第7話 

「仕事――?」

目を細めた少年は、

「なんで俺が、あんたなんかの仕事をするんだ」

と言って鼻を鳴らした。

「それに言ったろ、仲間が待ってるって。もう時間がないんだよ」


「どこで待ち合わせだ」イオアンが訊いた。

「あんたには、関係ないね」

少年が顔をそむけると、

「おい!」

と、バルバドスが彼の脇腹をった。

「口のき方に気をつけろ。とにかく、おまえは金を盗んだんだ。いつでも牢獄にぶちこめるんだぞ」


苦痛に顔を歪めた少年が、バルバドスをにらんだ。

イオアンは眉をひそめた。まるで、町にいる野犬のような目つきだ。バルバドスを手で制し、質問を続けた。


「さっき言ってた、巨体のオークと待ち合わせか」

「――そうだよ」

少年は歯を食いしばりながら答えた。

「ダマリだけじゃないけど、仲間と待ち合わせをして帰るんだ」


「その、ダマリとは会えないぞ」

「え?」少年が顔を上げた。

「他の男たちもあやしい。待ち合わせの場所に行ったところで、誰もいないだろう」

「何言ってんだよ!」

少年はムキになった。

「少しぐらい遅れたって、みんな待ってくれるさ!」


だが、黙って自分を見下ろしているイオアンの様子に、少年は不安そうに頼んだ。

「だから、早く放してくれよ」


イオアンがゆっくりと話し始めた。


今朝けさ、旧市街のワイン商の屋敷に、黒革の上下をまとい、髑髏どくろの仮面を被ったふたりの男と、巨体のオークが現れた。

だが、約束どおり馬を引き渡すところで、その巨体のオークが暴れ出した。突然、馬を引き渡すのをこばんだらしい。巡察隊ウィギレスが呼ばれ、そのオークは取り押さえられた。ワイン商の使用人と巡察隊に怪我人が出たが、たいしたことはない。

ただ、引き渡される予定だった馬が、ヨアキム伯爵家の砦から盗まれた軍馬であることに、巡察隊の兵士が気づいた。砦の焼印が隠されていたんだ。

兵士が報告しているあいだに、雲行きが怪しいのを感じた黒革の男たちは、その馬を解き放ち、暴れているところで逃げ出した。巡察隊が新市街を探しているが、私が聞いた時点では見つかっていない――」


少年は、話を聞いているうちに段々と青ざめていき、項垂うなだれた。今やじっと床を見つめている。


バルバドスは、腕を組んで聞いている。

「それが、アルケタ様から聞いた話か。その兵士はよく気づいたな」

イオアンはうなずく。

「彼は最近、辺境の砦から巡察隊に編入したんだ。この春に盗まれた軍馬のことをよく覚えていた。自分が世話していた馬だったらしい。それに、近年多発している馬泥棒のことも気にかけていた」

「それで、こいつをどうする」

バルバドスが、うつむいている少年へあごをしゃくった。


他人ひとのものを盗んで、平気な人間だ」

イオアンの表情には、嫌悪感がにじんでいる。

「予定通り牢獄塔へ連れていってくれ。この少年が、どこまでその件に関わっているかは知らないが、ヨアキム家の軍馬が、何頭減ろうが私には関係ない。彼の処分は、役人たちが決めるだろう」

だが、ひと呼吸置くと、イオアンは続けた。

「ただ、私の仕事を受けるなら話は別だ。行き先は違うところになる――」


「それって、さっきの仕事のこと?」

少年がかすれた声で、慎重にたずねた。

「では、引き受けるんだな?」イオアンが訊いた。

「まだ、決めたわけじゃないけど」少年は目をらした。「もし、やらなかったらどうなる。俺は牢獄塔で――処刑人に拷問されるのか?」


「それは、おまえ次第だろうな。軍馬を盗んでいなければ、すぐに出れる」

と、イオアンが答えた。

「だが、盗みに関わっていれば、相当な重罪だ。それも、ただの馬泥棒じゃない、貴重な軍馬を奪ったんだからな。それはつまり――公爵家ドゥクスの財産を盗んだのに等しい。そうだな、ソマにでも送られるのだろう」


悪名高い銀鉱山の名前を聞いて、少年は真っ青になった。鉱山から出れるのは、死んだときだけだという、もっぱらの噂だ。


「じゃあ、もし、仕事をするなら何をするんだ。危ない仕事をやらされるのか?」

「ある馬をてほしい」

「馬を診るって――」少年は混乱している。「仕事って、それだけ?」

「それだけだ」イオアンは頷いた。「具合が悪いのだが、その原因がわからない」

「でも――」

少年は疑わしそうな顔をした。

「何で俺なんだよ? そんなこと、わざわざ俺なんかに頼まなくても――」

「屋敷の馬丁ばていにも、馬医者にも、原因が掴めなかった。軍馬に詳しい首なし騎士団の一員なら、何か分かるじゃないか――そう私は期待しているんだが」

「じゃあ、軍馬なのか」

「軍馬というか、〈魔の馬スレイプニル〉の血を引いている」

「え、本当に!?」


「イオアン様、どういうつもりだ」

バルバドスが小声でさえぎった。

「まさか、こいつにブケラトムを診させるつもりか」


「何か問題か?」イオアンも声を落とす。

「やめておけ、あいつは疫病神やくびょうがみだ。助けたところで誰も喜ばんよ」

「私は、元気になってほしい」

「だが、伯爵コメス様に知られたりしたら、死ぬかもしれないのは、あいつだぞ」

「その時は、その時だ」

と、言い放ったイオアンに、バルバドスはとがめるような視線を向けた。イオアンは目を逸らした。

「もちろん、見つからないようにはするさ」

「じゃあ、屋敷にはどうやって入る?」

「そこは、〈酔っ払いの梯子はしご〉を使えばいいだろう」


少年がふたりを見ている。「やっぱり危険なのか」


バルバドスは黙り込み、イオアンは笑顔をつくった。

「言われた通りにすれば、危険なことはない」

「誰もやりたがらないから、俺にやらせようとしてるんじゃないの?」

「それは違う」

イオアンは、少年の前で片膝をついた。

「おまえの名前は?」

「――エル」

「エル、ルベルマグナの子供を見たくないか?」


一瞬、間を置いて、少年が叫んだ。

「ルベルマグナって、あのルベルマグナ?」

「そうだ。前公爵様の愛馬だったルベルマグナだ。これからエルに診てもらう馬は、そのルベルマグナの血を引いている」

「嘘だろ。子供を残さずに死んだんじゃ――」

「隠された子供がいたんだ」


しばらく考えていた少年が首を振った。

「おかしいよ。俺たち首なし騎士団トリステロは、帝国じゅうの名の通った軍馬の血筋は把握はあくしている。ルベルマグナほどの名馬の子供なら、知ってるはずだよ」

「どう考えるかは、好きにすればいい」

イオアンは肩をすくめた。

「他人の言葉を鵜呑うのみにするのか、それとも、自分の目で確かめるのか」


イオアン立ち上がり、バルバドスへ顔を向けた。

「彼を屋敷まで連れてきてくれ」

バルバドスはうんざりした顔になった。

「なんで俺が――」

「私は、先に戻って準備することがある」


バルバドスは、大袈裟おおげさ溜息ためいきをついてみせた。

「イオアン様は想像もしないだろうが、この俺にだって、やることはあるんだぜ。久しぶりに軍団の休暇で戻ってくればだ。人助けをすれば、余計な仕事をわされる――まったくやってられんよ」


「私の金はどうした」イオアンが唐突に訊いた。

「え?」

「この少年が盗んだ金だ」

「それはここに――後で渡そうと思ってたんだ」

「それは取っておけ。手間賃だ」

「なら、構わないが――」

嬉しそうに、バルバドスは金を革袋に戻した。

「だが、本当にこいつは信用できるのか。後々、面倒なことになると思うがな」


イオアンは天幕の出口へ向かったが、ふと立ち止まり、少年のほうへ振り返った。


「私の仕事を終えたら、報酬も与えよう」

「報酬? どれぐらいさ」

「おまえが盗んだ端金はしたがねとは、比べられないほど価値のあるものだ」

「それって、いったい――」


イオアンは答えず、天幕から出ていった。

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