ前でたむろってても仕方ないし、入ろうぜ」

「いや、小芝居で言ってただけで、俺は特に用はないぞ」

「あたしも大丈夫ですよー」

「そっか。んじゃ僕はちょっと買いたい雑誌あるから、先行ってて。後で追いつくから」

「そう言って、生きて追い付いてきたキャラは居ないよなぁ」

「僕今から何と戦いに行くわけ!? ――っと、んじゃまた」

「あいよー」「靖之さんまた後ほどー」


 そうしてヤスとしばしの別れを告げ、夕と二人で先を行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る