第7話
「仕事――?」
目を細めた少年は、
「なんで俺が、あんたなんかの仕事をするんだ」
と言って鼻を鳴らした。
「それに言ったろ、仲間が待ってるって。もう時間がないんだよ」
「どこで待ち合わせだ」イオアンが訊いた。
「あんたには、関係ないね」
少年が顔を
「おい!」
と、バルバドスが彼の脇腹を
「口の
苦痛に顔を歪めた少年が、バルバドスを
イオアンは眉を
「さっき言ってた、巨体のオークと待ち合わせか」
「――そうだよ」
少年は歯を食いしばりながら答えた。
「ダマリだけじゃないけど、仲間と待ち合わせをして帰るんだ」
「その、ダマリとは会えないぞ」
「え?」少年が顔を上げた。
「他の男たちも
「何言ってんだよ!」
少年はムキになった。
「少しぐらい遅れたって、みんな待ってくれるさ!」
だが、黙って自分を見下ろしているイオアンの様子に、少年は不安そうに頼んだ。
「だから、早く放してくれよ」
イオアンがゆっくりと話し始めた。
「
だが、約束どおり馬を引き渡すところで、その巨体のオークが暴れ出した。突然、馬を引き渡すのを
ただ、引き渡される予定だった馬が、ヨアキム伯爵家の砦から盗まれた軍馬であることに、巡察隊の兵士が気づいた。砦の焼印が隠されていたんだ。
兵士が報告しているあいだに、雲行きが怪しいのを感じた黒革の男たちは、その馬を解き放ち、暴れているところで逃げ出した。巡察隊が新市街を探しているが、私が聞いた時点では見つかっていない――」
少年は、話を聞いているうちに段々と青ざめていき、
バルバドスは、腕を組んで聞いている。
「それが、アルケタ様から聞いた話か。その兵士はよく気づいたな」
イオアンは
「彼は最近、辺境の砦から巡察隊に編入したんだ。この春に盗まれた軍馬のことをよく覚えていた。自分が世話していた馬だったらしい。それに、近年多発している馬泥棒のことも気にかけていた」
「それで、こいつをどうする」
バルバドスが、
「
イオアンの表情には、嫌悪感が
「予定通り牢獄塔へ連れていってくれ。この少年が、どこまでその件に関わっているかは知らないが、ヨアキム家の軍馬が、何頭減ろうが私には関係ない。彼の処分は、役人たちが決めるだろう」
だが、ひと呼吸置くと、イオアンは続けた。
「ただ、私の仕事を受けるなら話は別だ。行き先は違うところになる――」
「それって、さっきの仕事のこと?」
少年が
「では、引き受けるんだな?」イオアンが訊いた。
「まだ、決めたわけじゃないけど」少年は目を
「それは、おまえ次第だろうな。軍馬を盗んでいなければ、すぐに出れる」
と、イオアンが答えた。
「だが、盗みに関わっていれば、相当な重罪だ。それも、ただの馬泥棒じゃない、貴重な軍馬を奪ったんだからな。それはつまり――
悪名高い銀鉱山の名前を聞いて、少年は真っ青になった。鉱山から出れるのは、死んだときだけだという、もっぱらの噂だ。
「じゃあ、もし、仕事をするなら何をするんだ。危ない仕事をやらされるのか?」
「ある馬を
「馬を診るって――」少年は混乱している。「仕事って、それだけ?」
「それだけだ」イオアンは頷いた。「具合が悪いのだが、その原因がわからない」
「でも――」
少年は疑わしそうな顔をした。
「何で俺なんだよ? そんなこと、わざわざ俺なんかに頼まなくても――」
「屋敷の
「じゃあ、軍馬なのか」
「軍馬というか、〈
「え、本当に!?」
「イオアン様、どういうつもりだ」
バルバドスが小声で
「まさか、こいつにブケラトムを診させるつもりか」
「何か問題か?」イオアンも声を落とす。
「やめておけ、あいつは
「私は、元気になってほしい」
「だが、
「その時は、その時だ」
と、言い放ったイオアンに、バルバドスは
「もちろん、見つからないようにはするさ」
「じゃあ、屋敷にはどうやって入る?」
「そこは、〈酔っ払いの
少年がふたりを見ている。「やっぱり危険なのか」
バルバドスは黙り込み、イオアンは笑顔をつくった。
「言われた通りにすれば、危険なことはない」
「誰もやりたがらないから、俺にやらせようとしてるんじゃないの?」
「それは違う」
イオアンは、少年の前で片膝をついた。
「おまえの名前は?」
「――エル」
「エル、ルベルマグナの子供を見たくないか?」
一瞬、間を置いて、少年が叫んだ。
「ルベルマグナって、あのルベルマグナ?」
「そうだ。前公爵様の愛馬だったルベルマグナだ。これからエルに診てもらう馬は、そのルベルマグナの血を引いている」
「嘘だろ。子供を残さずに死んだんじゃ――」
「隠された子供がいたんだ」
しばらく考えていた少年が首を振った。
「おかしいよ。俺たち
「どう考えるかは、好きにすればいい」
イオアンは肩を
「他人の言葉を
イオアン立ち上がり、バルバドスへ顔を向けた。
「彼を屋敷まで連れてきてくれ」
バルバドスはうんざりした顔になった。
「なんで俺が――」
「私は、先に戻って準備することがある」
バルバドスは、
「イオアン様は想像もしないだろうが、この俺にだって、やることはあるんだぜ。久しぶりに軍団の休暇で戻ってくればこれだ。人助けをすれば、余計な仕事を
「私の金はどうした」イオアンが唐突に訊いた。
「え?」
「この少年が盗んだ金だ」
「それはここに――後で渡そうと思ってたんだ」
「それは取っておけ。手間賃だ」
「なら、構わないが――」
嬉しそうに、バルバドスは金を革袋に戻した。
「だが、本当にこいつは信用できるのか。後々、面倒なことになると思うがな」
イオアンは天幕の出口へ向かったが、ふと立ち止まり、少年のほうへ振り返った。
「私の仕事を終えたら、報酬も与えよう」
「報酬? どれぐらいさ」
「おまえが盗んだ
「それって、いったい――」
イオアンは答えず、天幕から出ていった。
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