第4話:到着のトルキン
「ふぅ……、ふぅ……!!」
「山登り―――わぁ……! もう、良いてぇ!」
登山を経験した人なら分かるだろう。
坂道、斜面、急こう配……舗装されていない悪路の中上を目指さなければいけないこと、更に障害物が待ち受ける恐怖。
積もった雪など絶望の権化。
果てには絡まる些細な樹根ですら……足を取られる、ただそれだけで一気に体力を持ってかれたような感覚に陥る。
ロンディ山脈に連なる山々の中でエンリルと呼ばれる山を越える行軍。
高度6000メートルを超える、大陸でも最大高度となるこの一帯は龍の隠遁する地ともされていて、事実ずっと昔から幾度も龍種の目撃情報が存在し、このエンリルという名もその龍の名から取られたもの。
基本的に、こちらから彼等の領域に踏み込んでいかない限りは安全だとされているけど。
「そうは教わってるけどさー。本当に安全、だよね?」
「言われて本当に安全だった試しの方がすくねえからなぁ、俺ら」
「不幸体質……勇者体質ですかね。私達が通ると物語が始まるみたいな」
主人公体質かもね。
当事者からすれば絶対欲しくない属性だけどさ。
魔物の王である竜種ですら比較にならないような上位存在。
厄災そのものとも評されるような生物なんて、こんな立地で相手になんかしていられない。
本当に深い霧で前見えないし、見渡す限り樹木がそこかしこに乱立、マングローブみたいに絡み合い歪な森を構成するソレは驚く事に全てが只の根っこだという。
「……ホンット入り組んでるよね。迷路みたい」
「この一帯を構成してるのはほぼほぼがスィドラの根、その末端にあたるもんだからな」
「まったん……?」
今頑張って登ったり降りたりしてる横這いの木の直径、軽く十メートルはありそうなんだけど。
「これで、末端……?」
「てか木じゃなくて只の根っこなんだよなぁ、コレで」
今更知る驚愕の事実。
重ね、近づく程に分かるのが、辺りの魔素濃度が明らかに低くなっているという事。
大陸は東も東に位置しているのに、この一帯に入ってからは魔物が殆どいない。
強大な魔物ほど生命維持に多量な魔素を必要とする……だからいない。
単純な理論で、つまりは戦闘による体力の消耗が少ない……と。
確かに良い事だ。
けど、程度の差はあれど、実はそれは僕達も同じ。
人間種などは殆ど魔素を必要としない種だけど、それでも損耗した魔力の回復には魔素が必要。
それだけに、魔素が濃すぎるのはアレだけど、西側も西側の環境に近いこの一帯はある意味戦うに向かない環境とも言えて。
「だるーい」
「ですぅーー」
特に春香とロシェロさんがフラフラしているのはその影響もあるんだろう。
二人の魔力は膨大かつ純粋だ。
「あいす……からあげぇ」
「くだもの、じゅーす」
「おにくやいたの」
「おさかなやいたーの……あげたーの」
「ちょっと……うるさいんですけど」
分かったから少し静かにしてくれないかな。
こっちのお腹もすいて来るからさ。
「そんな腹減ったのか? 燃費悪いな」
「そら数日また碌な飯食わず歩き通しだったらなぁーー? 本当なら優雅に地下路で! ゆるやかーに!」
「落ち着けって。たっぷり食わせてやるから」
「霧か霞のドリンクバーをか? 木の根のサラダバーをか!? あーんッ?」
大分気が立ってるね。
極限状態ほどその人の人間性が見えてくるものだ。
けど、燃費を考えたらね。
こんな場所だし、周囲に食べるものなんてある筈もなく。
そもそも霧が深過ぎて前が……。
「だから違うってのに―――そら、着いたぞ」
「……あ?」
康太に噛みつかれているシン君がため息交じりに顎をしゃくる。
霧が立ち込める中、下方から突風が吹き抜け……。
高高度の山ゆえに形成された雲海が少しずつ形を変え、光が差した視界。
やがて、拓けた視界の中で山脈の陰にソレが姿を現した。
「「……わぁ……!!」」
「着きましたかー。いやぁ、久々ですねー」
それは、周囲を幾つもの高高度の山々に囲まれた盆地だった。
連なったそれらがまるで一つの巨大な山のようにも見えて、休火山の火口のようにソレがある。
見下ろせるのは、間違いなく大規模な都市。
山脈が形成したソレはおよそ円形と察するけど、広さが果てしない全体像までは確認できず……何より目を引いたのは、今まで姿形すら確認出来なかった、かつてない程に巨大な樹木。
枝は何処までも、生い茂った葉は何処までも広がり……まるで蓋のように盆地を覆う。
本当に、どうしてこんな大きなものが今まで見えなかったのかと不思議に思う程に巨大なあの大木こそが、世界樹クレアールなんだろう。
「トルキン……着いたんだ! てか土ン中じゃないの!?」
「もぐら生活じゃないんか!?」
根っこが外敵から守ってくれているという話、そして地下に存在するアムリタールから行けるという話から勝手に地底の国を想像していたらしく。
「確かに地底の都市もいくつかあるって聞いたけど、都は此処なんだよね」
「えぇ―――世界樹クレアール……ですか。生い茂った枝と葉が完全に外の光を遮断してます」
「何メートルあるのよ……」
ついに目にしたその威容は……。
とても、言葉で表現できるものでもなく。
「うーん。確か、ざっと四千メートルくらいですかね」
「「よんせん!?」」
誤訳じゃないよね。
富士山ですら3700メートルくらいなんだけど、それより大きい樹ってコト……!?
この国の特産品は当然スィドラの加工品。
彼等ドワーフは加工技術を厳重に管理しているらしく。
「成長したスィドラの樹木は数百メートルにも届くと言われてるが、クレアールを始めとするここらの長齢スィドラ樹は特別製だ。嘘か真か、世界樹の根は大陸の三分の一にまで及ぶとも言われてる」
「三分の一ィ!?」
「頭がおかしくなりそうですね……。ここから降りられるんですか?」
「ん。特に検問なんかはない。入国ってだけならザル警備も良い所だ」
豆知識に驚かされながら降りていく盆地。
山路からの入国は当然に皆無らしく、道は殆どないけど……。
やがて降り立った都市。
近付いて分かる、白や黒、灰、茶……橙と、色とりどりの家屋はその殆どが全て木材製らしく。
触れれば、石材にも負けないようながっしりと堅牢な造りであると分かる。
「―――ドワーフさんだ……」
で、勿論……。
この国の主要な種族は当然彼等なんだから、当たり前にいるんだけど。
純粋な彼等は男性でも150センチを超えることは稀と言われてて。
自分より背の低い人がこんなに……風貌とかから十分に大人に見える人でも、だ。
ドワーフと言えばずんぐりした体型を一番想像しやすいけど、普通に痩せ型から肥満体まで多くの人がいるし。
行き交うその様子を改めて確認すると、本当に不思議な感覚で……。
「あれ、元気っ子たちは?」
「あそこですー」
「「ドワーフ! ドワーフ!」」
本当にさ。
目を離すとすぐにどっか行くんだよね、あれら。
あちこちを走り回って店の窓の中を覗いたり、露店に突撃したり、本当に忙しない。
「………なァ。リク」
「ゴメン。やっぱり、僕たちの世界にはいなかったからさ?」
事実、僕もかなり意外性を感じている。
街中が鍛冶屋だらけなのかなとも思ったけど、全然そんな事ないんだね。
むしろ宿や食事処の方がかなり目立つ。
観光地としての側面が大きい?
金属加工っていうよりは木工業が主なんだろうし、ある意味では半妖精とかよりも自然派なんじゃないかな。
世界樹のふもとだし……、住む場所チェンジしない?
「それなぁ……もぐ」
「イメージ的には確かにそうだよねー、うま」
「……あのさ」
いつの間に買い食いを。
只でさえ冒険者として依頼を受けられない性質上節約生活してるのに。
「―――……ドワーフ、か。シン君。今更だけど、聖女様ってどんな人?」
「ん、現在はこの国の女王だな。純血種のドワーフで、年齢は……まぁ。結構長く在任してる。あとは会ってから自分で確認な」
つまり
「取り敢えず、今日は適当に宿にでも泊まっとけ。その恰好で中央行くわけにもいかねえだろ? 俺も疲れたし、案内は明日するから」
「……まぁ」
「確かに」
ずっと入り組んで湿度も高い山道を行軍してたから土も埃もね。
偉い人に会うからには……偉い人じゃなくても、初対面の人たちに挨拶する時は最低限のマナーが必要だろう。
「あたし達おふろー!」
「設備のある宿が望ましいですね。この国の普及率はどのレベルなのかも興味あります」
「アー……風呂は……えと?」
皆の要望を受け、彼はパラパラと物凄い速度で冊子を捲る。
「……丁度この近くにあるな。旅行者向けだが、風呂があってそこそこ宿の質も良いのが」
「「おー」」
「なにそれガイドブック?」
「貰いもん。―――こっちだ」
先導する彼に続く僕と康太。
更にその後ろに来る女性陣はご機嫌な様子。
「おふろ、おふろ、わは―……。ロシェロさんって筋肉も本当にしなやかだよね」
「肌も本当にスベスベで綺麗ですよ。一緒にお風呂入ってて凄く羨ましく感じて―――」
「お二人のも凄く良いですよー。若さの特権ってやつですねー」
「「……………」」
「早く行って早くチェックインしよっか」
「んだな」
「そうしようぜ」
後ろの会話が耳に入らないように三人で小走りに進んだ。
◇
「ふぃ……。つっかれたぁーー。ふぅ……」
宿に着いてからはすぐにお風呂。
当然に男と女は別で。
康太と、シン君……三人でお風呂に浸かったのも、クロウンスの宮殿以来だから久しぶりだね。
彼の持つ六大神の勇者の証である紋章も見られたし、お風呂上りに地下山羊のミルクも堪能したし、暫くは満足まんぞく……。
「―――リク」
オトコ三人用として取った部屋でベッドにゴロンしていると、シン君がこっちを見下ろすように立っていて。
ちらと覗き込む彼は一端目を逸らした後、またの覗き込んでは目を逸らす。
あっち向いてホイかな。
修学旅行気分なのかもしれない。
言ってくれれば付き合うのに。
「んーー?」
「……いや。なんかお前……なんか。変な事聞くけど……お前男だよな?」
「どういう意味?」
僕に対する挑戦と受け取って良いのかな。
「お風呂でも話したじゃん。恋人いるんだけど。ナイスガイなんだけど。力も僕の方が強いんだけどぉ?」
「……だよな。見た目じゃわからんが」
「あ。もしかしてお風呂にアヒルちゃん持ち込んでるの馬鹿にしてるの? 康太も持ってってるじゃん」
……。
―――無視、と。
無言のままベッドのへりに腰掛けるようにして腰を下ろした彼は、ぼんやりと天井を見上げているようで。
そう言えばここの宿部屋は土足じゃないんだね。
国によって文化は違うけど、大半の所は室内でも土足だから……ある意味、特別感っていうの? そういうのあるね。
日本人としてもこっちのほうが落ち着く。
「恋人……なぁ」
不意に、シン君がぽつりとつぶやいた。
「シン君にはまだ早いよ」
「どういう意味だ」
「いや、そっくりそのままだけど……。逆に、興味あるの? あんまりなさそうに思うんだけど」
「……そうだなぁ」
彼は口調こそ荒っぽい所があるけど、誠実で道理の通った良い子だ。
多分高給取りだし、腕っぷしもあるし、何より勇者……あれ。
羅列してみると本当に高スペック。
まだ十代前半で、だ。
「けど、確かに勿体ないかな。ここまでの優良物件ないよねー」
「な……なんだよ」
ベッドの上でうつ伏せになりつつ、彼の将来に期待して肩を揉んであげる。
……あんまり好反応じゃないね。
ダルがらみだし。
「まぁ……俺の父さんと母さんもずっと仲が良かったからな……。そういうのに憧れないって言ったら……あぁ。確かにウソになるかもしれん」
「欲しいんだ」
「あのなぁ……」
「じゃあさ。シン君はどんな女の子が好み? おしとやかな子、それとも元気のある子か……年上? 年下―――は、シン君の年齢だとちょっとかなりマズい事になるから僕は年上勧めるけど……どう、どう? ギルドに良い感じのお姉さんとかいた?」
「……元気、そこそこ欲しいな。だが、穏やかなのも捨てがた……ん、ん。背中も任せられて、一緒に居てホッとできる……包容力も欲しいし……」
めっちゃ真剣に考えるじゃん。
「当然、ギルドの女は却下だ。粗暴すぎる。てか……そもそもあんまり正面向かって話すの恥ずかしいからな、女とは」
「だよねー、わかるぅー」
徐々にリラックスしてきたんだろう。
僕が肩もみを再開しても彼は気にしないというように脱力し。
「……お前みたいな距離感が丁度良いのかもな」
「でしょ。クレスタでは子供たちと一緒に生活とかもしてたからね。扱いは慣れてるんだ」
「どういう意味だおい」
「おい、おーい。色々買ってきたぞー」
あ、来た来た。
所謂男子会というやつで。
お風呂あがった後に三人で遊ぼうと、康太は飲み物とか夜食とかの買い出しに行ってたんだ。
さて。
「じゃあ、三人で夜食でも囲んでトランプしよっか。話題は先のまま―――で……」
………。
「―――二人とも」
「……ん」
「もしかして俺やっちゃいましたかねぇ」
リラックスしていた雰囲気が急激に霧散する。
どうやらまったりはさせてもらえなそうだ、と。
疑問を挟む余地もないくらいに無駄な動きなく荷物と一緒に置いてあった武器を手に取る。
本来槍使いのシン君は短剣を。
康太も本来の武器は振り回す余地なしと、手を伸ばしたのは部屋にあったコートスタンド……の、スタンド部分を今まさに無理やり壊した棒。
「―――陸。これってよ」
「うん……間違いなく……、宿の人に三人で一緒にごめんなさいだからね」
「すまねっ!」
「おかしいだろ……何でおれも共犯扱い……」
それ言うなら僕もなんだけど?
恐ろしい事に、このコートスタンドもスィドラ製らしく、安物の剣とかよりよっぽど高性能かもしれない。
ヒノキの棒の方が強いってパターンだ。
……さて。
窓の外、部屋の外……さらには天井。
四方八方から、複数の異質な気配が肌に突き刺さる。
魔力反応も僅か。
普通ならそれは「大したことない」で片づけられるけど―――雰囲気で分かる。
これは「規格の外側」の気配だ。
今まさに―――何かが、やって来てる。
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