4-02 迷信

 昼休みとなり、もはや定例となったヤスとの相談をしつつ、食堂へと向かっていた。


「そうかぁ、昨晩も今朝も夕ちゃん来なかったのな。となると、どの情報が当たりか、そもそも当たりを引けていないのかも、判らないってことかぁ」

「そういうことだな。ちなみに昨晩送ったメールも返ってきてない」


 ひとりで再考していた限りでは、いまひとつ決め手となる情報は無い気がする。何やら俺に恩義を感じていて、それが原因で弓道部に入ろうとしているようだが、肝心の俺が全く記憶にないのではらちが明かない。


「でもさ、昨日の夕ちゃんは毎日って言ってたし、今日もまた愛娘あいじょう弁当持ってくるんじゃない? けっ、うらやましい限りだぜ」


 いやだから愛娘弁当ってなんだよ、とツッコミを入れているうちに、食堂へ到着した。さっそく券売機で食券を買おうとするが、ちょい待たれぃ、とヤスに止められる。だからさぁ、来ないし、弁当も無いっての。


「あれだ、夕は来て欲しくもない時に問答無用で出現するから、逆に来て欲しいと思うほど来なかったりしてな」

「物欲センサーみたいな感じ?」

「……なんだそれ?」

「ネット界隈かいわいの迷信さ。試しに来るなって願ってみなよ」

「あっほらし。そんなもんで事象が変わるかっての。そもそもお前も迷信って言ってんじゃねぇか」

「まぁまぁそう言わず、ものは試しってことでひとつ。な?」

「しつこいヤツだなぁ。わぁったよ……あー、今日は夕の顔も見たくないなー、来るなよー、絶対来るなよー、絶対だぞー?」


 ついでに、お約束のフリまでしておいた。これで満足かね。


「ホラ来ないだろ? 馬鹿なことしてないで、さっさと食券買――」

「いや、そんなこと言われたら意地でも来てやるんだからね!? あと顔も見たくないって、パパひどいよぉ……何でそんなこと言うの……あたし泣いちゃうぞぉ?」

「「キタァ!」」


 背後から掛けられた待ち人の声に、思わず二人で軽く叫ぶ。

 SSR夕、ゲットだぜ!!!


「えっ、え? パパ、どゆこと?」

「まさか、ほんとに来るとは……」

「ね、迷信も馬鹿にならんでしょ?」

「ただの偶然なのに、何かしら不思議な力でも働いたのかと錯覚しちまうな。ハハッ、おもしれぇ」

「二人だけでずーるーいー! あたしもまーぜーろー! うがぁ~」


 大当たり自体に喜ぶ俺達に、放置された大当りSSR夕殿は両手を振り上げて大層お冠のご様子。――あ、目的と手段が入れ替わってた……ガチャこわっ!


「おっと、すまんすまん。例の件で相談しようと思ってたんだが、夕がなかなか現れないし、メールも返ってこないしで、物欲センサーとかいうオカルトパワーに頼ってみたわけ」

「なによそれぇ……そんなヘンテコに頼らなくても――ってごめんね、昨日からメール見られてないや。ちょちょ~っと事情があって、常時確認は難しいの。許してちょぉ――っと、まずは内容見るわね」


 夕はそう言うなり、ポチポチと忙しく携帯を操作し始めるが……んー、メール見るだけなのに、そんな山ほど操作要る? もしかしてこの子ってば、機械音痴? って色々ハイスペック過ぎて忘れかけてたけど、小学生だったな。ならそんなもんかな?


「えーっとなになに『天野殿』……おおお!?」

「いや、読み上げなくていいから! 黙読で頼む!」


 人に送ったメールを目の前で音読されるとか、恥ずかし過ぎる。


「だ~めっ、その方が絶対楽しいし。それに靖之やすゆきさんも聞きたいですよねぇ?」

「くっくっ……あぁ、書き出しからして面白い予感しかしないわ。夕ちゃんどうぞ続けて」

「は~い、かっしこまりぃ♪」


 調子に乗ったヤスへ、夕は元気に手を挙げて答える。くっそぉ、二対一は分が悪い……ヤスめ、あとで覚えてろよ?


「なになに、『拝啓 梅雨の走りかと思うような日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか』――ってなんで時候じこうの挨拶から!? んや、電子メールも手紙の一種なわけだし、それ自体はおかしくはないんだけどさ? パパどうしちゃったわけ?」

「それがな、実を言うとヤス以外にメール打ったことなくてさ。それで、ヤスと同じ感じで書こうかとも思ったが……一応相談に乗ってもらう立場なわけだし失礼かなぁと思って、『メール フォーマル 書き方』で検索して出てきたフォーマット通りに書いてみた。確かにやりすぎ感はあったが、微調整する知識もないし、大は小を兼ねるだろうということで……」


 とりあえず言い訳してみた。他意はない。


「いやいや、友達にこんなメール送る高校生聞いたことないからね? あと僕と同じ扱いは失礼って……それが僕に失礼って発想はないのかな!? ――ってほらー、やっぱ面白いメールだったじゃん!」

「あはははっ、そうね、楽しくなってきたじゃない。こんな面白いの一人占めは良くないわ♪」

「もう好きにしてくれ……」


 勝手に楽しそうに盛り上がる二人を前に、俺はため息をいて項垂うなだれるしかない。


「それじゃ続けるわね。『さて、先日助言いただいた件について、進捗しんちょく報告をしたいと思っておりますが、細緻さいちに渡る状況を文面にてお伝えするのはなかなか難しくございます。つきましては、直接対面にてご報告とさせていただきたい次第ですが、つぎはいつごろお越しでしょうか。電話でも差支えありませんので、お手すきの際にどうぞご一報ください。 敬具』」


 夕はスラスラと長文メールを読み上げると、携帯の画面と俺を交互に見てこう続けた。


「えっと……娘相手のメールでどうしてこうなっちゃうの!? あたしは取引相手か何かなわけ!? ほんじつのあどばいざぁ夕のえーぎょーはしゅーりょーしましたぁっ!? はい、へいてんっ!」


 おお……夕が面白い感じに混乱している。なかなか珍しい姿だ。


「いやぁ、さっきのフォーマット通りに書いてて、途中でおかしいなって気はしたんだが……これがまた妙に筆が乗ってきて、ついつい最後までな?」


 妙に楽しくなってしまったのは間違いない。そう、ただそれだけのはずだ。


「そりゃまぁ、パパが楽しかったならそれが一番だし、それでいいんだけどぉ……とりあえずこの面白い怪文書は永久保存決定ね! 末代まで語り継ぐわ!」


 おいヤメロ。こんなもん先祖から残される子孫の身になってみやがれ。


「速やかなる消去を要求する」

「あとで僕にも転送してね」

「ヤスてめぇ、今日は多勢だからって調子に乗んなよ?」

「増やしたらありがたみが減っちゃいますので、だ・め・で・すぅ~」


 夕は、んべぇと可愛らしく舌を出し、同時にぎゅっと携帯を抱きしめる。……あのー、俺のメールをご利益あるお守りか何かみたいに扱うの、やめてもらえますかね? ちなみに今の「んべぇ」で1ヤスキル(説明しよう! 1ヤスキルとは、ヤスが1回萌え死んだことを意味するぞ!)。


「というかさ、そもそもこんな回りくどいこと書かなくても、『夕、今すぐ会いたい』の一行で良かったのに。そんなメール確認できた瞬間、秒で飛んでいくわよ?」

「いや、それは……」

「ああっ、そっかぁ! どうせ照れくさかったんでしょ? ね、ねっ?」


 夕は両目を三日月にして、口元を嬉しそうにニマニマさせている。


「そんなことは……ないぞ?」


 あくまでアドバイザーとクライアントの関係だし? そもそも相手は小学女児だし? ぜんぜん照れくさくなんかないし?


「あーなるほど、そういうこと? 直接会いたい~なんて恥ずかしくてとても言えないもんだから、こんな手の込んだメールにしたのね!? やだ……キュンってきちゃったよぉ」

「いやだから、どうしてそうなるよ!」


 そんな訳……ない、ぞ?


「えっとぉ、もしかしてパパったら自分でも気付かずにってこと? あぁんっ、もう可愛いんだから~……あーもーだめ心臓バクバクしてきたってば。あたしをキュン死させる気!?」


 夕はいつぞやのようにグネングネンしてもだえており、せっかくの整った容姿が台無しである。あと、そんな意味不明の死因で、俺を殺人犯に仕立て上げないで欲しいものだ。


「……となると、このメールもさらにプレミアものね! にやにやが止まらないわ、むふふふふ♪」


 何がそんなにコレクター魂を刺激したのか、満足げに妙な笑い方をする夕。……まぁ、外にれないってんなら別にいいか。好きにしとくれや。


「はぁ、もう食券買って行くぞ」


 雑談を打ち切って、券売機にお金を入れて食券を買おうとするが……


「あー待って待って、パパはお弁当あるからぁ」


 発券ボタンに乗せた指先を、夕にぎ取られてしまった。


「はいはい、パパはこっちねぇ~」

「ちょちょっ、引っ張るなっての!」


 そのまま夕に指をぎゅっと掴まれたまま、テーブル席へとドナドナされていく。券売機にお金を入れっぱなしだが、後続のヤスが回収してくれるだろう――っておいテメェ、しれっと得盛天丼に使うんじゃねぇ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る