4-04 普通

 カウンターから戻ってきたヤスと三人で、二人前弁当とヤスの得盛天丼を囲みつつ、昼食会兼相談会となった。

 その夕の弁当は、相変わらずの見栄え良し味良しの快作であり、この歳でよくこれだけのものを作れると正直感心する。かくいう俺も、高校男子としては珍しくそこそこ料理ができるが、それもこの状況だからというだけである。というのも、味よりも調理の面倒さの方が上回るので、冷凍食品生活でも構わないというのが本音だが、定期的に訪れる見張り役――後見人の叔母に小うるさく言われるため、仕方無しになのだ。料理研会長を兼任するヤスにしても、「たまに凝ったの作るから楽しいんだよ」と普段家で料理はしないらしい。

 そう、料理を毎日作り続けるというのは実に大変なことであり、世の母親は本当に凄いものなのだろう……生憎と俺はもう覚えちゃいないが。なので、推定で良いところのお嬢様の夕が家庭料理上手というのも、これまた夕の不思議要素の一つと言える。


「そういや、夕ちゃんはまた不法侵入?」

「ちょっとぉ!? 人聞きの悪いことを大きい声で言わないでください、靖之やすゆきさん」

「んじゃぁ……合法侵入?」


 侵入の時点で合法ではない。良くて脱法侵入……自分で言っててナニソレだ。


「いいえ、不法侵入です。だ・か・ら、おっきい声で言わないでって言ってるんですぅ!」

「ごめんなさい……」


 これが、不法侵入の小学女児に怒られる高校男子の図である。涙をそそ――らないなぁ。


「まったく、バレたらどうすんだよ」

「バレなきゃいいの。別に悪事を働いてるわけじゃないしー? むしろパパを飢餓から救うという重要な使命なんだから。バレたら、そうね……それはそのときよ!」


 割と行き当たりばったりだった。だが夕のことだ、なんやかやで上手くやるのだろう。


「そのときは、僕の妹ってことで誤魔化してあげるさ! こんな可愛い妹……最高だぜ、むふふふ」

「キモ――じゃなくて……気持ち悪いので、結構です」

「夕ちゃん、言い直せてないよ!?」


 今のは普通にキモイからな。是非もなし。


「真実は隠そうとしても、いずれ明るみに出るということだ」

「そんな名推理の後の探偵の決めセリフみたいなこと言われてもさ?」

「真実なのでつい口から出てしまったのだぁ~うっかりうっかりぃ~」


 白々しくも堂々と万歳する夕。ヤスの取り扱いが解ってきたようで、良い傾向だ。


「夕ちゃんも乗らないで! あぁどんどん悪い子になっていく……」

「えへ、ごめんなさぁい」

「ぐはぁ……ゆる、す……」


 あざとく微笑んだ夕に、1ヤスキル。いやぁ今日も稼ぎますねぇ。――っと危ない、肝心の相談の事忘れていた。相談のためのメールでのバカ騒ぎで忘れるなど、本末転倒も良いところだ。せっかくSSR夕を引けたと言うのに。


「それで夕、例の件なんだが……」

「えっと、さっきの怪文書にあったやつね?」


 その件つきましては、ご放念くださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。


「あぁ、小澄のことでな」

「はぁ……あんまり気乗りしないんだけど、こうなっちゃったら途中で抜けるのも悪いわね。それで、こうしてあたしなんかに頼ろうとしてる時点で、進展無しってことよね?」


 やはり夕はこの件について、本当に触れたくないようだ。渋い顔で腕を組んでおり、口調もいつもより強め……明らかに機嫌が悪い。ここは、怒らせないように慎重にいかねば。


「いや、進展無しというわけでは……夕のありがたーいアドバイス通り、手芸部に居た小澄の様子をこっそりのぞいて情報収集してみた。ヤスも一緒に」

「おかげで今朝の大地はえらい目にあったけどね……」


 おいヤメロ、早く忘れたいんだよ。


「え、確かにこっそりとは言ったけど、パパ達そんなガチ目の諜報ちょうほう活動してたの? ――ってそもそも、あたしの妙なアドバイス……ほんとに試してくれたんだ?」

「妙て……自覚あったのかよ。いやまぁ、上手くやれたのかはイマイチ良くわからんが」


 最後以外は、割と順調だった気もする。終わり悪けりゃ全て悪しともいうが。


「パパがね……ふ、ふーん? そっかぁ、へぇ~」

「……ん?」


 夕が先ほどまで引き締めていた口元をムズムズさせており、何やら若干様子がおかしい。


「……何か気になることでも?」

「えっ! んーん、なにも、何でもぉ、ないわよ?」


 夕はそう言いながらも、手をワチャワチャ振って慌てており、どう見ても挙動不審である。


「(ほら大地、アレだよ、昨日言ってたアレですぞ?)」


 殿とのに的確な進言をするデキル家老のように、ヤスはこっそり耳打ちしてくる。


「いや、アレじゃ分からんて」

「このにぶちんめぃ。もう永久に悩んでな!」


 ヤスに鈍いと言われるのは大変心外なのだが、こと女心に関してはヤスの方がまだマシなのかもしれない。弓道部は男女混合なので、部長はそういうスキルも必要だろうから。


「そ、そんなことよりぃ、続きどーぞっ?」


 そう言って続きを促す夕は、先ほどの刺々しい雰囲気も若干和らいでいる。原因不明なのはさておき、話しやすくなったことには違いなく、ありがたいことだ。


「それもそうだな、それで手芸部の中では――」


 ――手芸部前で見聞きした情報を、ざっくりと夕に説明した。ちなみに、今朝襲来したの悪魔については触れていない。ただの勘だが、夕とは特に相性が悪そうなので、情報統制が吉とみた。


「というわけで、いろいろ収穫はあったものの、夕の意図通りの結果なのかは……どうよ?」

「そうねぇ――ってこれはもう解決なんじゃないの?」

「……といいますと?」


 俺だけでなく、ヤスの方もまるで分からないようで、ぽかんと口を開けている。


「いやさ、このまま弓道部に入ったとして、パパ達は何か困ることあるの? あたしとしては全く面白くもない話だけど、それはさて置くわね」

「あの小澄だぞ、問題ありまくり……なのでは?」

「じゃぁえっと、転校初日のことはとりあえず忘れてちょうだい。その上で、昨日見てきたあの人の感想を一言で言うと?」


 言われた通り、登場時のスーパーエキセントリック少女ガールな小澄は忘れて、手芸部員たちと和気あいあい語らいながら、裁縫に勤しんでいた様子を思い浮かべる。


「一言でとなると、そうだな……例えば『普通』とか? ごく普通の真面目そうな女子高生だった」

「そういうことよ。それに気付いたのなら、あたしからのミッションはコンプリートね! それで弓道経験者、ほーら、なーんにも困ることないでしょ? いえーい、おーるくりあー!」


 解決おめでとうと、ぱちぱち手を叩く夕。

 いやいやいや……言いたいことはいくつかあるが、まずはだ。


「たったそれだけのこと!? ならそうと言ってくれたら良かったのでは」


 何のために危険な諜報活動をしたのやら……とんだ無駄骨だ。それどころか、そのおかげで今朝は散々な目に遭ったのだから。


「どうせ言っても絶対信じなかったでしょ? 特にパパは思い込みが激しいもん。となると自分で見て確かめた方が早いわ」

「むっ、むぅ……たしかに……」


 登場時のあまりに強烈な印象が俺たちの中に残っていて、それにとらわれ過ぎていた感はある。あの時点で夕に「普通だから大丈夫よ」と言われたとしても、そんなわけないと全否定していただろう。


「――とは言っても、まさか覗きに行くとは思わなかったけどね? 女子会を勝手に覗くとか、絶対ダメなんだからねっ!? ほんともぉ、二人ともちゃんと反省するのよ?」

「ぐぅ……すまん」「すんません」


 幼女に叱られる高校男子二人である。弁解の余地無しの情けない姿だ。


「……となるとだ、初日の小澄の奇行は一体?」

「それはたぶんねぇ……――あっ!」


 夕が突然驚いて目線を向けた先には……くだんの小澄が座っており、まさにうわさをすれば影である。まだクラスで気軽に誘える友達も居らず、一人で昼食に訪れたといったところだろうか。


「せっかくだし、本人に聞いてみましょ? これは面白いものが見られるかも、にっしし」


 そう言った夕は、両手を口元に当てて、とっても悪い顔をしている。角とか尻尾しっぽとか生えていそう。


「そうは言ってもだな、遭遇するとすぐ逃げるぞ?」

「そそ、特に大地への警戒がはんぱないよね」


 このコスミメタルの逃げ足はなかなかのものであり、入念な対策が必要とされる。


「まぁぶっちゃけ、半分は僕らがやらかしたからなんだけどさ、ははっ……」


 あの初手は完全にミスであり、まさかあれがここまで尾を引くとは思わなかった。


「あの人はまだ食べきってないし、放置でどっかには行けないでしょ。それに、あたしたち三人で両脇りょうわきと対面に座って話しかけちゃえば、泣こうがわめこうが逃げ場なんて無いわっ! そう、三面楚歌さんめんそか作戦ね!」


 何やら小澄に確執のあるらしい項夕こうゆう将軍殿は、実に容赦の無いことである。


「いやそんなオセロや囲碁じゃあるまいし……」

「んもぉ~、つべこべ言ってないで、ちゃっちゃといくわよっ!」


 夕は空の弁当を仕舞いながらそう言うと、乗り気ではない雑兵ぞうひょう二名を席から無理に引っ張る。

 それにしても、先ほどから夕に引っ張られっぱなしであり、大人しそうな見た目に反してやることが結構強引な子だ。小さい娘にどっか連れてけーと引っ張られるお父さんは、こんな気持ちなのだろうか――っとと、いつもパパパパ言われるから父性に目覚めかけたじゃないか、あぶねぇあぶねぇ。

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