第14話:内緒の内緒




 ………。

 ……………。



「―――ん……?」

「……、ぅ」



 今……フィリアさんなんて言ってた?

 ……いや、そんな筈は。

 スマン、件の後遺症で耳がおかしくなったか。

 ワンモアプリーズ?



「「……………」」



「「……………」」



「―――あの……」

「……ん?」



 ぁ―――えっ?

 もしかして既に俺のターンで返答求められてるのか?

 むしろ高度な心理戦だったりするのか?

 ここで俺が【結婚しますか?】に【はい】と返答ポチった場合、それをスヤスヤしてるマイハニーに密告されて人生終了……みたいな。

 

 火の聖女名乗るわりには陰湿すぎる。

 卑の方なのか? そんなキャラじゃないよな、フィリアさん。



「―――今、本当に俺と結……」

「言いましたぁ!!」



 あっ、すみませ……。


 耳はまだ悪くなっちゃいなかったらしい。 

 どっちかってと耳に変化があるのは彼女の方……流石火の聖女、赤色の鮮やかさには自信があると見た。


 ………。



「―――……一応聞いておくけど、それってどういう……」

「ほ……ほら、アレです! やっぱり、ハルカちゃんと一緒になるには、コウタさんを篭絡するのが最上ですし……将来お二人は結婚……、する、わけですし……!」

「結婚!?」

「しないんですか?」

「するする! 喜んで一生大切にします」



 けど敢えて言われると変に意識するからちょっと。

 中には子供抱っこさせてとか言ってきやがったやつもいたが、アイツは論外すぎる。



「けど、フィリアさんはそれで良いのか……? だって、本当に好きなのは春香ちゃんだろ?」

「……。まぁ。けれど、私はコウタさんも……」

「…………待った」

「―――え?」



 いーや、ダウトだ。

 俺の事はなめても俺の観察眼までなめないでもらえるか。

 声こそ震えてないが、挙動のきびから僅かな怯えのようなものが見て取れる。

 多分、一種の興奮状態……自分の言葉と思考が完全に一致、制御しきれてない。


 多少思ってない事でも口を出てしまう状態だ。

 それでも声はハッキリしてるのは流石上流階級なお姫様だが……。

 


「……な、フィリアさん。さっき、俺たち皆フィリアさんのこと好きって話、したよな?」

「え……えぇ」

「それって、まぁ……俺が陸と美緒ちゃんに感じてるみたいな好きの形っつうか……。好きの種類が違うのは、まぁ分かるよな?」

「……私の好きもそれと同じだろう……という話ですよね?」



 そうそう。

 ライクであってラブじゃないって話だ。

 友達としての好きが結婚に直結したら世の中どえらい事になるからな。



「ほら―――多分、だけどさ。フィリアさんが春香ちゃん好きになったってのも……一目惚れみたいなところもあったろ? 物語の事と自分を重ねて、運命を感じた……みたいな」

「……………」



 フィリアさんの大好きな絵本。

 聖女と、勇者の物語。

 自分を覆う殻の外に存在する世界を見せてくれた相手に対する感情。

 それは感謝であり恩義でもあり、特別な感情に違いはない。

 

 けど、それが本当に恋慕かどうかは当然分からない。

 かなり悪い言い方になるが、それこそフィリアさんが春香ちゃんに抱いているものさえ、本当にでの好きかも分からない。

 吊り橋効果然り、或いはファンタジー漫画あるあるな、解放してあげた奴隷がご主人大好きになるような展開もそんな感じだろ、知らんけど。


 まぁ、結局のところ俺が言いたい事ってのはつまり……えぇ、と。

 


「一目惚れが悪い、という話ですか?」

「いんや、全く。ただ……」



 ほら……あれだ、アレだよ。



「フィリアさんはさぁ。折角外の世界を少しずつ目に出来るようになってきたんだぞ? 何か……勿体ないだろ? それじゃ」

「……勿体、ない」

「―――俺で言っても……もし、俺が一人でこの世界に来てたんなら、多分フィリアさんみたいな子に惚れてたんだろうな、とか。そういうのは、まぁある」

「……!」



 ちっとキモイこと言ってるような気もするが、嫌悪されてる感じじゃないな。

 なら良い。



「性格合うし、一緒に居て楽しいし、頑張り屋で、可愛くて……。当然、そういうのもある。あり得る。要は、巡り合わせだよな」



 本当に偶々。

 必然なんかじゃなくて、偶然出会った二人が好き合って結ばれるのが恋愛結婚だ。

 色々な事を経験して……互いの事を知って。



「もっと、色々やろう。もっと一緒に何かやってみて、知ろう……ってな。俺なんかの事じゃなくても、春香ちゃんのことだって色々教えられるぞ? 俺。勿論、そっちからも教えてもらったりな」



 共通の話題で盛り上がって、一緒にどっか行って。

 単に大冒険なんかじゃなくとも、なんてことない日常の中で惹かれ合うって事もあるだろう。

  


「恋って、多分そういうものだと思うんだ。俺も若いからそのくらいのことしか浮かばないが」

「―――――」

「だから……諦めてくれなくて結構だ。むしろ、もっと好きになって貰って……予習してきてもらって。それで、良い。いつでも受けて立つぞ、俺は。ぜってー俺の方が春香ちゃん好きだから」

「……ぁ」

「それに―――聖女様……大国の王族さまと結婚するってなったら、むしろこっち側にこそ色んなことが求められるだろ?」



 多分ニーアさんみたいな立ち位置になるのか?

 ともかく、強さ以外にも礼作法とか戦いじゃない駆け引きとか、色々な事を要求される筈だろう。



「もし仮にそうなったら、一緒に居られる時間も沢山あるしな。一緒に、冒険しよう。教え合おう。そんで――俺の事が本当に好きになってくれたら。その時、また言ってほしいんだ、さっきの」

「―――――」

「逆に、俺からも言うかもな。恋って、止められないんだ。だろ?」



 ………。

 ……………。


 ………。

 俺の言った事聞こえてるよな?

 彼女は暫し固まったまま、何も言わずただじっと俺の顔を見続けて……。

 


「―――ズルいです」

「ん?」

「ズルいッ、ズルいです! そういう所、ズルいです!!」

「ず、ズルい?」

「はい、ズルいです! いつもと違うって言うか、そんな風に諭すように優しくっ……こうなると全てで負けた気になるって言いますか……納得しちゃった自分が……まるで私がッ……! もう本当に、コウタさんの―――コウタさんの……!!」



「コウタさんのぉぉ……!!」



 ………。

 引き延ばすままに内側から部屋の扉が開かれ―――そのまま……隙間に伺えた真紅の髪が消えるまま、パタンと閉まって。

 しかし、あわただしいような足音一つなく気配が去っていく。


 残されたのは呆然と見送るアホ面な俺と、未だ眠れる竜の姫様だけ。



 ………。

 ……………。



 え―――終わり? 

 会話引き伸ばしたままどっか行ったんだけど。

 正解はCMの後で? また来週お楽しみ?


 愉快な言葉は浮かべども、誰も居ないこの状況で言うのも、只の痛いやつ。



「あぁ―――流石王族。口汚い言葉を使わないようにしてんのかね?」



 多分、セーフだったが。

 マジで、顔熱いんだが。

 俺って自分から行くのは百歩譲って何とか致命傷で済むけど、向こうから来られると耐性な過ぎてこうなるんだな。

 意外な新事実。


 ……不意に、再び部屋へ廊下の灯りが差し込む。



「康太。こんな所に居たんだ」

「白々しッ」



 包帯ぐるぐるミイラがほかの何処行けるっつんだよ、こちとら絶対安静重病人だぞ。

 エムデさんがベッドで殴りに来るレベルだぞ。


 ……現れたのは、ある意味一番何をやらかすか分からんヤツ。

 人の良さそうな中性的な顔しやがって、いきなり顔面に拳叩き込んで来たり、迷いがあったりすると一も二もなく喝を入れに来る、俺の……俺たちにとっての精神的支柱。

 

 

「てかさっき美緒ちゃんが探しに行ってたんだが……会ったか?」

「え?」



 相手はちらと廊下を伺い……会ってねえの。

 どっかですれ違ったのか? 

 そのまま足を踏み入れてきた陸はベッドに突っ伏している春香ちゃんを見て薄く笑うと、自然な足取りでさっきまで聖女サマが座っていた椅子に腰かける。



「どう? フィリアさんとは。上手く行きそう?」

「………聞いてたのかよ」

「はははっ」



 いや、地獄耳だからな、然もありなん。


 ………。

 まぁ……、陸なら、良いわ。

 コイツなら、何でも包み隠して相談できる。

 最近気づいたけど、やっぱ親類なのか……どっかロシェロさんと似て包容力みたいなのあんだよな。

 

 いや、そういうと何か女っぽいし、どっちかというと受け入れてくれる度量か?

 いや女でも間違っちゃいないのか?



「……なんつーか」

「うん」

「本当に、楽しいよな」

「だね。面白いよね、誰かと惹かれ合うって」



 あっちもあっちで、大陸を股に掛ける大商会の御嬢様にグイグイ来られてるわけだしな。

 そういうのが積み重なって、それで段々とが増えるんだ。



「帰りたくねェ理由ワケがまた一つ追加されちまったな?」

「お互いに、ね。ふふっ」



 また、顔をくしゃりと歪め人の良さそうな笑みを浮かべる陸。

 何処か無防備っていうかノーガードっていうか……ガード滅茶堅の美緒ちゃんがひかれる理由もよく分かるな。


 ………。

 本当に、今更ながらにコイツの存在があまりに大きい事を再認識させられて。

 コイツがそこに居れば、俺たちは絶対に大丈夫だと思わせてくれるような何かが、確実にあると理解できて。



「……いや―――マジで……。ありがとな、陸」

「うん? 良いよ。親友じゃん」

「その一言で許し過ぎじゃね?」


 

 何でも言う事聞いてくれるぞ。



「康太なら大丈夫だよ。もう絶対に迷わない。例え間違えたとしても、如何にかする……でしょ?」

「……修正してくれる奴が居るからな」

「なにで?」

「そらぁ……」


「「拳で」」 



 異口同音、同時に呟き小さく笑う。

 やがて、笑いに肩を震わせていた親友はすっと立ち上がり。



「じゃあ、今度こそ行き違わないように探してくるから」

「おう。もしかしたらシンクたちの所行ってるかもな。進捗確認」

「かもね」



 何か考え事でもしているのか、足早に踵を返す陸。 

 その後姿を見送り……やっぱり、思う。



 持つべきものは……仲間、だな。




   ◇




 ………。

 ……………。



「えーーーと? ……んぇ?」



 ……………。



「―――え……本当に、そういう話だったの?」



 偶々廊下でフィリアさんが去っていくのを見かけたから言っただけで、完全に冗談のつもりだったんだけど。

 話を振ったら、本当にそういう話をしていたらしく、饒舌に語られ……お礼言われて。

 


「康太とフィリアさん……春香」



 よもやよもやな新たな三角関係……。

 春香一筋の康太からなんてことはないだろうから、恐らくフィリアさんだよね。

 為政者特有の高度な駆け引きだとするなら春香と一緒になるために康太を利用する……みたいな。


 ―――ないね。

 さっきの康太の感じからも、フィリアさんの性格からも。

 お互い、決して冗談でそんな会話にはならない。



「帰りたくない理由……」



 ………。

 伸びてくる枝葉の猛攻を時に避け、時にファンサービスのようにハイタッチして歩いているうちに、気付けば先の訓練室に戻ってきて。

 既に外も暗くなったそこに、人影はない。


 

「―――ふぅぅぅ……」



 けど、立ち去る事はなかった。

 道は間違えてない。

 元より目的地は此処だったんだから。


 訓練は一日一時間? 知らないね。


 今回の戦いで、改めて痛感した。

 僕にはまだまだ改善すべき点と、新たに見つけなきゃいけない力、課題が多い……多すぎる。

  


「……はッ!!」



 偽りの機神との初戦闘。

 僕の必殺技である雷銀斬“暁闇ノ型”を偽りの機神に防がれた。

 あれは只の防御じゃなく、適応による必然。


 それは、つまり。



「……出来てないッ」



 つまり、僕の技じゃない。

 アイン君に「教えられた技の発展」なんて偉そうなこと言っておいて、結局のところ誰かに貰った力をそのままに使ってるだけの、借り物で模倣。


 教えられたままじゃ、ダメ。

 超えて行かなきゃ、ダメだ。



「憧れで終わらない……目標を、超えるッ」



 何処までも中途半端だった。

 美緒には一撃の鋭さと、今や全ての防御を貫通する聖剣の秘奥義が。

 春香には盤面をひっくり返すに足る大魔術、無限の魔力と聖剣による未知なる力が。

 康太は、この一件で僕達の中でも比類なき力を手に入れて、その上で現代最高峰の鍛冶職人兼調律師が鍛えた武器を今に手にする。


 置いて行かれるのは―――僕一人だ。


 あの日……。

 この世界へ来てから、右も左も分からなかった頃。

 自分に誓ったんだ、皆を護れるようにって。


 ………。

 クレスタを去る時―――飛来した裁きの一撃を迎え撃ち、砕き割ったあの時の力。

 神器オラシオンによる補助があっての力技。

 ニーアさんが言っていた、神器の力……単純な出力ではない深奥を引き出すために。


 僕自身が借り物ではない、僕だけのオリジナルを体得する必要がある。


 ………。

 感じる、視線。

 やっぱり彼女にはバレちゃうか。

 けど、見ているだけで、いつものように介入してくるつもりはないみたいで。

 


「ゴメンね。まだまだ、やってたいんだ」

「―――――」

「うん、ありがと」



 お許しも出た所で、再び刃を潰していない、己本来の武器を抜く。

 ―――聖剣なしでダメなら、聖剣を使う資格なんかない。


 誰が言ったわけでもなく、僕自身の考えだ。


  

「……………ッ」



 一撃目より二撃目、二撃目より三撃目。

 消耗して限界に近付いて、頭がパンクする程に他の全てが遮断された自分だけの領域に入る。



 ……夜が明けるには、まだまだ遠い。

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