第6話 

「勘弁してくれよ」

うんざりしたようにバルバドスは溜息ためいきをついた。

「牢獄塔まで連れていって、役人相手に手続きをするのは、この俺なんだぜ。その手間も考えてくれ。金は取り戻したんだから、放っておけばいい」


いっぽう、少年の表情は冷静だった。

牢獄塔という言葉を聞いても顔色ひとつ変えず、驚いているようにも、恐れているようにも見えない。

すると、イオアンがつかつかと戻ってきて、バルバドスに説明した。


「アルケタの役にたつかもしれない」

「アルケタ様の?」バルバドスは怪訝けげんな顔をした。「どうして」

あかつきの盗賊団は知っているな?」

「当たり前だろ」


イオアンは少年へ顔を向けた。少年は目をらしたが聞き耳を立てている。イオアンは小声で続けた。

「彼が盗賊団の一味なら、暁の盗賊団のことを何か知っているかもしれない」

バルバドスも少年を見て、疑わしげに首をかしげた。

「それはどうかな」


「どんな些細ささいな情報でもいいんだ」

イオアンが難しい顔になった。

「暁の盗賊団が、イグマスで騒がれてから随分たつ。だが、いまだに手掛かりはなく、誰ひとりとして捕まえていない。総督府エクサルカタスとしては面子めんつが丸潰れなんだ。いままで被害にあった貴族や豪商からも圧力がかかっている。アルケタも振り回されているようだから、できるなら手助けをしたい」


「しかしなあ」バルバドスは少年を見た。

自分が話題なのは分かっているのだろうが、少年は平静をよそおっている。


「盗賊たちの口は固いぞ。裏切ったら、今度は自分が報復されるんだからな」

「そこは問題ない」イオアンは断言した。

「なんで」

「総督府は処刑人ギルドに要請したらしい」

「処刑人だと?」バルバドスが嫌な顔をした。「そこまでする必要があるのか」

「それだけ、必死だということだ」

うなずいたイオアンは、さらに声を落とした。

「処刑人の拷問にかかったら、黙っていられる人間などいないからな」

可哀かわいそうに」

少年を眺めたバルバドスはあわれんだ。

「ちょっとばかりの金を盗んだだけでなあ」


「ま、待ってくれ」

少年がかすれた声で、イオアンに呼びかけた。明らかに動揺している。

「処刑人って、本当なの」


イオアンは黙って顔をそむけた。


見かねたバルバドスが、いまにも泣きそうな少年に声をかけた。

「そんな顔をするな。おまえが知ってることを話せば、すぐに解放されるさ」


「知ってることって――」

少年は絶望的な表情を浮かべた。

「俺は盗賊でも何でもない。あんたが勝手に勘違いしただけだ。その暁の盗賊団のことなんて、俺は何にも知らないよ!」


その必死な様子に、イオアンが眉をひそめた。

「そうなのか?」


「いや、どうだったっかな」頭をいたバルバドスが、少年に向き直った。「それなら、おまえは何者なんだよ」

「それは――」少年は言葉に詰まる。

「ほらな、やっぱり盗賊団なんだろ」

バルバドスが得意げな顔をした。

「言いたいことがあるんなら牢獄塔で、処刑人相手に思う存分話せ。だが俺とは違って、奴らは嘘つきには容赦しないからな。せいぜい気をつけろよ」


「だから、そうじゃないって!」

少年はバルバドスに懇願こんがんした。

「本当のことを言う。だから、誰にも言わないでよ!」

「どうせ、また嘘をつくんだろ」

と鼻で笑うバルバドスを、イオアンがさえぎった。

「いいだろう。誰にも言わないと誓う。だから、その本当のことを教えてくれ」

「神々に誓える?」

「では、正義の女神ユスティティアに誓おう」


「ユスティティアか――まあ、いいや」

ごくりとつばを飲み込んだ少年は、ささやくように告げた。

「俺は――トリステロの一員なんだ」


「トリステロ?」

イオアンがいぶかしげに訊き返したが、次の瞬間、バルバドスは爆笑していた。


「何がおかしいんだよ!」

そう怒鳴どなる少年に、

「まあまあ、怒るな」

と、バルバドスはなだめるように答えた。

「まさか、その名前を持ち出すとは思わなかったぞ。いやあ、大きく出たな!」

「信じてないんだな」少年がにらみつける。

「いやいや、信じてるって!」腹を抱えたバルバドスは苦しそうだ。「お前がトリステロなら、俺は羽根のついた天使とでも名乗ろうか!」


話が飲み込めず、イオアンは困惑している。

「トリステロとは、いったい何のことだ」


バルバドスは涙をぬぐった。

「首なし騎士団の話は聞いたことがあるか」

イオアンは頷いた。

「何かの書物で読んだ覚えはある」

「その首なし騎士団の奴らが、自分たちのことをトリステロと自称してるんだ」

「では、実在するのか」

「もちろんだ。滅多に町には寄り付かないから、見ることはまれかもしれん。だが、軍馬の取引があれば現れる。ブケラトムの場合だってそうだ」


ある出来事を思い出したイオアンは頷き、興味深そうに少年へ視線を向けた。

「もし、彼が本当にそうなら――」

「いや。こいつの話をに受けるなよ。ただ、処刑人が怖くて言ってるだけだ。こいつの、みすぼらしい恰好を見たって分かるだろ」


「違うよ!」

と叫んだ少年は、

「俺は、その、ただの見習いなんだ――」

と告白し、恥ずかしそうに目をせた。

「だから、俺はこんなだけど、仲間はちゃんと、立派な黒い馬革の服を着てるよ」


「おまえが、見習いなあ」

バルバドスは疑わしそうな顔をした。

「首なし騎士団が、どこの馬の骨かも分からん奴を見習いにするはずがない。とびっきり閉鎖的な連中だぞ。信用するのは、血のつながった人間だけだ」

「そんなことないって!」

と、叫んだ少年が反論した。

「普通はそうかもしれない。でも、カルハースは違うんだ。俺以外に、オークだって見習いにしたぐらいなんだから」

「首なし騎士団がオークだと!」

バルバドスがえる。

「そんなわけあるか! 冗談もいい加減にしろ」

「調べたらわかるって! 今朝けさ、仲間たちは旧市街で取引して――」

「嘘をつくなって」

バルバドスがせせら笑った。

「タタリオン家の騎士は数年前から、お前たちとの取引は禁じられている」

「だ、か、ら、商人との取引だよ。本当なら――」

突然、少年は悲しそうな顔になった。

「――今頃、取引を終えた仲間と、俺は合流してるはずだったんだ」


まだ、言いたいことがあるらしいバルバドスが続けた。「だいたいな――」


「待て――」

と、イオアンが割って入った。

「仲間のオークは、並外れて巨体のオークのことか」

少年は頷いた。

「ダマリは、すっごく大きいよ」


バルバドスは毒気どくけを抜かれたような顔をしている。

「どういうことだ?」

「アルケタとは会ってないか」イオアンが訊く。

バルバドスは首を振った。「アルケタ様が、なんで関係してくるんだ」

「市場で、巡察隊ウィギレスと一緒のところを会ったんだ。オークを連れた黒装束くろしょうぞくの男たちの話をしていた。たしか、ワイン商との取引だったと思う」

「じゃあ、本当なのか」

驚いたバルバドスは、少年のほうを振り返った。


少年は、ほら、言っただろ、とでもいうような得意げな表情を浮かべている。


イオアンはひとり考え込んでいる。やがて、少年に質問し始めた。

「首なし騎士団なら、馬の扱いは得意なはずだな?」


少年は頷いた。

「それで食ってるようなもんだからね」

「〈魔の馬スレイプニル〉でもか?」

「〈魔の馬〉?」

少年が驚いた顔になった。

「〈魔の馬〉かあ。俺はちょっと見たことがあるだけだけど、カルハースなら詳しいと思うよ」

「カルハースとは、おまえの仲間か」

「うん。俺たちのリーダー」

「つまり、騎士団長ということだな?」

「騎士団長?」

少年は戸惑とまどっているようだ。


「連中は、俺たちが考えるような、ちゃんとした騎士団とは違うんだ」

と、バルバドスが補足した。

「食いっぱぐれた騎士の残党の集合体みたいなもんで、馬を連れ、十数人の親族単位で動いているらしい。そのカルハースという男も、それをまとめている一族のおさみたいなもんなんだろう」


少年も頷いている。


イオアンが質問を続けた。

「おまえはどこから来た。新市街にある宿屋か?」

「まあ、そのへんかな」

と、少年は目を泳がせながら、曖昧あいまいに返事を濁した。

「どこだ? そのへんというのは――」

「訊いても、無駄だよ」

と、バルバドスが遮った。

「本当に首なし騎士団の一員なら、教えるはずがない。盗賊団以上に、あいつらは秘密主義なんだ。危険な連中だし、あんまり深入りしないほうがいい」


バルバドスの忠告に、イオアンはひたいに手をあてながら考え込んでいる。


「なあ」

れたように少年が声をかけた。

「盗賊じゃないって分かったろ。もう放してくれよ。仲間を追いかけないと――」


イオアンが顔を上げた。

「そんなことより、私の仕事をする気はないか」

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