第三話 イオアン

五階にある〈谷の妖精ナパイアの間〉――。


ドワーフの〈貴婦人〉が、ベッドで縛られている。

そのすぐ隣では、せて背の高いエルフの若者が、白い毛皮のガウンを羽織り、椅子に座っていた。


裸の女が、むっちりとした体をくねらせた。

「イオアン様、もう、駄目――」

「いったい何が駄目なんだ、ヴィヨルンド。具体的に話してごらん」

イオアンが、手帳から顔を上げた。


ベッドでうつ伏せになったヴィヨルンドは、背中に回された両手の手首を、紐で縛られ、さらにその紐は、彼女の首にまで掛かっている。起き上がろうと腕を動かせば、結果的に、首が絞まる仕組みになっていた。


ドワーフ娘はあえぎながら答えた。

「首が絞められて――」

「首が絞められて?」イオアンがペンをとった。

「頭が真っ白に――」

「ふむ――」

イオアンが、手帳に細かい字を書き込む。


ヴィヨルンドは体を動かすたびに、縄が柔らかな肉体にこすれ、えもいわれぬ快感に襲われていていた。


「息ができないわけか」イオアンが訊ねた。

「というより――」

ヴィヨルンドが恍惚こうこつとした表情で答える。

「いまにも、死んでしまいそうな気分――」


彼女は目の焦点が合っていない、とろんとした表情をしている――これ以上は危険だと判断したイオアンは、椅子から立ち上がると、ベッドのヴィヨルンドの縄をほどき、仰向あおむけにさせた。


あられもない姿で、ヴィヨルンドは胸を押さえ、喘ぐように息をしている。


イオアンは、ヴィヨルンドを観察している。

「呼吸困難におちいるようだな」

「それより、後ろに回された腕が痛くて」

「では、逃げだすのは難しいと」

「ええ」

ヴィヨルンドは抜けたように、幸せそうな微笑を浮かべた。横を向くと、イオアンが両手で縄を引っぱって、強度を確かめていた。

「どこで、こんなことを覚えたんですか」


獄吏ごくりのドワーフから教わった」

イオアンは、縄をベッドの上に放り投げた。

「知ると、どうしても自分で試したくなってしまってね。それでお前に頼んだんだ。同僚たちにも頼んだが、すべて断られた」


「それは、そうでしょうね」

天井を見上げたヴィヨルンドが、愉快そうに笑った。

彼女のぽっちゃりとしたお腹が、さざ波のように揺れる。ヴィヨルンドは体を横にすると、真面目まじめな顔になって尋ねた。

「獄吏って、牢獄で働いている人?」


「そうだ」

「牢獄だなんて、何だか怖い」

「確かにな――」

イオアンは、牢獄塔を思い出した。

「あまり気持ちのいい場所ではないが、お前なら気に入るかもしれないぞ」

「まあひどいわ。イオアン様ったら」

「そんなことはないさ。牢獄は薄暗くて、湿っぽくて、閉ざされている――」

イオアンは、部屋の中を見回した。

「――ドワーフが、大好きな環境だろう」

「そうかもしれないですけど――」

ヴィヨルンドは、納得のいかない表情をしている。


確かに、この部屋は薄暗かった。

濡れた岩のような壁からは、苔や羊歯しだが生え、ヴィヨルンドが育てている茸が、至るところで蒼白く光っている。色とりどりのらんの花からは甘い香りが漂い、まるで、洞窟にいるような雰囲気を感じさせた。


ヴィヨルンドの趣味で、このような内装にしているのである。


〈フリュネの誘惑〉の四階と五階は、売れっ子の〈貴婦人〉が、それぞれ自分の部屋を持っており、そこで暮らし、客と過ごしている。彼女たちは自分の部屋を、好きにできる権利をもっていた。

もちろん、それ以下の〈貴婦人〉たちも、自分の部屋を持つことを夢見ている。

だが、イグマスでも、最上級の浴場テルマエである〈フリュネの誘惑〉で、それを叶えるのは容易ではない。競争は厳しく、売上が落ちれば逆に、より低い別の娼館に移ることもあるのだ。


ヴィヨルンドは、他のエルフや人間の〈貴婦人〉たちに比べれば、格別に美しい娘ではないだろう。

それでも、長いあいだ五階で暮らしていられるのは、彼女がとても賢い頭をもちながらも、同時に、気取らない愛嬌があるからだ――そうイオアンは見ている。イオアン自身、ヴィヨルンドと一緒のときが、いちばん安らぎを感じた。


「ありがとう」

イオアンは椅子から立ち上がった。

「検証できて助かったよ」

「もう行くんですの」残念そうだが、びるような感じはしない。

「ヴィヨルンドばかり、お願いするのも悪いからな」

「そんな――」

ヴィヨルンドは首を振った。

「他のは、いいんですか」

「他の?」

「始める前に、いくつか縛り方があるって、話してたじゃないですか」

「それが?」

「試さなくていいんですの?」

「だが、疲れてるだろう」

「平気です」

「そうか」

イオアンは嬉しそうな顔をすると、いそいそとかばんから手帳を取り出した。

「さっきの縛り方のバリエーションがあるんだ」

「お願いします」

ヴィヨルンドはみずから、ベッドでうつ伏せになった。


イオアンは、縄の先端に小さな輪っかを作ると、ベッドに上がった。


ヴィヨルンドの大きな尻の上で、イオアンはまたぐように立つと、彼女の右手を背中に回し、親指に縄の輪っかをかけた。その縄を右手首に回すと、縄を左側から首に回し、今度は左手を背中に折り曲げ、左手首にも縄を回した。


「ここまでは、さっきと一緒だ」

ヴィヨルンドが、苦しそうな表情で頷いた。

「今度は、余った紐を前に通す」


イオアンは縄を、ヴィヨルンドの体の下に通した。さらに縄の先を、背中の結び目に通した。それをイオアンが引っぱると、

「あいたたた」

と背中をらしたヴィヨルンドが叫んだ。

イオアンは、ヴィヨルンドの体を横向きにした。彼女の足を伸ばし、イオアンはベッドの上で、ヴィヨルンドを膝立ちにさせた。


「こうやって、囚人を連行するんだ」

「はい」

「さっきとは、違いがあるか」

「縄がおっぱいに――」


怪訝けげんな顔をしたイオアンは、ベッドを降りて、ヴィヨルンドの正面にに向き直った。確かに縄が、ヴィヨルンドの豊かな乳房に引っかかっていた。


「こういうことも起こるのか」

イオアンは感心している。

「獄吏の老人が実演したときは、相手が男だったからな。想定外の事態だ」


イオアンは縄の位置を、乳房の下にずらした。

「ああん」

ヴィヨルンドがうめき声をあげた。

「しかし、これだと緩んでしまうな。やはり、上のほうがいいか」

イオアンは、縄を慎重に上にずらした。

「あん」

ヴィヨルンドがこらええきれずに声を漏らす。

「どうした。大丈夫か」

「縄が、乳首に、こすれて」

「こうか?」

「もっと――」

「もっと?」

「もっと、激しく――」


イオアンは、彼女に命じられるまま、縄の調整を繰り返していたが、部屋の外からは、「ヴィヨルンド様――」という声が、微かに聞こえていた。

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