3-04 解釈

「今日は珍しく大地に勝てたしなぁ、得盛天丼でお祝いだぜ。へっへっへ」


 一緒に学食へ来たヤスは、気持ち悪い笑みを浮かべながら得盛天丼(八百五十円)のボタンを押す。こいつ、調子に乗りやがって。


「はんっ、勝手に何でも食ってろや」

「まぁまぁ、そうねなさんな」


 各自食券と料理を交換し、空いている席に並んで座ると、早速食べ始める。


「うんめへぇぇ、得盛天丼やっぱうめぇよ。さらに勝利という調味料が加わると格別だよなっ、なっ?」


 ヤスは俺の背をパンパン叩きながら、にこやかに報告してくる。

 

「……ほうほう、そうか。調味料は多い方が美味いのか。そいつは知らなかったぜ。ならば俺からもささやかな勝利祝いをしてやろう、受け取ってくれ」


 ヤスのあおりがあまりにもウザかったので、テーブルに置かれた胡椒こしょうを、これでもかというほどヤスの天丼にかけてやった。食べ物を粗末にするのは気が引けるが、こいつならこれでも食べるだろう。


「なっ、なんてことしやがる!」

「せっかく調味料を増やして美味くしてやったんだ、喜んで食べろ――あぁまだ足りないと? 仕方ないな、それでは一味もかけてやろう。今回だけだぞ? 贅沢ぜいたく者だなぁお前は」


 すでに胡椒まみれの天丼に、ぼふっぼふっと一味唐辛子で豪華トッピング。


「や、やめろぉぉぉぉ! ぼ、僕の愛する天丼がぁぁ……」


 ヤスは丼を掻き抱いて、悲愴ひそう感漂う声を上げている。大げさなやつだ。


「ヒデェ嫌がらせしやがってよぉ……僕に恨みでもあるのか!」

「子供の頃に『人の嫌がることを進んでしなさい』ってお袋から教わったからなぁ。俺はな、本当はこんなことしたくないんだが……アァココロガイタイヨ」

「それ意味がちっげーーよっ! あんたのお袋さんそういう意味で言ってないからね!? お前絶対解ってて言ってるよね!?」


 そしてヤスは汗ダラダラでむせ返りながらも、調味料も得盛の天丼を食べ続けている。こうなっても食べるところを見ると、ヤスの天丼への愛だけは確かなのかもしれないな。



   ◇◆◆



 そうしてヤスは、もはや罰ゲームとも言えるそれをチビチビ食べながら、例の話題を振ってきた。


「でだ、その可憐子ちゃんとはいつから付き合ってるんだ?」

「可憐子ちゃんってのは……例のちびっこの事でいいんだな? 付き合うとかそれ以前の問題だ。初めて会ったのは一昨日なんだぞ」

「でも三日前の段階でお前を知ってたみたいだぞ? どういうこった」

「んなもん、俺の方が聞きたいわ。何やら妄想癖の強い子のようでな、俺を誰かと勘違いしてるんだろう。ほんっと迷惑な話だぜ」

「ふーん。あの可憐子ちゃんなら、僕はそれでも全然OKだけどなぁ。それでどうやって出会ったんだよ、あんな可愛い子とよ?」


 おーしえろよぉー、とひじで突いてくるヤス。ウザさMAX極まれりである。あー、タバスコに手が伸びそ。


「庭の木を蹴ったら降ってきた」

「カブトムシかよ! 流石にそれはないんじゃね? いくら僕でもだまされないぞ。もしそうなら、僕は町中の木を蹴りまくるぞ! それでもいいのかっ!?」


 勝手にしろ。もちろん俺が責任を持って不審人物として通報するが。


「いや、本当の話だ。そんで一緒に誰だかをシメに行こうと誘われた」

「シメにって、うへぇ……そこまでいくといくら可憐子ちゃんでも……いや、僕ならまだいけるね! そんなところも魅力的さ! 一緒に憎いアイツをシメにいこうか!」


 アブナイ可憐子ちゃんも素敵だぁ~、とほうけている。これは重症だ。


「お前のキャパシティの大きさには驚かされるばかりだ」

「いやぁ、そんな褒めるなって」

「皮肉で言ったつもりだったが……まぁある意味褒められる事かもなぁ」


 守備範囲が広い方が、生物として適応性があると言えるだろう。ただ現代日本では、それが身を滅ぼすやもしれんがな……生きるって難しいね、うん。


「不思議ちゃん系な暗殺のお誘いというとあれだ、『漆黒の闇に包まれし約束の地にて、悪しき命の華を咲かせに出かけませんこと? オーッホホホ』とか痛々しいお誘い文句でも受けたのか?」

「なんだそれ、日本語か?」

「僕ならノータイムで『イエス、マイエンジェル!』と答えてるけどな!」

「んな誇らしげに言われてもなぁ……」

「――でだ、実際のとこは? 君に黙秘権はないぞ! さぁ白状したまへ!」


 今日はまさかの敗者になってしまったので、とりあえず言われた事をそのまま伝えてみる。


「木から降ってきた後に、『パパ、あたしとケッコンして』って言われた」


 ヤスが盛大に吹き出した。


「きったねぇなぁ。汚いのは顔だけにしとけよ」

「ごふぁぉ。はぁぁぁ? ふぉぉぉ! なにそれ? ホワッツ? アンビリーバブル! もうアンビバだよ。お前はすでにアンビバだ!」

「落ち着け、お前が一番意味不明だからな。ほら、まずは大好きな天丼でも食って気を静めろ、な?」

「お、おう、そうだな……ぐふぉぁ、かはっ」


 色鮮やかな丼を掻き込むや否や、当然の如くせ返るヤス。


「お前って、実に馬鹿だなぁ……なんで俺はこんなやつに知力戦で負けたんだろうか……」


 我ながらどうかしていたとしか思えない。これというのも……ちびっこめぇ!

 水で異物を流し込んだヤスは、両手を四十五度にして目の前の何かを押さえるポーズをとると、こう提案してきた。


「よし、こういう時はセンテンスを分けて冷静になって考えよう。難しい文章問題が出たら分けて考えろって、小学校の時死んだばっちゃが言ってた」

「ためになるな」


 そのお祖母様も、こんなセンテンスに使われては浮かばれまいて。


「まずは上の句だが、『パパ』って何だ。お前いつから子持ちに? 今度から義父様おとうさまって呼んでいいですか!?」

「ダメに決まってんだろ、気持ち悪い。そもそもだ、この歳で小学生の子を持てる方法があるもんなら教えてくれ」


 仮に俺が父親だとしても、こいつにだけは絶対に嫁にやらん。絶対にだ!


「えっと、そうだなぁ。うーむ、タイムマシンとか?」

「そんな偉大な発明はもっと有効活用しろよ。用途があまりにもしょぼすぎんだろ」


 歴史を塗り替えるとか、スポーツ年鑑持って競馬なりで大金持ちになるとか、ダメな眼鏡少年を更生に行くとか、使い道が色々あるだろう。これでは科学技術の無駄使いも良いところだ。


「だぁよなぁ」

「その辺がさっき言った妄想癖ってやつだ。なぜか俺をパパと思い込んでいる」

「ふーむ。なんか全然納得いかんが、ひとまず置いとくとしよう。それでもっと重要な下の句の、『あたしと結婚して』ってのは? お前何でプロポーズされてんの? しかもあんな可憐子ちゃんにさ。お前実はリア充だったの? 死ぬの? 闇の渦に飲まれて消えろ!!!」

「違うって、落ち着け。一瞬俺も誤解しそうになったが、そうではない。血のあとと書いて血痕だ。最近の子供は人をシメることを血痕するって言うんだぞ? お前知らなかったのか?」

「いや、いやいやいやぁ!? そんな使用方法聞いた事ありませんよぉ!? 絶対ありませんからぁ!」

「それはお前が知らないだけだろ」

「はぁ、そうかい。そんじゃぁ聞くがよ、大地は何て答えたんだ?」


 あの時の受け答えを思い出す。


「たしか……悪いが子供の喧嘩には付き合えん、他をあたってくれ、って言った」

「はぁ。それで相手は?」

「それがな、ナゼかすごく混乱していた」

「そりゃ! そう! だろうよ! だからプロポーズされたんだっての。それで話が食い違って混乱してたんだよ!」


 それ見たことかと、ヤスはくし立てる。……ふーむ、そう言われるとおかしな気がしてきたぞ?


「な、なんだと……そんな馬鹿な事があるかよ。それじゃぁ逆に聞くが、なんで初対面の俺がプロポーズされたんだ?」

「僕に聞くなぁぁ! んな事知るわけねぇだろ、このリア充め! どうせアレだ、むかし命を救ったとかそういうベタなやつじゃ? リア充は勝手にフラグ建築イベント発生するからなぁ、うらやましい限りだぜ、まったくよぉー」


 ヤスは言いたい放題し終えると、あきれて首を振りつつ溜息をついた。


「うーん……全く心当たりがないんだけどなぁ」


 実は記憶喪失になっていたりするのだろうか? それは……本当に恐ろしい話だ。もしそうならば、記憶が無くなったことに気付く事すらできないのだから。


「大地って普段は凄く賢いヤツなのに、たまにもんのすごい意味のわからない思い込みっていうか、勘違いをするよな。一体どういう頭の構造してんだろ?」

「そうですよねぇ、でもそこがまた魅力的なんですよぉ。うふふ」


 そこでヤスに答えるようにして、背後から子供の声がかけられた。


「でもこれで、一昨日のお返事の謎が解けたわ。んやぁ、ダメ元ではあったけどさ、まさかあのプロポーズがこんな珍解釈をされてたとはねぇ……これはもう、あたし泣いていいよね?」

「「!?」」


 俺とヤスは、そろって後ろへ首を高速回転させた。

 するとそこには……今朝置き去りにしたはずの少女が立っており、やっほーと言って小さく手をフリフリしているのだった。

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