第11話:訓練は必須




『俺の……。本当の、異能……?』



 ………。



『……ロシェロさん。それって……どういう……?』

『えぇ、やっぱり自覚はないんですね。まぁ当然かもですけど……」



 突然の、僕達の誰もが理解できなかったソレを前に。

 困惑の声を返す彼へ、ロシェロさんはやや顔を伏せた後、人差し指を立てて言い聞かせるように続ける。



「思い出して下さい? コウタさん。貴方は―――どのようにして己の異能の存在を知りましたか?』

『どうって。それは……俺は』

『リクさん、ミオさん、ハルカさん。貴方達も考えてみてください。貴方達は……どのようにして己が内なる力を初めて”理解”しましたか?』



 僕たちは……。


 一番最初にソレの存在に気付いたのは美緒だった。

 彼女はこの世界に召喚されてから数時間と待たずして、己が力を完全に掌握、理解した。


 僕がそれの存在を実感したのは、セフィーロ王国での一件だった。

 初めての圧倒的格上との一対一の戦いの中で、生死の狭間で力の感覚を理解した。


 春香の場合……、彼女は、認識こそ一番後だったけど、彼女自身もまた美緒と同じようにこの世界に来てすぐの時点で既にその力の輪郭を本能的に理解していたという。



 ―――……康太は?

 


『俺は……』

『思い出しましたか? ……彼のした蓋が、貴方の開花を阻んでいる。貴方は、自分の力を勝手にそういうものと認識しまって、それ以上の発展を自ら妨げてしまっているんです。思い出してください、そして認識してください。あなた達が信じるのは、誰かに与えられた答えじゃない。自らの理解した感覚です』



『貴方だけの―――異能なんです』



 ………。

 ……………。



「―――なぁ、陸……シンク。合わせてリンク」

「合わせんな。あと誰だソレ」

「異能って……、何なんだろうな」

「……うん。何だろうね」

「教えてくれ。お前等が何なんだ」



 そもそも、異能とは何なんだろう……と。

 それを尋ねる彼は何処かいつもより覇気がなく、ぼんやりとしたようで。


 この世界に来てからずっと一緒にあったもの。

 神様に貰った能力頼りの勇者と言ってしまえば本当に情けない限りなんだけど、事実として僕も康太もこの力には数え切れないほど、幾度と助けてもらってきた。


 今更ソレが偽物だったなんて言われてしまっては、己の戦いの根幹が崩れたように感じてしまうのも無理はない事だろう。

 

 けど。

 個人的に勝手に思う事として、康太にはこうあって欲しくない。



「しっかりしてよ? 康太がそんなんじゃ誰が僕達の代わりに敵に殴られてくれるのさ」

「……………」

「おいッ」

「……だ、な」

「納得すんのかよ!」



 今でこそ……いや、当初から、彼の役割は相手の攻撃を一手に引き受け、斬り込んでいく前衛。

 大剣の面をまるで盾のように、武器を握る鉄晶の手甲が鎧として。

 ずっと、最前線で僕達を守ってくれた。

 護る為にいつだってボロボロになって、それでも些事と笑っていた。 


 ………。 

 どちらかというと、康太は一人で戦う方が今よりずっと自分のポテンシャルを発揮できるんじゃないかと。

 前に言われていた事があって、僕もそう感じていた時があった。



「その辺スミスさんにも言われてたけどさ? やっぱり、どうなの?」

「……精神的に無理だろ、俺は」



 自分で言うのね。



「正直な話、俺は世界とかより仲間の方が大事だしなぁ。護るもの後ろに背負しょって戦いたいんだよ。騎士みたいな? ……ソレと春香ちゃんが前に言っててな。異能って、実は俺らの心の映しなんじゃないかって」

「……ほん。そういう考え方か」

「僕も思ったことあるね、ソレ」



 美緒が持つ完璧主義的な側面。

 春香の持つ他者への思いやりと観察眼。

 僕は―――まぁ、記憶力的な?



「そうなると、やっぱりリカバリーは康太に合ってるよ」

「仲間がいるから絶対に倒れねェ……的なな。らしさそのものだろ」

「―――……ん、……ん」



 やっぱり上の空。

 これはかなり重傷だったりするのかな。



「一回一人で考えるのもいいかもね。……じゃあ、僕も自分のメニューやってくるから。シン君? 悪いけどその腑抜けさん見ておくの頼める? 見ておくだけ」

「……ん」

「ほへぇーー……」



 ずっとこの調子で本格的に腑抜けられるとこっちも困るんだけどな。

 二人を残して皆の様子を見に歩いていくと、やや離れた空間では残りの皆さんが話をしていて。


 近付いていくと、三人が話している声がはっきりと聞こえてくる。



「―――えぇ。この前も言いましたが、現段階で一番覚醒に近いのは間違いなくハルカさんです。何なら、既に経験とか無いです?」

「……マジすかー」

「思い当たる節、本当に何一つないですか?」

「そんなこと言われても……うーん……」



「ならば、思い出してください。必ずある筈です。あなたと精霊の想いが交わり、解放した感覚を」



 ………。



「あ」

「「あ?」」



 皆の視ている前で、春香の持つ短剣―――焔刃イグニス特有の朱の刀身が内側から光を放ち、数千度の熱すら籠っているんじゃないかと思う程の彩度を小さな刀身が発する。

 明らかに今まで一度として見た事がない反応。


 これは、明らかに……。



「………あー……。うん? なんかヒント掴んだかも……!!」

「流石はハルカちゃんです!」

「出来る子ですねぇ」



「―――は……?」



 嫉妬も溜息も出すだけ無駄に思う。

 これだから天災は。

 


「おぉ……、キレーじゃんこれ。なんかフィリアちゃんの瞳みたいで……流石クロウンスの至宝」 

「そんな……ふふっ」

「あの、春香ちゃん、ここからどうなるんですか……?」

「ふふ……!」



 得意げに無い胸を張る勇者。

 彼女は遠くでひたすらに剣を振りまくっている康太をちらと一瞥した後、笑みを深めて首をふり。



「―――さーーて、こっからどうすっかい」



 これだから天災は。

 剣を光らせたままその場に座り込んだ春香は目を閉じ……暫くすると朱光は収まり。

 また、少しすると光を放つ。

 どうやら完全にコツを掴んだみたいだ―――懐中電灯の。


 

「夜に便利そうだね、それ」

「えぇ、明るいし魔術いらずで良さそうです」

「重宝しますねー」



 どうやら聖剣の使い道は野営の光源で落ち着きそうだ。



「まぁ正直、聖剣イグニスに関してはその秘奥義を完全に掌握した前例はない筈ですからねー。正しく扱えるかは完全にハルカさんの独学になってきます」

「うえ……」

「その点、ミオさんは運がいい。私のすぐ近くにその力を十全に扱える勇者さんがいましたからね。教えられる事は幾つかありますよ」

「……リサさん、ですか」


 

 不思議な事じゃない。

 ロシェロさんたちは六魔将とだって互角以上に渡り合ったという逸話を持つほどの実力者。

 シュトゥルムの前所有者である彼女が秘奥義を体得していても、何ら意外ではない。

 


「これは決してプレッシャーに思って欲しくはないんですけど―――ミオさんはリサに本当によく似ているんです」

「……………」

「多分、私の助言なんかなくても普通に開花させること出来ると思いますよ?」

「……セレーネ様も仰ってました。私と彼女は似てると」

「姉妹ですからね~、感受性の類似ってやつで―――」



 さて……と。

 いつまでも聞いていると自分の事がおろそかになるからね。

 ぼちぼち課題に取り掛かろう。

 

 皆からやや離れた位置―――世界樹の幹が剥きだした木陰に座り込み、聖剣を鞘から引き出す。 

 で……にらめっこ。

 ふざけている訳でもなく、こういう課題で。


 ―――オラシオン。

 遥か昔、この世界でも最もメジャーな絵物語の原型になった英雄譚が、決して空想ではなかったと訴える生き証人……神たる聖剣。

 蒼と金で装飾された柄、白と銀の中間の不思議な色合いの刀身は、何処か非金属的な質感を持ち……刃に刻印された術式は世界最高峰の調律師たるニーアさんをして不明と言わしめた。


 可視化された刻印は、旧い言語で剣の名前が彫刻されているらしく。


 ……剣に込められた歴史、伝説に思いを馳せ、応答を待つ。

 ずっと戦い続けの日々で芽が出なかったのだから、ならば逆のことをしてみようというのはまあ理解できる。


 けど、やってる本人的にも、本当にこれで何かが変わるのかと聞かれれば首を捻りたくなるのも事実。

 勉強を怠れば忘れるように。

 身体を動かせないと筋力が衰えるように。

 今までの常識を変えなきゃいけないんだから当然だし、無為に過ぎ去っているように思える時間に焦りも出る。


 けど、康太にあれだけ言った手前、こっちがボケボケしてるわけにもいかないし。

 僕には僕の今できる方法で模索するしか……。



 ―――ペシッ。



「……………」



 ―――ペシッ……、ペシペシ……ペチペチペチペチペチ……。



「イタタタタ……―――何なの? 君たちは」

「「……………」」



 そりゃ喋らないよね。

 喋ったら怖いもん、枝と葉っぱ。


 あれだ。

 クレアールの枝と葉たちが伸びてきてじゃれつくようにペチペチしてくる。

 おもってたけど、実は精神年齢結構低めなの? 世界樹。


 集中力も削げてしまうけど―――これも新手の修行だったり?

 お寺で座禅組んで、ちょっと何かあるとお師さんに肩叩かれるやつ。


 ―――丁度良くお客さんの気配も。



「……ロシェロさん」

「は~いぃ?」

「これ、本当に効果あるんですか?」



 今できることをやるだけとは言ったけど、ずっと座って剣の刀身を見つめているだけって。

 或いは、鏡のように煌めくソレに反射した自分の顔を眺めているようなもの。



「少なくとも、私が見た時ソロモンはそんな風にボーっと座って剣とお話してましたね」

「えぇ……?」



 これだから英雄になるような人ってのはよく分からない。

 この世界の武器は擬人化もしなければ喋ったって話も聞かないんだけど。


 失礼な話、気が触れてるとしか。



「―――貴方は聖剣と確かに触れあい、己の内をさらけ出したうえで認められたんです。語り掛ければきっと返してくれますよ?」

「ヤクキメてからじゃダメですか」

「どういう意味です?」



 ほら、昔の交霊術とか占術って薬でハイになったりして精霊と交信……あちょっと待って呆れてどっかいかないで。



「ミオさーん、調子はどうですか?」

「……安定して声を聞けるようになる、というのは難しいかもしれません」

「けど良い調子みたいですね」

「不思議と分かるんです、私にどうしてほしいのかが」



 こうも周りが優秀だとやっぱり焦りが出てくるな。

 こんな風に身体能力の向上を狙うわけでもない、完全に精神へ振り切ったような修行と言うのを今まで経験していなかったというのもあるだろう。


 心地良い陽気に閉じていた眼を開くと、ロシェロさんはいつしか僕の考えを完全に読み取ったように顔を覗き込んでいて。



「ゆっくりで良いんですよ、リクさん」

「……うぅん」

「とは言え、時間がないと考えてしまって手につかない……ですか」

「心読まないでください」

「先日はまぁ色々言いましたけど、実際慣れない事をやるのは決して簡単な事じゃありません。今迄が戦い続けの日々だったんですから、猶更」



「けど、貴方は既に神器に認められたんです。きっと大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない人が居るような口ぶりだね」

「三人ともとても良い調子です」

「大丈夫じゃない人がいるんですか」



 やっぱり当てつけてるのかな。



「ほら、リクさん。例えば今とか、ペチペチされてます?」

「え? ……ぁ」



 言われてみれば。

 何で瞑想してた時の方が攻撃されるの?



「あの子たちは雑念に反応してペチペチしてきますから。それが少ないというのは、それだけ集中できてる証拠なんです」

「集中してる時の方が出来てないって事になるんですけど」

「ならそうなのでは?」



 正論パンチ。

 何言ってもさらっと切って捨ててくるの流石は賢者。



 で……集中の証拠。

 それって。



「―――痛ェ!!? イデデデデデデッッ!!?」



 あそこで死ぬほどペチペチ……否、ビタビタドタドタドタドタドタドタされてる康太は?

 僕のソレが枝なら、彼のそれはおよそ幹。

 尋常じゃない太さのそれらが叩き潰さんばかりの威力で襲い掛かってくるのを無手で防ぎ続けているみたいだけど、とても捌ききれずにぶたれまくってる。



「……ぅ―――、ぐえッ……何で俺ばっかり」

「マジでな」 


 

 殴られまくったにもかかわらず。

 超重量の武器をあれだけ振り回していたにも関わらず、彼は息を荒げるでもなく単に肩を小さく上下しながらのしのしとこちらへ歩んできて。



「あの……すんません。俺は? なんかアドバイスプリズ」

「居たんだ、康太君」

「忘れる程存在感希薄じゃないよね? 俺、ずっと一緒の部屋いたよね? と言うか、彼氏だよね?」

「つーーん」

「クッソ! 可愛いなオイ!」



 本当に恥ずかしげもないって言うか。

 訓練中に人前でいちゃつかないでもらえるかな―――いてて。

 ペチペチされる。



「むむむむむむむ……」



 無論、これに関してはフィリアさんも思う所があるみたいだ。

 再会した時には既にこうなっていたんだから、今更どうする事も出来ないけど。

 


「無論、忘れてませんよーー。今から助言しに行こうとしてたところです」

「ロシェロさん、ほわっほわっスから。マジで忘れてる時ありますよね?」

「否定はしません。物忘れが激しいのは年長者として避けられませんから。えーと? 康太さんは難しく考えすぎです。もう少し何も考えず戦う事を思い出してください」

「普段何も考えてないみたいに言いますね」



 そう言ってるんだよ。

 コウタの戦闘スタイルは完全に戦略より本能、そして観察眼によるひらめきが大きいし。

 下手に考え込んでいるより、その方が正しいんだ。



「というわけで。ダメなコウタさんには特別メニューです! 少しばかり放心する時間が長くなりすぎかと思いますので、ちょっと考える暇もないくらいの課題を与えたいと思います」

「……うぇ」

「ロシェロさんの特別メニュー、ですか……」



「……そんなにヤバいのか?」

「ですか?」

「正直ね。ナチュラル鬼畜」



 とんでもない訓練内容笑顔で言うんだよあの人。

 向こうの世界準拠なら、身体作りで「初めてだから取り敢えずシャトルラン200回頑張ろう」とか、「初めてだから取り敢えずツキノワグマから行ってみよう」とかサラッと行ってくる感じ。


 初心者向けの基準自体が壊れてるっていうのは、半年間地獄見た僕達が言うんだから間違いなく。

 これには康太も顔がひくつく。



「あの……、お手柔らかに……」

「何言っても驚かないでくださいね」

「……ッス」



 けど、案外それが良いのかもね。

 元々のタイプ的にも、康太には考えるより感じさせるトレーニングが合うかもだし。



「既に許可は取りました。コウタさんには、これから三日三晩戦い続けて貰います―――偽りの機神と。一人で」

「たぁー、マジすかーー」



 ………。

 ……………。



「は? ……は?」




「―――――は?」

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