3-03 尋問

 全力ダッシュの甲斐かいもあって、教室には本鈴五分前に到着した。別にそこまで皆勤賞にこだわってはいないものの、三年のここまできて失うのも何だかしゃくだ。


「ふぃぃぃ~」


 走り疲れて机に突っ伏せば、汗で湿る顔がぬるりとした感触を伝えてきて、大変気持ち悪い。


「よっす」


 そこへヤスが声を掛けてきたので、手だけ上げて答える。


「おっと、大地先生は大変お疲れのようだね。何をするにしても余裕を見せるお前にしちゃぁ、珍しいこった。寝坊か?」

「むしろ十五分早く起きた」

「いやなんでだよ!?」


 俺が聞きたい。


「はは……ちょっと捕物をな」

「捕物て物騒な……ふーん、それで警察に突き出してきたって訳か。そいつはご苦労様なこって。でも早朝に出勤してくる泥棒ってのもいるんだね」


 警察か……流石にそれは可哀そうだ。確かにやってる事はかなり無茶苦茶だが、悪意は皆無のようだしな。


「いんや、リリースした」

「え、マジで言ってる? 大地にしては処遇が優し過ぎ……いつもの大地ならしょっ引かれるよりも酷い目に……」


 ヤスは哀れむような眼をどこかの犯人に向けている。お前は俺を何だと思ってんだ。


「いやまぁ、色々あってな」

「ふーん、訳ありか。しっかしあの幽霊屋敷に盗る物があるとは驚き――んんっ? この大地が釈放した事といい……さては盗人は金髪爆乳美人で、大変なもの盗んでいきましたってやつかぁ? ははっ、大地も隅におけないなぁ」


 ニヤニヤ顔のヤスの言葉に、あの不思議ちゃんのドヤ顔が脳を過ぎり――


「誰があんなちびっこ――っ」


 口を滑らせてしまった!

 冷静さを欠いた事を悔やみながら慌てて口を紡ぐが、俗に言う後の祭りだった。


「ちびっこだぁ? んん? しかもさっきの言葉に機敏に反応したということは、ズバリ女の子だな?」


 カマ掛けに乗ってしまうとは……たまに言葉遊びで訓練しているのもあって、ヤスのくせになかなか手強いじゃないか。


「これらの情報を総合するとだ、年下の美少女が朝早くに起こしにきて、きゃっきゃうふふしてたら遅刻しそうになった。そうだな大地!? なんとうらやま――いやけしからん! 逮捕だぁ!」


 ヤスは勉強は全然できないが、こういう分野に限ればなかなか頭が回る。そして無駄に勘も良い……野生の勘だろうか。やっぱ馬か鹿なんだな。


「捕物って言ってんだろうが。どうしてそうなる」


 嘘は言っていない。飯は作ってもらったが、そういうのとは違うはずだ。


「捕物……やはりハートを盗みにきた、つまり押しかけ女房かぁぁ! 大地許すまじぃ!」


 だめだこいつ……今は何を言っても悪い方向にしか解釈されない。くそぉ、あのちびっこのせいで面倒なことに……今度見かけたらしばく。


「あぁーあぁあぁ!」


 そこでヤスは奇声を発した。


「どうした、ついにイカれたか? いや元々だったな、すまん」

「なにげに酷い事言われてるけど、今は置いといてだ。お前に聞こうと思ってた事があったんだが、それといい感じにつながったわ」


 ちぃぃぃっ、こいつまだ何かつかんでやがるのか! ええぃ、チャイムはまだかっ!? ――くっ、あと三分か……何とか耐えきってやる!


「……なんだよ、この際だし言ってみろ」


 どうせ放って置いても聞くだろうし、拒否しても怪しまれるだけだ。


「おうよ。あれは三日前の部活後だったか、僕が師匠に軽く絞られてる間にお前はさっさと帰ってったよな。んで僕が帰ろうと学校前に来た時に、電信柱の影から誰かが飛び出してきたんだよ。驚いて一応身構えたんだが……なんとそれは見目麗しき可憐かれんな少女であった! そしてナゼだかわからないが、僕に軽く会釈すると、僕らの帰り道の方へ走り去って行った。さらにだ――」


 まだあるのかよ……嫌な予感がしてならない。


「一昨日も置いてかれて一人で帰ろうとした時、また同じ電信柱からその可憐な少女が出てきたんだよ。そして今度は、『こんにちは靖之やすゆきさん、またお会いしましたね。いつもありがとうございます』って微笑みながら、天使のような可愛らしい声で話しかけてきたんだよ! 僕はもうときめいたね。これがときめかずに居られますかって! だが僕は当然その子を知らないし、何と返すべきか迷っていると、『私急いでいるので、失礼しますね』と言って、また走って行ってしまった。いやぁ実に惜しい事をしたよ。でも何で僕の名前知ってたんだろ?」


 マズイぞ……きっとあいつだ。口調がかなり違うのと可憐ってのが引っかかるが、ほぼ間違いない。二日前に尾行されていたのは薄々気付いていたが、三日前もだったとはな。いらんところでチョロチョロと……あんのちびっこマジでしばく。


「――という経緯から考えると、電柱の君(仮称)は恐らく僕ら二人の部活が終わって出てくるのを待っていたのではないか、僕はそう推理したんだ。二日連続で僕らが帰るタイミングだったので、偶然にしちゃぁできすぎてるし、それでほぼ間違いないだろうと思う。それでいて、二日間連続で僕の方には用事はないようだった。そこから導かれる結論は?」

「ヤスは妄想癖を持っていて、モテないあまりに残念な幻影少女を見てしまった。気の毒になぁ……辛くてももっと現実に目を向けて強く生きろよ? さぁ少しでもヒトに近づくためにも授業の準備でもしようか」


 ヤス肩をバンバンとたたきながら、優しい目を向けてそう言い、話をそらしてみる。……いけるか?


「ちっげーーーよっ! 大地、お・ま・え・に用があったんだよ!」


 ちっ、この程度の挑発ではごまかせないか! あと電柱の君って……可憐なのか頑丈なのか、ハッキリしてもらいたい。


「そこからのだ、今朝起きた、『押しかけ幼な妻ハート強奪事件』だっ!」

「意味分からんネーミングすんなし。滑ったAVタイトルみたいになってるぞ」


 まぁ「押しかけ」と「幼な」の部分限定で合っているが……ハート強奪は、ないな。俺はロリコンじゃない。


「大地先生、これはどうみても同一の星ですぞ?」


 ヤスはドヤ顔で無いメガネの縁を上げており、実に腹の立つ仕草だ。

 とは言え、無駄に鋭いな。困ったことにも、ヤスはどうやらその電柱の君とやらがお気に入りのようだし、これが押しかけてきた少女と一致すると大変面倒なことになる。そもそもコイツ、昨日お熱だった徳森や小澄はどうしたんだよ、れっぽいやつめ。女子なら誰でもいいのか?


「そんなやつ知らん」

「またまた大地先生~しらばっくれちゃって。白状しちまえば楽になるぜ?」

「んん~? 証拠はあるのかねぇ、君ぃ?」


 とりあえず犯人の決まり文句を言ってみたものの、この時点で犯行を認めてるようなものだと思う。


「うーん、今のところ状況証拠しかないなぁ」


 意外にも残念そうな顔で諦めるヤス刑事……あれ? もしかして誤魔化せたのか? まさか推理物のセオリー通り動いてくれるとは、いやぁ助かった!


「んじゃ俺は無事釈放だな。さぁチャイムも近いし、中嶋先生が来る頃だぞ? 大人しく自分の席に戻りな」


 本鈴まで残り一分、何とか逃げ切れた。だがこれは一時しのぎに過ぎないので、授業中に緊急宇宙首脳会議のうないかいぎを臨時開催して、誤魔化す方法を考えねばならない。


「しっかし電柱の君は可愛かったなぁ。次会ったらうっかり告白、いやプロポーズしちゃうね、うん」

「――ぶふっ」


 あのちびっこに熱烈な告白をするヤスを想像し、あまりに可笑しくて吹いてしまった。


「ははっ、お前にそんなロリコン趣味があるとは――ぐぁっ!」


 っだああぁぁしまったああぁぁぁぁ! 俺はさっきから何をやってんだよ……あーもう、あいつと会ってから妙に調子が狂う。

 そうして自分の失態に絶望して打ちひしがれる俺に、


「おいおい大地先生よぉ、あんたらしくないなぁ? んんん?」


 ヤスは片手で俺の頬を軽く叩きながら、芝居がかった声と顔で俺を見下してくる。

 くそぉぉぉ、かつてこれほどの屈辱を受けた事があっただろうか!


「ほっといてくれ。何より俺自身が一番ショックを受けている……」


 ツライ。穴があったら即ダイブ案件。


「そう、僕は可憐な少女としか言ってないし、少女の言動からは高校生くらいを想像するのが普通だよな? ちびっこは、今朝お前んちに来た少女だよなぁ? 大地先生よぉ?」


 ヤス刑事はニヤニヤ顔を浮かべ、しなくてもいい確認を取ってくる。


「ヤスごときの誘導尋問に引っかかるとは……俺も落ちたもんだぜ」


 俺はどうしちまったんだ……朝食に自白剤でも盛られていたか?


「いやいや、お前ほどのクレバーな男がこれほど冷静さを欠くとは、さては相当その子に参ってるな? なぁるほどねぇ、こいつぁ完全に盗られちまったか。そんな大地には、さっきの言葉をそっくりそのまま返してやろう」


 やめてくれぇ……敗者をこれ以上おとしめないでくれ。

 そして、めに溜めてヤスは言い放った。


「お前にそんな趣味があるとは、なっ!!!」

「ぐふあぁぁ……」


 たった今俺は致命的な精神的外傷を負った。


「いやっ、あ、あいつとは、全然そんなんじゃねぇよ。何勘違いしてんだ!?」

「おいおい大地……意中の子の名前を言い当てられた小学生男子みたいになってんぞ? まぁそう嘆きなさんな。あの電柱の君はそのがなくてもやられちまうくらいの、超弩級どきゅう可憐子ちゃんだよ。こればっかりは男に生まれたからには止む無しだね。あ、ちなみに僕は余裕でいけるぞ?」


 親指を立てて白い歯を光らせるヤス。この真正め……誘導尋問じゃなくて素で言ってやがったのか。これじゃ俺が勝手に墓穴掘って中で一人自爆テロしただけじゃねぇか! 

 そこでようやく待ちに待ったチャイムが鳴ると、

 

「ふむ、後ほど署でゆっくり聞こう」


 ヤス刑事はそう告げて、悠々と自分の席に戻っていった。

 ちっきしょうめ……このやり場のない怒り、どこにぶつけてやろうか!


「そうだ、あいつだけは、許さんぞ!」


 こうして俺は、まだ名前も知らない少女への怒りを着々と蓄積していくのだった。

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