3-07 助言

 弁当を食べ終えて昼休みも中頃、ヤスが部長業務で席を外したので、今は夕と二人並んで食堂のお茶を啜っていた。ちなみに俺はほうじ茶派なのだが、取りに行った夕は四択の中から何の迷いもなくほうじ茶を選んできており……今朝や弁当の件といい、やはり俺の好みを完璧に把握しているようだ。

 それはさておき、まさか学校にまで攻め込んでくるとは想定外過ぎた。ただでさえ小澄から弓道部を守る任務で忙しいというのに、参ったものだ。


「はぁ、転校生騒ぎ、毎日毎日やってくる夕、もう面倒なことばかり……悩みの種の大安売りだぜ、まったく」

「むっ、失礼しちゃうわね。あたしはその種を駆除してあげる側なんだけど!? 安売りしてるなら、今のうちに買い占めてあげるし、言ってみ?」


 俺のぼやきに反応した夕は、自信満々に胸を張り、お姉さんにどぉんと任せなさいとでも言いたげである。


「何をだよ」

「だからさ、最近転校生が来た? それで何かあったんでしょ? 困ってるなら話してみって言ってるの」

「ハッ、お子様に話してどうなるってんだ」


 小学生に何ができる。宇宙首脳会議のうないかいぎでも打開策が見つからなかった、高度な政治的判断を要する案件ぞ?


「あーーっ、言ったわねぇ! あたしをただの小学生と甘く見てもらっちゃ困るんだから。ことパパについてなら、間違いなく誰よりも力になれるわ!」


 大層な自信がおありのご様子で……まぁ確かに、今のところ大地情報は完璧である。


「んなこと言われてもなぁ」

「パパのことだからぁ……そうねぇ、どうせ女の子絡みなんでしょ?」

「えっ……いや」


 今回の件の根本的な問題には、性別は関係ない……のだが、本人と上手く交渉できていないこの状況について言えば……確かに女子だからやりにくいというのも……なきにしもあらず?


「そんなことは、ないぞ?」


 なので、やや疑問形の返答になってしまった。


「ぷふっ、あはははっ!」


 すると夕は俺の顔を見て吹き出し、


「な~によ~、当たりじゃないの。ほーらほらやっぱりぃ。だから言ったでしょ?」


 そう言って満面のドヤ顔をこちらに向ける。


「いや、否定しただろ!?」


 ぜんぜん、当たってませんけど? 負けてませんけど?


「そんな目を泳がせた疑問形で、良く言うわね? ふふっ、パパったら可愛いんだからぁ~♪」


 あーもう、ほんと調子狂うな!


「ぐぬぬぬ…………はぁ。何でそう思ったんだよ? というかどうせ当てずっぽうだろ」


 占い師が良くやる手口だ。誰にでも当てはまりそうな事をそれらしく言って、反応を見て情報を引き出し、上手く誘導していく――はっ!? ということは、俺はまんまと夕の作戦に?


「んーにゃ? めっちゃ簡単なことよ。九九より簡単なくらいね」


 そう思いきや、根拠あってのことらしい。しかも九九より楽勝と……うそやん、俺ちょろ過ぎない?


「パパは大抵のことは上手くこなせるし、そんなパパがここまで悩むことって言ったらぁ? パパの苦手な、お・ん・な・ご・こ・ろ、に決まってんでしょ。十中八九――いえ、十中九九ね!」


 九九パーですか。そうですか。


「そ・れ・に、さっき言ってたもう一つの悩みの種、何だったかな? それについては、あたし的にとぉっても不服なんだけどさ?」

「……あぁ、そう、だった、な」


 はぁ、女難の相でもあるのかな……今度占い師にでも見てもらおう。


「ということね。おわかりいただけました?」


 黙って両手を上げ、降参のポーズを取る。小学生とは思えない観察眼と洞察力に加えて、異様なまでに正確な大地知識とくれば、抵抗は無駄と判断した。ものは試し、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。


「あぁ、実は昨日の朝な――」



   ◇◆◆


 

「――ってなことがあったわけだ」


 昨日起きたことを、転入生の入場喜劇あたりから話してみた。


「いやいやいや、盛るとか尾ひれとかって次元じゃないんだけど……あのねパパ、問題の分析・解明には正確な情報収集が必須ひっすなんだよ? 冗談言ってないで、建設的な議論をしましょ?」


 夕の感想はごもっともであり、俺も現実の出来事だったのかと記憶を疑いたくなる。それにしても、相変わらず夕は小学生と思えないような語彙ごい力……それもこうして適切かつ流暢りゅうちょうに使えるとなれば、普段からこのレベルの会話をしている訳で、少なくとも国語赤点常習犯のヤスよりは上だと断言できる。


「これがな、冗談じゃないんだなぁ。俺自身も信じがたいところだ」

「ま?」

「ま」


 ええ、マジでございます。


「はぁ、そんな人いるんだね……世の中広いなぁ。それでその、何ちゃんだっけ?」

「確か……小澄……えーっと――」

「うそ!?」


 苗字を聞いた瞬間、夕が目を見開いて驚きの声をあげる。

 さらに俺が、下の名前が出てこず言いよどんでいると、


「……ひなた」


 代わりに続きを言ってみせた。


「そうそう、陽だった――って何で知ってるわけ? もしかして知り合いだった?」


 小学生と高校生となれば普通は接点なんてないし、さらに転校生だから兄弟絡みの線も薄い。そうなると一体どういった関係――近所のお姉さんあたりだろうか。

 それで夕の様子をうかがってみれば、何やら真剣な顔でブツブツつぶやいており、先ほどまでの朗らかな様子とは違い過ぎて正直怖い。


「おーい、夕さーん?」


 話が進まないので、頭をぽんぽんして再起動を試してみる。


「! あぁごめん。ちょっとした、知り合い、かな……」

「……」


 ちょっとした知り合い程度、といった様子ではなかったが……聞かない方がよさそうだ。


「まぁいいわ……そんなことより、その人はどうなの?」

「どうと言われても、さっき話した通りの、なかなかの個性派?」


 アレを個性という範疇はんちゅうで呼んで良いものか、正直悩むところではある。


「そうじゃなくて、可愛いの!?」


 夕の目は真剣そのもので、ちゃんと答えて欲しいという強い意思を感じた。


「え、どうだろ……客観的に見て可愛い……のかな? ヤスは舞い上がってたし」


 ヤスが舞い上がっているのはいつも通りなので参考になるかは怪しいが、確かクラス男子も騒いでいたので、間違った評価ではないだろう。


「んや、客観とかどうでもいいから、パパはどう思ったの。端的に言って、あたしとどっちが可愛いと思う?」


 夕からの重圧がさらに増した。ナゼだかは分からないが、返答をミスると大変なことになる予感がする。


「いやぁ……そんなこと急に言われてもなぁ。小澄も夕もまだ会ったばっかだし、そもそも歳も違い過ぎるし――ってか何でそんなことを?」

「……ふーん、まぁそれでいいや。パパにしては、とりあえず及第点かな~?」


 どうやらギリセーフだったらしい。ひとまず文句はなかったようなので、これ以上触れないでおこう。この手の話題は正直苦手で、それもたった今言い当てられたところだ。


「それで、何か糸口は見えたわけで、ございます?」


 一応意見を聞く立場なので、わきまえてみる。


「あぁ、アドバイス? ごめん、やっぱ無しね。ノーコメントで」

「ええぇ……聞くだけ聞いといてそりゃひどくね?」

「何とでも言いなさいな。ここは戦略的黙秘とするわ」


 どういうこっちゃ。何か知ってそうな感じはするのだが……よしっ、ここはひとつ釣りでもするか。


「そんなこと言って、あれだけ大見栄切ったのに何も思いつかなかったんだろ? いやぁ、すまんかった。やっぱ小学生には難しい話だったな、無理しなくていいぞ? ハハハ」

「むっきぃぃ! 言ってくれるじゃないの! …………はぁ、わかったわよ。あたしから言い出したわけだし、約束も守れない子とか思われてもしゃくだからね。その安い挑発に乗ったげるわ」


 これはフィッシュ――というか、魚が仕方なく釣られに来てくれた? むう、なんか情けねぇな。


「そうねぇ……まずは、こっそりと様子を窺ってみると良いかも。こっそりね。それでパパなら気付くんじゃないかしら」

「……んん?」


 いまいち良く分からない答えが返ってきた。これは労力に見合った釣果ちょうかとは言い難い。


「もうちょい具体的に頼む。というか、何か知ってるならハッキリ教えてくれよ」

「い・や・で・すぅ! ことこの件については、これ以上の情報開示はお断りよっ!」

「おう……」

「まったくもう。安売りって聞いてきたのに、随分とお値が張るじゃないの……」


 夕は大層不機嫌な様子で、ブツブツ文句を言っている。うむ、これは突いても出るのは蛇だけだな。退散ジャ。


「とりあえずアドバイスありがとな。礼……と言ってはなんだが、売店のアイスでも食うか?」

「――たべるっ!」


 弁当を貰っている立場で食べ物で釣るのもどうかと思ったが、想像以上の入れ食いっぷりに驚く。夕は食べ物で釣るのが吉、いざという時のために覚えておこう……とは言え、夕のご機嫌を伺う機会がもう来ないで欲しいものだが。

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