4-05 包囲
「(俺は右、ヤスは左、夕は正面。はじめにヤスが声をかけて注意を引き、俺と夕が封鎖する。いいな?)」
「(おっけーよ)」「(ラジャー)」
俺たち三人は、座った小澄の背後へと回り込んだところで、小声で戦術の再確認をしておく。……うーん、最近こんなことばかりしてるような。
そうして三人で頷き合うと、早速と雑兵Yが静かに小澄の左へ忍び寄っていく。ここで逃げられたら終わりだ、上手くやれよ。
「あっ、小澄さんじゃないか、ひとり? ちょうど用事があったんだよね。食事中失礼するよ?」
ヤスは軽いノリで話しかけつつ、小澄の左隣の席へスルリと座り込む。そういう作戦ではあるものの、一人で食事中の女子に絡みにいくのは正直どうかと思う。まぁヤスだしいいか。
「えっ、ええっ? あの、私ですか? ……ごめんなさい、どちら様でしたでしょうか?」
「おうっふ……あははは、ですよね!?」
声をかけた時は大体ヤスも隣に居たはずだが、まさかの認識外だったという悲しい現実。でも大丈夫だヤス、任務には支障ない、続行だ!
「はぁ……同じクラスの天馬だよ。一昨日来たばっかだし、そりゃまぁ覚えてないよね」
「すみません……天馬さん、ですね? それで一体どういったご用向きで」
そろそろ出番ということで、俺は静かに右側へ忍び寄り、夕はテーブルの向こう側へ何食わぬ顔でスタスタ歩いていく。
「その用事ってのも、正確には僕がじゃないんだけどね」
「――そういうことだ。ちょいと隣失礼するぞ」
そう言いながら右隣に座り、作戦通り小澄を挟撃する。
「ふえぇあぁ! だっだだだ、だいちくんっ、なんでぇ!? こ、困りますぅ……し、失礼しま――えっえ、天馬さん? に、にげられませぇん……どぉじて……」
予想以上にしどろもどろになる小澄を見て、すごく申し訳ないことをしている気になる。だが、さらに追い打ちをかけるようにして、
「あたしも相席失礼するわね」
夕が正面の席に座り込んだ。さすがにテーブルの下を潜ってまでは逃げないだろうけれど、その万一の退路すらも断たれた。作戦通りの無慈悲な完全封鎖である。
「うぇっ、ええ? このちいちゃい子は、そのいったい……しょ、小学生でしょうか?」
「ちいちゃくて悪かったわね!? ――あーこほんっ、ご覧の通り小学生の、
えっ、うそ、初対面!? しかも初対面の割にはえらく攻撃的だな……そう不思議に思って左側のヤスを見れば、同様にはてなマークを浮かべている。
「はっはい、初めまして……――っと天野さんは、どうして私の名前を?」
「天野さんはやめて。ゆっ……いえ、夕でいいわ。ひなさんの名前はパパから聞いてる」
本当は最初から知っていたはずだが、ここは話を合わせにいったようだ。さすが、デキル子。
「パパ? その、夕さんは――」
「夕! さん付けなんて要らないから。付けたら怒るよ」
いや、すでに怒ってない? こうなったらどうにも聞かないんだよなぁ……変なところ頑固だし。
「あぅ、それじゃ……ゆっちゃん、ならいいですか?」
「っっ、なんでそうっ! ……あぁもうそれでいいわよ、はぁ。あと敬語も禁止」
これに夕は変わった反応――驚きとやるせなさの混じったような、複雑な顔をしている。
「はぁい、わかりまし、んっ、わかったよぉ、ゆっちゃん。よろしくねぇ♪」
「はいはいよろよろ。あたしゃもうよろよろですよー」
夕はお座なりに挨拶すると、
他にも、珍しく夕が敬語を使っていないことも気になる。俺以外の人には――といってもヤスだけだが――かなり丁寧に話しているので、自称初対面らしい小澄もそうかと思いきや……基準が判らない。
これはやはり、夕が一方的に小澄を知っていたのだろうか。もしくは昔会っているが、小澄が夕のことを忘れていることを知っており、ややこしくなるから初対面と言っただけ、といったところか。
夕の謎は深まるばかりだが、一つ良いこともあった。この夕の乱入によって気が逸れたのか、俺に対する小澄のテンパり具合もかなり和らいでいるように見え……もしこれも夕の計画通りであれば、本当に大したものだ。その本人はすっかり
「小澄さん、だいぶ落ち着いたみたいだね?」
「あ、天馬さん、と大地君。はい……失礼しました。もう逃げたり、しませんので……」
「よかったよかった。夕ちゃんお手柄だなっ」
「そーですねー」
もー何でもいいよー、と言わんばかりに投げやりな夕であり、完全にやる気をなくしてしまったようだ。たまにはこのぐらいしおらしい
「ということは、落ち着いて話ができるわけだな」
これで一昨日に聞きたかったことをようやく聞けるわけで、やっとスタート地点に立ったということだ。実に遠かった……本日のレースは富士山頂上スタートです、みたいな。すでに疲労マックスで倒れそうな子までいるぞ。
「それで単刀直入に聞くが、弓道部に入りたいってことで良いか? あ、このことは中嶋先生経由で聞いたんだ。小澄の面倒を見てあげてくれと」
いろいろあって忘れてしまいそうになるが、元々これは中嶋先生から受注したミッションなのだ。厳密にはそう言っていなかったが、「広い意味で、面倒を見ろ」という意図だと解釈した。これが「良きに計らう」というオトナムーブだ。
「……はい、そうです」
「それで、こう言っちゃなんだが、どうして弓道部に? ――ってこれ部長の仕事なのでは」
理由は手芸部の盗聴でおおよそ知っているが、当然知らないフリだ。
「えっ、大地君が部長ではないんですか?」
中嶋先生か……もしや本当に俺が部長だと思ってたんじゃないか。こんな顧問で大丈夫か。
「いや、こいつだ」
「あはは、実は僕が部長なんだよねぇ。んまぁ大地が聞いた方が何かと良いんじゃ」
おいそれは……と言いかけたが、大丈夫そうか。良いように解釈してくれるだろう。
「それで理由ですか……そうですね、中学と前の学校で弓道してましたので、せっかくなら高校の間は続けたいと思いまして。その、やっぱり三年生からというのは、ダメでしょうか」
想定通りの答えのみが返ってきたが、これ以上のことを直接聞くことは難しい。一色のように上手い具合に白状させつつ後腐れなく濁すなんて芸当、コミュ障の俺には土台無理な話だ。
「いや、ダメってことはないが……というのも、手芸部に入ったそうじゃないか」
「えっ! あ、なーこさんでしょうか。そう言えば今朝何かご相談されてましたよね」
「……そんなところかな」
やっばっ、見られてた! もしや聞かれてた? といっても、誰に聞かれても問題ない会話に勝手に仕立て上げられていたから、大丈夫なんだけどさ。はぁぁ、やだやだ。
「そうですね……最初は入ろうって決めて見学しにいったわけじゃないんですけど、皆さんすごく優しくて……あ、実はちょっとからかわれたりはしましたけど、仲良くしようとしてくれてたのは分かりましたし、その、とっても素敵な部だなぁって思いまして。それと、お裁縫自体にも興味がありましたから」
ハハッ、ちょっとからかわれた、ねぇ。今朝の俺は普通に恐怖を覚えたんだが……身内に優しく敵には厳しく、ということなんだろうな。
いずれにしても、小澄は手芸部を相当気に入ったようなので、これで弓道部を諦めるよう説得できるかもしれない。もちろん、弓道部に入っても危険がないことは分かっているが、別にあえて来てもらう必要もない。むしろ俺としては、恩人案件の真偽のほどはさておいても、それで近付いてこられるのは迷惑なのだ。
「そこまで気に入ったんだったら……もう三年だし、手芸部に専念したらいいんじゃ? 弓道は大学でもできるし?」
こう切り出せば、恩人どうのについて向こうから触れてくるかもしれない。それが真であれば別に恩を感じる必要はないとキッパリ告げ、偽――小澄の勘違いであるならばそうと伝える。それで今後俺に関わることもないだろうから、あとは入部するもしないもどうぞご勝手にだ。
「あの……それは……」
「それは?」
「……」
だが生憎と期待には添わず、小澄は質問に答えず黙ってしまった。手芸部で話していた通り、その恩人案件が本命の理由だとすれば、本人の前では言い辛いのかもしれないな。
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