4-09 涙粒 (第1幕 最終話) ※挿絵付き
ヤスと別れたコンビニ前から少し歩けば、学校と
「ふ~ふ~ふふん♪ ふっふっふ~ん♪」
その隣の夕はと言うと、何やらいつになく上機嫌のご様子で、先ほどから鼻歌混じりに歩いているのだが……これがまた物凄い音階で、何の歌なのか全く分からない。一周回って上手いのではと錯覚するほどの音痴だが、本人が楽しければ別にそれで良いのだろう。そう思ってノーコメントでいたところ……
「きょっお~は~♪ パパっと~♪ らぶらぶでぇ~とぉ~♪」
妙な歌詞まで付いてしまった。
「おいこら、なに人聞きの悪いこと歌ってやがる!」
男女が二人で街を歩くだけでも広義ではデートかもしれないし、ブラブラデートなら百歩譲ってまだ分からなくもないが、ラブラブデートは間違いなく事実誤認。一字ズレるだけで大違いだ。
「いいじゃない~♪ ほんとのぉ~♪ ことだものぉ~♪」
「どこがだ! あと歌で会話すんな、オペラかよ」
ついには振り付けまで追加されてしまい、通行人からの生温かい目線が気になるので止めさせておく。歌って踊れる──いや、歌えないが踊れるアイドルでも目指しているのだろうか。
「ったく、もし本当なら通報もんだ」
「名誉の通報ね」
「名誉の負傷みたいに言っても、不名誉極まりないからな?」
「不名誉なパパでも大好きよ♪」
「言ってろガキんちょめ」
はぁ……夕の機嫌がマシマシで、俺の疲労もマシマシだ。この二郎系夕め。
それにしても、なぜ夕はこうも毎日毎日俺に付きまとい、しかも常時好感度MAXで接してくるのだろう。こうして好き好き言ってはくるが、好かれる理由がサッパリ解らないし、対応にも困るというものだ。うーむ、丁度めでたく小澄の件が片付いたことだ、こちらの悩みの種も何とかできないものか。
そう考えながら歩いていたところ、ふと人の流れに違和感を覚えたので、前の方を
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いでぇよぉ……
「おいおいねぃちゃん~? こいつはどう落とし前つけてくれんだい? ああん?」
「人にぶつかって大怪我させといて、ごめんなさいで済めば警察いらないんだぜ?」
ひたすら謝り続ける女子生徒に対して、パンチパーマ、アロハシャツ、リーゼントの三人が畳み掛けるようにイチャモンを付ける。これはどこに出しても恥ずかしくない、まさにお手本のようなイチャモンであり、我が国の重要無形文化財として
とは言え俺には関係無いことなので、他の通行人同様に隣を通り過ぎようとしたところ……女子生徒と目が合った。
「あ、大地君……」
心なしか期待に満ちた目――って小澄かよ。はぁぁ……なんでこう次から次へと問題を起こすんだ、この子はさ? もう付き合ってられん。
ただ声を掛けられてしまったので、一瞬歩みを止めてどうするか考えてみる。
小澄とは正直これ以上関わりたくないのが本音で、つい先ほど距離を置こうと決めたばかりだが……ここで迂闊に助けに入ろうものなら、今後また恩人だの何だのと近寄ってくるのは目に見えている。少々気の毒には思うが、別にタマ取られるわけでもなし、やはりここは自力で解決してもらおう……そう考えて再び歩き出した。
「ぁ……」
「おおカワイソウに、お友だちにも見捨てられちゃったなぁ? ヒッヒ」
品のない
「――っちょっとパパ!?」
少し歩いたところで、右手に軽い痛みを感じて振り返ると、
「パパってば! まっってっっ!」
夕がそう叫びつつ、思い切り引っ張っていた。
「なんだよ」
「なんだよじゃない!!!」
「っ!?」
夕は先ほどまでの楽しげな顔から一転、怒りの形相に変わっており、俺を鋭く
「どうしてっ――」
そこで夕は、急に言いかけた言葉を止めると、押し黙ったまま何かを思案し始めた。
「……ったく」
そこまで怒るようなことがあるなら、ハッキリ言えってのに。
そうして夕はぶつぶつ言いながら表情を目まぐるしく変えていたが、最後には何かに吹っ切れた顔をして……大声で叫んだ。
「だぁぁぁ!!!」
パンッ!
夕の叫び声と共に、乾いた音が響き渡る。
それは……夕が自身の両頬を思い切り叩いた音であった。
「――どうして、助けないの!!!」
夕は先ほどの言葉の続きを叫び、さらに俺の手を再び取って引き寄せる。
「何の――って小澄のことか……なんで俺が助けにゃならんのだ」
「え……だって、さっきあんなに仲良くしてて……同じ部活仲間にもなったのに?」
「ははは……何言ってんだよ」
だから、ダメ、なんだってのに ――だからこそなんだ
解らん、よな……「普通」はな ――普通であるが故に
普通は美徳、あぁその通りだよ ――俺には無いけどな
解ってもらおうとも思わないさ ――それが……夕でも
「仲良くなった、か……そんなのは、助ける理由になんかなりゃしない」
――理不尽に
うるさい。いまさら何だってんだ。
「俺のせいならまだしも、あれはどう見ても自業自得だろ。人は自分の行動とその結果に責任を持つべきで、問題が起きたからといって他人の助け待ちなど、それこそ甘ったれてるとは思わんか?」
――その時差し出したお前の手は、まわりまわって必ずお前を救うだろう。
うるさいって言ってんだ。じゃぁ、あんたは何で救われなかったんだ。
「だいたいだな、俺が助けに行ったところで良い方向に転じるとは――」
ぽつり
掴まれた手に
雨かと思ったが、なぜか熱い。
不思議に思い手元から視線を上げると……
「っ!!!」
波打つ
夕はただただ静かに俺を見つめ、失意と悲しみから
(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16817330669064632249)
そう、その熱い雫は、夕から
「お、おいおい、なにも泣くことは……」
「っっ! 泣いて、ない!!!」
「いや――」
「私、こんな、こんな大地なんて見たくなかった!!!」
夕は涙声でそう叫ぶと、来た道を駆け出して行った。
「……くそっ、なんなんだよ」
そして俺は、夕を追いかけることもなく、そのまま歩き出した。
全くもって、勝手な言い草だ。
こんな大地って何だよ。
宇宙大地はそんな大層な人間じゃないっての。
お前は一体、俺の何を知ってるってんだ。
でもまぁ……褒めらるようなことはできんかったわな。
それを悪いとは思っちゃいないが。
夕に、それに小澄にも、幻滅されたんだろうな。
でも良かったじゃないか。
これで、もう付きまとってくることもないだろう。
願ったり
やっといつもの日常に戻れる。
何も生まないが、何も失わない、閉じた日常に。
だが、もう残ってなどいないはずの
『一粒の熱』
それが独り帰路に就く俺の心を、じくりと
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第1幕までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
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