第7話:地平を見守る者




 ―――身構えておけ……、と。

 成程、シン君の言っていたその言葉の意味がよく分かったよ。



「本当に、本当に……、本当に! すうぅぅぅぅ……」



 ……。

 けどそれ、あくまで一人限定の話だったね。

 勿論再会の意味では嬉しいんだけど……。



「―――ふあぁ……本当に、本当の、本物のハルカちゃんです……、また逢えましたぁ……!!」

「ふへぇ……。当然よ。また会えるって言ったよね?」

「はいぃぃ……!」



 なんか主人公してるなぁ。

 これ、まさしく主人公が再会を誓ったヒロインとの邂逅を祝うシーンだ。

 両者共に、ソレを最大限喜んでる。

 何なら吸われてる? 猫吸いみたいな。


 しかし、腹が立つのは春香のしたり顔。

 押し倒されたのち、なんとか身体を起こしてくるくると抱き合ったまま、フィリアさんの見えないところでこちらに向けるドヤ顔は、さも羨ましいだろと言わんばかりで。 

 確かに物語の主人公がヒロインに出会いざまに抱き着かれるっていうのはよくある憧れシーンではあるけど……、けど、今の僕らはなぁ。


 諸々込みで、まぁ……うーん。

 浮気するような性根でもなし。

 自分や、それこそが害されるような状況でもないなら、別にどうでも……―――うん? 



 想い人が……ぁ。

 ………。



「ぐうううぅぅぅぅおおぉぉぉぉぉ……ッ!! 俺の脳が破壊されゥゥゥィ……!!」

「康太。ねぇ、康太」



 羨ましい羨ましくない以前に、親友が発狂しそう。

 頭を髪を首を掻きむしり、激しくヘッドバンキングを行ったのち、吐き気を堪えるように口元を押える。


 そうだよね、康太からすればそうだったよね。

 彼の脳が浄化の炎に破壊しつくされる前にどうにかしないと。


 ……フィリアさんは、女性だ。

 それも、超がつく美少女。

 ついでに春香も。

 普通に考えれば、目の前で行われているソレは、単に友人同士が再会を喜んで抱擁し合っているだけだ。

 当の康太だって、それを許せない程狭量じゃないだろう。



「ぐ……ッ、ぅおおおぉぉぉぉぉぉぉ……!!」



 普通ならば、だけどね。

 今に跪いて吐きそうなほど顔面を蒼白にしている本人にとっての問題は……。



「ふえ……何か後ろから聞こえ……。んじゃ、そろそろさ? フィリアちゃん」

「もう少し……。もう少しだけぇ……」

「そう?」



 先程春香がフィリアさんに見えないようにこちらへ「羨ましいだろ」ってやってたように。

 或いは、もう一方。

 フィリアさんもまた、満ち足りたような―――勝ち誇ったような顔を特定の人物へ向けていたんだ。



「―――ふっ」

「ぐッッ、おぉぉぉぉ……ぁがッ!!」


 

 そう、唯一の問題。

 それは、フィリアさんと康太が共に春香を想っている恋敵だという事。

 であるならば、同性異性など関係なく、こうなる事は想像に難くない。

 

 ある意味現代っ子だからこそ、この問題がよく分かる。



「―――っていうことなんだ。分かるかな」

「成程……。つまり、康太君の目に映っているのは友人との再会の抱擁ではなく、恋人が恋敵に今にも奪われそうになっていて、かつその本人もまんざらでもない地獄の光景なんですね?」

「どういう光景だよ」

「……。嫉妬に狂いそうになるのも無理ないです。分かります。私だったら、恐らく今頃は……」

「でしょ?」

「おい。おい? 柄に手掛けんな!」



 諦めて欲しい。

 唯一この場でまともでいられるのは、まだそういった恋愛事情を知らない彼だけなんだ。



「だからね? シン君。その方が助かるからツッコミのままで―――もとい、汚れない君のままでいて欲しいんだ」

「ぶちのめすぞ」

 


 こっちもこっちで反抗期かな。

 一体どうしてそんなに喧嘩腰なのか、これが分からなくて……。



「―――では、改めましてっ。皆さん、お久しぶりです!!」



 やがて、まるで何事もなかったかのようにくるくる抱擁を解いた聖女様。

 フィリアさんは、親愛に満ち満ちた……よこしまなど一片とて感じさせない純粋さ、そして育ちの良さが伺える優雅な一礼を見せてくれる。

 そして、一礼の後にはちろと小さく舌を出して照れ臭そうに微笑み。



「相変わらずみたいだね、フィリアさん」

「お元気そうで何よりです」

「はい! リクさんにミオさん、コウタさんも……皆さん―――お元気、そう?」

「……ぐ、ォォ……、ぅえっ」

「コウタさん? ……やり過ぎましたかね」



 ……取り繕っている様子もなく。

 ある意味では、本当に生のままの自分を見せてくれている。

 長らく会えなかったけど、関係性はあの時のままだ。

 


 ―――と。

 互いの変わらない様子に双方が一つの安心感を覚えていた、そんな時。



「本当にいつ以来かしらー。前は……二十年前、だったかしら? 貴女ったら本当にこの国に来てくれないんだから」

「だって最西部から東も東ですよーー? 野を超え山を越え……けど本当にお久しぶりですねー、ラン。ビクリしましたよ。相変わらずお忍び癖は治ってないみたいでーー」

「アナのせいじゃない。むかし貴女が―――」



 丁度、入り口の大扉……つまり僕達の後方から聞こえる声。

 それは、二人の女性―――女性? だった。


 一人は当然知っている……、ほわほわエルフのロシェロさんだ。

 じゃあ、その彼女と親しげに話している、彼女よりも二回り以上背の低い女性……少女は? 


 栗色の髪に、茶の瞳。

 利発かつ聡明に見える、年頃の少女といった風体の、小学生とも見れる程の背丈の女の子は……。

 

 ………。

 あの女の子じゃん。

 話しながら春香があげたドライフルーツモグモグしてるし、本人じゃん。



「―――んやや? あぁ、皆さん。もう到着してたんですねー」

 


 気さくに声を掛けてくるロシェロさんはともかく。 

 会話から判断して、あの少女もまたロシェロさんの友人の一人……? 


 ならば、やはり王城に出入りできるほどの上流階級だ。

 僕達の推測は間違っていなくて……けどあの子、ロシェロさんの事をアナって―――……どういう……。



「もしかして……、ティアナ?」

「「あ」」

「ビンゴ。それだっ」

 


 間違いない。

 本名知ってるとなると、本格的に長命者だね。

 前は二十年前がどうとか聞こえたし。

 


「ランナ様、お帰りなさい!」

「オフィリアさん。そのご様子、どうやらお目当ての方々とお会いできたみたいですね」



 こちらが同行者と話している間、あちらもお話。

 その間合いの近さから、二人の間柄が近しいものであると伺えて……っと。



「あ、お姉ちゃんだ! さっきはありがとー!」



 ………。

 フィリアさんと話していた少女は、今になって気付いたように落ち着いた顔を……否、あの時の無邪気な顔をこちらへ向け―――いや、うん? ちょっと待って何これ……。



「……―――では、改めまして」

「「……!」」

「私はランナ。この国を治める世界樹の御子―――トルキン女王ランナ・リュティス・トルキン。オフィリアさんの知己であるのなら……、地の聖女、と言った方が分かりやすいですか?」



 ゴメン脳みそバグる。

 康太とは別の意味で壊れる。

 微笑から無邪気な笑顔に、そしてまた無邪気な雰囲気から一瞬にして変わる貌、そして雰囲気。

 声の質すら変わってるじゃん。


 何もかもが違う。

 今の彼女が纏うソレは、まさしく、老成された長命者のもの。


 セレーネ様と同じく、肉体的強者のソレではない、しかし絶対的な支配者の雰囲気を彼女も持っている。

 その上で、一瞬見せた無邪気な顔もまた嘘じゃない。

 極端な話、この女性がずっと無邪気さを前面に押し出していたのなら、僕は彼女がであるとは絶対に気付けない。


 こういう人がいるからこの世界の偉い人って怖いんだよね。



「―――女王様聖女様御子様……えーと? 先程は御無礼?」

「お日柄もよく、知らぬこととは言え……」

「今代の異界の勇者です」

「お初にお目にかかります、トルキン女王」

「……うふふ」



 けど、こっちも伊達に図太く生きてない。

 一様に四人で自己紹介をする。

 フィリアさんは緊張したように固まり、やや距離をとってこちらを見守る形になっているシン君は、流石に互いの事を理解してるみたいだけど、ちょっと顔が強張ってて。



「―――……ふふ。強力な世界の加護を幾重にも感じますわ。流石は異界の勇者様」

「どうも。ところで、まさか」

「街中でばったり会ったのって、わざと―――」

「えぇ、そうなの! 凄い加護を感じるって走ってたら、急に前に現れたんだもん! 怖かったぁ……!!」



 怖いのはこっちなんだよなぁ。

 急に子供口調になるのやめてくれませんか。

 けど、ぶつかりそうになったのは本当だったのね。


 

「―――やり取り自体は面白いのだがな、君たち。まずは先に進んでから話すべきではないかと我は思うがな。いつまでそこにいるつもりだ?」



「……今日はお客が良く現れる日だな」

「……こっちがお客なんだけど」



 隣とヒソヒソ言葉を交わす。

 現れたのは、男……春香と大差ない体躯から見てもドワーフ……やや濃い口髭だけど、どうしてか清潔感のある男性だ。

 多分剃ったら爽やか系の顔立ち。

 身体も、引き締まっているような印象を受けて……けど、僕達の注目を大きく集めたのは。


 白く曇った片眼鏡と言うべきものの奥で、鋭い眼光がこちらを見据える。

 これだけでも、彼の容姿は十分特徴的だけど。



「なにそれぇ……」

「―――かっけー……!」 



 男性の右腕に当たる部分は、肩から先がまるで機械。

 文字通り銀色のアームが取り付けられ―――精巧に掌を模した部分が滑らかに動き、数十度の掌返しを行う。


 ………。

 っと、一瞬意識を奪われた。



「我はニーアクルス。この国専属の、刻印調律師だ」

「家来で夫です。私には逆らえません」

「……そういう事だ」



 何の話をされてるの? 尻に敷かれてるの?

 別の意味で女王様なの?

 格好良い登場の直後に株下げて来るじゃん。 


 ……調律師。

 主に刻印の加工に長けた人たちの総称で、大商会間の公用資格が存在する程にこの世界では無くてはならない職業。

 武器防具にどれだけ強力な魔術を付与できるかは、完全に職人の腕次第。 

 属性ごとに修めるべき技術も全く異なり、そのありようは一生涯修行と言われる程だ。



「いやぁ……。噂には聞いていたが、勇者らがかくも気さくな好青年たちであったとは、はっはっはっ」

「おっふ」

「おっふ」



 すっごい背中バンバン叩いて来るじゃん。

 掌と手の甲で返す返す叩いてくるの不思議感覚過ぎるんだけど。



「なんて言うか……凄くフランクですね。王配さん……? って言うんだけ?」

「うむ。無駄に緊張されてもたまらんからな。我自身、元は平民だ」

「お? ラブストーリーあります? それ」

「あーぁ、存分になっ」

「あなた」

「立ち話がどうとか言ってた人が話し込んでいるのはどうなんだ? ニーアさん」



 種としての性質なのかな。

 ドワーフはおおらかな人が多いと聞くけど、これは確かに……。


 初対面ながら、何より一国の頂点に立つような人たちがこんなに暖かくも率直に接してくれるなんて。

 和やかな雰囲気の中、僕達は互いにひとしきり笑い合って。



「―――ふぅ。さて……、っと」

「それじゃぁ……ね」



 合図など出す必要もなく、一心同体のように同タイミングで仲間たちと武器に手を掛ける。

 春香は女王様と王配さんから距離をとり、フィリアさんを後ろ手に庇い。



「――――お、おい!」

「皆さん!?」



 困惑するのはシン君とフィリアさん。

 この話の流れでって、完全に僕達四人が乱心したようにしか思えないだろうし、当然の反応だ。


 とは言え、こちらにもただすべき言はある。



「いや、ゴメンね。当然無礼承知よ? ……けどねぇ?」

「こちらとて、先に仕掛けられて何も問わない訳にはいきません。無論、何かしらの事情があってのことだとは思うのですが……、如何でしょうか」



 ―――そう、同じ匂いだ。 

 あの時、この人の気配は間違いなくなかったから、実際に同じと断言する事も出来ないけど、これを偶然の一致と誤魔化して隙を見せる程自身の力に自惚れてるつもりもない。


 大切なモノを護りたいからこそ、ここまで神経質でなければならない。

 


「昨日の夜の事について。何かご存じの事があれば、お話しいただければと思います。お互いの為に」

「あら、あら……」

「―――クククッ。それは脅しか? 勇者よ」

「矛先を間違えるつもりはありません。抜くか抜かないかは判断次第です……。ロシェロさん?」

「あー、あー。何も見えてないです、聞こえないですぅー」



 ……。

 僕達はこの世界が大好きだし救いたいとは思うけど、もしかしたらこの世界の人たちにとっては余計なお世話なのかもしれない。

 だからこそ、測る必要はある。

 色々やらかした後の事後処理で頼んでないとか用済みだとかであーだこーだされても困るし。


 認識の齟齬ってやつね、これ。



「……成程、な。確かに、君たちは強いな」

「「……………」」

「あれらを返り討ちにするだけの技量を持ちつつ、しかし精神に闇はなく、もつれもなく。かつ、驕り一つない。……素晴らしいッ」



「―――――試したという意味では、そうだ。異界の勇者達よ」



 王配……ニーアクルスさんが掲げた銀の腕。

 その行動を起点に、整然と彼の背後に現れる影。


 ……。

 やっぱり。

  

 灰色に統一された外殻を纏いつつ、しかし騎士とも異なる……現代的兵士、或いは特殊部隊のようないで立ち。

 兜にも似たヘルメットには縦三本の覗き穴があり、ちらと見えた背には背骨のような出っ張りが目立つ。

 それは、昨晩僕達を襲った一団。

 中でも、大きく損傷した胴部を持つ個体には覚えもある。

 昨日僕が切り裂いた場所だ。



「派手にやってくれたものだ。よもや、様子見が手痛い勉強代になるとは」



 自身の後方に現れたソレ等へ近づくまま、彼はうち一体のヘルメットに当たる部分を取り去……。



「……むっ、ふんっ! ぬぅ……ちょっと屈んで?」

「「……………」」



 頑張って背伸びし、それでも足りなかったので屈んでもらって。

 取り去られる、それの下。

 


「「………!」」



 肉体というより、内部機構……保護具の下は、顔ですらなかった。

 それは、まさしく機械部品。

 致命の一撃を負ってもまるで動きが鈍るどころか増していた事からも、只人じゃあないとは思ってたけど……そっくりそのままロボットだったんだ。


 あと、強烈なデジャヴ感が。



「……また、これなんだ」

「二番煎じ感……」

「そりゃ驚きはするけど……」

「惜しい所です」


「―――ふぬぅ……。思い描いたほどの驚愕ではないな」

「あなた? 彼等はつい先日までクレスタ王国で迷宮を攻略していたと言うではありませんか」

「……だな。よもや、まことに残骸に遭遇して生還してくる程とは……」



 向き合うまま、こちらとあちら、双方が小さく呟き合って。

 しかし当然、これからいざ昨日の続き……なんて空気ではないのは明らか。

 フィリアさんもあわあわしてるし。

 どう切り出すかを迷う中、ニーアクルスさんが銀腕を胸に当て口を開く。



「昨日の件、これ等に命を下したのは我だ。まず、謝罪させて欲しい。そして、弁明も。後程させてもらうとして……まず、紹介しよう。これらは、我がトルキンが誇る最強の機甲兵団。アスタロス・オーダー……世界樹の番人」



「ようこそ、トルキンへ。歓迎するぞ、当代の異界の勇者ら。―――大いなる定めの聖剣に選ばれし、未来の大英雄たちよ」

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