第二話 訪ねてきた理由

「申し訳ないが、急いでいる」

カルハースが、戻ってきたイオアンに告げた。

「君を訪ねにきたのは――」


「その前に――」

イオアンは椅子の向きを変え、座った。

「どうやって私の居場所を掴んだ。誰に聞いた?」


話を遮られたカルハースは、鼻白はなじろんだ表情になったが、仕方なく説明しだした。


「最初は、セウ家の屋敷を見張っていた。だが、君が姿を現さないので、エルが、物乞いの子が知ってるはずだと提案した。そして、その子が、君がここにいるだろうと教えてくれたのだ」

「ニナのことか?」イオアンが鋭く訊いた。

「そうなのか?」

カルハースは後ろへ振り返り、エルが頷いた。カルハースが言った。

「私は、彼女のことをよく知らないのだ」


イオアンは、顔に警戒心をありありと浮かべて、エルを問い詰めた。

「お前はどうして、ニナが私の居場所を知ってると思った」

エルが億劫おっくうそうに答えた。

「俺が最初にイオアン様を見たのは、ヤヌス神殿の市場で、ニナと話しているところだぜ。だから、知ってると思っただけさ。前にも話したはずだけど?」


イオアンは記憶を辿った。

「聞いた覚えは――ないな」

「そうだっけ? あのドワーフのおっさんに、話したのかもしれない」

「バルバドスか?」

「そうそう。今どうしてる?」

「聞いてどうする」

イオアンが不審そうに訊き返した。

「べつに。あのおっさんなら、役に立ってくれそうな気がするからだよ」

「残念だったな。今は別件で忙しいようだ」

「じゃあ、ニナは?」

気のないような感じで、エルが訊いた。

「夜は、こっちにいるって聞いたけど? さっき見たときにはいなかった」

「あの子が姿を現す時間はまちまちだ。かなり遅い時間のときもある」

「ふーん」


「では、本題に入っていいかね」

カルハースが切り出した。

「話がまとまるまで、今夜は帰るつもりはないからな」


イオアンが頷くと、カルハースは話し始めた。


「我々の仲間のダマリが、イグマスの牢獄塔に捕まっているはずだと、君が教えてくれたのを覚えているか」

「もちろん。アルケタから聞いた話だ」

「そして、二週間もあれば、何らかの処罰を受けて、釈放されるだろうと君は話した。もしくは、それなりの保釈金を払えば、すぐに出れるだろうと」

イオアンは頷いた。

「我々は君の言葉を信じ、安くはない保釈金をかき集め、総督府に申請した。だが、役人は金だけ受けとって、すぐには出せないと説明した。我々がその理由を聞くと、教えられないと言う。それが三週間前だ」

イオアンは黙って聞いている。

「ダマリが捕まった日から数えれば、ゆうにひと月は経っている。これは、いったいどういうことなのか、君から話を訊きたい」


「それが、今日、訪ねてきた理由か」

「そうだ」

カルハースが意味ありげに言い足した。

「だが、君の回答次第では、訪ねにきた理由はもっと増えるだろう」


イオアンは溜息をついた。

「状況が、変わったんだ」

カルハースが、鋭い目付きでイオアンを見た。

「その状況、とは?」


イオアンはしばらく考えてから、話し始めた。

「ひと月前、お前たちに話したときは、話した通りの状況だった。あのとき私は、正直に、普通に考えられる想定を伝えた」

「それで?」


「それで――」

逆にイオアンが訊き返した。

「お前は、あかつきの盗賊団のことを知っているか」


カルハースが頷いた。

「ここ数年、イグマスを騒がしているという盗賊団だな。それがどうした?」

「ダマリと関係がある」

「ダマリとだと? あいつは至って真面目な奴だ。もともとサーカスの動物たちを世話していたような奴だぞ。そんな盗賊団と関りがあるはずがない」

「まあ、話を最後まで聞け」

イオアンはカルハースを落ち着かせた。

「その暁の盗賊団を、総督府は必死になって捕まえようとしている。ひと月前、騎士たちにエルが追われたのも、それが原因だ」


イオアンは、今度はエルに向き直った。

「お前は覚えているな?」


「もちろんさ」

エルは頷いたが、疑わしそうに続けた。

「けど、あのとき騎士たちが、俺を盗賊団の女首領と勘違いしたからだっていうのは、全部イオアン様の説明だからね。俺はそうなのかって聞いてただけだよ」


「それは、間違いないんだ」

イオアンは保証した。

「逆に、そこを信じてもらえないと、なぜダマリがいまだに牢獄塔にいるのか、その説明ができない」


「よかろう」カルハースが頷いた。「話を続けてくれ」


「では、もう一度、あのときに何が起きたか、順を追って説明するぞ」

イオアンが、二人の顔を見回した。

「複雑だから、ちゃんとついてきてくれよ」


カルハースとエルが頷いた。

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