4-06 暴露

 質問に対して黙って俯く小澄を前にして、俺はヤスと顔を見合わせ、どうしたものかと頬を掻く。


「……えーごほん。あー、小澄さんにも色々と事情があるんじゃ、ないかな?」


 ややあって、微妙な空気に耐えられなくなったのか、ヤスが適当に声をかけて和ませようしてきた。


「そ、そうです、天馬さん! ちょっとまだ理由は言えませんが、すみません」

「あーいや、僕らは入部審査しようってわけでもないし、平気平気。な、大地?」

「おう、もし気を悪くしたならすまん。ちょっと気になっただけだし、忘れてくれ」


 あわよくば、恩人案件について何か話してくれればと思った程度である。それよりも今は、こうして勘違いから連日振り回される原因となった、転入喜劇の件について聞きたいところだ。ちなみに、何やら気付いている様子だった夕は、今はただ静かに小澄を見つめるのみで……その陰から獲物を狙うハンターのような目付きや、味方なのに何をやらかすか分からないところに、俺は一抹の不安を覚える。

 それでダイレクトに小澄へ理由を聞いても、またテンパるだけだろうから……それとなく、やんわり、回りくどく、一色のごとしだ。最初の話題切りが肝心であり、いかにして切り出すか思案していたところ……。


「ひなさん、転校初日のことだけどさー?」

「「ちょ」」


 ――っと夕さん!? いきなり無策で本丸に特攻するのやめてくれます? 項夕将軍のときの知略どこいったのさ? 今のでちゃんと危険を察知した雑兵Yのが、まだ優秀なんじゃないか。


「なんかスゴかったらしいじゃない? あれって一体なんなわけ?」


 雑兵ズの必死の静止手信号ジェスチャーも届かず、淡々と攻撃を続ける夕将軍。


「えっ、ゆっちゃん、急にどうしたの? 初日って……ええぇぇ、な、なんで知ってるの!?」

「そりゃパ――っと、お兄ちゃんから一部始終を聞いたからね」


 夕は途中で言い直してヤスの方へウインクしており、流石にパパ設定は自重したようだ。兄に難アリだが兄弟設定は万能説。あとこんな非常時でも、静かなる1ヤスキル。ブレないねぇ。


「そ・れ・でぇ、あの奇行は何だったのか聞いてるんだけどぉ?」

「えぇっとぉぉ……あれはそのぉぉ……ううぅ……」


 ああそうか……これは一騎当千の武将が単騎で敵将の首落としにいくやつだ。


「――あーそれ! 実はな、俺らもちょっとだけ気になってたところでな?」


 ここのままではマズイ事になりそうなので、刺される覚悟で間に割り込んで、飛将軍殿には自陣にお戻りいただくことにした。どうか後で怒られませんように。


「ほら、自己紹介の時さ、その……チョットだけテンション高めというか、チョットだけはしゃいでる感じだっただろ? それで、そういう人はチョットだけ弓道には向かないと言うかなんと言うか、チョットだけ不安ではあったんだよ。な、ヤス?」

「あっ、うん、そうそう! チョットだけね? ほら、弓でチョットだけ怪我とかしちゃいけないからね?」


 天然、ドジ、不器用あたりをオブラートで厳重に包装し、やたらとチョットだけを連呼する俺とヤス。全然チョットどころの騒ぎではなかったが、ここでは「俺らなんにも気にしてませんよー?」アピールが重要だ。コミュ症の俺にしては、頑張ったと思う。


「それで手芸部での小澄の様子を一色に少し聞いたりしてみたんだが、真面目で社交的で裁縫も器用にこなしてたと言っていたし、それにさっき弓道経験者とも言ってただろ? んで俺らの心配は杞憂きゆうだったかなぁ、と思ってたわけよ」


 ソースに大幅な改竄かいざんが入ったが、情報内容はほぼ合っているので許してもらいたい。結論が変わらなければ罪は軽いと、偉い先生も言っていたことだ。


「その、色々とご心配をおかけしたようで……申し訳ないです」

「いや……俺らが勝手に早とちりしてただけだからな」

「そうそう、小澄さんは気に病む必要もないよ!」

「……ふん」


 俺たちに突然割り込まれた夕将軍は、唇を尖らせてそっぽを向いており、かなりご機嫌斜めである。……どうか謀反とか起こしませんように。


「ただ、夕ちゃんも言ってたように、アレは何だったんだろうと僕らもちょっとだけ気になっててね? それで僕の予想なんだけど、もしかして小澄さんは――」


 おお、まさかヤスにも何か心当たりあったとは……やるじゃないか、スーパーヤス。


「二重人格だったりとか?」

「――なんでそうなるよ!?」


 流石にそれはないだろう――ってかこいつ失礼極まりねぇな!? ほら、小澄も怒って……いないだと? しかも何やら深刻な表情で思案していて……え、もしかして当たりなのか!?


「……いえ、そんなわけないじゃないですかぁ。天馬さんってば面白いこと仰っしゃいますね、ふふふ」

「あはは、ですよねー。なんか変なこと言っちゃってごめんごめん」


 小澄は否定はしたものの、当たらずとも遠からず、という雰囲気だった。これは一体どういうことだ。


「そうよ、この人はそんなんじゃないよ。というか黙って聞いてれば、回りくどいったらないわね、まったく。じゃぁもう、ひなさんが自分で言わないなら……あたしが言っちゃうわよ?」

「ええとぉ、どうしてゆっちゃんが……そんなこと分かるの?」


 初対面の子にそんなこと言われても、普通はハッタリか何かとしか思えないだろうし、俺も最初は小澄と同じ反応をしたものだ。でもこれが、気持ち悪いくらい当たるんだよなぁ……サトリ能力でも持ってんのかな。


「何でってそりゃー、同じだしー?」


 同じ? 夕が小澄と何かが同じ、ということでいいのか? 言ってることが抽象的過ぎて、なんのこっちゃサッパリだ。


「んま、それは置いといて――」


 そこで夕は小澄にニヤリと悪い笑みを向けると、その答えを告げた。


「アピール、したかっただけでしょ? だーれかさんに?」

「っ!?」

「それで、その誰かさんってのは――」

「ちょっちょっちょっとゆっちゃんん!? 待って待ってまってぇぇぇ、お願いだから、しー、しー! お口チャックしてえぇ!」


 小澄は自分の口に人差し指を当てると、大慌ての涙目で夕に懇願している。つまり大当たりということだが、その当たった事に関しては、もはや驚きすらしない。


「あーはいはい、せめてもの慈悲で名前くらい伏せといてあげるわ。それでアピールって何よって話だけど、ひなさんは、こう言っちゃアレだけど、パッと見は没個性? なとこあるもんね。外見……そのでっかいのはさておき、ね。それでさっき大地とお兄ちゃんにひなさんの印象聞いたら、『普通』だってさ。そういうことよ。あ、誤解しないで欲しいんだけど、あたし含め、ぜんぜん悪口のつもりじゃないわよ? 大半の人間は普通なわけで、それが美徳でもあると思うし……そもそもあたしは、ひなさんが没個性だなんて微塵みじんも思ってないからね」


 エキセントリックモードと比べて「普通」と言ったのであって、没個性という意図ではなかったが……いずれにしろ、悪口のつもりは全くない。


「ただそうなってくると、何事もなく教室入ってごく普通の挨拶したところで、印象ゼロよね? その無駄にでかいのに釣られる男子ならともかく、他人に全く興味が無い誰かさんなんて、記憶の片隅にも残らないでしょうし? ……ということで解説終わりよ。ひなさん、これで合ってるよね?」


 そうして夕は一気に捲し立てると、右の手の平を上に向けて小首を傾げるのだった。

 にしても夕……三面楚歌作戦にしろ、小澄相手だとほんっとぉに容赦ねぇよなぁ……一色とは別ベクトルの怖さだわ。それで他人に全く興味無い人と言ってたが……え、ひょっとして俺か? そう思って、ヤスの方を見つつ自分を小さく指差してみると、ウンウンとうなずきが返ってきた。まじかぁ……でもナゼ俺にアピール?


「……ゔううぅぅぅ」


 そして包み隠さず秘密を暴かれてしまった小澄は、うめき声を上げて小さくなっている。これはいくら何でもやり過ぎだ……二人の関係にあまり触れるまいとは思っていたが、流石にひとこと言っておくべきか。


「夕さぁ、小澄に恨みでもあんの? なんつーかこう、もうちょい優しくできんの?」

「いーえ、恨みなんてないわよー? むしろお世話になったくらいだし。とは言っても、それとこれとはまた別だけどねー? 手心なんて不要だわ。ふんっだ」


 そっぽを向いて膨れてしまい、まるで取りつく島もない。過去によほどの何かがあったようだが、小澄の方はそれを全然覚えていないのだから、なんとも大人気ない――いやまぁ、子供なんだけどさ。ただ本人も理不尽なことをしていると自覚はあるようで、膨れつつも小澄の様子をチラチラ覗って、何ともバツの悪そうな顔をしている。やはり本当はとても心優しい子なのだと思うし、この振る舞いにもよほどの理由があるのだろう。


「(……だから嫌だったのにぃ)」


 小澄はといえば、まだ暴露ショックから立ち直れないのか、小声でごにょごにょ言いながら項垂うなだれている。俺も夕の作戦に乗った以上何かしらフォローすべきだが、どう声をかけたものかと悩んでいると、ヤスが出張ってきた。


「いやーそんな理由だったとはねぇ、なるほどなぁ。でも小澄さん、そんな落ち込むこともないよ、ほら、良くあるじゃん、高校デビュー? といっても三年生だけど、転校を機にいっちょ自分を変えてみようってのは、そんな変なことじゃないと僕は思うなぁ。それにそのお陰で、僕らも小澄さんのことを良く知れたわけだしさ? 結果良ければ全て良しってことで! ほら、顔上げなよ」

「…………ありがとうございます。天馬さん」


 おおお……ナイスフォローだ、ヤス! やっぱこういう事は得意だし、部長に向いてると改めて思うわ。ま、本人には言ってやらんけどな。


「はぁ……皆さんに恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「いいってことさ。小澄さんはもう、うちの部員だからね。その、頼りない部長だけど、ヨロシクなっ!」

「はい、残り半年くらいしかないですけど、どうぞよろしくお願いします。大地君も、よろしくお願いしますね」

「……あぁ、よろしく」


 これで小澄騒動も一件落着となり、ようやく解放されるかと思うと清々する。ただひとつ、恩人疑惑については依然謎のままだが……それはおいおい対処していくとしよう。

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