3-02 朝餉
「大盛りでよかったよね?」
少女がそう言いつつ、ご飯をよそって渡してきた。
首を傾げつつ茶の間に移動すると、すでにちゃぶ台の上には少女作の朝食二人分が整然と並べられていた。俺が左側の朝食の前に座れば、少女も右隣へちょこんと腰掛ける。
朝っぱらから少女の襲撃を受けている俺は、「こんな飯食えるか!」とちゃぶ台返ししてやりたい気分ではあるが、そこはぐっと堪える。例え不思議ちゃんが作ろうが飯は飯であり、絶対に食べ物を粗末にしてはならない――農家生まれのお袋による、幼少期の教えが染み付いているのだ。
他の懸念として、毒を盛る……は流石にないだろう。理由はさっぱり分からないが、終始プラス極振りの感情しか感じられない。……まあ、何もしていないのに好感度マックスって、ある意味恐怖なんだけどさ? そもそも何かしら悪さしたいのならば、寝ている
……なんということだ、これで食べるしか選択肢がなくなってしまった。だがそれも
味噌汁――味噌は適量、香りも全く抜けておらず、具は意外にも木綿豆腐だった。味噌汁には絹豆腐が一般的なわけだが、俺はこの木綿に染みる味噌出汁が好きである。
ご飯――少々硬めの炊き加減だが、俺はこのくらいの硬さが好みだ。
主菜――半熟の目玉焼きがカリカリベーコンの上に乗せられ、すでに適量の醤油がかけられている。俺は半熟で醤油派なので、最高の状態である。
副菜――市販品のたくあんを添えただけではあるが、一汁一菜を心得ていると言える。
…………む、むむむぅ、やるじゃねぇか。
俺が渋い顔を無理やり作っていたところ、
「……ど、どう? 美味しい、かな?」
少女は緊張した面持ちで感想を聞いてきた。
それで俺は、どう
「悔しいが、美味い。すごく」
一分の隙も見当たらず、正直にそう答えるしかなかった。流石に心にもない不当な評価を付けるほど落ちぶれちゃいない。
「やったぁっ! ふふん、パパの好みは知り尽くしてるんだから、当然よねっ? これも愛の成せる技よっ!」
少女は大変なドヤ顔をして、むっふぅ〜と満足げに鼻を鳴らす。少しくらいは言い返してやりたいところだが、実際に俺にとって完璧なチョイスなので、まさにぐうの音も出ない。ぐう美味、ぐう美味。
◇◆◆
豪華な朝餉を食べ終わると、少女は手早く食器を重ねてシンクへ運び、踏み台に乗って洗い物をし始める。ぼーっと見ていても仕方ないので、洗面所で顔を洗って歯を磨き、二階の自室で着替えて戻ってきたところ……なんと少女はまだ居た。
「あっ、調理器具の配置変えてるわよー? こんなんじゃ使いにくくて、ダメダメなんだからぁ。おかげでさっきフライパン落としちゃったしさ?」
不出来な配置にイチャモンを付けながら、台所周りを整理整頓している。これが不法侵入者に台所のダメ出しを食らう家主の図である。どういうことよ?
そこで俺は、どうやって追い返したものかと思案し……
「あーその、なんだ……飯を作ってくれた事や、台所を整理してくれた事は、まぁ感謝する。だがそもそも、人んちに勝手にあがり込むのはよくない。それに親御さんも心配するぞ?」
怒っても全く効果がないので、言い諭す事にした。大変な不思議ちゃんではあるが、
「だからこの家は……は置いといて――」
そこで少女は言葉を切り、目を鋭くすると、
「あの人達のことはまだ話したくない」
素気なくそう告げた。その少女の声は氷のように冷たく、瞳には全くいかなる感情も
「一応言っとくと、あの人達は今あの家に居ないわよ。最後に姿を見たのって何日前だったかしらね」
「居ないってどう、いや――」
当然の疑問を口にしかけるが、途中で言葉を切った。他の家の事情に口を挟んでも仕方なく、特に本人が話したくないと言っている以上、それは決して触れるべきではない。現に俺の家に両親は居らず、それをとやかく言われても不快なだけだ。
「まぁそれはいい。だがもう勝手に人の家に――ってぇ! 時間がない!」
ふと視界に入った時計が八時をお知らせしてきた。学校まで徒歩約二五分、始業は八時二十分なので、走ってもギリギリである。朝食があまりに美味かったので、ついおかわりをしてしまい、思うほか時間が経っていたようだ。
マズイ……このままのんびりと説得していては、確実に遅刻だ……気は乗らないが仕方ない、ここは実力行使させてもらおう。
決断するなり俺は、少女の前で少し屈むと、
「どしたのパパ――ふひゃぁっ、くしゅぐったい」
その細く柔らかい胴体を両手で
次いでその羽根のように軽い体を担ぎ上げれば、「きゃぁ♪」とナゼか嬉しげな声があがる。……端から見たら完全に由緒正しき人さらいスタイルだな、これ。人さらいに遭う女児泥棒――じゃなくて侵入者? いや、ほんとどういう状況よ。
俺はもう片方の手に
「え、ちょっと、おろしてぇぇ、あたしにはまだ家事という使命がぁぁ」
ポコポコと背中を
玄関で少女の靴と鞄を指にかけて外に出ると、肩の上で暴れている子を降ろし、すかさず戸を閉めて施錠。
「あっ、こらぁ! むぅぅ、あたしにはまだやり残した事が――」
「おっと忘れるところだった」
少女の抗議を無視して、三十センチ角の庭石の一つを持ち上げると、下にある合鍵を回収する。これで勝手に入れまいよ。
「お前もちゃんと学校行けよー」
俺はそう言って駆け出した。まだ後ろで何やら騒いではいるが、放っておいても悪さはしまい……ナゼかそんな気がする。鍵がなければ、
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