第6話:アポイントメント
ロンディ山脈を越えた先―――大陸北東。
世界樹の君臨する膝元に位置するトルキン匠国……。
昨日の時点で分かってはいたけど、街並みという点で、この国は今まで経験した都市とは明らかに異なるモノがある。
まず第一に、都市部は頭上にそびえ立つ世界樹の葉で覆い隠され、朝でも日光が遮られて……それこそ、まるで地底世界のようだ。
朝なのに街頭やら軒先の照明やらが全灯な不思議。
また、火山の火口そのものな……巨大なお椀の中に居るような景色には、段々畑のように一軒家が間隔を空けて立ち、道路や家の並びなどとは関係ないかのように大小様々な大きさの樹根が何処までも広がっている。
巨大なものにもなると、直径だけで十メートルを容易に超える根っこもあって。
世界樹を中心にその周りに都市が形成されているから、何処からでもその威容が見える訳で。
本当に、自然が都市の
根っこだけに。
「ねー。家が間隔空けてんのって、火事の燃え広がるの防ぐためってやつ?」
「そうそう」
「確かに乾燥してるしなー、空気」
大陸の北側は寒く、乾燥した気候が主……、仮に火事なんかが起きたら風ですぐ燃え広がるだろう。
そういう意味で、火除け地を作ってるのかな。
おかげで街並みとしても整然としていて大都市って感じがするし、結構テンション上がる……。
「テンション上がるなぁーー、もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」
「むぐむぐもぐむぐ……」
「「……………」」
「―――本当にいつの間にですね」
ほんとこの二人。
ブレないというかなんというか。
さっきまで隣で話してたと思ったら、いつの間に買い食いを。
もう早過ぎて目で捉えきれないレベルだ。
先生は何だかんだで先を急ぐときは二人の手綱をうまく握って寄り道を避けてたけど、ロシェロさんはあくまで本人も「同行者」という認識。
師匠ではないと言っている通り、極力僕達の行動を制限しようとはしてこない。
そういう所も二人が変な方にスキルツリーを伸ばすのを後押ししてる気がするな。
まぁ、今は居ないからどのみち制御不能なんだけど。
「―――なぁ、リク」
「んー?」
「朝から姿見えねえけど、ロシェロさん何処行った?」
「あぁ。知り合いに会いに行くんだって。年寄りの習性みたいなものだよ、多分」
「?」
一緒に旅してた長命者、どっちも新しい都市に着く度に「旧友に挨拶~」とかでどっか行っちゃうんだ。
それだけ友達多いのは事実だろうし、今更気にしてないけど。
ちゃんと生きてたらいいねとしか。
「お二人共。それって昨日食べてたものですよね?」
「んー」
「美味かったんよ、焼き鳥。弾力よし、味付けよし。こら野生産だな。身がしまっててうまい!」
「身体の調子は……」
「すこぶる良い!」
「あと60串イケる」
僕がシン君と話してる傍では、美緒が康太と春香に尋ねていて。
確かに、着いたばっかりでいきなり買い食いしてた記憶。
一般に、このくらい標高が高い国にもなってくると、初めて訪れた人とかは身体への負担が凄い。
食事どころではないというわけで。
僕達は色々な環境変化に瞬時に対応できるように身体が変化してるけど、一般の人たちは結構きつかったりするだろう。
高山病による頭痛や吐き気、食欲不振……終いには息切れとか錯乱とか。
僕達自身、最初期は確かに多くて、その意味で体調管理してもらってたんだ。
特に春香と康太。
どっかいかないように目は離せないし、自覚症状のない変化にも気づけるよう体調管理もしてあげて……。
―――要介護かな?
まぁ、二人は今日も絶好調。
本当に食欲凄いんだから―――。
「うぉ、っと」
「んぉ……。あぁ、こりゃすまんな、若い方」
「いえ、こちらも失礼……」
別によそ見をして歩いていたわけでもなく、前から来た人とぶつかりそうになる。
……成程、ドワーフだ。
絵に描いたようなサンタクロースを縦に潰したような人も確かに多いけど、見た目ほっそりとした色白の人もいるみたいで。
けど、共通して身長が低いのは避けられないのかな。
成人に見える男性でも春香より低い。
「―――サンタクロース縦に潰したようなってってなによ」
「表現が独特過ぎだろ」
「あ、漏れてた? ……そうかな……、っとと」
おっと、まただ。
……確かにドワーフも多いけど、普通の人間種の人も多いわけで……人ごみの中だと、ドワーフが人間種の後ろを歩いて、ふとした時に前を歩いていた人がいなくなってそのまま接触事故―――なんて事もある、と。
誰しも人生で何度かは経験したことはあるだろうけど、この国ではそんな些細な弊害も頻発しそうだ。
「りくー。まえ見て歩きんしゃいよ」
「別によそ見は……」
「考え事してる証拠ね。ほんっと昔から没頭すると―――わわっと」
「わぁっ……!」
……昔から、なんだって?
やっぱりこうなっちゃうのは僕だけじゃないみたいだね。
春香も、今にひょこりと現れた栗色の髪の少女とぶつかりそうになって……ギリギリ直立で接触を避ける。
両者共にバンザイで固まった体勢……レッサーパンダの威嚇かな。
「ふぃー……大丈夫かい? お嬢さんや」
「うん……。んーー」
この子もドワーフかな。
150センチ前半の春香より一回り以上低くて、服の上からでも四肢の細さが分かる。
年齢的には10歳前後……かな?
少女は春香の手に持った干し果物を―――干し果物?
さっきまで焼き鳥たべてたよね。
ともかく、興味深げにじーーっと見詰めていて。
……親御さんとはぐれたのかな。
「……それ、アンマン?」
「おぉ、よく知ってるじゃないか。博識なお嬢さんには、分けてしんぜよう」
「わぁ! ありがとーー!」
「良いって事よ!」
まさかでしょ。
この世界ではチョコレートにも準ずるくらい高級なお菓子の干しアンマンを、あの春香が。
「相変わらず子供には凄く気前良いみたいだな、ハルカは」
「うん。相手が康太とか僕なら。まず一も二もなく、「絶対に渡さん、全部あたしのもんじゃい……!」ってなるだろうし」
「なー」
「周知の事実です」
「きこえてんよー」
………。
「ばいばーい」
「ばぁーーい!」
結局、あの後すぐに近くに来ていたらしい親御さんが現れて。
少女は元気に小走り、身なりの良い女性はぺこりと丁寧な礼を一つして追うように去っていく。
「子育てって大変そうだね」
「ですね……」
ふとした拍子に大切な子供が何処かへ行ってしまう。
本人からすれば小さな大冒険かもだけど、居なくなられた大人の側はたまったものじゃなく……この世界ならば更にそれは顕著だろう。
ところで。
「目逸らしてたけど………間違いなく御嬢様系だよな、アレ」
「うん。多分令嬢様。明らかに雰囲気違ったし」
「春香ちゃん、人たらしですから。シン君はあの子知ってますか? この国の貴族とか」
「さぁな」
何だかんだで上流階級との関りも多い。
だから雰囲気で分かっちゃうんだけど……、これが後々に面倒な事になるなんて、この時の僕達は知る由も……ってね。
「んで―――今からこれ登るってマ?」
「マジだ」
近付いてみれば、本当にその巨大さ、何より幹の太さに圧倒されるね。
幹を囲うように螺旋状に上へ上へと伸びる巨大な階段は、はるか上空まで。
いつの間にやら目の前にそびえ立つは、世界樹クレアール。
世界最大のスィドラ樹であり、記録に存在する限り最古の人類史である900年前の時点ではその存在が既に確認されており、現在の調査では樹齢3、4000年は超えるとされている。
「これ、本当なんですか? シン君」
「あくまで幹はな」
「この世界樹―――っつうか、樹木で最も重要な器官は根……樹根だ」
「樹根はその樹木全ての記録が収められた大書庫。ギルドで言うアルコンの尖塔だな。例え幹そのものが朽ちても、根っこが無事なら樹は生き続ける。神木の生命力は伊達じゃない。んで、話を戻すと……クレアールの中で最も古い根は、一万年生きているって話もある」
「いちま……」
魔王より断然長い樹……いや長生きだ。
途方もないなんてレベルじゃない。
「世界が白紙に戻ったのは数千年前……つまり、この樹は漂白の生き証人、というわけですか。シン君もよくご存じですね」
「まるで樹木博士だな」
「僕達にマウント取るために色々調べてくれたんでしょ」
「……………」
「春香」
「図星っぽい」
可愛い。
これだからシン君は良い子だって言われるんだ。
「では、それだけの記録という事は、何処かに書庫のようなものが?」
「あぁ。ミオは聞いてくるだろうとは思ってたが……一応、な。古い文献になってくるとお偉いさんの許可が必要になってくるだろうが……まぁ四人なら普通に降りるだろ。会った時に聞いてみてくれ。神話関係もあるぞ」
いつもは神話関係に目が向くけど、今回は世界樹についても興味あるな。
登ってる間も、肌で生命力を感じるというか……端的に、精霊を感じるというか。
もしも書庫に入る交換条件なんて出されたらちょっと困るけど、色々お願いしてる身だし……
「揺れもまるでなくて、地面を歩いてるのと何ら遜色が……。これだけ上の方まで来てるのに……」
「木の枝折れたりせんの?」
「問題ない。スィドラ自体の硬度は知ってるだろうが、ある程度の齢に達した幹、枝はその外周部をどちらかというと樹木より石に近い成分に己を変質させる。防火、或いは外敵に対する防衛機能。植物であり、ある意味では鉱石に近い状態とも言えるわけだ、この辺はな」
「化石になる……ってコト!?」
「周りだけな。だから質感が舗装された道路に近い」
「……
「地上で……それも生きたまま。自分の力だけで化石化するのは、特異種という言葉ですら足りないですね」
それだけ埒外の進化をした。
だからこそこの樹は世界一の大樹にまでなれたんだね。
でも、やっぱりドワーフが世界で一番空に近い所に住んでるって、言葉で並び立てると凄い違和感みたいなものを。
しかも木の上だし。
「因みにさ、シン君。国の人って僕達の来訪についてはどういうスタンスなの?」
「元より知ってはいた事だからな。情勢が情勢だけに大々的とはいかんが、概ね歓迎ムード。地の聖女……女王としても、謁見ってより対話を望んでる」
「それ、今後について?」
「あぁ」
「対話、ねぇ―――ちょっと違う、よな?」
「結構違うね。悪い方向じゃないからこっちからしても別に問題ないけど」
謁見ではなく、対話。
この違いは大きくて。
主に、精神的……こちらの緊張とかが若干軽減される。
「ラッキーだねー」
「はい、僥倖です」
「あとは玉座が玉座である事を祈るだけだな」
「……どういう意味だ?」
知らない方が良い、シン君の精神的に。
彼も、多少なりとも憧れを抱いている人の無様な姿なんて見たくはないだろう。
けど、やるかやらないかで言ったらロシェロさんって面白がってやっちゃう側なんだよね。
って言うか前回当事者の姉じゃんあの人。
「あぁ……、そうだ」
「「ん?」」
「お前等、身構えとけよ」
「どういう意味?」
「そら、着いたぞ」
今度はこちらが首を傾げる番だった。
さっき概ね歓迎って言ってたよね? 手荒い方だったりするの?
尋ねども先導するシン君は振り返る事もなく、やがて現れた幹の頂上部……ねじれ合った巨大な枝々をそのまま加工したような建造物へ僕達を導く。
元々白い幹を持つ樹だ。
見た目からは、その建造は白亜の~って感じの芸術的なお城のようで。
「ここが、王城?」
「そうなるな。女王も王配もいる。主要な機関も大体は此処で稼働してる」
「ほへー……おうはいって?」
「女王様の配偶者―――この国で実権を握ってるのは女性、聖女様の方だってことだからね。王様には当たらないんだ」
「……男の肩身狭いって事か?」
「……言ってしまえば?」
「馬鹿言ってないで行くぞ」
今に現れる何重かの大門。
それらを護る守衛たちは人間種で……あれか、ドワーフだと威圧感がないからか。
向こうの世界でもそういう人の選考基準には何センチ以上の背丈である、とかあったし。
「「……………」」
何だかんだで。
何度目でも、偉い人に会いに行くのは緊張するモノ。
最上位の人達みたいに堂々、或いは心底面倒くさそう……とはいかず、新鮮と僅かな疑心が交じり合った妙な気持ちで内部へ続く大扉を潜る事になり―――。
………。
「―――――ちゃーーん!!」
………。
「か―――ちゃん!! ―――るか、ちゃん!!」
「……なぁ、この声」
「もしかして」
「もしかしなくても……」
………。
……………。
「は、る、か……ちゃぁぁーーん!!」
「うおおおぉぉぉぅッッ!?」
それは、まさに一瞬。
扉を潜った瞬間の出来事だった。
「―――………え。 ……はぇ? ―――い、良いのか? 世界樹の上に居て。燃えるぞ」
「はーい不敬罪」
「投獄内定ですね」
燃えるような真紅の長髪。
そして、紅玉よりも余程透き通った朱の瞳。
春香よりやや高い身長で、顔立ちには未だあどけなさが残るけど、それも一つの要素として多くの人が目を見張るであろう、作り物のように整った顔立ちの少女。
………。
春香に抱きつ……押し倒―――そこに居たのは大陸中央部に類する国家クロウンス王国が擁する至宝たる御子―――火の聖女オフィリア・パーシュース。
―――そう。
僕達がよく知る大切な友人、フィリアさんだった。
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