4-01 瞬殺

 翌朝の教室で席に着いた俺は、昨日の手芸部の一件で入手した小澄の情報について考えていた。残念ながら昨晩も今朝も夕の襲来はなく、答え合わせのようなものはできていないので、未だに夕の意図した答えが得られたのかどうかすら判らない。とは言え、あの子は神出鬼没なので、会おうと思って会えるものでもないのが困りものだ。

 ――あ、夕に会えないことが残念という意味じゃなく、話が進まないことが残念という意味だからな? と嬉しそうにニヤニヤしているイマジナリー・夕に対して、意味の無い言い訳をする。


「こ~すもくんっ♪」


 夕の幻影と不毛な格闘をしていたところ、突然背後から軽く肩をたたかれ、女子の声に呼ばれた。教室で俺に声を掛けるもの好きな生徒はヤスくらいしか居らず、ましてや女子など……と訝しく思いつつ振り返れば──っ夏恋だとぉ!?


「な──何か用?」


 驚きのあまり危うく夏恋と言いかけたが、ギリギリのところで誤魔化ごまかして冷静に用件を聞けた。こと相手が策士夏恋となれば、覗きによって得た情報は、例えどんな些細なことであっても漏らすべきではないのだ。


「あっれぇ~? 今夏恋って言おうとした~よね~? 宇宙君ってばぁ~あたしの名前知ってたの~? 他人に興味無いと思ってたのに~、いっが~いかな~? どうしてぇ~かなかな~? あ、もしかしてあたしってば~、ちょー有名人~? あはは☆」


 だーもう、ぜんっぜん誤魔化せてねぇしよ……ほんといきなり襲い掛かってくるのヤメテ。こっちも逃げる準備とかあるんで。戦闘開始数秒で絶体絶命とか勘弁してくれよ。


「あぁそうだな、このクラスで知らない生徒は居ないんじゃ?」


 とりあえず、流れに沿って無難に答えてみる。もちろん、つい昨日まで知らなかったのだが。


「そうかも~、ね? ふーん……………………」


 ヤバイヤバイ、めっちゃ考え込んでる……CPUガリガリ言ってるやつだ。

 よし、ここはひとまず話を逸らして時間を稼ぎ、態勢を立て直そう!


「それで、夏恋は何の用――」

「じゃぁ苗字も~、もちろん知ってるよね~?」


 ジャミング失敗っ!


「そりゃぁ、えっと……」


 思い出せ、夏恋は何て呼ばれてた……あぁだめだ、なーこくらいしか思い出せん……そもそも手芸部では誰も苗字で呼んでない気がする。詰んだ。


「へえぇぇ~知らないんだぁ~? ふっしぎぃ~! 宇宙のふっしぎぃ~!」


 苦しすぎる状況だ……何とか誤魔化せないか……そうだ。


「ほ、ほら、いつもあだ名で――」

「そうだよねぇ~? 、聞けなかったもんねぇ~?」


 夏恋は俺の下手な言い訳を遮ると、致命的なボディブローを打ち込んできた。この様子では、昨日の会話を一字一句全て記憶していそうなものだ。これだから天才というヤツはよ!


「……そうそう。普段苗字で呼ばれてないし、ついド忘れ? すまんなぁ、ハハハ」


 すでに試合終了な気もするが、最後の意地で抵抗を試みる。いつの間にか遠くから見守っていたヤスは、すでにタオルを投げそうな顔――っておい、見てないで助けに来いよ!


「ふぅん~? へえぇ~? まだそぉんなこと~言うんだぁ~? いいのかなぁ~? かなかなぁ~?」

「あ、いやその……」


 さっさと投降しなさいと畳みかける夏恋……ここはもう素直に謝って、少しでも罪を軽くしておくべきかもしれない。そう諦めかけたところ、


「――ぷふっ、めんごめんご~、ちょ~といじわるしちゃった~♪ だぁって宇宙君ってば~、あわあわしちゃって~可愛いんだもん~♪」


 夏恋は突然明るい雰囲気に戻り、追撃の手を止めた。

 …………どういうつもりだ? くっ、いっそ殺せ。


「そんな覚えてないくらい~、気にしなくてもぉ~だいじょぶよん~。あたしすっごぉく気に入っちゃったからぁ~、今回の事は~悪いようにしないよ~?」


 全体的にぼかした言い方だが、「気に入った」というのは小澄のことで、小澄にとって良くないことはしないという意味だろう。それでこれは、暗に見逃してくれると言っており、また同時に「次はないぞ」と警告している? 底抜けに明るい言動なのに、目が一ミリも笑ってないことも相まって、もはや恐怖しかない。


「そいじゃ~、用事はそれだけだょ~? ばいび~☆」


 本当にこれが目的だったらしく、表面上は楽しげな声でそう告げて、智の悪魔は去っていった。

 そうして残された俺は、諦観ていかん安堵あんどの混じった特大の溜息ためいきをつくと、机に突っ伏して伸びる。すると机から濡れた感触が返り、顔が冷や汗でビッショビショになっていたと気付く。

 それで今回夏恋がしたことと言えば、驚くべきことにも、俺に自分の苗字を聞いただけである。たったそれだけで、件の嫌疑を確信へと変え、ついでにお目こぼしと警告をしていった。しかも終始ぼかした言い方なので、端から見れば何の事を話しているかも分からない――言い換えれば、万一俺がシロでも核心は伝わらないという事なのだ。マジでばけもんかよ……もー泣きそ。


「見事なまでに瞬殺だったな……」


 最初の村でいきなり魔王にぼろ雑巾にされたと言ったところの俺に、労りの声をかける村人Y。


「……」


 へんじはできない。ただのしかばねだからだ。


「そもそも僕がやらかしたからなのに、助けに行けず……ごめんよぉ」

「いや、多分アレは元々確信してから来たんだろう。どう転んでも無理ゲーだった」


 実際ワンパンだったが、例えヤスを盾に使って一つ二つ問答を乗り切ったところで、到底逃げ切れるような相手ではなかった。勘付かれた時点で詰みだったのだ。そう、大魔王からは逃げられない。


「あ、部長に宇宙、丁度良かった」

「どしたんマメ、僕ら今ちょっと忙しいんだけど」


 確かコイツは、同じ弓道部かつクラスメイトのマメだったか。夏恋に指摘されたように俺はクラスメイトの名前も顔もほぼ覚えていないが、二つ所属が被れば多少は記憶に残るものだ。


「ちょいと野暮用な。さっき一色さんにさ、昨日の部活中に誰か出かけてなかったかって聞かれてな。それで、全員は分からないが、あんたら二人が外に出てくのをたまたま見かけたって話してたんだ。ということで、一色さんが君らに用事あるかもだし、後で声かけとくと良いかもよ? あとコレ、あんたらどっちかのだろ? 拾ったってさ。そんだけ、邪魔したな」


 マメはそう早口に言って古い下かけ(弓がけの下に着ける手袋)をヤスへ渡すと、足早に去っていった。

 ……そうか、夏恋は一色という苗字だったのかぁ――っておっせぇぇぇ! 情報が届くのが遅すぎるっ! とは言え、マメがとろい訳ではない。やり手の一色のことだから、この聞き込みをした情報が伝わり、俺が警戒する前に速攻してきただけなのだ。

 それとこの届けられたボロの下かけはヤスの物で、ポケットに突っ込んでいたのを、あの時慌てて落としやがったようだ。これを拾って、事前に弓道部へ当たりを付けて聞き込みをしていたということか。ただ、普通の人が下かけを見ても、何に使う道具か予想も付かないと思うが……もうあれだわ、FBI捜査官にでもなったらいいんじゃないかな。

 何はともあれ、理由はハッキリしないものの、幸いにして夏恋は今回の件について手芸部に言ったりはしないらしい。だが見方を変えれば、正面から戦っても勝ち目ゼロの子に弱みまで握られているという事であり、もはや絶望以外の何ものでもない。せいぜい俺にできることと言えば、今後は一色夏恋智の悪魔が寄ってこないようにと、神へ祈っておくくらいのものだ。

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