第五話 首なし騎士団

イオアンは、ヴィヨルンドの縄を外した。そのままベッドの上で、シアから聞いた話しについて考え込んだ。ヴィヨルンドは疲れ果て、仰向けになっている。


「悪く思わないで下さい。あのは、まだ入ったばかりなんです」


物思いを中断されたイオアンは、顔を上げた。

「いつ、入ったんだ」

イオアンはベッドを降りると、白いガウンを脱ぎ、首飾りをかけ、下着を着けた。


「そろそろ、三か月になります」

「それだけあれば、ふつう、最低限のことは身につけられるだろう」

イオアンは鬱金うこん色のローブに体を通した。

「先が、思いやられるな」

「シアは〈貴婦人〉になるか、まだ、決めていないみたいなんです」

「決めていない?」

イオアンは眉をひそめた。

「なるつもりがない女が、なぜ、ここにいる」

「私もよく分からないんですけど――」

ヴィヨルンドが体を起こした。

「〈お母様〉が、一時的に保護しているって――」

「ルマンディアが? 何も聞いてないぞ」

「イオアン様は、最近はあまり、こちらに来てなかったじゃないですか」


「それは、そうだが――」

イオアンはベッドに腰かけ、シアのことを思い返している。

「帝都のアクセントだったな」

「ええ。そちらの出身だそうです。下で一度会っただけなので、私も詳しくは知らないんですけど」

「没落貴族の娘、ということか」

「かもしれません」

頷いたヴィヨルンドが、突然、笑い声をあげた。

「いいところのお嬢さんだと、私たちを見て、びっくりしたでしょうね」

「そうか?」

イオアンは首を傾げた。

「囚人の縛り方を練習していただけだ」

「でも――」

ヴィヨルンドが、イオアンに体をすり寄せた。

「囚人の人たちは、こんなに気持ちよくなったりしないでしょう?」

「そうだな」

イオアンは苦笑したが、牢獄塔の中を思い出し、真面目な調子で答えた。

「見させてもらったときは、そんな様子はなかった」


イオアンはベッドから立ち上がった。


ヴィヨルンドが躊躇いがちに訊いた。

「これから、首なし騎士団の人に会うんですか?」

イオアンは重たい気持ちで頷いた。

「会って――どんなことを話すのでしょう?」

この質問には答えず、イオアンは逆に尋ねた。

「ヴィヨルンドは興味があるのか? 彼らを知っていても恐れるか、毛嫌いするのが普通だが?」


「子供の頃、父が話してたんです」

ヴィヨルンドはベッドで仰向けになると、懐かしそうに微笑んだ。

「言うことを聞かないと、髑髏の仮面を被って、真っ黒な格好をした、首なし騎士団の男にさらわれてしまうぞって」

「ドワーフは、そう伝承しているのか?」

「他の一族では、どうなのかしら?」ヴィヨルンドは首をかしげた。「でも、よく父はそう脅かしました」

「――興味深い」

イオアンはベッドに腰かけ、

「町の人間では、首なし騎士団の存在を知っている者のほうが珍しいのだがな」

と説明し、ヴィヨルンドに確かめた。

「父親は、石工いしくの親方だったな?」

ヴィヨルンドが不思議そうに頷いた。

「それと――何か関係があるんでしょうか」


「――分からない」

イオアンは考え込んだ。

「私が知っているのは、首なし騎士団は、皇帝の権威を認めず、軍馬を育てながら、帝国じゅうを放浪している――ということだけだ。あまり町には近づかないから、おまえの父親が遍歴へんれき中に、どこかで会ったのかもしれないな」


ヴィヨルンドが体を起こした。

「その人たちに聞いたら、父の行方ゆくえが分かるんでしょうか?」

その表情は〈貴婦人〉というより、心配する少女のようなものに変わっていた。


「かもしれない――」

イオアンは曖昧あいまいに頷いた。

「だが、彼らはひとつにまとまらず、家族単位でばらばらに行動している。その中の誰かと、おまえの父親が会ったのかを知るのは難しい――」

気落ちした様子のヴィヨルンドに、イオアンは続けた。

「だが、何か重要な決定をするときは、すべての一族が一か所に集まって、大会議を開催するそうだ。そのときなら、何か分かるかもしれない――」

「本当ですか!」

「ただ、彼らは用心深く、余所者よそもののに対しては閉鎖的だ。帝国に従う者たちとは、積極的に交流したがらないからな――」


この話を考え込んでいたヴィヨルンドが顔を上げた。

「でも、なぜイオアン様に――?」

「――会いにきたかか?」

「ええ」

「ひと月前、たまたま、首なし騎士団の何人かと知り合ったんだ」

イオアンも考えながら答えた。

「おそらく――何か、そのときに関することだ」


思い詰めたような表情のイオアンに、ヴィヨルンドが尋ねた。

「危険、なんですか」

イオアンは、隠れ家での出会いを思い返した。

「――そうではないと思うが」

だが、ヴィヨルンドは心配そうだ。

「イオアン様の部屋ではなく、もっと人のいる、大浴場で会ったほうが良いのではないでしょうか」

「それは、どうかな――」イオアンは首を傾げる。


おそらく、話し合いは、他人には聞かれたくないような内容になるはずだ――。


「彼らが黒装束くろしょうぞくを脱いで、裸での話し合いに応じるとは、とても思えない」

そうイオアンは薄く笑ってみせた。

「でも、イオアン様の部屋で何かあったら――」

「気をつけるよ」

「でも、どんな用事なんでしょう?」

「どうだろうな」

イオアンは肩をすくめてみせた。

「あまり町に来たがらない彼らが、わざわざ私に会うために、ここまで訪ねにきたんだ。よっぽどのことなんだろう――」

イオアンはベッドから立ち上がると、溜息をついた。

「――まあ、これから分かるさ」


イオアンは鞄を肩に掛けた。

まだ、ヴィヨルンドは心配そうな顔をしている。

イオアンは、彼女の赤ん坊のようにぽっちゃりとした頬に優しく触れると、部屋から出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る