第13話:いつかの夜を




「わっせー、はこべーー。わっせー、とまれーー」

「「わっせー!」」



 ………。

 忙しなく、トタトタと部屋に出入りしてくる幾つもの小さな影。

 声は高くて可愛らしく、姿そのものも愛らしい。

 頭上に掲げた大きなお盆で姿が覆い隠されてしまうんじゃないかという体躯……彼女たちが持ってくる物の多くは果物だったり、簡単に摘まめるような軽食だったり。


 軽食と言っても、その量は推して知るべし恐るべし。

 山盛りのバゲットサンドイッチが一瞬で無くなるのも中々に飯テロと言うべき光景だろう。

 

 次々空いたお皿やトレー、お盆を回収しに出入りするドワーフ使用人さん達も大変で。



「―――この城ってこんなに人いたんだね……」

「わっちゃわちゃしてるねぇ」

「可愛いです……抱きしめたい……」



 ほんと、小さな影がわちゃわちゃしてる。

 女性のドワーフともなれば、成人でも身長130半ばから140くらいが平均。

 140半ばあるランナさまが高い方だというのだから驚きで。



「すすめー、はこべー」

「「すすめー……!」」



 成人女性に失礼かもだけど……ドワーフって可愛いんだね。

 まるで園児たちが大人のお手伝いしているような微笑ましさがあって。


 ……。



「はい、あーん」

「あーー」

「一口デカいねぇ、康太君。腕持ってかれるかと思うわ」



「―――……お前等ぁ……見てるだけで甘ァ……てか聖剣の使い道……!」

「むぬぬぅ……。羨ましいですぅ……!!」



 なんて幸せそうな顔してるんだろう、康太。

 来客用ベッドの上で上体を起こしたままに横になっている彼は、傍らに座る春香が差し出したリンゴやらメロンやらに似た果物を次々に咀嚼し、空き時間にサンドイッチを丸々頬張っている。


 ……春香が伝説に語られる程の聖剣を果物の皮剥きに使っている事実に顔を引くつかせるシン君、物欲しそうに口元をもぐもぐさせているフィリアさんも添えてバランスも良い。


 ………。


 ―――機神との戦いから一日が経った。

 今では王城内の非常事態令が完全に解かれて、城下へと避難させられていた使用人さん達も完全に復帰したようで。

 昨日中ずっと行われていたロシェロさんの施術も完全に終わった今、康太の右手は驚く程綺麗に完全復活。

 今は経過観察のために静養中というわけで。



「うん―――完全復活……、してるの? 実際」

「問題ね。動く動く。身体以外」

「口だけじゃん。治ってないじゃん。大丈夫? 掌ドリルしない? 機械に改造されてない? ニーアさんみたいな」

「陸、それはアリだ」

「ねーよ」

「てか、治すなら左手の指も治してくれよとは思った」

「マジで何なんだろうねー。はいあーん」

「あーー」



 今回で大損傷した利き手はしっかり治してくれるのに、グロリア迷宮攻略の残骸再編との戦いで失った左手の小指はそのままなの本当にどういうことなんだろ。

 

 虐め?

 確かにこのリア充ぶりは虐めたくもなる。


 羨まし過ぎて泣きそう。



「しかし、コウタさんの働きはまっこと素晴らしいモノでしたよ」

「―――あ、ランナさま。こんな姿で申し訳なく……いやぁ、それ程でも……」

「えぇ、えぇ。ある意味では我が国の国宝とも呼べる神の外殻を、完膚なきまでに破壊してくれましたからね。まこと、素晴らしい活躍です」



 流石ランナさま。

 話術が巧みというか……褒められてる筈なのにまるで責められているみたいだ。



「本当に。身体の方なら治せるけど、壊れた機械はね……。まあ、壊しちゃったものは仕方ないけどさ」

「でも高いだろうしねぇ、アレ」

「旧世界から稼働しているともなれば。あれだけの性能ともなれば、値段が付けられないような遺物だったでしょうからね」

「……おい? 壊れちまったっつうか、寿命だったつうか……な? なっ?」


「そうなのですか? 皆さん」

「いえ、ランナさま」

「壊したのは」

「康太くんです」



「頭あがんねぇぇぇぇ!! ―――むぐッ!?」

「病人騒がないで」

「頭が上がらないのは後遺症のせいでは?」



 偽りの機神の躯体は現在、ニーアさんが色々と加工の準備をしているらしいけど。

 一応、国の重要文化財だとか国宝クラスの遺物だろうからね、アレ。

 当初の目的通りと言えばそうだけど、やった後になっては、「もしかしてやっちゃいましたかね?」みたいな雰囲気になりつつある。

 今は一緒になって責める側でも、今に共犯者にされても困るね、これは。



「じゃあ、僕ちょっとリハビリで身体動かしてくるから」

「おけー」

「行ってらっしゃいです」

「おい! 俺を置いて逃げるな!!」

「あーー、身体が自由に動くって気持ち良いなー」

「サイコパス!」



 病人うるさいね。

 身体も動かないし首も回らない人は寝ててくれないかな。

 


「……美緒ちゃん先生?」

「えぇ、借金で進退窮まった人の事を首が回らないって言うんです」

「ほぇー……ん? おいゴルァ!!」

 


 おっと、また口に出てたらしい。

 このままだと悪者にされちゃいそうだし、早めに退散する事にしようか。



 ………。

 ……………。



 ロンディ山脈に連なる中でも、特に高い標高を誇るエンリル山の秘境国……更に世界樹の上方に建てられたこの城は、ある意味巨大なツリーハウスとも言えて。

 回廊などは、その性質上壁がそのまま世界樹の幹になってたりもする。


 つまり……歩いていると自然、至る所に伸びている枝が肩や背中をペチペチしてくるんだ。

 本当、どうにも気に入られてる気が。 



「―――――」

「あ、どうも―――いたっ」



 あと、エンカウント機兵。

 自然な動きでプログラムされた順路を巡回しているらしいソレに軽く会釈してすれ違う。

 偽りの機神が完全に機能停止した今となっては、彼等ももうハッキングされたりとかはしないのかな。


 ……で、あっちはペチペチされないのね。


 トルキンにも常在の正規軍はあるけど、ニーアさんの話通り、どちらかというと機兵の方が主流で現在は縮小傾向。

 軍人もエンジニアとしてのスキルを磨いていたりする人が多いとか。


 だからというわけじゃないけど、人の多さに反して案外訓練出来るスペースには事欠かず―――っと。



「―――はあっ……!」



 風を切る音、息遣い。

 先客さんがいるらしい。

 


「―――ふっ……、ぅ。ふッ、ふッ……!!」



 ドワーフ……じゃ、ないな。

 普通に人間種に見える。

 身長は140センチ前半……すらっとした細身の男の子だ。


 ああいう子もいるんだね。

 けど、彼が振るっている武器―――直剣は、明らかに身体には不釣り合いな、大人が振るうような大きさのもので。

 彼自身、武器に振り回されているように思える。

 ……訓練用の刃を潰したものとはいえ、大人用の剣はまだ流石に重くて扱いきれないだろうに。



「―――ね、君」

「………!」



 余程集中してたんだろう。

 横から声を掛けられるまでこちらに気付かなかった様子の男の子は驚いたように視線を定め。



「こんにちは。ゴメンね、驚かせちゃったかな」


 

 ……挨拶しつつ真正面から向き合うと―――横顔もそうだったけど、改めて見ると物凄い美少年だ。

 短くとも肩まである銀色の髪に、蒼の瞳。

 肌も白くて、細く……しなやかなれどちゃんと筋肉が付いている。

 とても将来性で勝てる気がしない。



「貴方は……?」



 あと声も良い。

 その上で見た目通り、物腰も柔らかで良いね。

 康太やシン君の粗暴かつぶっきらぼうなそれとは大違いだ。



「ちょっと、ここを使わせてもらおうかなって。迷惑じゃなかったら……良いかな? 一緒に」

「ボク……私は、全く―――もしかして、あなたは……。いえ、それを尋ねるのは、良くない事なのかもしれません」



 ……ちょっと成熟しすぎじゃないかな。

 聡明なのもそうだけど、普通の子供なら得意げに自分の考察を語り始めるだろうに。


 現状、王都に勇者が来訪しているのはトルキン中に知れている。

 この城内で言うなら、誰の耳にも入っているだろう。


 彼も、それを薄々理解して……その上で、確認するのを辞めたように思う。

 政治的な摩擦を避ける感じの反応かな。

 なら、恐らくこの国の軍人や貴族とかの子供じゃないね。



「僕は陸。君は?」

「アインス……いえ、アインです。プリエールから。使節の人たちと一緒に来たんですけど、暫く城下に避難してて……」

「あはは。災難だったね」



 プリエールと言えばトルキン、クロウンスと並ぶ聖女の膝元。

 水の聖女擁する国家か。

 あとスイーツ文化が盛んな国……かな?

 色々な所で○○のプリエール風なるデザートとかを目にした覚えがあって……僕の中ではイギリスとかフランスみたいなお洒落な国のイメージが。


 ……うーん。



「……プリエール、ね」

「はい、何ですか?」



 あ、いや……一応聞くけど君……男の子、だよね?

 コーディの前例があるから決めつけに困る。


 ―――いや、男の子だ。

 今となっては服越しでも身体つきとか、その辺で分かる、多分。


 まかり間違ったとして、絶対聖女本人とか、そういうのでははない……筈。

 そもそもこの子がそうならいかに城内とはいえ一人でいる筈もないし、こんな危ない行動をしてて誰も来ない筈がないんだ。


 だから絶対に違う……やめて。

 そんな純粋な目で僕を見ないで。



「ううん、なんでも。もしかしたら迷惑かもだけど。隣、良いかな?」

「―――……はい!」



 いい返事だ。

 彼も一人鍛錬は心細かったのかな。

 了承も取れた所で、先客がいるならちゃんと訓練用のものを使った方が良いと、壁に設置してあるものから見繕う。

 ……流石鍛冶技術の大国で。

 訓練場には剣以外にも多くの武器の訓練用が存在して……僕の目利きでも、そのどれもが尋常じゃない逸品であると理解できる。

 

 ……だからこそ、アイン君が今使っている剣が彼には少し重すぎるだろうことも。 

 どうやら彼も僕と同じく長剣、或いは直剣に慣れているらしく……重いながらに、一応は上手く扱えてる?


 ……ゲームでも、現実でも、適正武器の大切さを教えてあげないと。



「―――いち……にッ、さん……!」



 連続した防御の型。

 三動作のセットで始めに戻り、遠距離からの射撃攻撃などを防ぎきる技。


 いつも訓練で最初にやる準備運動だけど……何千と繰り返しているから、数セットでも一秒単位。

 これが成長ね。


 ……視線を感じる。


 

「―――凄い……。凄いです……!」



 基本の型をそんな手放しで褒められるとね。

 なんか……、何か。



「実戦向けの―――動きも速くて、水みたいに流動的で……天銀の騎士みたいな……。今のは対射撃用の構え、ですかね? とにかく凄いです!」

「……あ、ありがと」

「今の……、えぇと……こう構え、て……?」

「―――でも、あんまり真似はしない方が良いよ」

「……え?」



 早速同じことしようとしてるけど。

 でも、ダメだ。

 まだ幼いのに一応は僕の動きが見えていた時点で、彼の動体視力が非常に優秀であると分かる。

 だからこそ、ね。



「ゴメンね。意地悪じゃなくて……君の動き、多分明確な流派と基盤のあるしっかりしたものだろうから。僕のは、師匠に教わった技術を纏めた我流の発展。親和性は良くないんだ、そういうの」



 流派は、先人が積み重ねた技術の集大成。

 そうなるべくして、動きの連続性とか、連携の中で発達した型とかも存在しているだろうから、そこに余分なものが入るのは正直よろしくはない。

 

 正規軍とか騎士団であれば、猶更だろう。

 噛み合っていたモノが崩れる可能性もあるんだ。


 僕の場合も、何らかの基礎があったわけでもなく、まっさらな一からの状態で仲間たちと組み立てていったわけだし。


 

「だからね? 今までのものを崩さない方が良い」

「………です、か。分かりました」



 素直だ。



「あと、アイン君……武器変えない? もうちょっと身体に合ったやつ」

「……ぅ」

「分かるよ、気持ち。でも少しずつ、段階踏んで……ね? その方が、もっと上手になれるよ」



 筋トレ初心者がいきなり十キロ以上のダンベルとかダメでしょ? 多分。

 僕なんか五キロで真っ赤だったもん。



「目、凄く良いから。長所は長所のまま、他をゆっくり……ね?」

「………はい。……あの、もっと、色々教えてくれますか?」

「色々って言ってもね……。さっきも言ったけど―――うーん。……そうだね。持ち方くらいはお手伝いできるかも。少し、良い?」

「勿論です!」



 逆手持ちとか、変則的な扱いをしないのであれば、おおよその基本の握りは一緒だろう。

 ……これに関しては師匠の教えそのままだし、ね。


 きっと大丈夫だろうと、アイン君の持ち換えた新しい剣に彼の後ろから手を加える。



「大丈夫。リラックス……ね?」

「―――はい」



 ………。



『―――リク。良いかい? 剣の握り方の基本は……』



「基本は、こう。こうだよ」

「こう……ですか?」

「うん。上手だ」



 元より、この子は才能がありそうで……努力も出来るっぽい。

 僕と同じで覚えも早そうだ。


 ……けど、あの人は言っていた。

 人を殺す才、誰かにとっての大切な人を奪う力。

 それは決して誇るようなものなんかじゃ決してなく、学ばなきゃいけない人なんて、少ない方が良いに決まってるんだって。


 だから……この子が大きくなる時。

 世界は、今なんかよりずっとずっと平和であってほしい。

 この子には、例えば大切な何かを護る……その為だけに、本当の剣をとって欲しい。

 魔族と人間との戦争が、後の世界に大きな影を落とすようなことは、あってはいけないんだから。


 だから……僕は。



「―――頑張るからね」



「……え? リクさん?」

「ううん。何でも」




   ◇




「うぇ……、ねむ……み。ふわぁぁ……」



 コクリコクリと船を漕ぐ春香ちゃん。

 ずっと傍で看病してくれる相手がいる幸せを噛み締めると共に、いつ後ろに倒れないかと心配になるのも確かで。

 身体も怠い今、素早く上体起して動けるか?

 シンクもシンクでニーアさんの所行くって行っちまったし。



「では、私も陸くんの様子を見てきますね。結構経つので」

「―――ん。確かに遅いな」

「行ってらっしゃいです、ミオさん」

「うへぇ……」



 不意に立ち上がった美緒ちゃんは、そろそろ心配になって来たんだろう。

 外も暗くなってきたしな。

 

 その姿を追って―――扉が閉まって視線を戻すより前に、布団に軽い衝撃が。

 

 ……前方に倒れて来た彼女さんはいつの間にかスヤスヤだ。

 何処でも寝れるってのは良い事だな。


 ともあれ、これで未脱落は二人。

 フィリアさんとサシで話すのは久しぶりな……沈黙はマズいな、どうする。



「―――ふふっ」

「ん?」



 やや暗くなった部屋中、唐突に小さく笑いだす聖女サマ。

 こんなにもな超絶美少女さんが恋人取り合う恋敵ってものやっぱりおかしな話だよな。



「なんかおかしなことあったか? フィリアさん」

「―――いえ。以前……クロウンスでも、こんな事があったな、と」

「……………」



 んなことあったか。

 ……いや、アレだ。

 確か、黒戦鬼と出会って、そんでフィリアさんが倒れて暫く起きられなかったとき。

 あん時、確かに春香ちゃんがこんな風に看病の途中でスヤスヤ寝落ち決め込んだって話をしてたな。


 

「っと、そん時の話って事でおけ?」

「えぇ……! その時です……!」



 嬉しそうに語るなぁ。

 なに? マウントなの? ジェラシー誘ってるの?



「ドロー、だな」

「え?」

「いんや。寝落ちする程心配してくれる間柄……ってな。心配度で言えば俺もフィリアさんも同じくらいで、互角ってところだ」

「……成程? でも、私はずっと前にその土俵に居たんですよ?」

「くっ」



 くっ、手強い。

 確かに、俺が追い付いたつもりになってるだけなのかも……。

 


「……ふふっ。でもですね? コウタさん。それって、信頼の裏返しだと思うんです」

「つまり?」

「危ないから、傍で護る。これが私で。信頼してるから、信じて待つ……背を預ける。これがコウタさん。果たして本当に互角なのかという話で―――正直な話をすると、ちょっと諦めが入ってます、私」



 二人だけの話、だからだろう。

 フィリアさんは俺でも耳を疑うような言葉を……敗北宣言にも似た言葉をつぶやき。



「やっぱり、圧倒されちゃったんです。お二人は私が想像もできないくらい沢山の事を共有してて……想像できないくらい、とっても強くて。その上で、お二人は本当に……。コウタさん、本当に……本当にハルカちゃんの事が大好きで、ハルカちゃんもそうなんだなって、分からされちゃいましたから」



 ―――やったぜ。

 実質的な敗北宣言だ。

 しかも、ついでに聖女様分からせちった。


 けど……何か妙だよな。

 俺の知ってるフィリアさんは、略奪愛だって上等な強い女性。

 パーシュースの女は強いのだと公言していた、確かな芯のある女の子で。



「それに……凄く―――……っこ良かった、ですから」

「んあ?」



 大分ボソボソ声。

 口元に手を当てて、流し目で憂うように呟く姿も様になっているお姫様は、はたとベッドに突っ伏して寝息を立てる春香ちゃんに注視して。



「ハルカちゃん……寝て、ますよね……?」

「あぁ。ぐっすりな」



 これは暫くおきんぞ。

 一度睡眠に入った彼女を起こすのはゴブリンに人間の言語を教育するくらい難しい。


 陸と先生との共通認識だったのだから間違いない。

 あと、無理に起こすと、メッチャ機嫌悪くなるのも。



「……何か内緒話、みたいなのあるのか?」

「……………」



 一応は俺の方が年長。

 先達としては、悩める少女の悩みを聞くのはやぶさかではないが。



「皆さんは……戦うん、ですよね。行かれるん、ですよね?」



 ……。

 悩んでたのはそれか。

 確かに、待ってる側としては思う所もある……よなァ。 



「……魔皇国の事は、私も深くは知りません。ずっとずっと昔からある国で……私たち人間種とは仲が悪いこと。物語に出てくるような、いにしえの妖魔と……凄い人達がまだまだ存命で、国を支配している事」

「あぁ。らしいなァ」

「人類の全てが一丸となって、それでも勝てるか分からないこと」

「らしいな」



 あの国にはそれだけの力がある。

 最上位魔族一人に対してS級が複数人掛かりって時点で、そもそも生物としての格が違うっぽいしな。



「皆さんが、目指している事も」

「……あぁ。一応、決定事項」

「です、か……」



「なら……それなら。でも、でもっ―――私に出来ることも、きっとある筈なんです。私も……皆さんの力になりたいんです……。せめて、想いだけでも……一緒に」



 彼女は何かを決めている様子だった。

 既に決心した表情だった。



「……なぁ、フィリアさん」

「―――はい」

「ありがとな、フィリアさん」



 だから、本当にそれしか見つからなかった。

 そこまで本気になってくれる友達がこの世界にもいるってだけで、嬉しくなってくるもんだ。

 それだけこの世界で得たものが大きいって証拠なんだからな。



「俺も、春香ちゃんも……美緒ちゃんも陸も。皆、フィリアさんのこと好きだからな。本当に嬉しいんだ、そう言ってくれるの。それだけで、背負えるものと、負けたくない理由が増えるんだ」



 戦うのは……まぁ、俺たちの共通の目的だから。

 今更変えるのは出来ないけど。

 ロシェロさんが言っていたように、世界一の負けず嫌いになるために。



「だから、絶対に皆で戻って……」

「―――そして皆さんは、帰ってしまうんですよね……」 

「……っと。そっちの意味もあったのね」



 行ってしまうというのは、そういう意味もあったらしい。

 ……ずっと、それは目的の一つでもあった。

 ずっと、ずっと。


 それを望んできたのも、一つ……だが。

 


「……帰る……、か」



 言葉が脳裏に反芻される。

 意識すると、胸がキュっとなるのも確か。


 

「それだけ、この世界も大切なんだよなぁ……」



 陸じゃないが、思わず言葉が漏れて。

 それにはたと反応した様子だったフィリアさんは、二回ほど目を瞬かせたのち、身を乗り出して言葉を詰まらせながら口を開く。

 


「―――……っの。あの……、コウタ、さん?」



 たどたどしく、緊張した面持ちで。

 しかし、やはり育ちの良さが全面に現れた、ハッキリとした言葉遣いで。



「コウタさん。あの……」

「ん?」

「もし、この世界に残ってくださるなら……の、話なのですけど……」





「―――私と……結婚、しませんか?」

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