第12話:覚醒する焔




『ぐッ―――がぁぁぁ!!?』



 ………。

 ……………。



『……ッそが……。はぁ……、はッ……』



 吹き飛ばされる瞬間に勢いを殺し、大剣を軸に遠心力を生かして行動を滑らかに、かつ次撃の回避に転じる。 

 

 後ろを庇うような動きで壁を背負い、襲い掛かる剣の嵐を紙一重で防ぐ。

 床は既に飛び散った血液でまだらに染まっていて、しかしそれが既に黒ずみ、固まっている事から、どれだけ長い間戦いが続いているのかが伺いしれて。



『……………ぅし……! 体力、戻った』



 ………。

 斬られる、飛ばされる、転がる、吹き飛ぶ。

 斬られて、斬られて、斬られて。



「―――――ッ―――が……ぐ……ぅ……!!」



 反撃を試みては吹き飛ばされ、また防戦一歩へと。

 しかしどれだけの反転を重ねても、死が間近に迫ってても、彼には恐れも憔悴も存在してはいなくて。


 ………。

 ロシェロさんの言葉に偽りは無かった。

 康太は、本当に……本当に、その日のうちに地下空間へと籠り、たった一人で偽りの機神との戦闘を開始した。


 一日目……二日目。

 そして、今現在に至るまで。


 それは、或いは防衛戦。

 身体は汗と埃に塗れ、ほんの一瞬……集中力の減少により刻まれた細かな傷もそのままに。

 僕達が見てない間も、ほぼ休みなく行っていたんだろう。

 けど、本当に三日三晩なんて……。


 上位冒険者のよくある謳い文句として、丸一日戦えるとか、三晩動けるとかいう言葉もあるけど、事実として……例えば大戦争でさえ、本当にそのままの意味でそうある事なんてほぼあり得ない筈で。


 

「一日目の半分は、反撃ばかり。残りの半分は、守りに修正」

「「………!」」

「……ロシェロさん」



 一日ぶりに様子を確認しに来た僕達をまっていたように語り始めた彼女は、しかし一瞬たりとも向こう側の光景から目を話すことなく、弓を引き絞った姿勢を崩さないままに。

 同じくそこにいるニーアさんも、額の汗を拭うことなく息を潜めていた。

 


「既に、彼に私の手伝いはいらないのかもしれませんね。末恐ろしいのレベルじゃないですよ」

「……あれから、ずっと?」

「えぇ。結局私が手を貸したのは最初の二十……、三十回くらいですかね? 特にここ半日、彼は一回も死んでないです」



 いつもとは異なる声色で。

 平静のままにロシェロさんは、冷たく言葉を続ける。



「二日目からは、間合いを探り、戦闘中での休みを覚え。途中から、思い出したように配置を意識……、本当に目に見えて動きが変わりましたよ? そこからは。彼は、攻めるのを辞めたんです。なにをやっても、すぐに適応してくる相手。適応無限に要求される引き出し。しかし、その上で事実として続けられている。―――彼は戦いの天才ですよ。私ですら思いつかない方法を次々に考え付くんです」

「まぁ、康太は……」

「観察眼と咄嗟のひらめきが凄いんです、本当に」


 

 こうして話している間もそうだ。

 

 手甲を斜めに構えて刃を迎え、斬撃をジワリと、削られるような紙一重で往なし、避ける。

 彼はずっと……異能の補助があってすら埒外とも言える能力を駆使し、神域の剣舞を捌いている。


 もしも。 

 仮に、僕が一人で同じことをやれと言われたら……。



「僕は―――多分、一分持たないかもね」

「……私も、です」



 それだけ凄かった。

 本当は、今すぐにでも飛び込んで助けに行きたい。

 けど、真に……最も恐れを感じているだろう存在は、およそ僕達じゃなくて……。



「ね、フィリアちゃん……どう? あたしの彼」

「―――はい。凄く……、格好良い、です……」



 心配だったのは康太であり、春香だった。

 ここに来る時、他を投げ出さんばかりに真っ先に駆け出していたのが彼女だった。


 いつもなら絶対に見せない憔悴した様子だったし、修行だって手についていたか怪しい。

 けど、今の春香は……。



「ロシェロさん。正直、結構恨んでますよ……」

「勿論です、ハルカさん」



 普段は決して聞けない春香の、冗談ではない真なる恨み言。

 一瞥すらせずそれに返すロシェロさんは相変わらずの平常を思わせて。

 


「無論……信用に値するかは分かりませんけど……その分、私も命を賭けてます」

「―――……。ぁ……」



 けど、違う。

 よくよく見れば……どうしてか、彼女の腕や首筋、服には血痕や傷が幾つも浮かんでいた。

 中には、深い傷さえ。

 更に目元には濃い隈が浮かび……今に倒れてしまいそうですらある。



「本当に、深く、強い信頼です。妬いちゃうほどに。でも、だからこそ……今は、彼を。私を信じてください。決して彼は死なせません。私の眼の前では、絶対に」

「「……………」」

「勿論、僕達も疑いませんよ。美緒の正確さも、春香の天運も、ロシェロさんの判断も……全部、信頼してますから」

「ですね。私も―――信じます。私達がここ迄来れたのは、康太君がいたからですから。他ならない彼を、信じます」



 ロシェロさんばかりを悪者には出来ない。

 最終的にそれを受け入れたのは康太だし、僕達だって背中を押した。

 決して、強制なんかじゃなかった。


 康太が決めたんだから、僕に出来ることは。



「炎誓刃―――白焔ッ!」



 昏い空間に紅蓮を超えた、熱線の如き白閃が幾重に走り、黒鎧が大きく飛び退る。

 それは、何度目かもわからない大技。

 大きくはあるけど、決して春香のような膨大とは言えない魔力容量の康太が放てる最大級の技。


 確かに存在するタイムリミット。

 ロシェロさんが求めているものを、本当に彼は手に入れられるのか……僕自身の憂いもが焦りに変わる。

 

 ……そんな中で。

 攻撃を繰り出した康太の身体が、糸が弛んだようにふらりと揺れ……。



「……ッ!! 康太く―――」

「ダメです……!」



 今に結界の中へ飛び出そうとしていた春香は―――反射的に身体が動いていた僕と美緒は、ロシェロさんの拘束するような力のある一喝に身体が固まる。


 指の間から温かい何かが滴り落ちる。

 気付けば、血が出る程に拳を握っていた。

 次々繰り出される神域の剣技に、致命を避けつつも浅く刻まれ続けた身体の動きは、目に見えてぎこちなく。



「グッ……、っそ……がァァあ!!」



 再び放たれる白焔は、何処か青みすら帯び、弧を描く。

 今持てる全てを乗せたような、最高の一撃だった。

 中空へ跳んだ黒鎧へと、鳳凰のように飛翔した焔は―――しかし、容易く黒鎧の剣技に絡めとられ、往なされたように軌道が逸れる。


 それを成した機神は、技の反動か、剣を支えにする康太へ武器を振りかぶり……。



「康太君ッ!!」

「………!」



 ………。

 目を疑う光景だった。

 視界一杯に広がるは、蒼く変わりゆく焔……先の康太の斬炎。


 放たれるも、往なされ当たらなかったソレが―――不意に曲がった。

 白焔が……黒鎧へ覆いかぶさるように、襲い掛かるように……まるで意志を持ったかのように軌道を変え、食らいつくようにアギトすら広げた。



「―――これ、は……」



 蛇のように絡みつき、拘束のままに鎧を焦がす大魔術。

 その様子を、成した筈の彼自身もが固まった様子で眺めていた。

 視線はやがて、僅かに一瞬だけこちらへと向くけど……やがて、康太は何かに納得したように肩を震わせて。



「……やっぱ、一人じゃダメだよなぁ……」



 小さく呟いただろう言葉が耳に届く。



「いつも、いつも助けられて。背負えるのが嬉しくて……けど」



 ……。



「ここで―――ここで好きな女に良いとこ見せられねぇで……ひとり、弱いままで、それじゃあ困んだろうがッ!!」

「―――――」



 彼が、大剣を横へ振り被る。

 今に蒼焔に適応し、その熱量と性質さえ無力化した黒鎧は、先までの動きすら置き去りにするような圧倒的精度の斬撃を見せ……。


 ………。

 再び、先程までだったらあり得なかった光景を見た。


 避ける―――返り討つ。

 言葉で表すのならば、たった二言。

 

 けど、それは明らかな変化。

 防戦一方だった康太が、偽りの機神の斬撃を僅か一動作で回避し、そのまま強烈な一撃を胴部へ見舞った。

 一瞬で鎧が吹き飛ぶ。



「「……!」」

「―――うそ……!」



 変化はそれで終わりじゃなかった。

 むしろ、それこそが始まりだった。


 それまで紙一重で躱していた筈の一撃を、そこからは真正面から受け止め、逆に弾き返す。

 一度受けたからこそ分かる、瞬間的に超大型の魔物のソレに匹敵するだろう膂力をはじき返し―――逆に、鎧を横殴りに吹き飛ばす。



「……好き勝手殴ってくんじゃねえよ。いてえだろうが」



 偽りの機神と競り合う。

 どころか、徐々に徐々に彼の方が押し始めている。

 鎧は適応できないとでも言うように、見えていないかのように攻撃を受け続け……。


 いや……本当に見えてないんだ。

 僕のそれと同じ―――ゲオルグさんが言ったように、僕の異能が適応するには一度でもその攻撃を「視る」必要がある。

 これは文字通り、視線が外れていたりしてもダメだし、理解が及ばない程の速さで攻撃を受けても効果が現れることはない。

 今の彼は、そのどちらをも実行し、連撃を繰り出している。

 単純に速いというだけじゃなく、相手をつぶさに、誰も真似できない程に深く深く観察して挙動を視て、意識外から攻撃をしてるんだ。

 

 相手の注意が剣からの斬撃へ向けば剛脚による蹴り上げ……足へ向けば剣を死角に鎧小手でぶん殴る。

 まるで計算され尽くしたような、戦士として培った直感と観察眼による絶技。



「―――康太君……。あれ、康太君……?」

「……やば過ぎでしょ」

「本当に……ゲオルグさんみたいで……いえ。アレは、どころか……ゲオルグさんより……!」



 僕の眼でも追いきれない程の圧倒的な身体能力。

 身体の使い方とか、単純な技術とかじゃなく―――素で超人的。


 打ち込み、避け、真正面から蹂躙する。


 予測じゃなく、攻撃を視てから避ける。

 一動作で避け、一撃を確実に打ち込む。

 あまりに正統派な戦い方なのに、まるで暴力の化身みたいな……武神の如き戦闘。

 あれが本当に康太なの……?



「―――極限の集中……勿論、ただそれだけじゃありません。いま、全ての雑念が断たれ、完全に彼の身体全ては人間の領域を逸脱してます」

「……いつ、だつ?」

「どういう意味ですか、ロシェロさん。あんな動き、最上位冒険者……いえ、どころか……」



 仲間の明らかな変化に情報が完結しないこちらに対し、賢者たる彼女は見極めるように目を細め。



「どう思いますか……ラン」

「えぇ。私にはとても見えませんけれど……間違いなく―――初代勇者と同一の異能……、果てなる身体強化、ですね?」

「「……!」」



 初代異界の勇者。

 ソロモンさんと並び名が上がる存在。

 遥か昔、幾つもの大国の軍を率いて魔皇国へと攻め上り、魔王と死闘を演じたとされる最初の勇者。


 彼の異能は、常人を遥かに超えた身体能力そのものだったという。



「―――動体視力。肉体的な強度は勿論、聴力、視力、観察の速度も百分の一、千分の一レベルまで細分化されてるでしょう。全てがスローにすら見えているかもしれません。重ね、肉体に備わった代謝の機能も、私達の比ではない……と。分かりますか? 皆さん」

「「……………!」」

「それって……」

「えぇ、そうです。肉体の疲労回復は、あくまで副次的な一効果に過ぎません。彼の本質は……あの爆裂する程の熱量こそが、彼の本質であり、本来の力なんです」



 あまりに強力だった。

 今の康太は、僕達四人掛かり……ロシェロさんの協力があってさえ防戦一方だった相手を前に、一対一で渡り合っている。

 こんなの……。



「俺でも分かるぞ……。あれはヤバ過ぎだろ……」

「コウタさん……」


 

 単純に、速く、重く、硬く……強い。

 こんな強力な力……これが、康太の本当の異能……?


 なら、猶更意味が分からない。

 無論、見誤る筈もない。

 だからこそ―――どうしてあの人は……先生は。



「グッ―――がぁぁ!?」



 彼が圧倒していたように見えたのは、ほんの最初の間だけ。

 偽りの機神も、まだまだ本気なんかじゃなかった。

 というより、あの機兵は性質上あくまで「番人」としてそこに在る事を定められた存在。


 目的は殺す事じゃなく、追い払う事だから。

 より持続的に稼働するために、能力をセーブするくらいの機能は存在してしかるべきだろう。



『―――ケ……ガ……ガガ』

「……リミッター解除、か? 良いよ。とことんやろうぜ」



 もう、戦いは理解の領域を超えている。


 一方が動こうとした時、既に互いは一撃目を終え、二撃目を繰り出している。

 ニーアさんに曰く、グロリア迷宮の壁にも匹敵する最上級の保護を掛けている筈の空間が震え、軋み、罅が幾重に入っている。

  


「ぅ……、らぁぁぁぁぁぁあ!!」

「―――ヶ、ガガ」



 命の焔を燃やすかのように真正面から斬り合う両者。

 斬撃が光を宿し、蒼焔がオーラのように渦巻き。

 次の一手、また次の一手と……無限に上がり続ける両者の身体能力と、戦闘のボルテージ。


 それは永遠に肥大し、空間が先に崩落するかとすら思われた。



「―――が……ッ、ぁ……!?」



「「―――――」」



 そんな時だった。


 ……大剣を強く握る康太の右腕が、弾けた。

 内部から―――耐え切れないとでも言うように。

 それと同時に、まるで予測していたようにロシェロさんが金色の天弓を放ち……黒鎧の胴部を正確に捉えると、偽りの機神はその姿を大きく後方へ吹き飛ばされ。



「―――は……、はははッ」



 あくまで一時の時間稼ぎ。

 

 すぐに、またあの機兵は態勢を立て直し、襲い掛かってくるだろう……そんな中で。

 とめどなく血の流れる右腕を抑えながら、康太は笑っていた。



「はは、はははッ……! んだよ……ッ。やっぱ、そうじゃ……ねえかよッ」



 ……本当に嬉しそうに笑っていて。


 ……。

 どうして彼が笑っているのかを、理解した。

 

 そうだ、そうだよね。

 やっぱりだ。

 こんな状況だっていうのに、笑いを隠せない康太と……どうしてか、僕も口角が上がっていた。

 同時だったから見えなかったけど、それはたぶん他の二人も同じだっただろう。


 だって、本当に同時だったから。



「なら、なおさらだよな!! だからッッ―――何でって……、どうしてって……!!」

「―――聞きに行くんだよね、皆で!」



 ………。

 別にロシェロさんの静止とか無かったし、これもう実質行っていいって事だったよね?

 ついでに封印の壁ぶち破っちゃったけど―――まぁ、これも二度と封印する必要ないと思うし、いっか。



「お疲れ、親友。手短に聞くけどどのくらい休みたい?」

「いっくらでも良いよ?」

「本当に格好良かったので、今回は最後まで転がってても許可します」

「……へへ。んじゃ……、一分」

「足りる? それ」

「充分よ。俺の回復力なめんねぇ……―――来るぞ!?」



 さっきも言ったように、もしも僕や美緒が康太と同じ事をやれば、一分と持たないだろう。

 けど……僕だって―――視て覚えた。


 鎧姿らしからぬ、獣のような軌道で襲い来る斬撃を適切に往なし、瞳の毛細血管全てが破裂する程に視界を拓き、鎧小手に握られた黒剣をあらん限りに弾く。



「美緒ッ―――!!」

「無論、全力全快で行きます! あくまで未完成ですけれど……本番こそ最適の舞台、です!」



『ヶヶ―――ッガッッ』



 僕の補助を経て、間違いなく機神の胴へ滑り込んだ美緒の刀術……それは、まるで通り抜けたように刀身が鎧をすり抜け。

 やがて―――鎧の内側から火花が咲いた。

 


「部分解放―――硝子の太刀」



 美緒が引き出した力の一端。

 刀身が接した物質をも刀の延長と定義する事によって、選択した物のみを切断する斬撃。

 今だったら、破壊不可とすら思える程に強靭な偽りの機神の外装を刀の一部と捉え、内部機構のみを斬ったんだ。


 所謂、鎧通し……或いは無敵貫通。

 鍔迫り合いすらも意味を成さない、空間と物質を無視して全てを切り裂く絶対斬撃。 

 課題である聖剣との対話を確かに修めた証拠で。

 


「世界の法則を塗り替える力……それが聖剣の本質です」



 火花が内部から弾ける黒鎧は、未だ健在かと思われて。

 しかし、やがて継ぎ目から、眩いばかりの金色の熱光が拡散する。

 これって……。


 

「大丈夫!? これニーアさんの言ってた爆裂攻撃の予備動作ッ!?」

「離れましょう! 春香ちゃん、水壁を―――」

「―――大丈夫ッ、あたしも!! 爆発なら……、コレよ!!」



 春香が焔刃イグニスを指揮杖のように振るうと、超新星爆発の熱量が逆に収束し、無理矢理抑え込まれるように急速に光を失っていく。



『―――――、―――ヶヶ……ガガがガガガッッ』


 

 成程、完全に暴走状態だね。

 ニーアさんの言う、奥の奥にしまわれた最後の緊急予備動力源が動いてるんだ。

 今の爆発だって自爆技では決してなく、動力源の魔力を還元して放出する偽りの機神の大技だと聞いている。

 けど、逆にこれを超えれば―――僕だって、防御だけじゃ芸がないし、せめて彼への手向けくらい。



「春香!」

「“氷界顕現”―――“雲蒸龍変”!!」



 急激に下がる一帯の気温……。

 鎧の継ぎ目、その全てから灼熱の金光を発して暴れ回る機神へ、巨大な水の龍の背へ飛び乗り、その威容を囮にしつつ、一直線に。

 水上を走り抜いた末、中空から暴風を纏い、龍を縦に両断した機神へと一気に肉薄して。



「断、空……ッ!!」



 雷銀斬のような爆発力ではなく、鋭さに重きを置いた一撃は確かに偽りの機神の武器―――それを握り込んでいた指の三本程を狙い、辛うじて柄から外す。


 普通に斬り飛ばすつもりだったんだけど、硬すぎ……。



「もう一丁……!」

「間に合いました!」


 

 僕が技を放った……その次瞬には、既に握り込みの浅くなった黒剣へ、美緒の一撃が炸裂―――武器が手から離れる。

 これで……空いた。



「あとよろしく……ッ、康太君ッ!!」

「―――任せろォ!!」



 応と吠えた存在は、片腕がだらりと垂れ下がった、隻腕とも言える状態。

 そんな彼の纏う身体強化はしかし―――片腕でありながら、これまでのどんな剣撃より遥かに強大で。


 左手一本に大剣を構え、床を蹴り抜くだけで巨大なクレーターが生まれる。

 生じた突風だけで空間が震える。


 音速さえも超えて埋められた彼我の差に、攻撃の予備動作へ今に移行する筈だった黒鎧は遅れていた。

 あまりに決定的で、致命的な刹那の時間。



「これで―――――終わりィィィィィィィィィィィィィィィィイッッ!!!」



 炸裂するは、名もなく、技でもない……圧し潰すような斬波。

 大爆発の如き音響と、砕け散る大剣の小片に……黒曜石を思わせるものが混じり。


 決して砕けることの無かった正面装甲が割れる。


 ………。 

 金属の鋭い衝突音、質量の乗った鈍い音が同時に。

 何かが二つ、全くの逆方向へ勢いも強く吹き飛び……、倒れた。

 

 機能停止でなく。

 活動限界でなく。

 心臓部と思わしき内部部品が完全に露出、壊れ果て……偽りの機神は、悠久の時を超え―――完全にその役目を終えて、そこに在るだけの金属塊として沈黙する。



「は……ぁ、はぁ……。……へへッ」



 ………。

 崩れ落ちた機械の神と同じく倒れていた彼は……やがて、刀身の消失した大剣の柄を握り込みつつ天井を仰ぎ、突き出した拳の二本指を立て。



「―――勝ち……ッ!!」



 ……本当に嬉しそうに、笑っていた。

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