3-06 弁当

 不思議少女あらため天野あまの夕星ゆうづの名前を知ったところで、ヤスの提案でメアドを交換する流れとなった。ちなみに天野の電話は諸事情により使えないとのことだが、金銭面で親に禁止されているのだろうか。それと気になったのが、天野の携帯にぶら下がる星型と青い玉のアクセサリー……これってもしかして……いやいやまさかね。


「それで、天野は――」

「ダメッ!」

「ん?」

「パパは夕星か夕って呼んで! それ以外、ぜーったいに認めないから!」


 天野はそう言うと、こちらが気圧されるほどの剣幕で詰め寄ってきた。


「ええぇ……」


 女子を名前で呼び捨ては、なかなかハードル高いんだけど? でもまぁ、相手は小学生だし、それに本人のたっての希望とあれば……うーん、仕方ないか。


「お前がそこまで言うなら……ゆ……夕」

「ヨロシイ!」


 夕は笑顔でうなずいており、どうやら満足してくれたようだ。


「それで、夕はなんでここに? というかどうやって入ってきた? また不法侵入をやらかしたのか?」

「もぉ、今朝のは不法じゃないって言ってるのに……今回は、えっとぉ、うんっ! 不法侵入よっ!」

「いやいやいや……」


 晴れやかな顔で宣言する夕に、呆れ返るしかない。大丈夫なのか、銀校うちの警備体制よ……やはり霊長類最強さんを天井に貼っておくべきでは。


「何でここに居るかっていうと……ハイッ、実はパパのためにお弁当作ってきたの。それでちょっと色々手間取って、昼休みに遅れちゃったけどね」


 夕は小さめの可愛らしい弁当箱を取り出すと、そう言ってテーブルに置いた。


「……ナゼ俺に?」

「パパったら、どーせまた偏ったメニューを食べてるんだろうなーと思ってさ?」


 確かに夕の予想通りで、今日の俺は犯した失態に対する罰として、素うどん並の刑を自身に与えている。少食女子ならいざ知らず、運動部の高校男子には相当厳しい処罰だ。


「ぬわぁぁぁにぃぃ、愛・妻・弁・当だぁとぉぉぉ!」


 そのとき、右隣に憤怒の形相の鬼人が湧いて出た。奇人でも正解だ。そのまま沈没していれば良いものを。


「おい待て、俺がいつ結婚した」

「じゃぁ愛娘あいじょう弁当だ! どっちにしろ許せぬぅ。男子学生の永遠のロマンの一つ、女の子の手作り弁当を受け取るとは、何とうらやましいやつだ。ちきしょうめぃ! こうなったら、もう一杯天丼を買いに行ってやるっ!」


 こいつは天丼さえあれば、幸せに生きていけるのかもしれないな。


「そんなに言うなら、お前が食べたらいい。俺はこの素うどんで今日は満足だ」

「マジか、やったぜ! ――っと喜んで受け取りたいところだがぁぁぁぁぁ」


 ヤスはギリギリとこぶしを握り締めて言葉を溜めに溜めると、謎の怒りを爆発させた。


「ばっかもぉぉん! オメェはぬあぁんにも分かっちゃいねぇっ!」

「むぅ、靖之さんにもあげますけど……パパに一番食べて欲しいんだけどなぁ?」


 夕の少しねた様子を見たヤスは、首をブンブン縦に振って理解を示しながら、さらに熱弁を加速させる。


「そういうことだあぁ! 夕ちゃんが一体誰を想ってこの弁当を作ったと思ってるんだぁ? 僕か? 残念ながら否ぁぁぁっ! 大地、お前だ! そうでない僕が食べても、それはただの美味しいだけの弁当……お前が食べてこそ真価を発揮するんだっ! そう、愛は勝利に並ぶ程の調味料、な、の、どぅあぁぁぁ!!!」


 ヤスは両腕を振り上げて天を仰いでおり、バックで爆発炎上の幻が見えるほどに暑苦しい。


「どあぁもう、クッソ鬱陶うっとおしいヤツだな!?」


 どこかに馬鹿に効く薬はないか! ……そうですか、ないですよね。いい加減疲れてきたぞ。あと拍手なんかするな夕、これ以上調子に乗ったらマジで手に負えん。


「はぁ……わかった、わかったよ。食べるさ、食べるともよ! それでいいんだろ!?」


 もう何でもいい、早くこの面倒な流れから解放してくれ。


「あ、もちろん僕ももらうけどね」

「勝手にしろ」

「じゃぁ~、ハイどうぞっ」


 夕は弁当を開けると、俺の前にズズイと差し出してきた。


「やっべ、めっちゃ美味そう! もしかしてこれ、夕ちゃんが全部作ったの?」

「ええ、そうですよ」

「結婚して下さい!」


 コイツ、宣言通り求婚しやがった。しかもボーリング投球フォームで。


「絶対無理です」

「ぐわあぁぁぁ……」


 ヤスに気を取られている間に、すでに一刀両断されていた。実に見事な切れ味であり、これはヤスでもリサイクル不可――いや、逆に断面がキレイだから貼ればくっつくかな?

 それにしても、最近は遭遇したら即求婚がブームなのだろうか――って求婚か! ようやく夕が一昨日言ったキュウコンの意味を理解できた……とは言え、意図はさっぱりだが。


「あのぉ、夕ちゃん? ちょっとくらいは、悩むとか照れるとか反応がないと……僕の豆粒みたいな自信がプチっといっちゃいますよ!」

「いいぞ夕、もっとやれー」

「そこっ、つぶれた豆粒をすり鉢に持っていくよう指導しない!?」

「靖之さんもとても素敵な方ですよー。きっと靖之さんにはー、あたしよりもっと素晴らしい方が現れますわー」


 れ惚れするくらいの棒読みである。「興味無い男 フリかた」あたりで検索すれば、一番上に出てきそうなセリフだ。


「圧倒的マニュアル塩対応っ!!! せめてもうちょい心を込めて言って欲しいかな!? ……ああ、なんだろう、この馴染みのあるいじられ方……まるで大地を相手にした時のような……そうか、夕ちゃんは女の子版大地だ! これは親子と言われても頷ける……おっとマズイぞ、天敵が二人に増えた!」

「おいおい、俺をこんな不思議ちゃんと一緒にすんな」

「ふふふ、ありがとうございます」


 なぜか夕は嬉しそうに微笑んでいる。


「あの、夕ちゃん? 僕まったく褒めてないからね? こんなのになっちゃダメなんだからね? お願いしますよぉ……」


 小学女児に涙目で懇願する高校男子、実に滑稽こっけいである。


「あたしには最高の褒め言葉ですよ。それはそうとお二人とも、遠慮せずお召しになって下さいませませ♪」

「お、おう」


 夕に勧められるままはしを取り、まずはと綺麗なキツネ色の卵焼きを口に放り込む。噛めば卵生地から旨味と香りが染み出してきて……おおお、出汁巻きか、やるな。その出汁は煮干しと昆布から取られており、俺は鰹節より煮干し派なので大変高評価だ。しかも下処理がとても上手いのか、煮干し特有の臭みが消えて上品な香りに仕上がっており、これならば煮干しが苦手な人でも食べられるだろう。


「それじゃ僕は……これだなっ」


 ヤスは弁当箱の中を眺めると、星型ウインナーに箸をを伸ばした。その表面を良く見れば、とんでもない細かさで切り込み装飾がされており……確かこれは、飾り切りと呼ばれる調理技術だったか。


「ああーーっ! それはパパが食べないとダメぇっ!」


 そこで夕がウインナーと箸の間に手を差し込み、緊急防衛してきた。


「へっ? なんで?」

「な、なんででもですっ!」


 ヤスは当然の疑問を口にするものの、夕はダメの一点張りである。それでヤスは不審に思ったのか、ウインナーをじっと観察して考え込む。


「んんん……んっ! はっはぁーん?」


 何かひらめいたらしい。今日のヤスはやたらと鋭いな……俺はさっぱりだぞ?


「夕ちゃん」

「ナ、ナンデショウ?」


 どういうことか、目をキョロキョロ泳がせて声を上ずらせる挙動不審の夕。


「妄想お疲れ様ッス」

「っっっ!?」


 ヤスが手を額に当てて敬礼すれば、夕の顔が瞬間沸騰し、今にも泣き出しそうになる。


「うんうん。そりゃぁ、僕が食べるわけにはいかないねぇ。なぁ、夕ちゃん?」

「靖之さんのばかぁぁ!」


 ヤスに生温かい目線を送られた夕は、そう叫んでうつむいてしまった。


「なんだってんだお前ら?」

「大地は知らん方がいい。夕ちゃんが気絶しちまう」

「お、おう? んで、俺が食えばいいのな?」


 首を傾げつつ口に入れてみれば、カリカリに素揚げされた表面が良い歯ざわりを伝え、噛めば豚肉の旨味が染み出してくる。端的に言って、物凄く美味い。

 そこで夕に目線を向けると、ソワソワしながらこちらを見つめており、


「やぁん」


 目が合うなり頬を染めて、また俯いてしまった。一体何だと――あっ、さてはウインナーにイタズラでも仕掛けてやがったか? なるほど、それでヤスにヒットしてもしょうがないと思った訳だ。


「星ウインナーの毒の効き具合でも観察してるのか?」


 それでカマかけをしてみると、夕は照れ顔から一転してプンスカ怒り出した。


「失礼ね! あたし毒なんてってないわよ!」

「そ、そうか、すまん。お前ならってそうな気がしたんだ」

「むぅ~~。あ、でも綺麗な薔薇ばらには毒があるとも言うわね。それぐらい綺麗ってことぉ?」

「ああ、綺麗だな」


 これほどに凝った細工は、そう簡単に作れまい。


「もー照れちゃぅぅ」


 夕は両腕で身体を抱いて、くねくね悶えている。


「ぶふぁっはっははは」


 そこでヤスが大声を上げて笑いだした。他の料理に笑いダケでもあったのだろうか。


「お前らおっもしれーな! そのいまいち噛み合ってないようで、成り立ってる夫婦漫才がたまらんわ。よし、さっさと結婚しろ!」

「はいっ!」

「オメェら何を勝手に――」


 ヤスは俺の文句を無視すると、夕に向かってこう続けた。


「夕ちゃん、大地は気付いてないからね?」

「え? ……ああそっか。なぁんだ、料理の事かぁ」


 夕は何かに気付いたらしく、少し残念そうにしている。


「俺が気付いてないって、何のことだ?」

「ハハッ、大地らしい。こりゃ夕ちゃんも大変だ」

「そんなにぶちんなところも、萌えポイントなんですよぉ? うふふ」

「ハイハイご馳走様――じゃなくて、僕も何か貰うよっと」


 ヤスは雑談を区切ると、弁当に手を伸ばして、ニンジンとごぼうのきんぴらを口に入れる。


「んん! このきんぴらうみゃひ。ゆふしゃんやるね」

「物を口に入れてしゃべるな!」

「ふぐっ」


 品のないくちゃらぁの頭に、チョップをお見舞いしておいた。これでは子供の夕以下だ。


「ぷふっ」


 そのやり取りを見て、夕が吹き出した。


「ふぐわぁ、夕ちゃんに笑われてしまった!」

「ご、ごめんなさい。違うの、これはちょっと思い出し笑いしただけですぅっ」


 そう言って昨晩のように少し遠い目で微笑む夕からは、不思議と大人びた印象を受けるのだった。



   ◇◆◆



「「ご馳走ちそうさん」」


 弁当箱を空にしたところで、感謝を込めて夕に手を合わせる。


「お粗末様です」

「いやいや、お粗末だなんてとんでもない。僕が食べても最高のお弁当だったよ」


 ヤスはそう言って俺の方を意味深に見る。


「そう、これは得盛天丼クラスと言っても過言ではない!」

「あっ、あれすっごく美味しいですよね!」

「え、夕ちゃんも食べた事あるの? おお同志よ! 君を天丼会の会員ナンバー2に認定するっ!」


 何やら二人は握手を交わしており……俺を挟んで妙な認定式を行わないでもらおうか。

 

「それで……どうだったぁ?」

「すごく美味かった」


 夕が弁当の感想を聞いてきたので、今度は何の迷いもなく素直に答えた。純粋な調理技術も相当のものだが、今回も的確に俺の好みを突いた特効料理だったこともあり、もはや文句の付け所がない。


「うふっ、じゃぁ毎日作ってあげるわね? これでまずは人間三大欲求の一つ、食からパパを落としていくんだよっ。ししし」

「なにぃ!?」


 夕は小さなこぶしを口元に添えてニヤニヤしており、まさに悪巧みをする子供である。まさか、俺の餌付えづけ計画が着々と進行していたとはな。


「もうお前の出す飯は食わん」

「あはは、そんな事言っちゃってぇ。パパは出されたご飯を残せない性質たちだから無理だよ」

「くっ、ナゼそれを……」


 まさにその通りであり、幼少期にお袋から仕込まれた教えが未だに俺を縛ってくるのだ。


「へぇー、確かに大地が飯を残してるとこ見たことないなぁ。そうだ、今度すっげぇ変な創作料理を作って、大地に出してみよ」

「お前の作る物は飯の範疇はんちゅうに属さないので、迷いも抵抗もなく捨てる!」

「ひ、ひっでぇ」


 俺たちのしょうもないやり取りを見て、夕はくすくすと楽しげに笑っている。こんなものが楽しいとは変な子だ……さては箸が転んでもおかしいお年頃なのかな。

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