4-07 助人

 小澄の件が一応ながらも解決したところで、昼休みも中頃となった。このまま解散でも良かったが、せっかくだから少し雑談しようとヤスが提案し、現在は弓道について話している。


「それで小澄さんは、どんくらいできるの? 部長として一応聞いとこうかなぁと。それに、お互い教え合うこともあるかもだし? むふふ」


 さっそくとヤスは、下心が見え見えのだらしない顔を見せている。先ほどのフォローはそういった打算もなく、なかなか格好良かったと言うのに……これがモテない理由かもしれない。


「えと、どのくらいと言われると難しいのですが……段位でしたら、先日ようやく参段さんだんを取得できたところです」

「「ま!?」」


 マジかよぉ……うちの部に参段持ちなんて一人も居ないんだけど?

 ちなみに俺は弐段にだんだが、ヤスの方はまだ初段――というのも、せっかく実技をクリアしたのに、馬鹿だから学科試験で落ちてしまったのだ。つまり、ヤス程度が小澄に教えられることなど皆無、完全に雲の上の存在だ。


「僕が一方的に教わる立場っした! 生意気言ってすんませんっした!」

「あわわ、そ、そんな、私は中学から練習してたので、長いことやってるだけですよぉ。合格もマグレですって。だから天馬さんの言うほど大したことじゃありませんから……」

「いやいや、普通に凄いっての」


 恐縮ですと言わんばかりに、照れ混じりで縮こまっている小澄だが、全くもって謙虚が過ぎるというものだ。

 確かに中学から始めているのは、かなりのアドバンテージではある。俺やヤスのように高校から始めた場合、毎日真面目に修練して、試験をストレートで合格し続けても理論上で参段までであり、しかも参段は実質ほぼ無理とされる。だが、中学の時点で一級や初段持ちになっていれば、高校で参段を受験するチャンスが数回あり、まれに合格する場合もあると聞く。かといって、小澄が言うように中学から始めていれば勝手に取得できるような生易しいものではなく、心身ともに日々たゆまぬ修練を積まなければ合格できない。なるほど、小澄のこの生真面目な性格は、弓道で培われたのかもしれないな。


「……となると、次は肆段よんだん受けるのか?」

「いえいえ、肆段なんてまさか……今の私の未熟な心と技量ではとてもとても……おそれ多いです。それに、急いで取るようなものでもありませんし、その時期が来れば自ずと、かと」

「くうぅ~かっけぇなぁ! いつか僕も言ってみたいもんだぜ、そんなセリフ」

「だな」


 ちなみに高校生で肆段は、居るには居るらしいが、みな全国トップレベルの達人達だ。


「それに、手芸部という良縁もありましたし、今はちょっとゆっくりしようかと。なので、もし受けるとしても、大学生になってからですね」

「そっかぁ、僕からしたら想像もつかない話だよ、あはは。それにしても、うちの部からしたら、突然現れた超強力な助っ人だよね。部長として嬉しい限りだし、次の大会が楽しみだなぁ」


 参段ともなればほぼ必中の域に達しているため、五人チームで的中数を競う通常の大会において、これほど心強い味方もいない。これは想定外過ぎる棚ぼたであり、ヤスが期待するように、次回の女子チームはかなり良いところまで行けるだろう。


「チームは別と言っても、部内の最強枠を取られた大地は、ちょっと悔しい感じかな?」

「おいおい、そんなのいちいち気にしてたら上達せんぞ?」

「へいへい、我が部のエース殿はご立派な心構えなこって」


 確かに悔しさは若干あるが、そもそも始めた時期も違うのだから、過度に対抗意識を持っても仕方がない。……まぁ、ヤスに負けたらさすがにへこむとは思うが。


「……あのぉ、実は私……試験だと自分一人なので大丈夫なんですが、大会とかになるとチームの皆さんに迷惑かけられないというプレッシャーに耐えられなくて、その、あんまり的中できないんです。ご期待に沿えず、申し訳ないですぅ……」


 だがそこで、スーパーエース殿から残念なお知らせが告げられた。弓道は精神状態に強く影響を受けるので、緊張で当たらないというのは良くある話……そうか、そんな美味しい話はそうそうないということか。棚のぼた餅は思うほか硬かったってな。


「そっかぁ、ちょっと残念だけど……そんなの気にしなくても大丈夫さ! ちなみに、どのくらいまで落ちるの?」

「大会で緊張しちゃうと、八割五分くらいですね……」

「いやいや充分過ぎるからね!? 僕なんか半分当たれば良い方なんだけど!?」


 八割超えは、はっきり言ってエース級だ。あんまり的中できない、の次元が俺たちとはまるで違ったようだ。

 そうなると、平常心ならば正真正銘の必中レベル――あぁ、そういうことか。普段ほぼ必中ともなると皆の期待も相当に大きく、大会で上手く当たらなかった時にどうしても残念な顔をされる……それで余計に気を病んでしまう訳だ。強い責任感、そして達人ゆえの苦しみなのだろう。先ほど言っていた未熟な心というのも、そういう意味なのかもしれない。


「……んもぉ~、弓道談議が長過ぎなんですけどー? そういうのは道場でやってよねー」


 唯一弓道に縁が無く、すっかり置いてきぼりを食らっていた夕が文句を言い始めた。それでご立腹ではあるようだが、これは普段通りにねているだけなので、先ほどとは違って安全安心のやわらか夕だ。


「すまんすまん、完全に忘れてたわ」

「それひっどくな~い? 功労者に対する扱いが雑だわぁ」

「そんなことないぞ? もちろん感謝してるとも」

「ん。それならよろしぃ♪」


 やり方が少々乱暴ではあったが、夕のお陰でこうして無事に解決したのだ。


「……おっととと、もう時間ね」


 そこで夕は腰に掛けられた懐中時計を開き、昼休みの終わりが近いことを告げると、腰には戻さずにポケットへと仕舞った。中はチラッとしか見えなかったが、外装や洗練された文字盤の造りからして、とても高価な時計だと素人目でも分かる。それで危ないから、移動時は着けずに仕舞っているのだろうか。そもそも小学生でしかも女の子なのに、これほどの渋い品を持っているとなると、やはりどこぞのお嬢様なのかもしれない。


「そいじゃ用も済んだことだし、あたしはもう行くわね。またねー、大地とお兄ちゃんと、それと……ひなさんも」

「いろいろ助かったよ」「夕ちゃんありがとなー」「……うん、またね」


 言いたいことも言い尽くして小澄との確執が和らいだのか、もしくは大人しくしている間に冷静になったのか、去り際の夕は割と友好的だった。やはり、嫌いなどではないのだろう……実に不思議な関係の二人だ。それで「またね」とは言っても、この二人が再び出会うことは、まずないだろうけれど。

 それに俺の方も、弓道部を守るという特殊な事情があったとはいえ、小澄に深入りし過ぎた。それも無事解決ということで、これまでのスタンス通り――同じ部にもなるので赤の他人とまでは言わないが――今後は距離を置いていこう。

 ただ……どうやっても離れる気配のなさそうな子については、今後の課題とさせてもらおうか。

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