第10話:創世神話とお食事を




 ………。

 ……………。



 そこには、ただ一人常しえを生き続けるかみさまと、うまれたばかりのばしょがあった。

 はじまりのかみさまと、ここより遥か遠方より訪れた五人。

 それが、世界のはじまり。


 最初にあったのは、何もないまっさらなばしょ。

 はじまりのかみさまは朽ちゆくその身を二つに割り、一方を時、一方を空を束ねる狭間の子とした。

 はじまりのかみさまと同じ強大な異形の姿をとった白と黒は、かみさまの言葉通りに遠方より訪れた五人と協力して、なにもないばしょに世と界を形作った。


 世……即ち過去と未来、現在を白と黒の二柱が。

 界……即ち遍く生物全てが住まう領域を、遠方より来たる五柱が。


 世には解き放たれた縦の時空が満ちる。

 界には定命が行きゆく場所が生まれる。


 海原は広く、果ての果てまで。

 大地は遍く、命を育み広がる。

 叡智は焚く、遍く生命を守る。

 勇武は拓く、守るために火を焚く。

 星天は導く、全てを見守り先へ先へと未来を拓く。


 そして冥府は昏く。

 しかして、全てを優しく包み、界を終えた果ての者たちを迎える。


 

「世が満ち足りる故に界は存続する。一片失っても世は崩れる。失われた力が行き場を失い、淀み、遍く全てを呑み平らげる。そしてふたたび世界はめぐる」



 ……。



「……成程、分からん。もうダメかも分からんね」

「ちょっと難し過ぎたかもね、これは。……煙やめて」



 ここは王城内の一区画―――書庫として用いられている空間。

 先日シン君が言っていた場所で、蔵書自体はそう多くはないけど、確かに歴史的価値のあるだろう文献が多く、質という意味ではアルコンの尖塔にも次ぐだろう。

 許可自体はランナ様があっさりと通してくれたので、こうして皆で押し掛けたわけで……。


 ―――図書館関係なく、静かだった。

 件の暴走があったからだろうけど、城の中は殆ど人の気配がなく、今までの貴族や王族の住居とはかなり毛色の違う居心地だ。

 僕達は野営とかが当然な生活だから特に不自由もないけど、元々の生まれが高貴な人たちが様々な不自由の中でよくのほほんとしてられると思う。



「―――良いお茶ですね~」

「ね~」

「ねー」



 幼稚園かな?

 重ねて、よくのほほんとしてられると思う。

 ロシェロさん(元女王)もランナ様(女王)もニーアさん(王配)も、まるで幼稚園のお昼寝タイム。

 精神年齢の著しい後退が感じられる。



「あの……そもそも書庫内で飲んで良いんですか? 結構危ないんじゃ」

「私が法なの!」

「咎める者もおらん」

「非常事態だからこそ人がいないのに、そのせいで落ち着いてるっておかしな話ですよねー」 



「次これー」

「私はこれにします」


 

 動体視力以前に記憶能力も強化されてるのかな。

 明らかにページを捲る速度が常人じゃない。


 ……これはある種の余暇。

 これから待つ大きな戦いの前に少しはチルも必要というのは皆の共通認識だったみたいで。



「他にも色々と持ってきました! 全部おススメです」

「わぉ、本当に色々ね。あとで戻す時大変じゃない? これ。……よし、任せたインテリ」

「勘弁してよ」


 

 フィリアさんも際限なく持ってくるね。

 外に出歩けない分たくさん読んだ中のお薦めを持ってきてくれてるんだろうけど。

 彼女はテーブルにうず高く積まれた本をキョロキョロしつつ首を傾げる。



「ところで、伝説や神話の本が読みたいって……皆さんは神様に興味があるんですか?」

「……え? うーん?」



 確かに言ったけど、なんか無意識みたいなものだったな。

 多分あの機兵とその逸話のせいだけど、こういうものばかり読み漁ってるから誤解されるみたいだ。


 でも、あながち間違いじゃない……?



「俺たち、一応神様に召喚されたって事になってるからな。興味がないかと言えば……まぁ。神職の前で言うような話じゃないかもだっけど。あとシンク」

「……。……ん? なんか言ってたか?」

「何でもないってさー。うんね、会いたいような、会いたくないような……って感じ」

「ハルカちゃんもそう思いますか」

「ってフィリアちゃんも?」

「実は……はい」



 それは意外な反応だったけど、聖女だって一人の人間。

 神に仕えるとか、人々の象徴だとか、公に執行すべき義務を負わざるを得なくなった一個人でしかない。

 こういう反応があってもおかしなことじゃないよね。

 天罰とか怖いし。



「まぁ、目の前に居ない相手にずっと祈るのもねー。会えるかもわからないのに会う会わない言ってるのも馬鹿らしいし、こんなん些細な話よ。笑い飛ばしとき。わはーー!」

「……わはー!」



 ……。

 そういう意味では、確かに僕たちはフィリアさんにとってとても近い位置に居て、安心できる存在なのかもしれない。

 


「僕達にも、ある種の義務が付いて回るから。そういう事だよね? シン君」

「……ん」

「ちゃんと聞いてるのね」



 あと、頭か近いね。

 わしゃわしゃしたくなる。

 ―――……人の髪を意味もなく撫でたり逆なでしたくなるのは、多分師匠の影響だ。

 それにしても彼が無防備すぎるけど。



「……何だよ」

「ううん。無防備だなーって。もうちょっと警戒しておかないとわしゃるよ?」

「わしゃ……?」


 

 わしゃる(動詞)ね、これ。


 ……。

 思い出したついでだけど、因みにフィリアさんにはあの人のこととかは話してない。

 仲間外れってワケじゃないけど、折角一時的とはいえ国を出て全てを新しさの中で楽しんでいる彼女に、余計な心労を与えたくないというのも偽らざる本音だ。

 あれで結構慕ってるみたいだし。

 

 実際、こんな風になごやかーに過ぎる時間なんて本当に久しぶりで。

 間近に存在する目的を忘れてしまいそうにすらなるけど。



「さて。皆さん、そろそろ夕餉へ参りましょう」

「「待ってました!」」



 精神年齢が戻ったランナ様の言葉で我に返る。

 そうだ、思い出した―――ご飯だ。


 今までの統計上……というか公然の事実として、お城で出される食事にハズレはない。

 少なくとも今まで食べた事のないような味が期待できる。

 昼食も、ドワーフの郷土料理なのか塩漬け干し肉とか堅パンとか保存がききそうな加工食品が主だったけど、かなり質の良いものばかりだったし、夕食ともなればそれはそれは……ふふ。


 故に、例外なく腹ペコたちは目をぎらつかせている。



「―――ところでラン? あなた料理なんてできましたっけ?」

「いいえ?」

「「……ん?」」



 あれ?

 そう言えばいまこのお城って……。



「ニーアさん」

「うむ。当然のことではあるが使用人も料理人たちも例外なく避難勧告を出している」

「―――食事とか……え?」

「煮て焼いて、それで食えれば死なん。必要なら外へ買い出しに行く」

「因みに皆さんと最初にあった時に街中へ行っていたのもそのためです。数少ない使用人と一緒に」



 ……。



「あの……さっきのお昼は……?」

「最後の保存食だ」

「……ついでに、もう一つ。もしかしてあの時春香のドライフルーツたかってたのって……」

「うん、丁度お腹が空いてたの!」

「……フィリアさん? シン君?」

「好きな時間に勝手に取って勝手に食べる……。とても得難い経験でした……!」

「そんな生活俺は慣れてる」



 もう終わりだよこの国。

 同等の国家から来た高貴な賓客になに教えてんの?


 中央政府って言うか食材が腐ってるのかな。



「……まぁ、しょうがないですねー。そういう事なら賢者さんが一肌脱いで―――」

「俺らが作ります!」

「何故先に保存食を消費しているのかが疑問ですけど……買い出しという事は、生鮮品はあるんですか?」

「うむ。食糧庫にはまだまだあるな」

「楽しみにしてるの!」



 もう終わりだよこの国。

 僕達も一応お客だよね?



「―――いっか。料理大会って事で。各自最低一品ね? ロシェロさん以外」

「ふへ? 私だけ沢山ってコトです?」

「「ゼロです」」

「デザート担当でお願いします」

「でざーとを?」

「えぇ。大トリ……と言えば賢いロシェロさんならわかりますよね?」


 

 そうそう。

 だからそれ以外つくらないで。



「ふふんッ。仕方ないですねー。一時間後に食堂に来てください。最高のスイーツを作ってみせますよ」

「あたし達も一緒に行くんですけど」



 ともあれチョロくて助かった。

 デザートがその時間なら料理の制限時間もそれくらいで良いかな。



「―――というわけで開始ぃ!」

「「おー!」」

「おー! 頑張りま―――シンクさん?」

「……聖女様に怪我させるわけにはいかないだろ。俺たちはこっちな」

「そんな……」



 各々、大きな食糧庫に収められた生鮮食品、加工食品を見繕っていく。

 流石に技術の進んだ国家だけあって冷蔵、冷凍もお手の物みたいだし良い食材があるし、これは腕がなるね。

 ……しかし、冷凍品は時間がかかるし急速解凍は質が落ちる。

 この辺の落とし穴も織り込まないと……皆の様子も逐一確認。



「あたしポタージュスープかな~。これと、これと……お! 例の白たぴおか!」

「んじゃ……ま、肉か」

「主食も欲しいですね。パンは……」



 皆、順調に食材選びをこなしている。

 僕もお肉が良いな。

 けど、この世界でもメジャーで単調な煮る、焼く、茹でる……これらはあんまり高得点は狙えないか。

 シン君はともかく、審査員が女王夫妻と聖女様であることを考えると、上流階級の人にとって新鮮味のある料理……手掴みとか。

 

 ジャガイモに似た根菜類の麻袋に、吊るして乾燥させた香味野菜……瓶に入った幾つかの植物油……。

 勿論果物まで、本当に色々あるな。

 どうしてこれだけ食材があって加工食品で済ませてるのかは本当に疑問だけど、ともあれ先にメインの食材だ。


 さて、さて……ん。

 不意に眼を留めたのは、冷蔵庫の中……薄く大粒の鱗を持つトカゲ。

 試しに触診すれば、大きさは丁度僕の腕くらいで弾力も新鮮。

 しかも……まだかなり若い数か月程度の個体だ。

 下処理も血抜きだけだし、鱗の付き具合も……これなら。


 匂い、味……これらを重視するのは当然、最後に大事になってくるのは舌触り、歯ごたえ。

 僕の料理に対するスタンスだ。


 食材が決まれば最初に油作り。

 幾つかの香草、香味野菜、フルーツの皮を……油へ。

 少し時間がかかるから早め早めだ。

 肉は筋や不要な鱗をとり、切り分けて塩を強めに振りぬめりをとる。


 次はソース。

 未成熟な個体というのはあっさりと淡白な味わい。

 それを壊さないよう、爽やかに……かつ、当然食材を無駄にはしない。

 さっきの皮だけ使ったフルーツをまるごと刻み絞り、濾す。

 ここへ塩一つまみとニンニクもどき、後は香辛料少々……巻物にするから小麦粉でちょっと粘度を足して……。


 先程用意した油を少し貰って水溶き小麦粉を薄く焼く。

 同時に油通しした野菜と生野菜も準備できた。


 

「気持ち薄めに切り分けておいたトカゲ肉の身を金串に刺して塩と香辛料をふりふり片面を強めに焼く……。最後に熱々の香味油を回し掛けるように鱗付きの身に落として……と」



「「!」」



 ……いい音いい音。

 ジュワーっと豪快な音に、皆の注意も逸らせるだろう。

 これも盤外戦術だ。

 元々短い調理時間での短期決戦を狙った食材……繊細な味なんて、先に康太の得意領域みたいな味の濃いものを出されたらたまったものじゃない。

 ここは誰よりも先に、だ。

 

 お城らしく優美なお皿に出来上がった料理を並べれば、普段の野営との違いに気分も上がる。

 職材選びも良かったね。

 これはもしかしたらもしかするかも……ふふっ―――うん?



「相変わらずスゲェの作んなぁ。こら良い嫁になる……あつあつッ―――うまっ!!」

「んまー。こらサイコーだわぁ……!」

「鱗まで食えんのか、これ―――うめ……! うめ……うめ……」

「つまみ食いやめて? ねぇ。ねェ? というかなんでシン君とフィリアさんがここに……」

「陸くん。私も一口だけ」

「あの……、その……。はしたない真似だとは思うのですけど、私も……」

「二人は厨房でつままないでも食べられるよね? 今もってく所だったよね?」



 おかしいな。

 料理が消えた。

 特製のパリパリ松笠焼きロールが。



「……皆?」

「いやさー。思えば陸参戦したらちょっと暴れすぎるからさ」

「無法には無法な。優勝候補は先に潰す」

「番外戦術は勝負の定石ですね」



 なんて清々しい顔をしてるんだ。

 とても、ずっと一緒に旅をしてきた仲間を裏切った瞬間には見えない。


 信じてた仲間全員に裏切られる主人公の気持ちってこんな感じか。



「リクさーん? 棄権ですかー?」

「お腹空いたのー!」

「手ぶらでどうした。暇なら一緒に審査員でもいかがか? 勇者キサラギ」



 ……。

 何故か失格になった。



「―――では、各々料理の解説を頼もうか」



「豪快ステーキ気まぐれスペシャルです。特性スパイスの味付けです」

「混ぜ混ぜミルクポタージュタピオカ入りです。二度と同じ料理できませんッ!」

「旨味たっぷり魚介の加圧煮込みペーストです。バゲットとどうぞ。今後同じ手法で料理するのは遠慮しておきます」



 気まぐれ、再現不可、二度とやらない。

 雲に乗って流れていきそうなくらい気分屋な料理ばっかりだ。

 どうなってるのコレ。



「……肉は―――ほう。豚なのか……むッ!? この旨味は……!?」

「この歯ごたえ、力が湧いてくるみたいなの!」

「噛めば噛むほどに中まで浸透したスパイスと肉汁が溢れて美味しいですねー。好きですねー」



 まず、康太の豚肉ステーキ……いや、これは猪肉だ。

 しかし、野生特有の臭みが皆無。

 香辛料が上手くまとめてるんだ。

 康太の意外な趣味の一つとして、様々な地方や都市で買い付けたスパイスを色々配合していたりする。

 偶に料理に使うものだけど、気に入った味のものを自分の舌で決めた分量、気に入っただけ入れるから文字通り二度と再現できない、本当に幻のミックスだったりする。

 肉汁もしっかり……すごくおいしい。



「このスープ……短時間でこんなに美味しいの! どうやって……?」

「よく一時間程度でこのような深みを……食感もモチモチとアクセントが効いている。わが国でも馴染み深いが、よもやアレをスープに大量投入するとは……」

「特産品の素晴らしいアレンジですねー、好きですねー」


 

 春香のはクリームポタージュか。

 例の特産……タピオカも入ってて心証も良く、味は確かに地下山羊のミルクベース……滑らかでありつつモチモチとした新食感。


 美味しいなコレ。

 けど具材の取り合わせがよく分からない。

 何が入ってるのか分からないくらい複雑な味なのに、それがかえって面白いんだ。


 春香の料理は、本当に取り敢えず美味しそうと感じたものを片端から放り込んだりする。

 一応、法外な量だとか明らかにおかしな組み合わせをしないから良いけど、こちらも同じく二度と再現できない料理ばかり。

 十中の八九は普通の味に落ち着くけど、流石ここぞとばかりにミラクルを起こすのは相変わらずだ。



「わわぁ……。濃厚で良い匂い……!」

「旨味の非常に強い魚介ペーストをパンで余さず取り込むわけか。これはまさしく海底の宝石箱……!!」

「山で海の食材をたっぷり頂くなんて贅沢ですねー、好きですねー」



 で、美緒のは煮込み料理……ペースト?

 彼女の「作品」とも言える一品料理は総じて手の込んだ、時間の掛かる料理が多い。

 今回の制限時間中にどれだけ時短できたかがキーだけど……小さな陶器の蓋を開ければ濃厚な魚介の香り。

 オレンジ色でとろみのあるスープは具材の影もない完全なペースト。

 短時間でどうやってここまで……。

 


「何で全部美味いんだよ。ネタ枠はないのか?」

「最高の夕食ですぅ……」 

「いや、感服だ。どれも非常に美味である……。よもや勇者らがここまで芸達者だとは……」

「いっそ臨時で厨房を任せましょうか」



 満足してくれてよかったけど、ところでこの人達、何食べても美味しいしか言わないんだけど。

 審査は?

 三人とも待ってるんだけど―――ご飯食べれるの。



「おっと。忘れていました。さぁ、みんなで食べましょう?」

「「いただきまーー!」」



「美味い!」

「美味い!」

「美味しいです」



 こっちもこっちで美味しいしか言わないな。

 料理であるなら大抵は美味しく頂けるのが強みでもあるからね。



「さぁ皆さん。食事の後にはデザートもありますよー」

「「わぁ!」」

「デザートだけは期待できる!」

「そうでしょう、そうでしょう。私の料理は……。康太さん、って?」



 美味しいご飯に美味しいだろうデザート。

 そして勿論賑やかな食卓。

 楽しいの中で穏やかな夜がゆったりと過ぎ去っていく。


 ………。 



 ―――審査は?



 

   ◇




「さて……と。皆さん、半日の短い間でしたけれどリフレッシュできましたか?」

「「はい!」」

「宜しいです。では、宵も更けた所で真面目な話と行きましょうか」

「「はいッ」」


 

 ご飯も食べた、リラックスも出来た。

 ……明日からは本格的に忙しくなるんだし、精神を入れ替えて気合の籠った賢者の姿は願ってもないけど……何でだろ。


 どうしてか、夕食後に僕達を集めたロシェロさんは恐ろしい程に大きく見えて。



「―――ロシェロさん。何か、雰囲気違うっすね」

「えぇ。先の戦いで少しばかり実戦を思い出しましてね。加え……もしかしたら、皆さんは少し勘違いをしているのかもしれませんから。今更ですけど、そこから話しておくべきかと思いまして」

「……勘違い?」



 トルキン女王ランナ様からの直々の依頼であり、「偽り」とはいえ神の名を持つ相手。

 その実力を目の当たりにした事で、新たな壁を感じているのは事実だけど……勘違い?


 

「今更言うことでもないですが、皆さんの目的地は此処ではない。相手は、更にこの先にある。そうですね?」



 ……。



「では……。その先へ。例えば、今皆さんがとの戦いに漕ぎつけたとして。どのような想像をしますか? 共通認識として存在するのは、一瞬に全てを出し切るような、短期決戦。―――違いますか?」

「「……………」」



 それは今更のような質問で……。


 無論、その通りだ。

 剣術も、魔術の練度も……肉体強度も経験値も。

 全て、全て僕たちは劣っているから。

 千に一つ、万に一つ、僕達があの人に勝てるとしたら、本当にそれくらいしか……。



「では、自覚してください。その発想が、既に誤りです。バカです」

「な……っ!!」

「ロシェロさん、それは……!?」

「今更言うことでもない、分かっている事実の筈ですけどね―――皆さんの本質は。本領は、長期戦でこそ発揮される筈ですよね?」

「「……………」」

「及ばないから手段を変える。敵わないからやり口を変える。それ自体はとても良い。賢く正しいこと。しかし、自分の領域を捨ててまで、己を捨ててまで他を優先する事を喜ぶのは賢者ではありません。英雄という名の愚か者です」



 ………。



「―――えぇ。ふざけないでくださいね? 敗北を認めるな。驕るな。劣っていると理解しているなら食らいつき続けろ。この一瞬だけでも、この一撃だけでも……そんな覚悟で完遂できるほど、この旅は甘くない。皆さんは、「世界一の負けず嫌い」にならなくっちゃいけないんです!! 相手より、ずっとずっとそうでなくちゃいけないんです! そんなふざけた―――捨て身同然の戦いなんかをさせるために私が同行に応じたと、本気で思ってるんですか?」



 ……。

 何も、言い返せなかった。

 どころか、自分でも思い至らなかった……その可能性を自覚し、急激に脳が冷える。


 もし、あの人と……或いは偽りの機神と。

 明らかな格上と相対し、全力を以って尚届かない、そんな時。

 僕たち全員が、一瞬に全てを込めるような戦いをすれば、或いはほんの小さな勝機が生まれるかも、なんて考えていた。


 けど。

 きっと……、それはきっと、欠ける。

 大切なモノが欠け、零れ落ちることに繋がる。

 それはまさしく仲間を助けるために、自分の命すらも喜んで捨て去る覚悟と同義だと。

 諦めない諦めないと言っておいて、諦めている事と同じだった。

 

 それは……ロシェロさんだから。

 彼女の言葉だからこそ、あまりに重く。



「リクさんの、後の先たる適応の極致。ハルカさんの、魔族さえも凌駕する無尽の魔力。ミオさんの、どれだけ消耗しても変わる事なき正確無比の剣技。そして、コウタさんの持つ圧倒的なまでもの肉体回復力。あなた達は、欲張れる。まだまだ、強くなれる……!!」



「なのに。そこで、皆さんは既に諦めてしまったんですか? 無理だからって、やめてしまったんですか? 違いますよね!?」

「「―――はいッッ!」」


 

 ……彼女は、ここにきて喝を入れてくれたんだ。

 前を向いているつもりで……全力を尽くしているつもりで、しかし何処かでまだ存在していた逃げを、塞いでくれたんだ。

 皆が生き残るための選択を開いてくれているんだ。

 


「改めてよろしいです! 皆さんにはこれから、修行の最終段階に入って貰います!」

「最終って……今までの半年間は?」

「正直な話で言えば、児戯ですね。お遊びです」



 ………。

 ……………。


 ……え?



「この数か月間で、皆さんには己が長所を生身のままの限界として引き出し、昇華してもらいました。今までの半年間は、この為の前段階だったと言い換えても良いです」



 全てのパラメーターを均等に伸ばすのではなく、一つだけでも領域の外側へ到れるような力を。

 当初の方針だった。

 僕達はソレに疑問すら抱かなかった。

 それがかえって、先の話……一瞬でも食らいつく、捨て身の覚悟と言える思考に繋がったわけだけど。


 けど、それがただの前準備って……。



「これを超えれば、あなた達は真にこちらの領域へ到れる。最上位の域へ。彼にも食らいつける域へ。……リクさんとミオさん、ハルカさん。貴方達には聖剣の秘奥義―――世界の理を塗り替える力を」

「「………!」」



「そして、コウタさん。貴方には今一度、己の”真の異能”と向き合ってもらいます。良いですね?」

「……ッス! ―――……ふぁ?」

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